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2025年5月8日木曜日

Henry Farrell 「『経済政策に関するマーフィーの法則』は正しいか? ~経済学者が経済政策に及ぼす影響力が最大になるのはどんな時?~」(2011年3月17日)

Henry Farrell, “A simple model of disagreement among economistsCrooked Timber, March 17, 2011)


ライアン・アベント(Ryan Avent)マシュー・イグレシアス(Matthew Yglesias)によると、経済学者たちは言い争ってばかりいて意見が全く一致しないと思われているが、それは誤解だという。この件で私が真っ先に思い起こすのは、アラン・ブラインダー(Alan Blinder)が言うところの「経済政策に関するマーフィーの法則」である。ブラインダーは、『Hard Heads, Soft Hearts』(邦訳『ハードヘッド&ソフトハート』)の中で次のように述べている。

「経済学者たちが経済政策に及ぼす影響力が最小になるのは、研究が蓄積されていてお互いの意見が一致している時。経済学者たちが経済政策に及ぼす影響力が最大になるのは、研究が手薄で意見のバラツキが最も大きい時」。

わざわざ持ち出してきてなんだが、「経済政策に関するマーフィーの法則」は正しいのだろうか? はじめて目にした時からずっと疑わしく思っていたのだ。「経済政策に関するマーフィーの法則」が説いているのが、経済学者の間で「意見のバラツキが大きい」話題についてほど、公の討論の場での経済学者の「存在感が大きい」という相関関係なのだとしたら、異論はない。現実にそうなっているからだ。しかしながら、「存在感が大きい」というのは、「(経済政策に及ぼす)影響力が大きい」というのと同じじゃない。それに加えて、「存在感が大きい」からこそ「意見のバラツキが大きくなる」という可能性(逆の因果関係)も捨てきれない。以下にモデル(モデルといってもごくカジュアルな意味でそう呼ぶに過ぎない)の素描を試みるが、経済学者の間で意見のバラツキが大きい時に経済学者の(経済政策に及ぼす)影響力はそこまで大きくないように思えるのだ。

(I) 政党だとか利益集団だとかがわかりやすい例だが、経済政策に対する好みがはっきりしているアクター(行為主体)が政治の世界には多数存在する。例えば、Aという政党は、自党の党員なり支持者なりが得するような規制を導入しようとするだろう。その規制を導入したら経済成長率が低下してしまうかもしれないとしてもだ。その一方で、その規制の導入に断固として反対する抵抗勢力が存在するものだ。例えば、Bという政党がA党に反対するだけでなく、自党の党員なり支持者なりが得するような別の規制の導入を求めるかもしれない。そうなれば、激しい政策論争が巻き起こるだろう。

(II) 経済政策に対してはっきりとした好みを持っていなくて、専門家によって説得される可能性を秘めているアクターも存在している。専門家が支持する政策に味方する可能性があるアクターだ。専門家の話に耳を傾けてくれるようならという条件は付くが、一般の有権者(the public)もその一例だ。

(III) 専門家である経済学者が手にしているツールから導き出せるのは、一般的な結論でしかない。ちょっとした裏の手(誰もがよく知る部分均衡モデルだとか、フォーク定理だとか)を使えば、どんな政策だって支持することができる――この点については、マクロスキー(Donald McCloskey)の “The Rhetoric of Economics”(pdf)を参照されたい――。ちょっとした裏の手を使えば、A党が導入しようとしている規制も支持できるし、B党が導入しようとしている規制も支持できるのだ。政治信条に忠実たろうとしてなのか、お金に釣られてなのか、どちらの理由も一緒になってなのか、A党ないしはB党が導入しようとしている規制に理論的なお墨付きを与えようとする経済学者も出てくるだろう。

(IV) A党ないしはB党は、あの手この手を使って御用学者を拵(こしら)えることができる。味方になってくれそうな経済学者を快適な場所に招いて学術的なセミナーを開いたり、金銭的な便宜を図ったりして、自らの陣営が導入しようと図っている規制にお墨付きを与えてもらうのだ。御用学者がお墨付きを与えてくれたら、経済政策に対してはっきりとした好みを持っていないアクターの一部も味方になってくる可能性がある。

断っておくが、以上のような大雑把なスケッチをそっくりそのまま受け入れるつもりはない。経済学のツールというのは、(III) で述べたよりも首尾一貫していて、どんな政策でも同じくらい苦も無く支持できるわけじゃないだろう。かなり無理をして議論を呼ばずには理論的に支持できないような政策もあるだろう。それに、学問の世界におけるアイデアというのは、何らかの政治的なイデオロギーを正当化するためだけの存在に過ぎないわけでもない。とは言え、このモデルを使えば、現実についての興味深い予測を無理なく導き出すことができるのだ。例えば、以下のような。

(1) 経済学者たちの間で取り沙汰されている話題がA党だったりB党だったりの興味をそそらないようなら、経済学者たちは放っておかれるだろう。政治と無縁でいられるだろう。経済学者たちの間で取り沙汰される命題の中には、A党だったりB党だったりが興味をそそられない命題というのがたくさんある。A党なりB党なりが興味をそそられない理由は、自分たち(自党の党員や支持者)にとって毒にも薬にもならないからという場合もあれば、受け入れがたい(repugnant)からという場合もあるだろう。このようなケースでは、意見の対立を煽るような外部からの圧力が存在していないので、経済学者たちの間で「幸せな和合」が成り立つ可能性がある――ただし、経済学者に特有の「何かと衝突しがちな性向」が許す限りで――。

