2023年4月18日火曜日

Richard Baldwin 「『ワインの経済学』が明かす『お得なワイン』とは?」(2008年6月28日)

Richard Baldwin, “Wine economics and economical wine”(VOX, June 28, 2008)
身近にある気楽な話題に切り込んだ厳密な研究によると、テロワール(ブドウの生育環境)はワインの質と関係ないようであり――ワインの値段となると話は別――、ワイン「専門家」の意見(評価)はワインの将来(飲み頃になった頃)の質や値段を予測するのに役立たないようだ。

経済学者の手にかかると、何もかもがつまらなくなってしまうのはどうしてなんだろう?

世界中のワイン愛好家の間では、テロワール(ブドウの生育環境)の細部について語らうのが楽しみの一つになっている。サン・テステフ村とポイヤック村を比べると、ワイン用のブドウを栽培するのが難しいのはサン・テステフ村の方というのが目利きたちの間で一致した意見だ。その理由は、サン・テステフ村の土壌の方が重みも厚みもあるから・・・ですよね?

そんなのは戯言(たわごと)だ!・・・と語るのは、オリヴィエ・ジャーゴウ(Olivier Gergaud)&ヴィクター・ギンスバーフ(Victor Ginsburgh)の二人だ。エコノミック・ジャーナル誌に掲載された彼らの共著論文では、100箇所のブドウ園を対象に、テロワール――土壌の特徴、日当たりの良さなど――に加えて、ワインがどんな方法で製造されているか――どの種類のブドウを栽培しているか、ブドウをどのようにして収穫しているか、ワインをどのように瓶詰めしているか等々――についてもデータが集められている。そして、そのデータをワインの質を測る指標(専門家らによる評価、競売価格)と突き合わせたところ、テロワールは鍵を握っていないことが見出されたという。ワインの質を左右するのは、テクノロジー(ワインの製造方法)だというのだ。「テロワールこそが重要なのだ!」と説くフランス発の神話はそう簡単には解体されないだろうが、お金を賢く使いたいならそんな神話なんて無視すべきなのだ。

エコノミック・ジャーナル誌の同じ号には、テロワール神話解体派の首領(ドン)とも言えるオーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter)の論文も掲載されている。アッシェンフェルターによると、ボルドー産のワインは年を重ねるほど(熟成が進むほど)味わいがよくなるおかげで、同じワインであってもしばらく待っていたら倍の値で売れるという。ボルドーワインを若いうちに飲んでしまうつもりなら、デキャンタする(ガラス容器に移し替えて空気に触れさせる)のをお忘れなく。

マーケットが素面(しらふ)でちゃんと機能しているようなら、ワインの先物価格(まだ樽に入っている出荷前のワインに付けられる値)は、そのワインが飲み頃になった時にどのくらいの値で手に入れられるかを先取りして伝える偏りのない指標になっているはずだ。しかしながら、現実はそうなっていない。それぞれの生産年度(ヴィンテージ)のボルドーワインの質や値段(飲み頃になった時の値段)はそのワインが製造された年(そのワインを作るのに使われたブドウが収穫された年)の気候によってうまく予測できる。しかしながら、気候という簡単に測れる決定因は、ワインの先物取引で買い手に回る諸君にすっかり無視されてしまっている。その代わり、出荷前のワインに付けられる値に影響を及ぼしているのがその道の専門家による試飲結果――とりわけ、ロバート・パーカー(Robert Parker)が試飲して下した評価(点数)――だ。

お金を賢く使いたいなら、パーカーの評価なんて無視すること。その代わり、ワインが製造された年の気候情報に加えて、アッシェンフェルターの論文――“Predicting the Quality and Prices of Bordeaux Wine”(「ボルドーワインの質と値段を予測する」)――のコピーを手に入れるのをお薦めする。

・・・というアドバイスは、値段相応のワインを「味わう」つもりのようなら申し分ないと言えようが、ワインで「お金儲けをする」つもりのようなら別のアプローチを試す必要がある。ケインズがいみじくも喝破しているように、美人投票で誰が一位になるかを予測するためには、「誰が美しいか」を判断するのではなく、「みんなが誰を美しいと判断しているか」を判断するのが肝心になってくる。ボルドーワインに関しては、 あの人の判断を無視するわけにはいかない。それは誰かというと、・・・そう、ロバート・パーカーだ。

