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2025年5月14日水曜日

David Beckworth 「不換紙幣から商品貨幣へ ~ソマリアのケース~」(2013年2月12日)

David Beckworth, “From Government Fiat Money to Private Commodity Money: the Case of Somalia”(Macro Musings Blog, February 12, 2013)


1991年に政権が崩壊して以降のソマリアでの「お金事情」について、ローレンス・ホワイト(Lawrence H. White)&ウィリアム・ルーサー(William Luther)の二人が興味深い研究を行っている(こちらこちら)。彼らの論文から一部を抜粋しておこう。

貨幣の供給をどのように管理すべきかについて、過去数十年にわたって数多くの研究がなされてきている。興味深いことに、1991年に政権が崩壊して以降のソマリアで、貨幣の供給を自生的に管理するメカニズムが粗いかたちながらも出現してきているようだ。市中に流通する紙幣の量を制限できる力を持つ政府が不在であるのに乗じて、海外の印刷業者と手を組んで偽札を輸入して儲けようとする勢力が現れた。しかしながら、国内での通常の取引では1991年以前に発行された紙幣しか受け取ってもらえないので、国内に持ち込まれる偽札の量に制限が課せられる格好になった。額面が大きい紙幣を偽造しても儲けられないからである。1000ソマリア・シリングの対ドルレートは1991年から2008年までの間に0.30ドルから0.03ドルに減価したが、その後はそのレートで安定した。1000ソマリア・シリング紙幣を一枚偽造するのに要する費用(およそ0.03ドル/3セント)と等しくなったからである。

つまりは、贋金つくりに手を染める連中でさえも合理的な計算を行っているわけだ。限界費用(一枚の紙幣を偽造するのに要する費用)が限界便益(一枚の紙幣を偽造することによって得られる儲け)と等しくなるところまで偽札の発行を続けたというわけだから。その結果として、ソマリア紙幣の価値は、偽札を作るために要する費用と等しくなる水準にまで低下した。一枚の偽札を作るためにかかる紙代、インク代、プリンター代、電気代、海外からの輸送費等々の合計と等しくなる水準にまで低下したのだ。私からすると、ソマリアで出回っている偽札は一種の商品貨幣のように見える。政府が機能していない破綻国家であるにもかかわらず、ソマリアの経済がほどほどの安定を保っているのはこの商品貨幣のおかげだ。ソマリアで進行中の貨幣をめぐる魅惑的な実験は、商品貨幣から不換紙幣へという貨幣史の定番の流れに逆行している。ソマリアでは、不換紙幣(政府が独占的に発行する不換紙幣)が商品貨幣(民間で自由に発行される商品貨幣)に取って代わられているのだ。ブログ界における貨幣史の第一人者であるコーニング(J. P. Koning)がソマリアで起こっていることからどんな教訓を引き出すか楽しみだ。



David Beckworth 「『ゼロ下限制約』に達しても『流動性の罠』に陥ることはそうそうない」(2011年5月6日)

David Beckworth, “Liquidity Traps Are Very Unlikely, Even at the Zero Bound: A Rejoinder to Matt Rognlie”(Macro Musings Blog, May 6, 2011)


マシュー・ログリー(Matthew Rognlie)がタイラー・コーエン(Tyler Cowen)を難詰している。「流動性の罠」なんて存在しないと語るコーエンに反論を加えているのだ。「流動性の罠」が存在することを滔々と述べ立てた後に、ログリーは以下のように締め括っている。

しかしながら、希望は少しも残されていないというわけじゃない。Fedにやれることはまだあるのだ。名目金利の今後の経路についての予想に働きかけるという手もある。通常とは違うかたちで債券を大量に購入して、ポートフォリオのリバランスを引き起こして満期が長めの金利の低下を促すという手もある。・・・(略)・・・ゼロ%は制約ではないと言い回るのだけはよしてもらいたい。悲しいかな、ゼロ%は制約なのだ。