(2) 経済学者たちの間で取り沙汰されている話題がA党だったりB党だったりの興味をそそると同時に、その話題について経済学者たちの間でコンセンサス(意見の一致)が得られているようなら、経済学者の影響力は最大になるだろう。そのコンセンサスがA党の利害に反するようなら、A党は耳を貸そうとしないだろうが、そのコンセンサスがB党にとって都合がいいようなら、B党が近寄ってきて自党が掲げる政策にお墨付きをもらおうとするだろう。経済政策に対してはっきりとした好みを持っていないアクターの中からも、経済学者に説得されて同調する勢力が出てくるだろう。しかしながら、経済学者たちにとっては幸せなこの状況も不安定に違いない。なぜなら、不利な立場に置かれているA党が黙っていないだろうからである。寝返ってくれそうな経済学者を見つけ出して、コンセンサスを突き崩そうとするだろうからである。その経済学者に支援の手を差し伸べて、コンセンサスに反論させる機会を設ける――例えば、A党が費用を負担してその経済学者を1週間にわたる無駄仕事(boondoggles)に連れ出して、あちこちでコンセンサスに反論させる――だろうからである。経済学者たちの影響力が無視できないようであれば、A党は黙っていずに、経済学者たちが言い争うようにあの手この手を使うだろう。そのようにして、自分たちの「味方」をしてくれる経済学者を発掘するのだ。そういうわけで、遅かれ早かれ以下の(3)へと移行することになるだろう。

(3) 経済学者たちの間で取り沙汰されている話題がA党だったりB党だったりの興味をそそると同時に、その話題について経済学者たちの間で意見が割れているようなら、経済学者の影響力はそこまで大きくないだろう。A党もB党も自分たちの味方をしてくれる御用学者をそれぞれ抱えていて、自党が掲げる政策にモデルや実証研究でお墨付きを与えてもらえる。例外的なケースを除けば、この状況――「ジョン・ロット」(“John Lott”)均衡とでも呼べるかもしれない――は、(2)の状況とは違って、極めて安定しているだろう。

現実についてどんな予測が導かれるだろうか? 経済学者の間で「意見のバラツキが大きい」話題についてほど、公の討論の場での経済学者の「存在感が大きい」という相関関係が成り立つことを示唆しているというのがまず一つ目。経済学者たちの間でコンセンサスが得られていても、政治の世界のアクターたちにとってはどうでもいい(興味をそそられない)ような命題――「野菜を食べなさい」(“Eat your greens”)とかいう類の命題――は、政治の世界のアクターたちからことごとく無視されるという予測が二つ目。これら二つの予測は、読み替えられた「経済政策に関するマーフィーの法則」とも合致している。しかしながら、三つ目と四つ目の予測は、オリジナルの「経済政策に関するマーフィーの法則」と食い違う。経済学者たちの間で意見が割れているようなら、経済学者の(経済政策に及ぼす)影響力はそこまで大きくないと予測されるのだ。政治の世界で対立している陣営(例えば、A党とB党)のどちら側も御用学者を抱えている可能性があって、経済政策に対してはっきりとした好みを持っていないアクターへの影響が相殺されるのだ。最後に四つ目の予測になるが、経済学者の(経済政策に及ぼす)影響力が最大になるのは、政治の世界で政策論争の対象になっている話題について経済学者たちの間で意見が一致している(コンセンサスが得られている)時――非常に稀で不安定なケース――と予測されるのだ。

2015年2月4日水曜日

Alan S. Blinder&Jeremy Rudd 「オイルショックの経済学」(2009年1月13日)

Alan S. Blinder&Jeremy Rudd, “Oil shocks redux: Why the recent oil shock wasn’t very shocking”(VOX, January 13, 2009)

2002年から2008年にかけて原油価格が高騰したにもかかわらず、1970年代のように惨憺たる結果が招かれることはなかった。それはなぜなのだろうか? その理由はいくつか考えられる。i)先進国で省エネ化が進んだため ii)実質賃金の伸縮性が高まったため iii)経済全体に占める自動車産業のシェアが縮小したため iv)金融政策がコアCPIに重きを置いて運営されるようになったため v)原油価格が高騰した原因が、供給サイドにではなく、需要サイドにあったため。

アメリカ経済は、2002年の終わりから2008年の半ばにかけて、大規模なオイルショックに見舞われることになった。原油のドル建て価格が5倍も上昇し、一時的に1バレル=145ドルにまで達したのである。物価変動の影響を取り除いた実質価格で見ても、この間の原油価格の高騰には仰天させられる。ピーク時の原油価格の実質価格は、1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック時に記録されたそれまでの最高値を50%も上回ることになったのである(原油価格は2008年7月にピークをつけた後に急落し、その後は1バレル=30~50ドルのあたりをうろついている)。

かつての2度にわたる(OPECが主導した)オイルショック時と比べても遜色ないほどに原油価格が高騰したわけだが、マクロ経済に及ぼした影響となると、かなり大きな違いが見られるようだ。1970年代から1980年代前半には「スタグフレーション」が発生し、高い失業率と高率のインフレが共存する状況が長く続いたわけだが、教科書的な説明ではその原因は「サプライショック」(原油価格および食料価格の急騰)にあるとされている。その一方で、この間の原油価格の高騰に伴って、2001年以降から続く景気の拡大に横槍が入った様子はほとんど見受けられない(アメリカ経済は、2007年の終わり頃から景気後退入りすることになったが、その主たる原因は、サブプライム危機に端を発する金融危機にあるというのが大方の見方だ)。コアCPI(食料やエネルギーの価格を除いた消費者物価指数)にしても、かつての2度にわたるオイルショック時とは違って、比較的安定した動きを見せている。