巧みな手を使って「パーカー効果」の大きさを推計しているのがマイケル・ビサー(Michael Visser)らの論文である。ボルドーまでわざわざ足を運んで、出荷される前のワインを試飲して点数を付けるというのがパーカーの長年の習わしだった。パーカーが下す評価は、ワインの先物価格にかなり大きなインパクトを及ぼしていることが統計分析の結果として明らかになっている。しかしながら、2003年に関してはそうはならなかった。イラク戦争を恐れてか、パーカーは春になってもボルドーを訪れなかった。そのため、2003年に関しては、パーカーが評価を下す前に既に先物価格が決まっていたのである。ビサーらの論文では、およそ250種類のワインの2002年と2003年の分の先物価格のデータを比較して、「パーカー効果」の大きさが推計されている。その大きさは、ワイン1本あたりおよそ2.8ユーロになる(パーカーの評価が加わるだけで、ワインの先物価格が平均すると2.8ユーロくらい高まる傾向にある)ということだ。

2023年4月10日月曜日

David Ubilava&Rebecca Edwards&Stefanie Schurer&Kadir Atalay 「コロナ不況で救われる命:オーストラリアの過去40年のデータから得られる証拠」(2020年11月2日)

David Ubilava&Rebecca Edwards&Stefanie Schurer&Kadir Atalay, “Lives saved during economic downturns: Evidence from Australia”(VOX, November 2, 2020)

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために社会経済活動の制限を試みる一連の措置は、益よりも害が多いと説く声がある。社会経済活動を制限するのに伴って、景気が落ち込むだけでなく、孤立するのを強いられてメンタル面にも悪影響が及ぶというのだ。本稿では、オーストラリアの過去40年のデータを利用して、景気後退が死亡率に及ぼす影響を検証した。その結果はというと、景気後退は死亡率にほとんど影響を及ぼさないようだ。ただし、例外がある。景気が後退すると、交通事故死が減る傾向にあるのだ。ロックダウンやそれに伴う景気の落ち込みが心身の健康に悪影響を及ぼす可能性を排除するつもりは毛頭ないが、ロックダウンやそれに伴う景気の落ち込みの影響で車の交通量が減るおかげで死亡率はむしろ低下することになるかもしれない。


新型コロナの大流行を原因とする公衆衛生面での危機に立ち向かうために、世界中の各国で社会経済活動の制限が試みられている。その結果として失業が一時的に急増しているだけでなく、景気の落ち込みが長引くのではないかとも予想されている。「大封鎖」(グレート・ロックダウン)は、1930年代の「大恐慌」と同等の破壊的な影響をもたらすのではないかと予測する声も聞かれるくらいだ(Gopinath 2020)。ロックダウン(都市封鎖)のコストをめぐって世界中で議論が続けられている最中だが、ロックダウンのような「厳格な措置」は益よりも害が多いと説く論者もいる。その言い分によると、ロックダウンによって景気が落ち込むだけでなく、ロックダウンによって孤立するのを強いられる(他者と交流できなくなる)せいでメンタル面(メンタルヘルス)にも悪影響が及ぶというのだ(ABC 2020, Benson 2020, Giuffrida 2020, Collins and Cox 2020)。

ところで、景気が後退すると死亡率が低下することを見出している一連の先行研究がある。そこにオーストラリアで得られた証拠を新たに付け加えて、ロックダウンのコストをめぐる国内外の議論に一石を投じようと意図しているのが我々の最新の研究である(Atalay et al. 2020)。ことオーストラリアに関しては、景気後退は死亡率にほとんど影響を及ぼさない――景気が後退しても死亡率はほとんど変化しない――というのが過去40年のデータから示唆される結論である。ただし、例外がある。景気が後退すると、交通事故死が減る傾向にあるのだ。その一方で、景気後退は自殺に対して何の影響も及ぼさないことが見出されている。これらの結果は、ロックダウンの影響で景気が落ち込むと、少なくとも国民皆保険が実現している国においては死亡率が低下する可能性があることを示唆している。2020年の終わりまでにオーストラリア国内の失業率は5.1%から10%へと上昇するというのがオーストラリア準備銀行の見立てだが、もしもその見立て通りになったとすると、オーストラリア国内の死亡者の数は(交通事故死が減るおかげで)425人だけ減る――425人の命が救われる――というのが我々の研究から導かれる推計結果である。この推計結果は、未曽有の経済危機に陥る可能性を慎重に考慮に入れた上で導き出されている。景気が落ち込めば心身の健康に悪影響が及ぶかもしれないし、ロックダウンによって心身の健康が損なわれて自殺が増えてしまうかもしれない。その一方で、ロックダウンによって車の交通量が減れば――それに加えて、在宅勤務が広がれば――交通死亡事故が減り、そのおかげで景気後退が死亡率に及ぼす影響がいつにも増して強まるかもしれない。

