Robert H. Frank, “The Other Milton Friedman: A Conservative With a Social Welfare Program”(New York Times, November 23, 2006)
先週の16日(2006年11月16日)に94歳でこの世を去ったミルトン・フリードマンと言えば、「小さな政府」を旗印とする保守派の守護聖人として知られている。彼の名前を持ち出して、社会保障制度の民営化やあれこれのセーフティーネットの縮小を求める保守派たちが知ったら驚くかもしれないことがある。フリードマンは、これまでに考え出された中でも最も有望な社会福祉プログラムの発案者でもあるのだ。
市場は、多くの偉業を成し遂げられる力を秘めている。しかしながら、フリードマンも認識していたように、市場を通じて得た収入で、すべての国民が経済面での基本的なニーズを満たせるとは限らない。既存のあれやこれやの福祉プログラムに代えて、国民一人ひとりに現金――例えば、一人あたり最大で年間6,000ドル――を給付するプログラムへの一本化を求めたのが、フリードマンが「負の所得税」と名付けた提案である。例えば、収入が一切ない4人世帯の場合だと、内国歳入庁(IRS)から毎年24,000ドル(=6,000ドル×4)が支給されることになる。ただし、4人のうちの誰かが働いて収入を稼ぐようになると、支給される額は24,000ドルじゃなくなる。24,000ドルから、収入に一定の割合――例えば、50%――を掛けた額が差し引かれるのだ。例えば、4人が稼いだ収入の合計が12,000ドルだとすると、支給されるのは18,000ドルだ。24,000ドルから6,000ドル(=12,000ドル×0.5)が差し引かれるわけだ。4人が稼いだ収入が12,000ドルで、支給されるのが18,000ドル。合計で30,000ドルが懐に入るわけである。
フリードマンが「負の所得税」を提案したのは、最も恵まれない人たちのためを思ってというのも理由の一つだったのは間違いない。しかしながら、まず何よりもプラグマティストだった彼は、「負の所得税」が既存の福祉プログラムよりも実用性の面で優れていることを強調した。あまりにも収入が少ないというのが貧困者にとって主要な問題だとするなら、彼らにもっと多くの現金を渡すのが最もシンプルで最も安上がりな解決策だというのがフリードマンの考えだった。フードスタンプ、光熱費補助、デイケア補助、家賃補助。そんなあれこれのためにわざわざ大勢の役人(官僚)を雇うメリットなんてない、というのがフリードマンの考えだったのだ。
彼のその他の提案にしてもそうだが、「負の所得税」もインセンティブの歪みをできるだけ小さくするように工夫されている。従来の福祉プログラムの立案者たちの間では、すっぽりと抜け落ちていた発想だ。それぞれのプログラムが別々の行政機関の管轄になっていて、対象世帯の収入が増えると、それに応じて給付(補助)の一部が減らされるというのが従来の福祉プログラムの特徴だ。収入が1ドル増えると給付(補助)の額が0.5ドル減らされるというのが典型的なケースで、4種類の福祉プログラムを受給している世帯で収入が1ドル増えたら、支給される給付(補助)の額が合計で2ドル減るのだ。働いたって得にならないのは、経済学の訓練を受けなくても誰にだってすぐわかる。それとは対照的に、フリードマンが提唱した「負の所得税」の場合は、働けば働くほど税引き後の収入が必ず増えるのだ。
「負の所得税」は、これまでに一度も導入されていない。都会住みの4人家族が暮らしていけるくらいの現金が支給されるようになると、多くの人が働かなくなってしまうのではないかと懸念されたせいだ。例えば、一人あたり年間6,000ドルが支給されるとしたら、人口30人の田舎の小村では合計で毎年18万ドルが手に入ることになる。野菜を栽培したり、家畜を養ったりして暮らしを立てられるのにだ。血税で快適に暮らしている田舎の民たち。夜のニュースの格好のネタになること請け合いだ。そんなプログラムに支持を取り付けるのは難しいだろう。
その代わり、勤労所得税額控除(EITC)制度が導入されている。就労者だけが対象という点を除けば、「負の所得税」と本質的には同じ仕組みだ。アメリカ発の福祉プログラムで他の国でも取り入れられているいくつかのうちの一つだが、従来の福祉プログラムよりもずっと大きな成果を上げていることが判明している。フリードマンの見立て通りだ。しかしながら、EITCだけでは貧困問題の解決には至らないだろう。就労者だけが対象だからだ。
今月のはじめに行われた中間選挙で、セーフティーネットの強化を公約に掲げて出馬したポピュリストのジム・ウェッブ(Jim Webb)だったりジョン・テスター(Jon Tester)だったりが当選した。彼らが公約を本気で果たすつもりなら、フリードマンが気を配ったインセンティブの問題に真っ向から向き合う必要があるだろう。働くインセンティブを損なわずに失業者への支援を強化するためには、どうしたらいいのだろうか?
「公的な雇用」(政府による雇用)と「負の所得税」を組み合わせるというのが考え得る答えの一つだ。ただし、「負の所得税」を通じて支給される現金の額は低く抑える必要がある。支給される額だけでは生活できないくらいの水準に。EITC制度を通じて給付を受けてきた低所得層の多くは、これまで通りに民間で働くことになるだろう。民間での職にありつけない失業者に関しては、政府が「最後の雇用主」(employer of last resort)の役割を果たすことになる。監視役がついてきちんと訓練すれば、未熟なスキルの持ち主でもやれる公益性のある仕事というのはたくさんある。例えば、浸食された丘の斜面に苗木を植えたり、公園だとかの落書きを消したり、高齢者や障害者が移動するのを手伝ったり。「負の所得税」で低額の現金が支給されるのに加えて、民間で働くか政府によって雇用されるかして賃金も得られるようなら、誰もが貧困から抜け出せるようになる。働かない方が得になるようなインセンティブの歪みもない。
フリードマンが行政(官僚機構)の肥大化を歓迎するわけがないのは言うまでもない。しかしながら、彼なりに公共サービスの提供の実態を観察してよく理解していたように、「公的な雇用」を通じて働く機会を用意するにしても、支払う賃金を低く抑えれば、行政の肥大化につながるとは限らないだろう。「公的な雇用」プログラムの運営管理を代行する業者を入札で募れば、市場の力を利用してコストの節約につなげることもできる。
財政赤字が巨額に上っているというのに、財源はどうしたらいいのだろうか? フリードマンは、1943年の論文――“The Spendings Tax as a Wartime Fiscal Measure”――で、国家にとって重要な目的を果たすのに必要な財源を確保する格好の手段として、「累進消費税」を提案している。この案では、国民に年間の収入(所得)額だけでなく、年間の貯蓄額も申告してもらう必要がある。(申告された)収入額と(申告された)貯蓄額の差額――すなわち、年間の消費額――から一定の額を控除した上で累進税率を課すわけだ。富裕層の消費(消費額)に対して高い税率を課したとしても、それほど大きな犠牲を伴わずに税収を増やせるだろうというのがフリードマンの見立てだ。低・中所得層の生活の安定を確保するのが国家にとって重要な目的の一つであるようなら――多くの有権者はそう思っているようだが――、そのための財源を捻出する手段はあるのだ。
「寛大で、思いやりがある人」というのが、誰もが揃って口にするフリードマン評だ。弟子や信者の多くとは違って、人生において運が果たす役割にもよくよく気付いていた。フリードマンの功績から真摯に何かを学び取ろうとする者なら誰であれ、セーフティーネットの解体ではなく、セーフティーネットの改良を目指すことだろう。
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