「どうしてこうも違うんだろう?」という疑問が自然と湧いてくるが、その答えの候補の一つとして名乗りを上げているのが、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「修正主義的な」解釈である。「修正主義的な」解釈――代表的な提唱者としては、デロング(DeLong 1997)、バースキー&キリアン(Barsky and Kilian 2002)、チェケッティその他(Cecchetti et al. 2007)を挙げることができる――によると、1973年から1983年にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わったそもそもの原因は、オイルショック(をはじめとしたサプライショック)にではなく、稚拙な金融政策にあるとされる。例えばデロングによると、当時のFedは、1930年代の大恐慌の悪夢に囚われており、インフレを抑えるために金融引き締めに乗り出すべきところでも二の足を踏む傾向にあったという。それに加えて、当時のFedは、フィリップス曲線は長期的に見ても右下がりであると認識しており、高めのインフレを受け入れる代わりに失業率をできるだけ低く抑えようと試みる傾向にあったという。その結果として、インフレが昂進することになったというのだ。バースキー&キリアンの二人も同様の立場に立っており、1970年代から1980年代初頭にかけて高インフレと高失業が発生した原因は、当時の「ストップ&ゴー」型の金融政策に求められるという。バースキー&キリアンの二人はさらに一歩踏み込んで、アメリカをはじめとした世界各国の金融緩和が原因で一般物価のみならず原油をはじめとしたコモディティの価格も高騰することになったと主張している。つまりは、原油価格の高騰をはじめとしたサプライショックは、スタグフレーションを引き起こした原因ではなく、政策の失敗(行き過ぎた金融緩和)に付随して生じた現象に過ぎないというのだ。

我々二人は、つい最近の論文(Blinder and Rudd 2008)で、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「通説」(「サプライショック説」)――原油価格および食料価格の急騰(それに加えて、1970年代初頭における賃金・価格統制の撤廃)こそが、スタグフレーションを引き起こした主因だとする説――の妥当性の検証を試みている。サプライショック説がはじめて唱えられたのは30年以上も前になるが、この間の研究の蓄積――新たに得られたデータに、新たに開発された理論に、計量経済学上の新たな証拠――に照らし合わせてみてわかったことは、「通説」の妥当性は揺るがないということである。詳しくは論文をご覧いただきたいが、(1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる)「修正主義的な」解釈についても批判的な検証を加えている。


オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜ?

「通説」の妥当性が揺るがないとすると、大きな謎に直面することになる。1970年代から1980年代初頭にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わった主因がサプライショックにあったのだとすると、つい最近の原油価格の高騰も同じくマクロ経済に対して大きな負の影響を及ぼしてもおかしくはなさそうなのに、そうはなっていない。なぜなのだろうか? 1980年代初頭以降もオイルショックは度々発生しているが、多くの論者によって裏付けられているように――例えば、フッカー(Hooker 1996, 2002)、ブランシャール&ガリ(Blanchard and Gali 2007)、ノードハウス(Nordhaus 2007)を参照されたい――、オイルショックがマクロ経済に及ぼす影響はかつてに比べて小さくなってきているようだ。オイルショックがコアCPIに及ぼす影響は時代が下るにつれて急速に弱まってきており、生産量や雇用量はオイルショックからほとんど何の影響も受けないようになってきているのだ。

どうしてなんだろうか? 理由の一つは明らかである。1973年~74年のいわゆる第一次オイルショック(「OPEC I」)と1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック(「OPEC II」)の後にエネルギーの消費を節約する動きが広がり、アメリカをはじめとする先進国では、1973年当時と比べると、省エネ化が相当進んだ。アメリカのケースで言うと、エネルギー消費量の対GDP比(BTU単位で測った年間のエネルギー消費量をその年の実質GDPで除した値)は劇的なペースで減少しており、1973年当時と比べるとほぼ半減するまでになっている。それに伴って、オイルショックがマクロ経済――価格(原油以外の財・サービスの価格)および数量(生産量や雇用量)――に及ぼす影響も同じく半減することになったと思われるのだ。

しかしながら、フッカーによると(Hooker 2002)、オイルショックがその他の財・サービスの価格(例えば、コアCPI)に及ぼす影響は時とともに無視できるところまで小さくなっており、省エネ化という要因だけではすべてを説明できないという。さらには、我々の論文ではエネルギー集約度に応じて消費財を分類し、それぞれの分類に含まれる消費財の価格がオイルショック後にどのような反応を見せたかを検証しているが、2002年~2007年の期間に関して言うと、エネルギー集約度の高さと、価格の変動幅との間に正の相関は見出せなかった〔訳注;「エネルギー集約度の高い消費財ほど、オイルショック後に価格が大きく上昇した」という関係は見出せなかったということ〕。どうやら、省エネ化以外の別の要因にも目を向ける必要があるようだ。

「別の要因」を探っているのが、ノードハウスのつい最近の論文だ(Nordhaus 2007)。ノードハウスは、その候補を三つ挙げている。つい最近の原油価格の高騰はその上昇ペースが比較的緩やかであり、そのためもあってその影響が薄められることになったというのが一つ目の候補だ。原油価格の上昇幅は、2002年~2008年にかけての累計で測ると相当なものだが、年平均で測ると「OPEC I」や「OPEC II」時よりもずっと緩やかなのである。2002年~2008年にかけての原油価格の上昇幅を年平均で測ると、対GDP比でおよそ0.7%という結果になるが(ただし、ノードハウスの試算では、2006年第2四半期までしか対象に含まれていない点に注意願いたい)、「OPEC I」や「OPEC II」時におけるそれは、対GDP比でおよそ2%になるのである。原油価格の上昇ペースが緩やかであれば、それだけその影響も弱まることになるだろう。