景気の良し悪しと死亡率との関係をめぐっては続々と研究が積み重ねられているが、その先駆となったのがクリストファー・リューム(Christopher Ruhm)の画期的な研究(Ruhm 2000, 2015)である。リュームが探ったのは、景気の後退がその国で暮らす人々の健康にプラスに働く(健康を増進させる)可能性だった。景気が後退すると、金銭面で余裕がなくなって生活が苦しくなりがちだとしても、失職して時間の余裕が生まれると、病院に通って治療したり、誰かと一緒に過ごしたり、親戚の世話をしたり、健康的なライフスタイルを送ったりできるようになる。失職すると、事故に遭う機会が減る可能性もある。通勤しないでよくなるので車を運転する機会が減るし、仕事で危ない目(労災)に遭わずに済むようになるからである。すなわち、一国全体のレベルで見ると、 景気が悪化する――失業率が高まる――のに伴って、国民の心身の健康状態が上向くおかげで死亡率が低下する可能性があるわけだ。挑戦的で物議を醸す仮説ではあるが、国別(アメリカ、カナダ、メキシコ、ドイツ) のデータを利用した研究でも、地域別(OECD加盟国、アジア太平洋地域)のデータを利用した研究でも、その妥当性を裏付ける実証的な証拠が得られている。すなわち、「失業率が高まると、死亡率が低下する」という仮説が支持されているのだ(Ruhm 2000, Gerdtham and Ruhm 2006, Miller et al. 2009, Ariizumi and Schirle 2012, Lin 2009, Neumayer 2004, Gonzalez and Quast 2011)。この分野にオーストラリアで得られた証拠を新たに持ち込んだのが我々の研究であり、1979年から2017年までのおよそ40年間にわたる死因別死亡率の時系列データ――そのデータはオーストラリア健康福祉研究所(AIHW)が作成しており、州別/男女別/年齢別に死因別死亡率が跡付けられている――を利用して実証的な検証を試みている。これまでにオーストラリアは研究の対象になっていないが、国民皆保険が実現していてセーフティーネットが比較的充実していてOECD(経済協力開発機構)に加盟している裕福な国についての重要な洞察を得る上でオーストラリアは格好の対象である。

我々の研究を通じて得られた主要な結果を要約しているのが以下の図1である。失業率の変化が死亡率に及ぼす影響がまとめられているが、全年代をひっくるめた結果に加えて、年齢別――年少層(0歳~14歳)、若年層(15歳~24歳)、年長層(25歳~34歳)、中年層(35歳~64歳)、高齢層(65歳以上)の5階級――の結果も示されている。全年代をひっくるめると、失業率が高まっても死亡率には何の影響も及ばないというのが我々が見出した結果である(一番左)。失業率が1ポイント(1パーセントポイント)上昇しても死亡率には何の影響も及ばないのである(失業率が1ポイント上昇すると死亡率が0.02%低下するという結果が得られているが、 統計的に有意ではない)。しかしながら、若い世代――若年層+年長層(15歳~34歳)――に関しては、失業率が高まると死亡率が低下するという関係(統計的に有意な関係)がはっきりと成り立つことが見出されている。男女別で検証した結果も加味すると、15歳~34歳の若い世代で「失業率が高まると死亡率が低下する」という統計的に有意な関係が成り立つのは、失業率が高まると若い(15歳~34歳の)男性の死亡率が低下するおかげのようだ。中年層(35歳~64歳)および高齢層(65歳以上)に関しては、失業率と死亡率との間に統計的に有意な関係は見出されなかった――中年層、高齢層を個別に検証しても、ひっくるめて検証しても、5歳刻みないしは10歳刻みでグループ分けして検証しても、統計的に有意な関係は見出されなかった――。