政策金利がゼロ%という制約に達しても、「流動性の罠」に陥ることはそうそうない。皮肉なことに、上に太字で引用した部分こそがまさにその理由になっているのだ。このことを理解してもらうためには、「流動性の罠」というのがどういう状況なのかをまずは思い起こす必要がある。「流動性の罠」というのは、貨幣に対する需要が無限に弾力的になる状況のことである。すなわち、中央銀行がどんなことをしても、貨幣に対する需要に何の影響も及ぼせない状況なのだ。「流動性の罠」に陥ると貨幣に対する超過需要が生じて、そこから派生する問題を金融政策で解決することができなくなってしまうのである。

ログリーの言い分によると、中央銀行が操作対象にしている短期金利(政策金利)がゼロ%に達したら、「流動性の罠」に陥ることになるという。政策金利だけが貨幣に対する需要に影響を及ぼすと想定するなら、その通りだろう。しかしながら、かつてミルトン・フリードマン(Milton Friedman)が主張したように、貨幣に対する需要は、政策金利を含む金利のスペクトラム(満期の異なる様々な金利)によって影響されるのだ。そうだとすると、政策金利がゼロ%に達したとしても、Fedにやれることは依然としてたくさんあることになる。Fedが長期国債だとか社債だとかの利回り――これらの利回りも貨幣に対する需要に影響を及ぼす重要な要因というのがフリードマンの考えだった――を低下させることができたら、貨幣に対する需要にも影響を及ぼせるわけであり、「流動性の罠」に陥らずに済むことになるのだ。

たった今述べたことは、上に太字で引用した箇所でログリーが述べている「ポートフォリオのリバランス」を引き起こす背景になっている。Fedが長期国債を購入したらその利回り(長期金利)が低下する可能性があるが、そうなるとポートフォリオのリバランスが引き起こされることになる。民間の経済主体が株式だとか実物資本だとかの高リスク資産を購入するようになるのだ。それに伴い、貨幣に対する需要が低下することになる。すなわち、Fedが長期国債を購入したらポートフォリオのリバランスが引き起こされると主張するのは、政策金利がゼロ%という制約に達したとしても「流動性の罠」に陥ることはないと主張しているに等しいのだ。ポートフォリオのリバランスが引き起こされると語るログリーは、「流動性の罠」の存在に懐疑的なコーエンの肩を持っていることになるのだ。

ところで、貨幣に対する需要が金利のスペクトラムによって影響されることを示す証拠はあるのだろうか? 過去に目を向けてもその証拠をいくつか見出すことができるし(例えば、こちらこちらを参照)、最近についてもその証拠はある。以下の3つのグラフがそれだ。貨幣の流通速度(セントルイス連銀が発表しているMZMの流通速度)と各種の金利(3カ月物の短期国債の利回り、10年物国債の利回り、社債の利回り)との間に密接なつながり(相関)があることが示されている(決定係数の値はいずれも0.7を超えている)。 





政策金利がゼロ%に達したからと言って、「流動性の罠」に陥るとは限らないのだ。「流動性の罠」に陥るためには、貨幣に対する需要に限りが無くなる必要があるのだ。そうなれば、デフレが起きることになるのだ。さらには、政策金利がゼロ%に達して貨幣に対する需要に限りが無くなるようなことが仮にあったとしても、ピーター・アイルランド(Peter Ireland)がクルーグマンの「流動性の罠」モデルを使って示しているように(pdf)、人口が成長するようなら、マネーサプライが増えるのに伴って分配効果が生じて、そのおかげで「流動性の罠」に陥るのを避けられるのだ。

現状はどうなのかというと、貨幣に対する需要が高止まりしているせいで景気の足が引っ張られているのは確かだが、「流動性の罠」からは程遠い。すなわち、貨幣に対する超過需要が生じているせいで引き起こされている問題を解決するためにも、総需要(名目支出)を刺激するためにも、金融政策にできることは依然としてたくさんあるのだ。こちらの記事で私なりにそのための具体的な提案を行っているので、参照していただきたいと思う。

