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2022年11月3日木曜日

Esther Duflo 「中国における一人っ子政策の諸帰結」(2008年8月18日)

Esther Duflo, “China’s demographic imbalance: Too many boys”(VOX, August 18, 2008)
 
中国における「一人っ子政策」は、1980年代から90年代にかけて出生性比(出生児の男女比)を急激に高めることになった。「一人っ子」世代が大人になるにつれて、犯罪の増加をはじめとした様々な問題が表面化し始めている。
 
中国は、共産主義の過去から徐々に脱却しつつある最中にあるが、それと同時に、1980年代から90年代に埋め込まれた時限爆弾が今まさに破裂しそうな瀬戸際に立たされてもいる。かつての人口政策(人口抑制策)の影響が徐々に表面化し始めているのだ。

中国における人口政策として最も知られているのは、何と言っても「一人っ子政策」である。中国で一人っ子政策が開始されたのは、1978年。それ以降、何度か修正が加えられたものの、今もなお続行中である。現状では、夫婦がどちらとも1人っ子の場合は、子供を2人まで授かることが許されている。農村部に限って言うと、第1子が女児であればもう1人子供をもうけてもよいことになっている。しかしながら、1980年代から90年代にかけては――地域ごとに若干の違いはあるものの――制度の運用が厳格で、「上限数」を超える子供をもうけた夫婦には罰則が科せられた。罰金を支払わねばならなかっただけではなく、「上限を超過した」子供の分の教育費や医療費を全額自己負担せねばならなかったのである。

一人っ子政策は鄧小平の指揮によって導入されたが、この積極的な産児制限策はそれまでの毛沢東時代における方針――「人が多いのは、いいことだ」(“more people, more power”)――と真っ向から対立するものだった。中国の未来は経済をうまく管理できるかどうかにかかっており、経済を管理する上では産児制限が重要な鍵を握っていると考えて、鄧小平は一人っ子政策を推進したのである。

産児制限という基準に照らす限りでは、一人っ子政策は大きな成功を収めたと言える。しかしながら、中国は、男児選好(男児を尊ぶ伝統)が根強く残っている国であったという事情も重なって、一人っ子政策は、出生性比(出生児の男女比)に大きな歪みを生んでしまった。さらには、胎児の性別判断が技術的に可能になった結果として、男女を産み分けるための中絶手術が広まることにもなった。

男児選好、女児の中絶、幼い女児の高い死亡率といった現象は、中国に特有なわけではないし、一人っ子政策がすべての元凶というわけでもない。同様の現象は、インド、台湾、パキスタンといった国々でも見られるし、それらの国々からアメリカに移住した移民の間でも広く観察されている〔原注1〕。しかしながら、一人っ子政策は、男児選好を持つ(男児を授かりたいと望む)夫婦に第1子(であり、授かることが許されている唯一の我が子)が女児とはならないように「強いた」結果として、男女比の歪みを加速させる役割を果たした。例えば、産児制限が実施されていない台湾では、1986年に中絶が合法化されてから男女の産み分けが盛んになったが、中絶手術が試みられているのはあくまでも第3子以降であることがわかっている〔原注2〕。その一方で、中国では、制度の運用が省長の裁量にある程度委ねられていて、80年代以降になると、第1子が女児であれば第2子の出産が認められるようになった省も出てきたが、第1子に関しては出生性比(出生児の男女比)は標準値とほぼ同じなのに、第2子に関しては出生性比が飛びぬけて高かった(女児よりも男児の数が飛びぬけて多かった)のである〔原注3〕。

一人っ子政策に加えて、男児選好や中絶手術の普及といった要因が重なった結果として、中国では1980年代から90年代にかけて男児の数が女児の数を大きく上回ることになった。1978年の時点では、100人の女児に対しておよそ102人の男児が存在していた――男児の数が女児の数の1.02倍――が、1998年の時点になると、100人の女児に対して男児が112人以上存在する――男児の数が女児の数の1.12倍以上――までになったのである。今現在はというと、100人の女児に対して120人もの男児が存在しており――男児の数が女児の数の1.2倍――、数にして男児が女児よりも3700万人も多くなっているのである。

「一人っ子」世代も年をとり、続々と大人の年齢に達しつつある(例えば、1980年に生まれた子供は、2008年現在は28歳)。それに伴って、出生性比の歪みの影響が徐々に表面化しつつある。例えば、16歳~25歳の年齢層に目を向けると、100人の女子に対しておよそ110人の男子がいる計算――男子の数が女子の数の1.1倍――になるが、女子の数が相対的に少ないせいで、若い男子が結婚相手を見つけるのがますます難しくなっている。さらには、若い男子――とりわけ、独身の男子――は、若い女子に比べると、行動面で問題を抱えがちで、犯罪を犯しやすいと言われている。例えば、アメリカの西部開拓時代に暴力に向かう傾向が強く見られた理由は、(若い男子が中心となって体現していた)フロンティア精神(“frontier town” mentality)にその原因があるとはよく指摘されているところである。中国では1998年以降に犯罪件数が平均して年率13%のペースで増えているが、逮捕者の70%が16歳~25歳の若者で、そのうちの90%は男性という結果になっている。