二つ目の候補は、とりわけ重要である。ノードハウスは、Fedがどのようなルールに従って政策金利を決定しているか(いわゆる「テイラー・ルール」)を推計しているが、1980年以前のFedはヘッドラインCPI(食料やエネルギーの価格を含んだ消費者物価指数)に重きを置いて金融政策を運営していたが、1980年以降になるとコアCPIに重きが置かれるようになっていることを見出している。バーナンキその他(Bernanke et al. 1997)によると、かつてのオイルショック時に生産量が落ち込んだ理由の多くは、Fedがインフレを抑えるために金融引き締めに動いたためだとされているが、そのような見方が正しいとすると、つい最近の原油価格の高騰がどうしてそれほど大きな生産の落ち込みを伴わなかったのかについてもそれなりに納得がいくことになる。というのも、先にも触れたように、オイルショックがコアCPIに及ぼす影響が弱まってきていて、FedがコアCPIに重きを置くようになっているとすると、オイルショックの発生に伴って金融政策が変更される(原油価格の高騰に伴って、金融政策が引き締められる)可能性は小さくなっていると予想されるからである。

三つ目の候補は、1970年代に比べて、実質賃金の伸縮性が高まっている可能性である〔訳注:このパラグラフでは、ノードハウスの主張がかなり圧縮されたかたちで要約されており、そのまま訳したのでは内容がわかりづらいだろうと判断して、Nordhaus(2007)に照らし合わせて訳者の側で若干修正を加えている〕。それもこれも、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が世間一般に広がったことが大きい。その結果として、原油価格が高騰しても、労働者は名目賃金の引き上げを求める代わりに、実質賃金の下落を受け入れるようになった。新古典派的なメカニズム(相対価格の変化に促された生産要素間の代替〔訳注;財・サービスを生産するにあたって、相対的に高価になった生産要素(エネルギー)の代わりに、相対的に安価になった生産要素(労働)の投入を増やす〕)が働く余地が広がることになった可能性があるのだ。さらには、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が広がったことで、消費者が原油高騰による実質所得の低下をあくまで一時的なものと見なすようになった。その結果として、原油価格の高騰が実質所得の低下を招いて総需要を冷え込ませるケインジアン的なメカニズムの効果がかつてよりは和らいでいる可能性がある。このような一連の変化は、オイルショックが生産量や雇用量に及ぼす影響を弱める方向に作用することだろう。

ブランシャール&ガリの二人も実質賃金の伸縮性が高まっている可能性に言及しているが(Blanchard and Gali 2007)、それに加えて、1970年代以降に中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まってきていることも見逃せないと主張している。中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まれば、原油価格が高騰しても、予想インフレ率はそこまで変わらない可能性がある(ブランシャール&ガリの二人は、そのような証拠を見出している)。原油価格の高騰にもかかわらず、予想インフレ率が安定しているようであれば、原油価格の高騰がコアCPIや生産量に及ぼす影響は小さくなると考えられるのだ。ただし、彼らも述べているように、荒削りな面が多分にあるモデルから得られた結論とのことなので、あまり重視し過ぎないほうがいいだろう。

実証的な裏付けのある二つの興味深い要因に言及しているのがキリアンだ(Kilian 2007)。いずれの要因も国際貿易と深い関わりがある。まず一つ目の要因は、おそらくはかつての2度にわたるオイルショック(「OPEC I」と「OPEC II」)がきっかけとなって、1973年以降にアメリカ国内の自動車産業で構造転換が進んだことである。小型で燃費の良い車を手に入れようと思ったら、かつては海外から輸入するしかなかったが、今では国内でも大量に製造されるようになっている。その結果として、原油価格が高騰しても、国産車への需要がかつてほど落ち込むことはなくなったのである(これまでの小型化・低燃費化の流れに逆行するかのようにして、SUV車が流行しているが、自動車産業もアメリカ経済もその代償を今になって支払わされているわけだ)。さらには、1970年代に比べると、自動車産業がアメリカ経済全体に占めるシェアもずっと小さくなっていて、このこともオイルショックの影響が弱まってきている理由の一つとなっている。

キリアンが指摘している二つの目の要因は、原油価格の高騰をもたらしたそもそもの原因に関わるものである。2002年~2008年にかけて原油価格が高騰した理由は、(1970年代のように)世界的に原油の供給が減少したためでもなければ、原油市場に特有のショックが発生したためでもなく、世界経済の堅調な成長に支えられて原油に対する需要が増加したためであるようだ。原油価格の高騰は、その原因の如何を問わず、アメリカのような原油輸入国にとっては「オイルショック」を意味することに変わりはないが、世界経済が堅調な成長を続けているおかげで海外への輸出が増えることになり、その結果として「オイルショック」に伴う負の影響(「オイルショック」に伴う生産の落ち込み)が和らげられる格好となったのである。


結論

まとめるとしよう。「オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜか?」という疑問に答えるために長々と探りを入れてきたわけだが、その苦労も無駄ではなかったようだ。無駄ではなかったどころか、豊作だ。答えの候補が数多く列挙されたリストが出来上がったのだから。そのうちのどれか一つが群を抜いているわけではなく、いずれの候補も多かれ少なかれ妥当性を備えているように思われる。スタグフレーションの原因をめぐる「サプライショック説」も依然として定性的には妥当性を失っていないが、定量的にはかつてほど重要ではなくなっている〔訳注;原油価格の高騰に伴って、コアCPIが上昇したり生産量(や雇用量)が落ち込む可能性はあるが、その影響の量的な大きさは限定的ということ〕。よほどの不運や政策上の不手際に見舞われない限りは、食料やエネルギーの価格が高騰したとしても、1970年代や1980年代初頭のように惨憺たる結果が招かれる必然性は最早ないのだ。