(追記1)ジョシュ・ヘンドリクソン(Josh Hendrickson)もログリーに反論している〔拙訳はこちら〕。

(追記2)しばらく前のブログエントリーになってしまうが、「流動性の罠」についてのスコット・サムナー(Scott Sumner)の見解もあわせて参照されたい。

2025年5月10日土曜日

David Beckworth 「モノプソニーとしてのFed」(2009年9月11日)

David Beckworth, “The Fed as a Monopsony”(Macro Musings Blog, September 11, 2009)


侮蔑を込めて「貨幣の独占的供給者」と呼ばれることもあるFedだが、新たな呼び名を頂戴しているようだ。マクロ経済学者が出入りする労働市場や思想市場における「モノプソニー」(強大な支配力を持つ買い手)だ(あるいは、それに近い)というのだ。ライアン・グリム(Ryan Grim)がハフィントン・ポスト紙で報じているところによると、一流の学術誌でマクロ経済学についてどんな話題が率先して取り上げられるかにFedが並々ならぬ影響を及ぼしているという。Fedがそれだけの影響力を持っている理由は、(1) 大勢のマクロ経済学者を雇ったり客員研究員として受け入れていて、(2) スタッフたちが貨幣経済学やマクロ経済学の分野の一流の学術誌の編集陣に名を連ねていて、(3) Fedに同情的な元スタッフが大勢いて、(4) 今のところはFedと関わりがない経済学者たちももしかしたらFedとお近づきになれるかもしれない機会をみすみす潰さないように気を配っていて、(5) Fedがマクロ経済学の分野の多くの学術的なカンファレンスのスポンサーになっているからだという。グリムの言い分を引用しておこう。

本紙の調査によって明らかになったのは、コンサルタント、客員研究員、元スタッフ、現スタッフの膨大なネットワークを土台にして、Fedが経済学の世界を徹底的に牛耳っているということだ。中央銀行であるFedを正面から批判すると、経済学者としての将来のキャリアに暗雲が垂れ込めかねないのだ。 
大恐慌以来最悪の危機を予見できなかったFedを批判する声が経済学者たちの間からあまり上がらなかったのも、Fedのその強大な支配力ゆえなのだ。Fedの虜(とりこ)になっていたせいで、経済学者たちも同じ過ちを犯した(危機の予見に失敗した)のだ。 
・・・(中略)・・・ 
Fedの支配力の重要な源泉の一つが、その道の分野の「門番」とのつながりである。例えば、若くてこれからという経済学者にとっては避けては通れない学術誌の一つであるジャーナル・オブ・マネタリー・エコノミクス誌の編集陣の半数以上がFedの現スタッフなのだ。残りも元スタッフなのだ。

グリムの記事は興味深いが、Fedの影響力についてもう少し公平で学術的な批判を加えているのがローレンス・ホワイト(Lawrence H. White)である。2005年にEcon Journal Watch誌に掲載されたホワイトの論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

FRB(連邦準備制度)は、アメリカにおいて貨幣経済学の分野の研究を支えている重要なスポンサーの一つである。Fedがスポンサーになっている研究プログラムの規模(インプットおよびアウトプット)をいくつかの方法で計測し、貨幣経済学の分野における学術的な研究の内容に対してFedが及ぼしている直接的ないしは間接的な影響について検討するのが本稿の狙いである。Fedがスポンサーになっている研究は「現状維持バイアス」を抱えているかもしれないのだ。

ホワイトもグリムと同じ結論に達している。Fedは、マクロ経済学者が出入りする労働市場や思想市場において「モノプソニー」に似た影響力を持っているというのである。もっともな批判だが、私としてはあの手この手でFedの政策に疑問を呈し続けるつもりだ。どれもこれも失敗に終わるようでも、まだこのブログがある。・・・いや、待て。何よりも先にテニュア(終身在職権)をとらなくちゃいけない。 

