2025年5月18日日曜日

Mark Thoma 「ケインズ経済学に関する『七つの神話』」(2013年5月7日)

Mark Thoma, “Seven Myths about Keynesian Economics”(The Fiscal Times, May 7, 2013)


ハーバード大学に籍を置く歴史学者のニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)がケインズについての発言で謝罪に追い込まれている。ファーガソンによると、ケインズはその独特な性的嗜好ゆえに子供がいなかったから、長期的な経済問題に関心が無かったというのだ。ケインズの性的嗜好云々については脇に置いておくとしても、経済が短期的な問題を抱えている時にケインジアンは長期的な側面に目をつぶりがちだと語られることはよくある。しかしながら、ケインジアンが長期的な問題に関心が無いという言い草は、ケインズ経済学に関する多くの「神話」のうちの一つなのだ。


【神話その1:ケインジアンは、長期的な経済問題への関心が疎かだ】

大間違いだ。ケインズ経済学を嫌っている保守派は、短期的な問題への関心が疎かで、短期的な問題――とりわけ、失業の問題――への対処を誤ると長期的な損害につながりかねないことへの注意が足りないのだ。例えば、景気後退が長引くと、労働市場から退出して二度と戻ってこない人が増えてしまって、経済の長期的な成長力(潜在成長率)が鈍ってしまうおそれがある。ケインジアンは、長期的な問題に大いに関心を持っているのだ。長期的な問題を解決するためには、短期的な問題を無視するに限るとは考えていないだけなのだ。 


【神話その2:ケインジアンは、経済成長にとんと興味が無い】

ケインジアンも経済成長の有難味(ありがたみ)は理解している。しかしながら、二酸化炭素の排出をはじめとした「外部性」を企業が考慮に入れるように望むだけでなく、経済成長の成果がどのように分配されるかにも関心を払う。近年のように、労働者の生産性が上昇しているのに所得上位層だけが潤っているようなら、そのことを問題視する。所得を増やそうとするなら経済成長は欠かせないが、少数のヨット(お金持ち)だけでなくすべてのボートが一緒に引き上げられねばならないのだ。海水を汚さないようにしなくてはならない(環境にも配慮しなくてはならない)のだ。


【神話その3:ケインジアンは、「大きな政府」の支持者だ】

ケインズ経済学に関する神話の中でもおそらく最も実態とかけ離れていて、最も広く流布している神話だ。景気が悪化したら政府支出を増やすか減税するかして景気の刺激を試みる一方で、景気がよくなったら逆のことをせよというのが、ケインジアンが説く安定化政策である。ケインジアンが説いているのは、政府支出なり税金なりの「一時的な」変更なのだ。景気が悪化した時に政府支出を増やしても、景気がよくなった後に政府支出を減らしたら、政府の規模は、景気が悪化する前と変わらない。しかしながら、景気がよくなった後に政府支出が減らされるのではなく増税が行われるようなら、政府の規模は、景気が悪化する前よりも大きくなるだろう。あるいは、景気が悪化した時に減税が実施されて、景気がよくなった後に政府支出が減らされるようなら、政府の規模は、景気が悪化する前よりも小さくなるだろう。しかしながら、ケインジアンが説くように、景気が悪化した時に政府支出を増やしたらその後(景気がよくなった後)に政府支出を減らすようにするか、景気が悪化した時に減税したらその後に増税するようにしたら、政府の規模は、景気が悪化する前と変わらないのだ。


【神話その4:ケインジアンは、公的債務のことなんて気にもかけていない】

ケインジアンとしても、政府が負う公的債務が状況によっては厄介な問題を引き起こす可能性があることはわかっているし、公的債務の長期的な持続可能性の問題に取り組む必要があることもわかっている。しかしながら、公的債務が原因で生じるコストだけを気にかけるのではなく、失業が原因で生じるコストと天秤にかけるのが肝心なのだ。深刻な景気後退に陥っていて、公的債務の残高が今くらいの水準のようなら、失業が原因で生じるコストの方が公的債務が原因で生じるコストよりもずっと大きい。その一方で、景気がよくなったら、二つのコストの大小関係が逆転するだろうから、財政赤字の削減に重きを置くべきだろう。しかしながら、今のところは、失業こそが最大の関心事であるべきなのだ。


【神話その5:ケインジアンは、インフレのことなんてどうでもいいと思っている】

ケインジアンが何よりも重視しているのは、労働者の雇用と所得を高い水準で安定させることだ。労働者の雇用と所得を高い水準で安定させようと試みている最中にインフレが加速するようなら、そのことを問題視するのは言うまでもない。インフレが原因で生じるコストを誇張して語る陣営に反対するのだ。失業が原因で生じるコストを矮小化して語る陣営に反対するのだ。すなわち、政府が経済に介入するのに何が何でも反対しようとする陣営の言い草に異を唱えるのだ。


【神話その6:ケインジアンは、金融政策を信用していない】

金融政策に景気を刺激する力が備わっていることについては、ケインジアンも否定しない。しかしながら、金融政策だけで深刻な景気後退から抜け出せるとは考えない。財政政策も必要なのだ。


【神話その7:ケインジアンが使っているモデルは、古くて時代遅れで劣っている】

危機に襲われて、現代のマクロ経済学のモデルが役に立たないことが明らかになると、経済学者の多くは、オールドケインジアンのモデルに助けを乞うた。今まさに我々が直面している類の問題に答えるために組み立てられたと言っても過言ではないようなモデルだったからである。現代のモデルが抱える欠陥が修正されるのを待っている余裕などなかった。その一方で、オールドケインジアンのモデルに関しては、その長所と短所を考慮に入れさえすれば、役に立つことが判明したのである。ケインジアンは、今回の危機のどの局面であれ、いつの時代に作られたものかなんて大して気にせずに、利用できる中から最善と思われるモデルを選んで使った。現代のモデルが役に立ったこともあれば、古いモデルが優れた洞察を与えてくれたこともあった。古かろうが新しかろうが、重要な疑問に答えるのに最善と思われるモデルに頼ったのである。今回の危機をきっかけに現代の「ニューケインジアン」モデルにも修正が加えられたが、修正されたニューケインジアンモデルが古いモデルから導き出される処方箋を支持する傾向にあるのは興味深い。


古いモデルだったり修正されたニューケインジアンモデルだったりが推奨する政策がもっと積極的に試みられていたとしたら、長期失業のような問題も今みたいにひどくはなっていなかったかもしれない。いや、今からでも遅くない。今からでもいいから、もっと積極的に試みる必要があるのだ。経験から学んでほしいところではあるが、これまでに触れてきた「七つの神話」が失業問題に効き目がある政策が試みられるのを邪魔し続けているのだ。

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