<参考文献>

●Barsky, Robert B., and Lutz Kilian. 2002. “Do we really know that oil caused the Great Stagflation? A monetary alternative”, In NBER Macroeconomics Annual 2001, eds. Ben S. Bernanke and Kenneth Rogoff, 137-183.
●Bernanke, Ben S., Mark Gertler, and Mark Watson. 1997. “Systematic monetary policy and the effects of oil price shocks”, Brookings Papers on Economic Activity 1: 91-142.
●Blanchard, Olivier J., and Jordi Gali. 2007. “The macroeconomic effects of oil shocks: Why are the 2000s so different from the 1970s?”, NBER Working Paper no. 13368, September.
●Blinder, Alan S., and Jeremy B. Rudd. 2008. “The supply-shock explanation of the Great Stagflation revisited”, NBER Working Paper no. 14563, December.
●Cecchetti, Stephen G., Peter Hooper, Bruce C. Kasman, Kermit L. Schoenholtz, and Mark W. Watson. 2007. “Understanding the evolving inflation process(pdf)”, US Monetary Policy Forum working paper, July.
●DeLong, J. Bradford. 1997. “America’s peacetime inflation: The 1970s(pdf)”, In Reducing inflation: Motivation and strategy, eds. Christina D. Romer and David H. Romer, 247-280. Chicago: University of Chicago Press.
●Hooker, Mark A. 1996. “What happened to the oil price-macroeconomy relationship?”, Journal of Monetary Economics 38 (October): 195-213.
●Hooker, Mark A. 2002. “Are oil shocks inflationary? Asymmetric and nonlinear specifications versus changes in regime”, Journal of Money, Credit, and Banking 34 (May): 540-561.
●Kilian, Lutz. 2007. “The economic effects of energy price shocks(pdf)”, University of Michigan, October. Mimeo.
●Nordhaus, William D. 2007. “Who’s afraid of a big bad oil shock?”, Brookings Papers on Economic Activity 2: 219-240.

2012年6月22日金曜日

Alan Blinder 「ケインズ経済学」

Alan S. Blinder, “Keynesian Economics”(The Concise Encyclopedia of Economics, Library of Economics and Liberty)


ケインズ経済学(Keynesian economics)は、経済における総支出(total spending)-総需要(aggregate demand)とも呼ばれる-に関する理論であり、総需要が生産やインフレーションに及ぼす効果を理論的に研究する立場の一つである。これまで種々雑多なアイデアに対して「ケインズ経済学」という用語が(時に誤って)あてがわれてきたが、ケインズ経済学の中心的な教義(tenet)は以下の6つのポイントから成っているのではないかと思われる。はじめの3つのポイントは、現実の経済のメカニズム(経済はどのように機能するか)に関する視点をまとめたものである。
 
 
1. 総需要は様々な経済上の意思決定-民間部門における意思決定と公共(政府)部門における意思決定-によって影響を受け、時に不規則に変動する。

(総需要に影響を与えるような)公共部門における意思決定の最たるものは、金融政策と財政政策(政府支出と税金に関する政策決定)である。数十年前のことになるが、経済学者の間で財政政策と金融政策の相対的な有効性を巡って熱い議論が交わされたが、ケインジアンの中のある者は「金融政策は無力である」と主張し、マネタリストの中のある者は「財政政策は無力である」と主張したものである。しかしながら、現在ではこの問題は実質的にもはや争点ではなくなっている。今ではケインジアンであれマネタリストであれほとんど皆が財政政策も金融政策もどちらもともに総需要に影響を及ぼす、と信じているのである。しかしながら、経済学者の中には債務の中立性(リカードの中立命題)-ある一定水準の政府支出を税金で賄う代わりに借り入れ(国債発行)で賄うように資金調達の方法を変更したとしても総需要には効果は生じない、というアイデア-を信じている者もいる(この点に関しては後でもまた触れる)。

2. 総需要の変化は-それがあらかじめ予測されていようがそうでなかろうが-短期的には、価格に対してではなく、実質GDPと雇用とに対して最も大きな影響を及ぼす。

例えば、このアイデアは、失業率の低下に伴ってインフレーションがごく緩やかに上昇することを示すフィリップスカーブによっても捉えられているところである。ケインジアンは、「長期において成立すること」から「短期において成立すること」(短期において何が正しいのか)を推測することは必ずしもできず、また、現実の我々は短期の世界に生きているんだ、と信じている。この信念を要領よく伝えるために、ケインジアンはケインズの有名な言葉-「長期的に見ると、我々は皆死んでしまう」( “In the long run, we are all dead” )-をしばしば引用する。

金融政策が生産や雇用に対して影響を及ぼし得るのは名目価格の中で硬直的なものが存在する場合-例えば、名目賃金(ドル(や円)で測った賃金)が即座には調整しなかったりする場合-に限ってである。もしいずれの価格も硬直的でなければ、経済に対して新たに貨幣が注入されてもすべての価格が同じ割合だけ上昇するだけに終わるだろう。そこで、一般的にはケインジアンのモデルでは名目価格ないしは名目賃金の硬直性があらかじめ前提されるか、あるいは、なぜ名目価格や名目賃金が硬直的であるのかその説明が試みられることになる。標準的なミクロ経済学によれば、すべての名目価格が比例的に変化する場合には実質的な生産量や需要量に変化が生じるはずがないので、なぜ名目価格(のうちのあるもの)が硬直的であるのかを合理的に説明することは厄介な理論上の問題であると言えよう。