2012年2月7日火曜日

David Beckworth 「金利を引き上げたら景気が回復する?」(2012年2月7日)

David Beckworth, “Can Raising Interest Rates Spark a Robust Recovery?”(Macro Musings Blog, February 7, 2012)


ビル・グロス(Bill Gross)の言い分によると、FedがFF金利(政策短期金利)の誘導目標を引き上げたら景気が勢いよく回復するそうだ。グロスによると、Fedによる低金利政策のせいで金融仲介機関の純金利マージン(利ざや)――貸付金利と支払金利(調達金利)の差――が圧縮されているのが景気の回復を妨げている主たる原因だという。Fedがイールドカーブ全体を押し下げていて(短期金利だけではなく、中長期の金利も低下していて)、そのせいで金融仲介機関が貸し付けを行うインセンティブが削がれているというのだ。そんなに簡単な話だったらいいのだけれど・・・。

経済が順調に成長していると金利も高めな傾向にあるというのは間違っていないが、グロスは因果の向きを見誤ってしまっているようだ。金利が低いから景気が低迷しているわけではない。景気が低迷しているから金利が低いのだ。家計や企業による資金需要(借入需要)が落ち込んでいるのが金利が低い一因なのだ。将来に対する不確実性が高まっていて、所得の伸びが予想を下回っていて、債務を圧縮しないといけない。その結果として家計も企業も借り入れを差し控えているのだ。それだけでなく、貯蓄を増やしてもいる。さらには、世界的に安全資産が不足していて、海外の貯蓄がアメリカに流入してもいる。資金需要が落ち込んでいて、民間の貯蓄が増えていて、安全資産を求める海外の貯蓄がアメリカに流入しているがゆえに、金利が低くなっているのだ。

過去数年にわたるFedの大規模資産購入プログラムによって満期が長めの資産のリスクプレミアムが低下したのは間違いなさそうだ。しかしながら、多くの実証研究によると、大規模資産購入プログラムが長期金利に対して及ぼした効果はそこまで大きくないことが見出されている。例えば、2007年以降に10年物国債の利回りは3%ポイント以上下落したが、大規模資産購入プログラムによってはその下落の多くを説明できないのだ。長引く景気の低迷と安全資産に対する需要の高まりこそがその下落の多くを説明できるのだ。言い換えると、Fedが大規模資産購入プログラムに乗り出さなくても、金利はやはり極めて低くなっていた可能性があるのだ。

経済のファンダメンタルズを反映する金利は、均衡利子率と呼ばれている。自然利子率とか中立金利と呼ばれることもある。純金利マージンが圧縮されているのはFedの政策のせいではなく、自然利子率(短中長期の自然利子率)が低下しているからなのだ。2008年半ば以降のFedの政策は、落ち込む自然利子率を後追いしていたに過ぎないのだ。他ならぬPIMCO〔訳注;ビル・グロスはPIMCOの最高投資責任者〕に所属する2名の優れたエコノミストも2008年の段階で以下のように指摘している

中央銀行が速やかに行動せずに金融市場の状況がさらに悪化してしまうようなら、市場金利を引き下げても中立金利を後追いする結果に終わってしまって、景気を刺激するに至らないかもしれない。

大変優れた指摘だ。この点について以下でIS-LMモデルを使って説明を試みてみようと思う。IS-LMモデルは決して完璧とは言えないが、金利について系統立てて考えるためのシンプルな道具立ての一つだ。ポール・クルーグマン(Paul Krugman)も同じ意見のようだが、クルーグマンがグロスに寄せている返答を私なりにモデルを使って掘り下げてみるとしよう。