犯罪が増えているとはいっても、そのうちのどのくらいが若い男子の数が増えたせいなのだろうか? この問いに真っ向から立ち向かっているのが、中国とアメリカの研究者が手を組んで取り組んでいる最近の研究である〔原注4〕。この研究では、1998年~2004年の期間を対象に、一人っ子政策が厳格に運用されている地域とそうではない地域(第1子が女児であれば第2子の出産が認められている地域。これらの地域では、第1子の出生性比は標準値とほぼ変わらない)の犯罪件数がそれぞれどのくらい増えているかが比較されているが、犯罪件数の増加分の7分の1は一人っ子政策〔訳注;一人っ子政策の影響で、若い男子が同世代の女子よりも大幅に増えていること〕によって説明できるとの結論が導き出されている。

人口全体に占める若い男子(犯罪予備軍)の割合が高まっていることに加えて、若い男子が結婚相手を見つけにくくなっていることも犯罪が増えている理由の一つとなっている可能性がある。

その手掛かりをいくつか与えているのが、ベトナム帰還兵を対象にした長期にわたる調査である(調査が行われたのは1998年。この調査については、最近のニュー・リパブリック誌でも取り上げられている〔原注5〕)。その調査によると、被験者として選ばれた帰還兵の男性が結婚するとテストステロンの濃度が低下した一方で、離婚するとテストステロンの濃度は増加したという。加えて、調査期間中にずっと独身だった男性のテストステロンの濃度は高い水準を保っていたという。テストステロンは、攻撃性や暴力と深い関わりのある男性ホルモンの一種として知られている。 独身の男性は、テストステロンの濃度が高いせいで、とりわけ攻撃的になってしまうのかもしれない。

一人っ子として育てられたことも何かしら関係があるかもしれない。第1子が女児であれば第2子の出産が認められている地域に暮らしている第1子の(弟ないしは妹がいる)少女は、子供の出産が1人しか認められていない地域に暮らしている子供(一人っ子)に比べて、学校に在籍する期間が長い傾向にあるという〔原注6〕。兄弟姉妹の数が増えると、家族内での競争が生じて機会(教育を受ける機会)が奪われるわけではなく、むしろお互いのためになるようである。「1人っ子」世代は、「孤独な」世代と言えるのかもしれない。

ともあれ、将来的に一人っ子政策の運用が和らげられたとしても、中国は今後しばらくの間にわたって過去の一人っ子政策の影響に頭を悩まされ続けることだろう。


〔原注1〕詳しくは、以下の論文を参照されたい。 ●Jason Abrevaya(2009), “Are There Missing Girls in the United States? Evidence from Birth Data”(American Economic Journal: Applied Economics, vol.1(2), pp. 1-34)/●Almond, Doug and Lena Edlund(2008), “Son-biased sex ratios in the 2000 United States Census”(Proceedings of the National Academy of Sciences, vol.105, pp. 5681-5682)

〔原注2〕詳しくは、以下の論文を参照されたい。 ●Lin, Ming-Jen, Liu, Jin-Tan and Qian, Nancy(2008), “More women missing, fewer girls dying: The impact of abortion on sex ratios at birth and excess female mortality in Taiwan”, CEPR Discussion Paper 6667.

〔原注3〕詳しくは、以下の論文を参照されたい。 ●Nancy Qian, “Quantity-Quality: The Positive Effect of Family Size on School Enrollment in China”, Brown University mimeograph.

〔原注4〕Lena Edlund, Hongbin Li, Junjian Yi, and Junsen Zhang, “Sex ratio and crime: Evidence from China’s one-Child Policy(pdf)”(IZA Discussion Paper No. 3214, December 2007;その後、The Review of Economics and Statistics誌に掲載)

〔原注5〕“No Country for Young Men” by Mara Hvistendahl, New Republic, July 9, 2008.

〔原注6〕詳しくは、以下の論文を参照されたい。 ●Nancy Qian, “Quantity-Quality: The Positive Effect of Family Size on School Enrollment in China”, NBER Working Papers No. 14973.