ケインジアンは、名目価格のうちのあるものは幾分か硬直的であり、総需要の構成要素-消費、投資、政府支出-のいずれかが変動すればそれに伴って生産の変動が引き起こされる、と見なしている。例えば、政府支出が増加して総需要のそれ以外の構成要素に変化がないとすれば生産は増加する、と見なすのである。また、経済変動に関するケインジアンのモデルの特徴としていわゆる乗数効果も重要である。つまりは、総需要に生じた変化はその何倍もの生産の変化をもたらす、と見なされているのである。政府支出が100億ドルだけ増加すると総生産は150億ドル増加することもあれば(乗数が1.5のケース)、50億ドル増加することもあり得るのである(乗数が0.5のケース)。ケインジアンの分析では乗数は1以上であることが必要だ、と広く信じられているが、そのようはことはない。乗数はゼロより大きければ(プラスであれば)よいのである。

3. 名目価格、特に名目賃金は生産や需要の変化に対して緩やかにしか反応せず、その結果として周期的に不足や過剰(特に、労働市場における不足や過剰(労働の超過需要や超過供給))が発生する。

あのミルトン・フリードマン(Milton Friedman)でさえ、「考え得るどのような制度的な仕組みの下であっても、そして現在アメリカ経済に広く普及している制度的な仕組みの下では確かに言えることだが、名目価格や名目賃金の柔軟性(伸縮性)には限りがある。」(原注1)(“under any conceivable institutional arrangements, and certainly under those that now prevail in the United States, there is only a limited amount of flexibility in prices and wages.”)、と認めているところである。現在の基準に照らせば、このフリードマンの発言はケインジアン的な立場の表明と受け取られることだろう。


以上の3つのポイントだけからはいかなる政策処方箋も引き出されることはない。また、自らをケインジアンだとは見なさない経済学者の多くも以上の3つのポイントすべてを受け入れることだろう。ケインジアンとその他の経済学者との違いは、経済政策に関する以下の3つの教義を信じるかどうかという点にある。


4. 現実において典型的に観察される失業の水準は理想的な水準ではない。というのも、経済は総需要の気まぐれな変動にさらされているからであり、また、価格調整は緩やかにしか進まないからである。

ケインジアンは、現実の失業は平均的に見てあまりにも高すぎ、あまりにも変動が激しすぎる、と見なす傾向にある-この現実認識を理論的に厳密に正当化することは困難であるとはよくよくわかっていながらも。また、「景気後退や不況=それほど魅力的ではない機会の出現に対する市場の効率的な反応の結果」と見なす実物的景気循環(リアルビジネスサイクル)理論とは異なり、ケインジアンは「景気後退や不況=一種の経済的な疾病(economic maladies)」である、と確信している。


5.  景気循環をすべての経済問題の中でも最も重要な問題と位置付け、景気循環の振幅(変動の大きさ)を和らげるために積極的な経済安定化政策の実施を求める(ただし、多くのケインジアンがそう考えているのであって、すべてのケインジアンがそう考えているというわけではない)。

保守派寄りのケインジアンの中には、経済安定化政策の効果に疑いを抱いたり、経済安定化政策を試みることが果たして賢明なのかと訝しんで、この教義を受け入れない経済学者も存在する点は指摘しておこう。

積極的な経済安定化政策の実施を求めるとはいってもファインチューニング(fine-tunig;微調整)-経済が完全雇用の状態にとどまり続けるよう促すために、政府支出や税金やマネーサプライを毎月ごとに細かく調整すること-を求めているわけではない。今日ではほとんどすべての経済学者-大半のケインジアンも含む-は、政府はファインチューニングを成功裏に進め得るほど十分に素早く行動できるわけでもなく、また(ファインチューニングを成功裏に進め得るほど)十分に知識を備えているわけでもない、と信じている。ファインチューニングを困難にするような3タイプのラグが存在しているのである。第1のラグは、政策変更の必要性が生じてから政府がそのこと(政策変更の必要性が生じたこと)を認識するに至るまでのラグである。第2のラグは、政府が政策変更の必要性を認識してから実際に政策が実施されるまでのラグである。アメリカのような国では特に財政政策の変更に関してこの第2のラグが非常に長くなり得る。政府支出や税金の内容を変更するためには議会と政府との同意が必要となるからである。そして第3のラグは、実際に政策が実施されてから(政策が変更されてから)政策の効果が表れるまで(政策が経済に影響を与えるまで)のラグである。このラグもまた長くなり得るものである。しかしながら、多くのケインジアンは、(ファインチューニングに比べて)もっと控えめな経済安定化政策-コースチューニング(coarse-tuning;粗い調整)とでも呼べよう-を目指すことは擁護し得るし分別ある立場でもある、と信じている。例えば、失業率が非常に高い水準にあるような状況では、金融緩和策の実施を勧告する上で、ラグの具体的な長さに関する細かな知識を持ち合わせている必要はないであろう。

6. インフレ退治(インフレーションの抑制)よりも失業退治(失業を減らすこと)のほうに関心を払う(ケインジアンであれば皆が皆そう考えているというわけではない)。

低インフレがもたらすコストが小さいことを示す証拠に基づいてこの教義を受け入れるに至ったケインジアンがいる一方で、反インフレ的なケインジアンもたくさん存在する。そう呼ばれることを好むかどうかにかかわらず、過去から現在までに至る世界中のセントラルバンカーの大半は反インフレ的なケインジアンだと言えるだろう。指摘するまでもないが、失業とインフレーションの相対的な重要性に関する見解の違い(失業とインフレのどちらに重きを置くかの違い)は、経済学者がどのような政策アドバイスを勧告し、政策当局者がどのような政策アドバイスを聞き入れるかに大きな違いを生み出す。ケインジアンは、ケインジアンではない経済学者と比べると、よりアグレッシブな緩和策を勧告する傾向にある。

経済安定化に向けた政府の積極的な行動を支持するケインジアンの信念は、価値判断と以下の2つの信念、すなわち、(a)マクロ経済の変動は人々の経済的な福祉(economic well-being)を大きく減ずるものであり、(b)政府は自由市場の働き(あるいは欠陥や機能不全)を改善し得る程度には知識も能力も備えている、という信念とに基づくものであると言える。

