「民主主義の最大の弱みを知りたければ、平均的な有権者と5分間話してみるといい」( “The best argument against democracy is a five-minute conversation with the average voter.”) -ウィンストン・チャーチル
2012年の大統領選挙は、選挙人団の投票も一般投票のどちらもともに、接戦になりそうだ。有権者の投票行動を理解しようと努めるのはいつだって重要だが、選挙戦が緊迫している場合にはその重要性が一層増すことになろう。
有権者が挑戦者に希望を託して票を投じたり、現職に「ノー」を突きつけたりするのは、何が根拠になっているのだろうか? 有権者は、失業率、GDP、インフレ率のような経済変数を考慮に入れて誰に投票するかを決めているのだろうか? 失業率、GDP、インフレ率が改善しているのか悪化しているのかに応じて投票先を決めているのだろうか? それとも、各陣営が提示する政策方針書(position papers)の中身や候補者のこれまでの経歴(personal history)が鍵を握っているのだろうか? テレビで放映される候補者の選挙用CMや討論会でのパフォーマンスの出来は、有権者の行動に影響を及ぼすのだろうか?
そのどれでもないかもしれない。最近の研究によると、有権者が抱える非合理性(voter irrationality)は、思っている以上に恣意的なようだ。紙一重のきわどい選挙では、有権者がそこまで極端に非合理的でなくても最終的な結果が左右される可能性がある。それでは、有権者はどのくらい非合理的なのだろうか? 最近の研究の一つによると、投票が実施されるその同じ州で直前に行われたカレッジフットボールの試合結果がホワイトハウスへの切符を賭けたレースの行方を決定づける可能性があるという。
そのことを実証的に明らかにしているのが、アンドリュー・ヒーリー(Andrew Healy)&ニール・マルフォートラ(Neil Malhotra)&セシリア・モー(Cecilia Mo)の三人である。『米国科学アカデミー紀要』(Proceedings of the National Academy of Science)に掲載されている彼らの大変魅力的な論文で、大統領選挙、上院議員選挙、州知事選挙の直前に行われたカレッジフットボールの試合結果が有権者の投票行動にどんな影響を及ぼしたかが検証されている。どんな結果が見出されているかというと、投票日の直前(1週間以内)に行われたゲームで地元チームが勝利すると、現職の得票率がおよそ1.5ポイント(1.5パーセントポイント)上昇する傾向にあるという。観客動員数トップ20のチーム――ミシガン大学、オクラホマ大学、南カリフォルニア大学といったビッグチーム――が投票日の直前に勝利したとしたら、現職の得票率は3ポイント(3パーセントポイント)も上昇する傾向にあるというのだ。かなりの票数であり、接戦の選挙戦で勝利を掴む上で決して無視できない数だ。なお、以上の結果は、1964年から2008年にかけて行われたビッグマッチ62戦分のデータに実証分析を加えて見出されたものであることを断っておこう。ごく限られた試合や少数の選挙戦のデータが根拠になっているわけではないのだ。
スポーツのおかげで元気づけられて、日々を晴れ晴れと過ごせるようになるというのは、良い報せに違いないだろう。応援するチームが勝利すると、そのチームのファンは、競技場においてだけでなく、競技場の外でも幸せを感じる。満足感を覚える。幸せだったり気持ちが高ぶっていたりすると、現状に満足しがちになる。そして、現状への満足感が、現職の政治家を支持するというかたちをとって表れるわけだ。それがどんなに非合理的であろうとも。
ヒーリーらの論文では、あれやこれやの要因(経済的、人口統計学的、政治的な諸要因)にコントロールが加えられているので、先に言及した結果は大雑把な相関よりもずっと精緻なものだと言える。さらには、「予想」を考慮に入れた分析も試みられていて、地元チームが予想外の勝利を収めると、現職の得票率がおよそ2.5ポイント(2.5パーセントポイント)上昇する傾向にあることが見出されている。
フットボールだけじゃない。ヒーリーらの論文では、2009年度に行われた全米大学体育協会(NCAA)主催のバスケットボールトーナメントの試合結果が有権者の投票行動に及ぼした影響についても検討されていて、フットボールのケースとほぼ同様の結果が得られている。1948年~2009年の期間に実施された市長選挙を対象にして、プロバスケットボール(NBA)、プロフットボール(NFL)、プロ野球(メジャーリーグ)の試合結果が選挙に及ぼした影響を検証している別の研究によると、地元チームがシーズンで好調な成績を残すと、現職に追い風になることが見出されている。
ただし、カレッジフットボールだとかプロ野球だとかの試合内容が選挙の結果を決定づける「主要な」要因だとまで言うつもりはない。オクラホマ大学のスーナーズ(Sooners)が100連勝したとしても(現職の)オバマ大統領がオクラホマ州で勝てない可能性もあるし、UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)のフットボールチームがボロ負けを喫したのに(挑戦者の)ミット・ロムニーがカリフォルニア州で敗れる可能性もある。ESPNスポーツセンターが報じる試合のスコア以外の要因も大いに重要なことは言うまでもないのだ。
とは言え、驚くべき結果であることに変わりはない。ヒーリーらも指摘しているように、現職の政治家たちは、自分とは何の関係もない試合結果に対して称賛を受けたり責任を問われたりするというわけだから。我々がいかに気まぐれでムードに流されやすいかを示す証左であると言えよう。スポーツを含めたポップカルチャーが「投薬」された状態で日々の選択を行っているのかもしれないと考えると、ちょっとゾッとしてしまう。スポーツの試合結果がこんなにも重要な影響を及ぼす可能性があることを思うと、有権者が政治に関わる基本的な情報――経済のパフォーマンスに関するデータなど――を合理的に処理しているのかどうかについても疑ってかかるべきかもしれない。
さて、ここで極端なシナリオを想定してみるとしよう。今のところは、現職のオバマ大統領が挑戦者のミット・ロムニーを若干リードしているようだが、今回の選挙は接戦になるだろうというのが大半の専門家の見立てだ。共和党陣営が勝利するためには、フロリダ州、オハイオ州、ヴァージニア州の3つの激戦州(swing states)が鍵を握る可能性がある。
来る10月27日――投票日の1週間とちょっと前――に、オハイオ州で地元のオハイオ州立大学のバッキーズ(Buckeyes)がペンシルベニア州立大学のニタニー・ライオンズ(Nittany Lions)を迎え撃ち、フロリダ州で地元のフロリダ大学のゲイターズ(Gators)がジョージア大学のブルドッグス(Bulldogs)を迎え撃つ。大統領選が今後も接戦のまま進むようなら、これら2つの州で行われるフットボールゲームの試合結果がこれからの4年間にわたって誰がホワイトハウスで指揮を執るかを左右する可能性がある。夜遅くにオバマ陣営からバッキーズのヘッドコーチであるアーバン・マイヤーに電話があって、ブリッツ(守備の戦術)についてアドバイスが送られたり、ロムニー陣営からゲイターズに電話があって、ブルドッグスのラン・プレイを防ぐためのアドバイスが送られたり、・・・なんてことがあったりするだろうか? 大事なフォース(4th)ダウンでパントを選ぶかタッチダウンを狙うかによって、コーチ陣だけでなくそれ以外の面々の前途も変わってしまう可能性があるのだ。
地元チームの勝利は、ビール・ゴーグル効果の選挙版と言えそうだ。地元チームが勝ったせいで判断が曇らされて、翌朝になって後悔するわけだ。「そんなはずない」(“That just ain’t right”)と。
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