図1


オーストラリアのデータの検証を通じて我々が得た結果は、2000年よりも前のデータが対象になっている Ruhm (2000, 2015) や国民皆保険が実現していないアメリカが対象になっている Stevens et al.  (2015) で得られている結果と大体足並みが揃っている。例えば、Ruhm (2000) によると、20歳~44歳の年齢層については「失業率が高まると、死亡率が低下する」という関係(統計的に有意な関係)が成り立つ――失業率が1ポイント上昇すると、20歳~44歳の世代の死亡率が1.9%低下する――ものの、中年層・高齢層についてはそのような関係は見出せないとのことであり、我々の研究と同様の結果が得られている。また、Stevens et al. (2015) では、15歳~29歳の男性(および、15歳~24歳の女性)について「失業率が高まると、死亡率が低下する」との関係が見出されており、失業率が1ポイント上昇すると(15歳~29歳の男性、15歳~24歳の女性の)死亡率が1.1%~1.8%低下するとの結果が得られている。それに加えて、Stevens et al. (2015) によると、失業率の変化が死亡率に及ぼす影響は女性よりも男性の方が大きいとのことであり、我々の研究と同様の結果が得られている。

我々の研究では、失業率の変化が死亡率に及ぼす影響を死因別に分解して検証してもいる。図1にまとめられている結果が特定の死因の変動によって突き動かされているかどうかを確かめるためにである。その検証の結果はというと、一つの例外を除いて、「失業率が高まると、○○を死因とする死亡率が低下する」という関係は見出されなかった。一つの例外というのは、交通事故死である。失業率が高まると、交通事故死が一貫して減る傾向にあるのだ。具体的に言うと、失業率が1ポイント上昇すると、交通事故死が6%減る傾向にあるのだ。これは従来の研究で見出されているよりも倍の影響の大きさであり、人数に換算すると年あたり88人の命が(交通事故死する運命を逃れて)救われる計算になる。そのうちの73人は男性で、残りの15人は女性である――命が助かる男性の数は、命が助かる女性の数の5倍――。また、失業率の変化が交通事故死の数に及ぼす影響が一番大きく表れる世代は、生産年齢に該当する世代である。このことを踏まえると、若年層+年長層(15歳~34歳)に限って「失業率が高まると、死亡率が低下する」という関係(図1)が成り立つのは、失業率が高まるとこの世代の交通事故死が減るおかげということになろう。「景気が後退すると、交通事故死が減る」傾向は、オーストラリア以外の国(アメリカ、ドイツ、カナダ、フランスなど)でも一貫して見出されている。従来の研究では、失業率が1ポイント上昇すると、交通事故死が2~3%ほど低下するという結果が得られている(Ruhm 2000, Neumayer 2004, Gerdtham and Ruhm 2006, Lin 2009, Ariizumi and Schirle 2012, Brüning and Thuilliez 2019)。

アメリカで得られた結果とオーストラリアで得られた結果との間には、特筆すべき違いがいくつかある。まず第一に、オーストラリアが対象になっている我々の研究では、景気の後退が年少層(0歳~4歳)や高齢層(65歳~84歳)の死亡率に影響を及ぼしている証拠は見出されていないが、アメリカが対象になっている Stevens et al. (2015) では、景気が後退すると年少層や高齢層の死亡率が低下することが見出されている。「なぜそうなるのか?」という疑問に対する答えの候補として Stevens et al. (2015) で着目されているのが、景気変動に伴う医療の質の変化である。アメリカの医療の質は、病院やナーシングホームで働く医療従事者の質によって左右される。景気が後退すると、病院やナーシングホームで働く医療従事者の質が上がり――スキルの高い求職者が医療現場に集まり――、そのおかげで年少層や高齢層の死亡率が低下するのではないかというのが Stevens et al. (2015) の説である。別の違いに話を転じると、我々の研究では、Stevens et al. (2015) とは異なり、失業率が交通事故死以外の死因(自殺、心臓疾患、呼吸器疾患、脳血管疾患、肺炎、インフルエンザ)による死亡率に影響を及ぼしている証拠は見出されていない。かような違いが生まれる理由は、オーストラリアのように国民皆保険が実現している国では、医療の質も医療へのアクセスのしやすさも景気変動の影響を受けにくいからかもしれない――その理由は、公費が絶えず投入されているおかげもあって、景気が悪化してお金のやりくりが苦しくなっても医療を受けられる余裕があるからである――。 オーストラリアの国民皆保険制度は、国民(とりわけ、年少層や高齢層)の健康が景気変動に左右されるのを防ぐ壁の役割を果たしているのかもしれない。同様の指摘をしている Ariizumi and Schirle (2012) によると、カナダでも景気変動が年少層や高齢層の死亡率に影響を及ぼしている証拠は見出せないとのことだ。カナダと言えば、医療制度の面でオーストラリアとよく似ている国である。また、OECD加盟国が対象になっている Gerdtham and Ruhm (2006) によると、社会保険制度が充実している国においてほど、失業率と死亡率の負の相関――「失業率が高まると、死亡率が低下する」という関係性――は弱まるとのことである。

