Paul Krugman, “Inflation targeting in a liquidity trap: the law of the excluded middle”(February 1999)
噂によると、日本銀行がインフレ目標の採用を検討しているらしい。プラスのインフレ率を上限値にするんだとか。朗報だ。自分たちが置かれている状況をとうとう理解し始めたらしいことを意味しているわけだから。でも、本当にそうなんだろうか? 何とも言えないところだ。なぜなら、噂として聞こえてくるインフレ率の目標値があまりにも低過ぎるからだ。噂通りなんだとしたら、自分たちが置かれている状況をまだちゃんと理解していないんだろう。「流動性の罠」に嵌ってしまったら、かなり高めのプラスのインフレ率を目指すか、ノロノロ続くデフレを受け入れるかのどちらかを選ぶしかないのだ。中道なんてないのだ。
その理屈は単純なんだけれど、なかなか理解してもらえないみたいだ。均衡実質金利――完全雇用に達した場合に貯蓄と投資(海外純投資を含む)が等しくなる金利――がマイナスで(“Japan: still trapped”で説明したように、「流動性の罠」に嵌るというのは、均衡実質金利がマイナスになることなのだ)、失業が発生しても物価はすぐには下がらないとしよう。予想インフレ率が低過ぎて実質金利が均衡実質金利の水準にまで下がらないようなら――例えば、マイナス3%の実質金利が「必要」とされているのに、予想インフレ率がプラス1%でしかないようなら――、完全雇用が達成できずに緩やかなデフレが続くことになるだろう。そうなったら、インフレ目標の信用もすぐに地に落ちて、ふりだしに戻っちゃうだろう。
インフレ目標がうまくいく可能性があるのは、目標値がかなり高く設定されてそのことが信用される場合に限られるのだ。言い換えると、インフレが起きるくらいに景気が刺激される場合に限られるのだ。目標値が低過ぎるようなら、失敗する運命にあるのだ。
「調整インフレ」案を和らげたがる人――「物価安定を目指しちゃいけないのでしょうか? 例えば、1%のインフレ率を目指しちゃいけないのでしょうか?」とかいうふうに穏健にしたがる人――がいるけど、肝心なことがわかっていないのだ。“Japan's trap”でも述べたように、日本がデフレ圧力に晒されているのは、インフレが必要とされているからなのだ。そのために、今の物価水準を将来の期待物価水準よりも引き下げようとする力が働いているのだ。それと同時に景気が低迷しているのは、物価というのはなかなか下がらないし、その過程で痛みを伴わないわけにはいかないからだ。
これまでの話に抵抗を感じるのもよくわかる。政策当局者たちは、逆説的に聞こえる話には慣れていないし、どうにかして中道を歩もうと試みるのが彼らの本能だからだ。でも、日本経済に埋め込まれている排中律〔注1〕は、学者の頭の中にある抽象的な屁理屈なんかじゃない。筋道立った分析から導かれる避けられない結論なのだ。
最後に太字でまとめておこう。
目標値が十分に高くない限り、日本におけるインフレ目標は失敗に終わるだろう。
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〔注1〕かなり高めのプラスのインフレ率を目指すか、ノロノロ続くデフレを受け入れるかのどちらかを選ぶしかない(中道なんてない)、という意味。
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