2010年11月1日月曜日

Krugman and Obstfeld 「流動性の罠から抜け出すための一方策~スヴェンソンのFoolproof Way~(1)」


Paul Krugman and Maurice Obstfeld, “Fixing the Exchange Rate to Escape from a Liquidity Trap(pdf)”(in 『International Economics: Theory and Policy(8th)』, Ch.17, Online Appendix A


1930年代の長きにわたる大不況(Great Depression)期において、アメリカでは名目利子率はゼロ%に達し、アメリカ経済は経済学者が言うところの「流動性の罠」に陥ることになった。貨幣は資産のうちで最も流動的な資産である-貨幣は、財と容易に交換できる性質を備えたユニークな資産である-。流動性の罠が罠と呼ばれる理由は、一度名目利子率がゼロ%に達してしまうと、中央銀行がマネーサプライを増加させても(つまりは、経済の流動性を増加させても)名目利子率はもはやそれ以上(ゼロ%以下の水準に向けて)下落し得ないからである。どうしてだろうか? その理由は、名目利子率がマイナスの水準になると、人々は債券を保有するよりは貨幣の保有を強く望むようになり、その結果として債券市場が超過供給状態に陥ることになるだろうからである(訳注1)。ゼロ%の名目利子率はお金を借りる人にとってみれば喜ばしいことであろう。というのも、金利負担なしでお金を借りることができるからである。しかしながら一方で、ゼロ%の名目利子率はマクロ経済政策を実施する政策当局にとっては悩みの種となる。というのも、名目利子率がゼロ%に達するや、政策当局はもはや伝統的な金融政策によってはマクロ経済をコントロールし得なくなるかもしれない状況に嵌り込んでしまうからである。しかしながら、本付録で示すように、名目為替レートを現在マーケットで成立している水準と比べて十分に減価した割安な水準に固定することによって、経済を流動性の罠から脱出させることが可能となるのである。

経済学者は、流動性の罠はもはや過去のものであると考えていた-1990年代後半に日本経済が明らかに流動性の罠にはまることになるまでは。日本銀行-日本の中央銀行-による名目利子率の段階的な引き下げにもかかわらず、日本経済は十年以上にわたる停滞を経験することになった。1999年には、日本の短期名目利子率は実質的にゼロ%に達することになった。例えば、日本銀行が伝えるところでは、2004年9月にオーバーナイト金利はわずか0.001%の水準であった。

経済が流動性の罠に陥って停滞している状況下において中央銀行が直面することになるジレンマは、国内の名目利子率(R とおく)がゼロ%である場合(R = 0)の金利平価条件を検討することにより明らかとなる(訳注2)。


R = 0 = R* + (Ee - E)/ E

ここしばらくの間、将来の期待名目為替レート(Ee)は不変である(所与)と想定することにしよう。ここで、中央銀行が、一時的に為替レートを減価させることを意図して国内のマネーサプライを増加させたとしよう(つまり、現時点において E は上昇するが、その後しばらくして Ee の水準にまで下落する)。金利平価条件によれば、一度 R = 0 となれば E はこれ以上上昇し得ない(為替はこれ以上減価し得ない)ことがわかる。 E の上昇を実現するためには国内の名目利子率 R がマイナスにならなければならないからである。 R=0 が成り立っている状況では、マネーサプライの増加にもかかわらず、名目為替レートは以下の水準


E = Ee /(1 - R*)

に止まり続けることになるだろう。名目為替レート E はこの水準を超えて上昇し得ない(減価し得ない)わけである。

どういった次第でこのような結論になるのだろうか? マネーサプライを一時的に増加させれば名目利子率が下落する(ならびに名目為替レートも減価する)という通常の議論は、人々は(投資対象として)債券が貨幣と比べて魅力的でなくなる場合に限って自身のポートフォリオ上における貨幣の保有を増やすようになる、との前提に基づいている。しかしながら、利子率がゼロ%(R=0)であるような状況では、人々は貨幣を保有するか債券を保有するかに関して無差別となるかもしれない-貨幣の保有からも債券の保有からも同じ水準の利回り、つまりはゼロ%の利回りが得られることになる。このような状況で、中央銀行が買いオペレーションを通じて貨幣と引き換えに債券を購入しても市場が撹乱されることはないだろう。債券を手放して新たに貨幣を手にした人々は、増えた貨幣をそのままポートフォリオ上に保有することで満足し、そのために利子率は変化せず、それゆえ為替レートも変化することはないだろうからである。先の章で検討したケースとは反対に、(国内の名目利子率がゼロ%である状況においては)マネーサプライの増加は経済に対して何らの影響をも及ぼさないだろうことが予想されるわけである。市中に債券を売却(売りオペレーション)してマネーサプライを段階的に減少させれば最終的に名目利子率が上昇することになるだろうが-経済は幾ばくかの貨幣なしには機能しえないのである-、この可能性(=マネーサプライを縮小させ続ける結果として名目利子率が上昇する可能性)は、経済が停滞している状況においてはもちろん助けとなるものではない。

(続く;その(2)へ)


<注>

(訳注1) 債券市場が超過供給状態になれば、債券価格に下落圧力が働くことになる。債券価格の下落=債券利回り(=利子率)の上昇を意味しており、名目利子率はゼロ%以下の(マイナスの)水準から正の水準に向けて上昇することになるだろう 。

(訳注2)  R* は外国の名目利子率、E は自国通貨建ての名目為替レート(対ドル為替レートを考えれば、例えば「1ドル=80円」との表示方法が採用されることになる。よって、E の値が上昇すれば円安(減価)を、E の値が下落すれば円高(増価)を、意味することになる)、をそれぞれ表している。 

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