<参考文献>


●Atalay, K, R Edwards, S Schurer and D Ubilava (2020), “Lives Saved During Economic Downturns: Evidence from Australia”, IZA Discussion Paper 13742
●Ariizumi, H and T Schirle (2012), “Are recessions really good for your health? Evidence from Canada”, Social Science & Medicine 74(8): 1224-1231.
●Australian Broadcasting Corporation (ABC) (2020), “‘Extreme’ COVID-19 epidemic better than lockdown argues economist, but others strongly disagree”, 20 April.
●Benson, S (2020), “Coronavirus Australia: suicide’s toll far higher than virus”, The Australian.
●Brüning, M and J Thuilliez (2019), “Mortality and Macroeconomic Conditions: What can we learn from France?”, Demography 56(5): 1747–1764.
●Cameron, A C and D Miller (2015), “A Practitioner’s Guide to Cluster-Robust Inference”, Journal of Human Resources 50(2): 317-372.
●Collins, A and A Cox (2020), “Coronavirus: why lockdown may cost young lives over time”, The Conversation.
●Gerdtham, U G and C J Ruhm (2006), “Deaths rise in good economic times: Evidence from the OECD”, Economics and Human Biology 4(3): 298–316.
●Gonzalez, F and T Quast (2011), “Macroeconomic changes and mortality in Mexico”, Empirical Economics 40: 305–319.
●Gopinath, G (2020), “The Great Lockdown: Worst Economic Downturn Since the Great Depression”, IMF Blog.
●Giuffrida, A (2020), “Italy’s lockdown has taken heavy toll on mental health, say psychologists”, The Guardian.
●Lin, S-J (2009), “Economic fluctuations and health outcome: a panel analysis of Asia-Pacific countries”, Applied Economics 41(4): 519-530.
●Miller, D L, M E Page, A H Stevens and M Filipski (2009), “Why Are Recessions Good for Your Health?”, The American Economic Review Papers & Proceedings 99(2): 122-127.
●Neumayer, E (2004), “Recessions lower (some) mortality rates: evidence from Germany”, Social Science & Medicine 58(6): 1037–1047.
●Ruhm, C J (2000), “Are recessions good for your health?”, Quarterly Journal of Economics 115(2): 617–650.
●Ruhm, C J (2015), “Recessions, healthy no more?”, Journal of Health Economics 42: 17-28.
●Stevens, A H, D L Miller, M E Page and M Filipski (2015), “The Best of Times, the Worst of Times: Understanding Pro-cyclical Mortality”, American Economic Journal: Economic Policy 7(4): 279–311.

2023年1月14日土曜日

Martin van Tuijl&Jan C. van Ours 「『観客らは決着がついたと思っているようです』 ~国民性、土壇場でのゴール、PK戦~」(2010年6月15日)

Martin van Tuijl and Jan C. van Ours, “They think it’s all over: National identity, scoring in the last minute, and penalty shootouts”(VOX, June 15, 2010)

第19回目(2010年度)のFIFAワールドカップが南アフリカで開催中だが、本稿では、6カ国――ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダ――の代表チームの1960年以降の成果に分析を加えた結果を報告する。サッカーの国際大会では、ホームアドバンテージ、スキル、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右しているが、試合終了間際の土壇場においては「国民性」が物を言うこともあり得るようである


『サッカーというのは、実にシンプルなゲームだ。総勢22名の男たちが90分間にわたって一つのボールを追いかけまわす。そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ。』
――ゲーリー・リネカー(BBCのスポーツキャスター/元イングランド代表のキャプテン)

『ドイツ代表の調子がよければ、世界一の称号を勝ち取る。ドイツ代表の調子が悪ければ、決勝戦に進む。』

――ミシェル・プラティニ(欧州サッカー連盟会長/元フランス代表のキャプテン)