1980年代に勃発したケインジアンと「新しい古典派」(new classical)との間のちょっとした論争は、主に(a)の信念とケインズ経済学を特徴づけるはじめの3つの教義(1~3)-1~3の教義に関してはマネタリストも同じく受け入れていた-をめぐって争われたものであった。新しい古典派の経済学者は、あらかじめ予測されたマネーサプライの変化は実質的な生産量(実質GDP)に影響を与えることはなく、また市場-労働市場でさえも-は不足や過剰の解消に向けて素早く調整するものであり、さらには景気循環はもしかしたら効率的であるかもしれない、と信じていた。この後で明らかにする理由に照らして、私自身は、こういった論点に関する「客観的な」(“objective”)科学的な証拠はケインジアンの立場を強く支持するものである、と信じている。1990年代に入ると、新しい古典派も、価格は硬直的であり、そのために労働市場はかつて彼ら(新しい古典派)が考えていたほどには(不足や過剰の解消に向けて)素早く調整するものではない、という見解を受け入れるところとなったのであった。


「ケインズ経済学」の定義から離れて別の話題に転じる前に、これまでに意図的に避けてきた(避けてはならないように思われる)いくつかの論点についてここで強調しておかねばならないだろう。

避けてきた論点その1。合理的期待形成学派についてはこれまで一切触れてこなかった。経済政策に関する期待を形成するにあたって人々は利用可能な情報をすべて利用する、という合理的期待形成学派の見解に関しては、ケインズ自身もそうだが多くのケインジアンも疑わしく思っている。ただし、ケインジアンの中には合理的期待形成のアイデアを受け入れている者もいることはいる。ただ、私自身がこれまでに興味を向けてきた大きな争点のいずれも期待が合理的に形成されるかどうかにはほとんど影響されない、ということは指摘しておこう。例えば、合理的期待形成は価格の硬直性を排除するものではなく、価格の硬直性を伴う合理的期待形成モデルは私の定義によればまごうことなくケインジアン的なモデルである。しかしながら、新しい古典派の経済学者の中には合理的期待形成こそがケインジアンと新しい古典派との論争において(他のどの論点にもまして)ずっと本質的な論点だと考えている者もいることは明記しておくべきだろう。

避けてきた論点その2。長期的な失業の「自然な水準」が存在する、という仮説(自然失業率仮説)について。1970年以前においては、ケインジアンは、長期的な失業の水準は政府の政策に依存しており、政府は高めの-しかしその高い水準で安定した-インフレーションと引き換えに失業率を低下させることができる、と信じていた。しかしながら、1960年代の後半にマネタリストであるミルトン・フリードマンとケインジアンであるエドモンド・フェルプス(Edmund Phelps)とによって、失業とインフレーションとの長期的なトレードオフというアイデアに対して理論的な反駁が加えられたのであった。政府が現実の失業率を「自然失業率」以下の水準に保っておくことができる唯一の方法は、インフレの絶えざる加速(インフレ率の継起的な上昇)をもたらすようなマクロ経済政策を通じてのみである、と言うのである。長期的には現実の失業率は自然失業率を下回ることはできない、というわけである。フリードマン=フェルプスによる自然失業率仮説の発表後間もなくして、ノースウェスタン大学のケインジアンであるロバート・ゴードン(Robert Gordon)によってフリードマン=フェルプスの見解を支持するような実証的な証拠が提示され、1972年頃以降になるとケインジアンも自然失業率仮説を受け入れるところとなったのであった。そういう次第で、1975年~1985年の期間にわたって繰り広げられた(ケインジアンと新しい古典派との)激しい論争の過程で自然失業率仮説は何らの役割も果たすことがなかったのである。

避けてきた論点その3。経済安定化政策として金融政策と財政政策とのどちらが望ましいと言えるか、という論点もまたこれまで触れてこなかった話題である。この話題に関しては経済学者によって意見が異なり、自らの立場を変更するような経済学者も時折見受けられる。私の定義によれば、ケインジアンでありながら、経済安定化の責務は原則的には金融政策当局に委ねられるべきである、あるいは、実際のところそうなっている、と信じる、というのは何の問題もなしに成り立ち得る立場である。実際のところ、今では大半のケインジアンはこの2つの信念(訳注1)のうちどちらか一方あるいは両方ともに受け入れるかたちとなっている。


1970年代中頃から1980年代中頃にかけてケインジアンの理論はアカデミックな世界において散々な誹謗中傷を受けることになったが、1980年代中頃以降になるとケインジアンの理論は強力なカムバックを果たすことになった。その主たる理由は、ケインズ経済学のほうがライバルである新しい古典派よりも1970年代と1980年代に生じた経済上の出来事をうまく説明できた点にある、と思われる。

その「古典派」というルーツに忠実に、新しい古典派は、名目賃金や名目価格の下落を通じて景気後退を克服する市場経済の能力を強調した。1970年代中頃当時、新しい古典派は、景気後退の原因は相対価格(例えば、実質賃金)の動向を人々が誤って認識することにあり、そういった認識の誤りは人々が現下の一般物価水準やインフレ率を知らない場合に生じるだろう、と主張した。 しかし、物価指数の統計が毎月ごとに発表され、月ごとのインフレ率が1%を下回るような状況では、そういった認識の誤りはあくまでも一時的なはずであり、それほど大きな誤りとはなり得ないだろう。そうだとすれば、初期の新しい古典派の立場からすると、認識の誤りに基づく景気後退はマイルドですぐに終わるはずである。しかし、実際には世界各国の工業国は1980年代を通じて厳しくて長い景気後退を経験することになったのである。ケインズ経済学は理論的にみると粗雑であるかもしれないが、非自発的失業が長らく持続するだろうことを正確に予測したのであった。