まずはモデルの説明からだ。標準的なIS-LMモデルは、2つの曲線から成り立っている。IS曲線とLM曲線である。IS曲線は、貯蓄(意図した貯蓄)と投資(意図した投資)が等しくなるような――あるいは、支出と産出量が等しくなるような――金利(i)と実質GDP(Y)の組み合わせを表している。通常は右下がりの形状をしている。その一方で、LM曲線は、貨幣市場を均衡させる金利(i)と実質GDP(Y)の組み合わせを表している。中央銀行であるFedが金利に誘導目標を設定して金融政策を運営しているようなら、LM曲線は水平になる。IS曲線とLM曲線に加えて、完全雇用が達成されている時の産出量――自然産出量(Y Natural)――を図示したのが以下の図1だ。赤色の垂直線で表されている自然産出量とIS曲線が交わる金利の水準が自然利子率(i Natural)だ。



図1 完全雇用が達成されている状況


図1では、完全雇用が達成されている状況が描かれている。すなわち、実際の産出量が自然産出量に等しくて、金利(市場金利)が自然利子率に等しいわけである。何らかの負のショックが生じて、貯蓄(意図した貯蓄)が増えるか投資(意図した投資)が減るかしたらどうなるだろうか? 負のショックが生じて総需要が減ったら、以下の図2に示されているように、IS曲線が IS1 から IS2 へと左方にシフトすることになる。



図2 負のショックが発生


IS曲線が左方にシフトする結果として、自然利子率は4%からマイナス2%に低下する。総需要が急落したのを受けて、Fedが政策金利を実質ゼロ%――例えば、0.25%――にまで引き下げたとしたら、LM曲線が LM1 から LM2 へと下方にシフトすることになる。興味深いのは、産出ギャップ(output gap)を埋めて完全雇用を再び実現するためには政策金利をマイナスにする必要があるのに、それは不可能なことだ。名目金利にはゼロ%という下限が存在するからだ。結果的にスランプに嵌ったままの状態が続いて、低金利こそが問題を引き起こしている元凶だと語る人――ビル・グロスのような人――が出てくるのだ。その流れで、Fedは金利を引き上げるべきだ――LM曲線を上方にシフトさせるべきだ――と考えてしまうのだ。Fedが金利を引き上げたら、市場金利と自然利子率の差(interest rate gap)がさらに広がるだけなのに、そのことがわからないのだ。Fedが金利を引き上げたら、金融政策が引き締められて、景気がさらに落ち込むことになるのだ。

金利を金融政策の操作目標にするのを好きになれない理由の一つは、こんなような余計な混乱を招くからだ。金利が操作目標になっていると、ビル・グロスのような人が上の図の説明を理解したとしても、金利がゼロ%に達すると金融政策にできることはもう何もないかのように思ってしまうのだ。あるいは、「非伝統的」な手段に乗り換えねばならないかのように思ってしまって、Fedの次なる手をめぐってあれこれと思惑が入り乱れるおそれがあるのだ。金利を操作目標にして余計な混乱を招くよりも、名目GDP水準目標を採用して金利の代わりに総需要を操作目標にする方がずっと望ましいだろう。Fedが名目GDP水準目標を採用したら、Fedによる低金利政策のせいで純金利マージンが圧縮されているのが悪いんだといきり立つような人は出てこないだろう。その代わりに、Fedが名目GDPをトレンドに復帰させられずにいることに対して批判の声が上がるだろう。名目GDPを回復させることこそが純金利マージンを元通りにするための真の解決策なのだ(名目GDP水準目標が採用されたら、IS曲線とLM曲線が負のショックが生じる前の位置に向かってシフトすると同時に、LM曲線が右上がりになるだろう)。ビル・グロスのような人がこのことを理解して、Fedに名目GDP水準目標の採用を迫るようになってくれることを願うばかりだ。

(追記)ニック・ロウ(Nick Rowe)もIS-LMモデルを使って目下のスランプを説明しようと試みている。本エントリーと併せて一読されたい。