1954年に開催されたFIFAワールドカップの決勝戦では、試合が始まってからわずか8分の間にハンガリー代表が西ドイツ代表から2点を奪った。試合が始まる前に、西ドイツ代表がハンガリー代表を倒せるかもしれないと予想している人なんてただの一人もいなかった。いや、ハンガリー代表を倒せるチームがあるなんて誰も考えもしなかった。「マイティ・マジャール」(屈強なるマジャール戦士)の愛称で知られていたハンガリー代表は、前年の1953年にイングランド代表をウェンブリーで行われた親善試合で破っていた。イングランド代表にホームで初めて黒星をつけたのだ。しかしながら、西ドイツ代表は、「勝利を渇望するメンタリティ」をどこよりも備えているチームという座を手放すのを拒んだ。土壇場でのゴールをお手の物とするチームという触れ込みを裏切らなかった。フォワードのヘルムート・ラーンが試合終了6分前にゴールを決めて、西ドイツ代表が逆転勝ちを収めたのである。試合終了のホイッスルが鳴った時のスコアは、3対2。ドイツ(西ドイツ)代表がハンガリー代表を下(くだ)してワールドカップで初優勝を遂げたのだ。その後のドイツ代表は、世界各国の代表チームの中でも屈指の成績を残すに至っている。ワールドカップでの優勝は3回(1954年、1974年、1990年)で、準優勝は4回(1966年、1982年、1986年、2002年)。UEFA欧州選手権での優勝は3回(1972年、1980年、1996年)で、準優勝は3回(1976年、1992年、2008年)。ドイツ代表が今回(2010年度)のワールドカップで優勝できそうかというと、オッズは14倍となっていて、ドイツ代表が4度目の優勝を飾る可能性はそこまで高く見積もられてはいないようだ。しかしながら、これまでの華々しい足跡を踏まえると、ドイツ代表を優勝候補の一角から外す人はほとんどいないだろう。

ドイツ出身でノーベル平和賞受賞者でもあるヘンリー・キッシンジャーは、ドイツ代表が好成績を収めてこれた原因をドイツ人に特有の態度や入念なまでの計画癖に求めている。曰く、「ドイツ代表チームは、戦争への備えを進める時のドイツ参謀本部そっくりだ。試合に際しては、細心の注意を払って前もって計画が立てられる。選手一人ひとりは、攻撃(オフェンス)も守備(ディフェンス)もどちらもこなせるようにトレーニングを積んでいる。いざゴールを奪おうとなると、複雑なパスのやり取りが展開される。脳みそを振り絞れるだけ振り絞って予測や前準備が試みられるだけでなく、骨を粉にし身を砕くほどの努力が払われるのだ」(Kissinger 1986)。

成果の良し悪しを左右する要因は?

サッカーの代表チームの成果をめぐるこれまでの先行研究では、国別の人口規模やGDPの水準、(「学習」の度合いを測る指標として)ワールドカップへの出場回数といった変数に目が向けられてきている(Houston and Wilson 2002)。そして、意外でもないだろうが、たった今挙げた変数が代表チームの成果にプラスに働いていることが見出されている。代表チームに強くなってほしいようなら、国の人口が増えて国が豊かになればその望みを叶えるためにいくらか助けになるわけだ(Hoffmann et al. 2002, Macmillan and Smith 2007, Leeds and Leeds 2009)。

ところで、「スポーツ経済学」と「労働経済学」との間には、はっきりとしたアナロジーを見出すことができる。Kahn (2000) も詳述しているように、プロスポーツは労働市場について研究するためのユニークな機会を提供しているのだ。スポーツの勝敗は、絶対的な力量によってではなく、相対的な力量(対戦相手との力量の差)によって決まる。プロのサッカー選手は、自分のことを一番高く評価してくれるチームにお世話になろうとする。このことはクラブチームに関しては当てはまるが、代表チームには当てはまらない――帰化するという例もあるにはあるが――。代表に選出される選手は、「売り買い」されるわけではない。一国の代表としてプレーするためには、その国の国籍を持っていなければならないという条件があり、どこかの国のA代表に一度でも選出されると、別の国の代表としてプレーすることはできない決まりになっている。代表チームに選出され得る人材の数は、ほぼほぼ外生的に決まっている――国籍保持者に限定される――のだ。