1970年代、1980年代当時の新しい古典派(初期の新しい古典派)の理論家によると、あらかじめ正しく認識されたマネーサプライ成長率の低下は実質的な生産量(実質GDP)に対して-影響を与えるとすれば-ごくわずかしか影響を与えないはずであった。しかしながら、FRBやBOE(イングランド銀行)がインフレを抑制するために金融政策を引き締めることをアナウンスし、その後アナウンス通り(約束通り)に行動した際に何が起こったかというと、アメリカでもイギリスでも深刻な景気後退が生じる結果になったのであった。新しい古典派の経済学者は、「金融引き締めは予測されざるものだった(というのも、金融政策当局のアナウンスを人々が本気で信じなかったからだ)」と反論するかもしれない。その反論ももしかしたらある程度は正しいのかもしれないが、金融引き締めは大枠では予測されており、あるいは少なくとも金融引き締めがアナウンスされた際には正しくそのように認識されていたのである。企業や家計は、インフレに応じて価格が自動的に改訂されるような契約ではなく、価格が固定された契約を結んでいるために、いかなる金融引き締めも景気を冷え込ませる効果を持つだろう、と主張する古臭いケインジアンの理論のほうが現実をうまく捉えているように思われるのである。

新しい古典派から派生したアイデアとしては、ハーバード大学のロバート・バロー(Robert Barro)によって定式化された債務の中立性に関するアイデアがある。バローのアイデアを簡潔に述べると以下のようになろう。インフレーションや失業、実質GDP、実質的な国民貯蓄は、政府が一定水準の政府支出を賄うために高い税金を課すか(この場合財政赤字は低水準)それとも低い税金を課すか(この場合財政赤字は高水準)によっては影響されないはずである。というのも、人々は合理的なので、今日における低い税金(と高水準の財政赤字)は将来における高い税金を意味すると正しくも認識し、人々は将来(将来の自分自身あるいは自らの子孫)の税負担の増加分と同じ金額だけ今日の消費を切り詰めて貯蓄の増加に向かうだろうからである。こうして生じる民間貯蓄の増加は財政赤字の増加を完全に相殺するはずである。一方で、ナイーブなケインジアンの分析によると、政府支出の水準が変わらないままでの財政赤字の増加は総需要の増加を意味することになる。1980年代初頭のアメリカで実際に起こったように、(財政赤字の増加による)総需要への刺激が金融引き締め政策によって相殺されるようならば、ケインジアンの分析が予測するところでは実質金利は大きく上昇するはずである。ケインジアンの分析によると、このような状況において民間貯蓄が増加する理由はない、ということになろう。

1981年から1984年の間にアメリカで実施された大幅な減税はケインジアンと新しい古典派のどちらの見解が正しいかを検証する一種の実験テストの機会を提供することになった。現実には何が生じただろうか? 民間貯蓄は増加せず、実質金利は大きく上昇した。(大幅減税のかたちをとった)財政刺激策は金融引き締めによって相殺されたので、実質GDP成長率はほとんど影響を受けなかった。実質GDPはそれ以前の時期とほぼ同じペースで成長したのである。これら一連の事実もまた新しい古典派よりはケインジアンの理論と整合的であるように思われるのである。

最後に、ケインジアンと新しい古典派とは1980年代にヨーロッパで発生した不況-1930年代の不況以来最悪の不況-をそれぞれどのように説明するのだろうか? ケインジアンの説明は単純である。ケインジアンによれば、イギリスやドイツの中央銀行に先導されるかたちで各国の政府がインフレ退治に乗り出す決心をし、インフレの退治に向けてかなりの金融引き締めと財政引き締めが実施されたために不況が生じたのである。このインフレ撲滅運動の影響は、ドイツの断固たる金融引き締めをヨーロッパ中に拡散する役割を果たすかたちになったヨーロッパに特有の通貨制度によって強化されたのであった。一方で新しい古典派はケインジアンの説明に匹敵するような説明を持ち合わせていない。新しい古典派、そして広くは保守派の経済学者は、不況の原因は何かと尋ねられたら、ヨーロッパの各国政府が労働市場に深く介入しているからだ、とおそらくは主張することだろう(加えて、手厚い失業保険や労働者の解雇制限などにも言及することだろう)。しかし、ヨーロッパの各国政府による労働市場への介入の大半は、失業率が極めて低かった1970年代初頭時点でも既に存在していたのである。


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Further Reading(もっと深く学びたい人向けの文献紹介)

○Blinder, Alan S. “Keynes After Lucas(JSTOR)”, Eastern Economic Journal 12, no. 3 (1986): 209–216.
○Blinder, Alan S. “Keynes, Lucas, and Scientific Progress(JSTOR)”, American Economic Review 77, no. 2 (1987): 130–136. Reprinted in Mark Blaug, ed., John Maynard Keynes (1833–1946), vol. 2. Brookfield, Vt.: Edward Elgar, 1991.
○Gordon, Robert J. “What Is New-Keynesian Economics?(JSTOR)”, Journal of Economic Literature 28, no. 3 (1990): 1115–1171.
○Keynes, John Maynard. The General Theory of Employment, Interest, and Money. London: Macmillan, 1936.
○Mankiw, N. Gregory, and others. “A Symposium on Keynesian Economics Today.” Journal of Economic Perspectives 7 (Winter 1993): 3–82.

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原注

(原注1)“The Role of Monetary Policy,” American Economic Review 58, no. 1: 13.

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訳注

(訳注1)経済安定化の責務は原則的には金融政策当局に委ねられるべきであるという信念と経済安定化の責務は実際にも金融政策当局に委ねられるかたちになっているという信念。