Stephan Klasen 「『消えた女性』の謎を巡る一大論争 ~B型肝炎 vs 性差別~」(2008年8月28日)

Stephan Klasen, “Missing women in South Asia and China: Biology or discrimination?”(VOX, August 28, 2008)

 
発展途上の国々では、1億人を超える女性が「消えて」しまっている。その原因は「B型肝炎」にあるとの説がここにきて大きな注目を集めている。発展途上の国々――とりわけ、中国――で出生性比が高い(男児が相対的に多く生まれている)原因は、両親がB型肝炎のキャリアだからだというのだ。本稿では、「B型肝炎原因説」に寄せられた数多くの反論を要約する。B型肝炎ではなく、性差別こそが「消えた女性」の原因なのだ。

20年ほど近く前になるが、アマルティア・セン(Amartya Sen)が「消えた女性」問題を提起して広く話題を呼ぶことになった。セン曰く、南アジア、東アジア、中東、北アフリカといった地域では女性の死亡率が相対的に高くて、そのために1億人を超える女性が「消えて」しまっているというのだ〔原注;Sen(1989, 1990)〕。「消えた女性」の数(規模)についてはその後の研究で修正が加えられたものの、センの主張の妥当性は高く支持されている――詳しくは、Coale(1991)や Klasen(1994)を参照されたい――。これらの地域で女性が「消えて」しまった原因は、医療サービスや食事へのアクセスの面で女性が差別されていることに加えて、男女の産み分けを可能とする中絶手術が普及したこと〔訳注;妊婦のお腹の中にいる赤ちゃんが女の子だとわかると、中絶が選ばれる、という意味〕に求められるというのが通説となっている。

「消えた女性」の原因はB型肝炎にあり?

2005年に『ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー』誌に掲載された論文で、通説とは大きく異なる主張が唱えられた。論文の著者であるエミリー・オスター(Emily Oster)によると、多くの女性が「消えた」とされている地域ではB型肝炎ウイルスの感染者が多く、両親がB型肝炎ウイルスのキャリアだと出生児の男女比(出生性比〔訳注;出生性比というのは、新生女児100人あたりの新生男児数のこと。例えば、出生性比が1.05だと、女児100人に対して男児が105人生まれる計算になる。出生性比の値が高くなるほど、新生児全体に占める男児の割合が増えることになる〕)が高くなる(男児が生まれやすくなる)傾向にあるという。そのこと踏まえると、「消えた」とされている女性のうちの47%~70%はそもそもこの世に生まれていなかった可能性があるというのである。 つまりは、南アジアや東アジアで女性が「消えて」しまった原因の多くは、「性差別」ではなく、「生物学的な要因」(B型肝炎)に求められるというわけだ。女性が「消えた」原因を見直す必要性にとりわけ迫られたのは、中国だった。中国は、B型肝炎ウイルスの感染率が特に高い地域だったからである。中国における「消えた女性」のうちの75%~86%がB型肝炎によるものというのがオスターの下した結論だった。

オスターの主張が仮に正しいとすると、性差別の問題がこれまで思われていたほど酷いものではなかったことが示唆されるという意味で、良い報せということになろう。しかしながら、それと同時に、(オスターは言及していない)悪い報せもいくつかある。女性が「消えた」地域――中国、インド、台湾など――では、1980年代から1990年代にかけてB型肝炎の予防接種が開始されたが、オスターの主張が正しければ、この間に(予防接種のおかげでB型肝炎のキャリアが減るのに伴って)出生性比(ひいては、人口性比〔訳注;人口性比(人口全体の男女比)というのは、女性100人あたりの男性数のこと。例えば、人口性比が1.05だと、女性100人に対して男性が105人いる計算になる。人口性比の値が高くなるほど、人口全体に占める男性の割合が増えることになる〕)が急低下して、「消えた女性」の数も大きく減ることになったはずである。実際のところは、どうだったか? 南アジアのいくつかの国では確かに出生性比が低下したが、とても「急低下」と呼べるようなものではなかった。オスターの主張が正しいとすると、出生性比が緩やかにしか低下しなかったのは、(B型肝炎のキャリアが減ることに伴う恩恵を打ち消すようにして)この間に性差別がさらに酷くなったためではないかという可能性が浮かび上がってくることになる。

オスターの論文が発表されると、彼女の主張を高く評価する声と彼女の主張に異議を唱える声とが入り乱れるかたちで、激しい論争が繰り広げられることになった〔原注;Das Gupta(2005, 2006)、Ebenstein(2008)、Lin and Luoh(2008)、Abrevaya(2005)、Klasen(2008)を参照されたい〕。オスター自身もこの問題に取り組み続けた。そして、他の研究者による強力な反論に加えて、自らの継続調査の結果も踏まえて、最終的には持説を撤回するに至ったのであった。つまりは、B型肝炎は、中国(ひいては、南アジア)における歪んだ人口性比〔訳注;人口全体に占める男性の割合が高くなっている事実〕や「消えた女性」の謎を解く鍵ではないとの結論に至ったのである。


オスター論文への反論;B型肝炎は「消えた女性」の謎を解く鍵ではない

「消えた女性」の謎を解く鍵をB型肝炎に求めたオスターは、どのような証拠を携えていたのだろうか? その一方で、オスターの主張に異議を唱えた論者は、どのような反証を挙げたのだろうか? 双方の証拠をどのように解釈したらいいのだろうか?