あちこちのクラブの経営陣も念押ししていることではあるが、代表チームでプレーするのがプロのサッカー選手にとって一番大事な仕事かというと、決してそうではない。とは言え、選手としては、代表チームでプレーしたいという思いも間違いなく持っている。それというのも、代表に選ばれると、サッカー選手として箔(はく)が付いて市場価値が上がる――年俸が上がる――からである。それに加えて、代表に選ばれるのは大いに「名誉」なことであって、代表に呼ばれたのにそれを断る選手は滅多にいない。こういったことを考え合わせると、代表チームの成果は、選手たちのスキルによって左右されるのであって、インセンティブには左右されなさそうに思える。

土壇場において露(あらわ)になる「国民性」の違い

代表チームは、チーム・スピリットによって一つに束ねられている。どうしてそうなっているかというと、代表に選ばれた選手たち(の大半)が同じ「国民性」――その具体的な内実は様々であり得るだろうが――を共有しているからである。我々二人の共著論文(van Ours and Van Tuijl, 2010)では、労働市場一般に対する理解を深める助けになるような洞察を得られたらとの期待を込めて、それぞれの代表チームの国民性がサッカーの国際大会での試合結果に影響を及ぼすかどうかを探っている。

我々の論文で特に焦点を当てているのは、サッカーの主要な国際大会における「土壇場でのゴール」である。それはなぜかというと、試合終了間際の土壇場においてこそ、国民性の違いがこの上なく露(あらわ)になるからである。具体的には、ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダの計6カ国の代表チームが1960年以降にサッカーの主要な国際大会の試合――試合数にして1500試合以上――で奪った(あるいは、奪われた)ゴール(得失点)に分析を加えている。

前後半90分+延長戦

試合終了まで残り1分あるいは残り5分でのゴールの重要性を伝えているのが以下の表1である。我々が分析を加えた試合の総数は1564試合に上(のぼ)るが、試合終了まで残り1分で点(ゴール)を奪ったケースはそのうちの4%(63試合)、試合終了まで残り5分で点を奪ったケースはそのうちの13.9%(217試合)。 反対に、試合終了まで残り1分で点を奪われたケースは全体の1.9%(29試合)で、試合終了まで残り5分で点を奪われたケースは全体の6.8%(106試合)という結果になっている。冒頭で「・・・(略)・・・そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ」というリネカーの発言――ドイツ代表の粘りに対する諦念が込められた発言――を引用したが、表1はその発言を裏付ける証拠の一つともなっている。ドイツ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.5%(344試合中19試合)に上っており、6カ国の平均(4%)を大きく上回っているのだ。とは言え、オランダ代表はさらにその上を行っている。オランダ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.9%(253試合中15試合)に上っているのだ(図1もあわせて参照されたい)。

表1. 試合終了間際の土壇場にゴールが生まれた試合数(For=得点した試合/Against=失点した試合)


図1. 時間帯ごとの得失点の分布(実線=得点/点線=失点)


我々の論文では、それぞれの代表チームが試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率を導き出すために、線形のシンプルな確率モデルの推計も行っている。それによると、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表の三チームは、ブラジル代表と比べると、試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率が4.5ポイント(4.5パーセントポイント)ほど高いとの結果が得られている。4.5ポイントの差が甚(はなは)だしい違いを生むことがある。試合終了まで残り1分でゴールを奪うと、その試合に勝つ確率が26ポイント(26パーセントポイント)ほど高まる一方で、負ける確率が12~14ポイント(12~14パーセントポイント)ほど低くなるのだ。我々が推計した線形のシンプルな確率モデルによると、試合終了まで残り5分でゴールを奪う(得点する)確率が一番高いのはオランダ代表であり、試合終了間際の土壇場(試合終了まで残り1分および残り5分)でゴールを奪われる(失点する)確率が一番高いのはドイツ代表という結果が得られている。

ところで、試合がホーム(自国)で行われるかどうかによって試合結果に違いが生まれるだろうか? 我々の分析結果によると、ホームで試合をすると、相手(アウェイ)チームからゴールを奪う(得点する)確率が4.2ポイント(4.2パーセントポイント)ほど高まる一方で、相手チームにゴールを奪われる(失点する)確率が2.3ポイント(2.3パーセントポイント)ほど低くなるようである。さらには、ホームで試合をすると、試合に勝つ確率が20ポイント(20パーセントポイント)ほど高まる一方で、試合に負ける確率が12~16ポイント(12~16ポイントポイント)ほど低くなるようである。

PK戦

前後半90分が終わった段階で引き分けで、延長戦でも決着がつかないようだと、PK戦で勝敗が決められることになる。前回(2006年度)もそうだったが、ワールドカップの決勝戦でもPK戦までもつれこむことが時にある。ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップでのPK戦の結果をまとめたのが以下の表2である。イングランド代表、イタリア代表、オランダ代表はPK戦の成績が振るわず、それに比べてブラジル代表はずっと優れた成績を残している。ドイツ代表も抜群の成績を残しており、PK戦に5回――フランス代表、メキシコ代表、アルゼンチン代表を相手にそれぞれ1回、イングランド代表を相手に2回――勝っている。(ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップで)PK戦を一度しか経験していないベルギー代表を除外すると、ドイツ代表はワールドカップでもUEFA欧州選手権でもPKの成功率――ワールドカップでのPKの成功率は94%、UEFA欧州選手権でのPKの成功率は90%――が一番高いという結果になっている。

表2. PK戦の結果
データの出所:Penaltyshootouts.co.uk


総括

ゴールを奪えるかどうかは、チームのメンバー全員の努力にかかっている――優秀なストライカーがいれば、みんなの努力が実を結びやすくなる(ゴールがいくらか生まれやすくなる)としても――。それに加えて、ゴールを奪えるかどうかは、試合を注視している観客の後押しによっても左右される。一国の代表チーム同士で争われる重要な国際大会では、ホームアドバンテージがはっきりと確認できるのだ。

サッカーの試合でゴールが決まるかどうかは偶然によって左右される面もある。それだからこそ、観戦していてワクワクさせられるわけだが、代表チームの成果には明確な差を見出すことができるのも確かだ。ブラジル代表やドイツ代表は、一貫して優れた成果を残しているのだ。サッカーの強国の間での成果の差は徐々に縮まってきてはいるが、1960年~2009年の期間に関する限り、ブラジル代表は、勝ち星の面でどのチームよりも――例えば、イタリア代表/ドイツ代表/イングランド代表/オランダ代表よりも――はるかに優れた実績を残している。

それぞれの代表チームは、勝利数や得失点数だけでなく、勝ち方や点の取り方の面でも違いがある。ブラジル代表やイタリア代表は、試合に負けるのをよしとしないところがある。そのため、土壇場でのゴールを奪うために労力を割こうとしない。ゴールを奪うために労力を割くと、(守備が甘くなって)反対にゴールを奪われてしまう危険性があるからだ。その一方で、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表は、リスクを恐れないところがある。ゴールを奪われてしまう危険を冒してでも、土壇場でのゴールを奪うために労力を割くのを厭(いと)わないのだ。そして、土壇場でのゴールを奪おうと必死になるあまり、それと引き換えにゴールを奪われてしまう危険性が大幅に高まってしまうのはドイツ代表だけ・・・という結果が我々の分析を通じて得られている。ドイツ代表がどんな犠牲を払ってでも勝ちを欲しているのは、どうやら間違いないようなのだ。

試合に勝てる確率は、チームの質(スキルの高さ)によっておおよそ決まってくることは言うまでもない。しかしながら、ホームアドバンテージ、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右すると言えそうだ。そして、「国民性」が物を言うこともあり得るようだ。とは言え、土壇場でのゴールは、そう頻繁には生まれない。そんなわけで、土壇場でのゴールを引き寄せる力が備わっているらしいゲルマン魂が、今回のワールドカップの帰趨(きすう)に影響を及ぼす可能性は小さそうだ――無視できるほど小さくはないだろうが――。

<参考文献>


●Hoffmann, R, CG Lee and B Ramasamy (2002), “The socio-economic determinants in international soccer performance”(pdf), Journal of Applied Economics, 5:253-272.
●Houston, R, DP Wilson (2002), “Income, leisure and proficiency: an economic study of football performance”, Applied Economics Letters, 9:939-943.
●Kahn, LM (2000), “The sports business as a labor market laboratory”(pdf), Journal of Economic Perspectives, 14:75-94.
●Kissinger, H (1986), “The World Cup according to character”, Los Angeles Times,29 June.
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●Van Ours, JC and M A van Tuijl (2010), “Country-Specific Goal-Scoring in the “Dying Seconds” of International Football Matches”, CEPR Discussion Paper 7873.