オスターは、「消えた女性」の謎を解く鍵をB型肝炎に求めるにあたって、主に4つの証拠を頼りにしている。まず1つ目の証拠は、男女の産み分けを可能とする中絶手術が普及する前からずっと一貫して、中国における出生性比も、アメリカに移住した中国人の出生性比も、標準値よりも飛びぬけて高かったという事実である。2つ目の証拠は、(中国や南アジアの国々を除いた)世界各地のミクロデータの分析を通じて得られたもので、両親がB型肝炎のキャリアだと、そうでない場合と比べて、出生性比が高くなる(男児が生まれやすくなる)傾向にあることが見出されたという。3つ目の証拠は、アラスカの原住民と台湾人を対象にしたB型肝炎の予防接種の効果を追跡した時系列データの分析を通じて得られたもので、B型肝炎の予防接種が実施された後に出生性比が低下傾向を辿っていることが見出されたという。最後に4つ目の証拠は、クロスカントリー分析(国際比較分析)を通じて得られたもので、B型肝炎ウイルスの感染率が高い地域ほど、出生性比が高いという関係が見出されたという。一見すると、多岐にわたる数々の証拠がオスターの主張を支持しているように思える。

しかしながら、その後の論争の過程で、オスターの主張を支えているか見える証拠に重大な問題が潜んでいることが指摘されると同時に、オスターの主張を覆すような証拠も徐々に明らかになってきた――論争の詳細については、Klasen(2008)を参照されたい――。 国際比較分析を通じて得られた証拠(4つ目の証拠)に関して言うと、データの信頼性に若干問題があり、南アジアや東アジアの中でも性差別が原因で――女児が生まれると役所にその旨が届け出られなかったり、生まれたばかりの女児が間引れたり、女児のネグレクト(育児放棄)が広く見られたり、女児が中絶されたりといった理由で――出生性比が高くなっている可能性がある国々のデータに分析結果が強く影響されている可能性が指摘されている。ミクロデータの分析を通じて得られた証拠(2つ目の証拠)に関しては、ある程度妥当性が認められているものの、サンプルサイズが小さいのに加えて、南アジアや東アジアの国々のデータが含まれておらず、広まっているB型肝炎ウイルスの種類が地域ごとにまちまちであることも指摘されている。中国では出生性比が飛びぬけて高かったという証拠(1つ目の証拠)に関しては、(少なくとも中絶手術が普及する1990年代までに限ると)こと第1子に関しては出生性比が標準値と変わらない地域が国内にいくつもあったことが判明している。さらには、Abrevaya(2008)によると、アメリカに移住した中国人の出生性比が高い理由は、両親がB型肝炎に感染していたためではなく、女児の中絶が選ばれたためである可能性が高いという。時系列データの分析を通じて得られた証拠(3つ目の証拠)に関しては、ある程度妥当性が認められているものの、統計解析の面で若干の問題を抱えていて、決定的な証拠とまでは言えないようだ。

おそらく最も致命的と言える反論を寄せているのが、林明仁(Ming-Jen Lin)&駱明慶(Ming-Ching Luoh)の二人による最近の論文である(Lin&Luoh, 2008)。彼らは、台湾における300万件を超える出生児のデータを分析し、母親がB型肝炎のキャリアであっても出生性比にはこれといって大した影響は生じないとの結論を得ている。彼らの推計によると、中国における「消えた女性」のうちでB型肝炎によって説明できるのは2%にも満たないとのことだ。となると、残りの98%は性差別によるものではないかとの可能性が浮かび上がってくることになる。とは言え、彼らの分析にも問題は無くはない。彼らの分析で対象になっているのは中国ではなく台湾であり、母親がB型肝炎のキャリアであるケースだけしか考慮されていない。ここで再び登場するのが、オスターだ(Oster&Chen&Yu&Lin, 2008)。オスターは、共同研究者の協力を得て、母親だけではなく父親の側がB型肝炎のキャリアであるケースも含めて、中国におけるB型肝炎のキャリアに関する大規模なデータを収集して、それに詳細な分析を加えている。そして、母親だけではなく父親がB型肝炎のキャリアであっても出生性比にはこれといって大した影響は生じないとの結論を得ている。かくして、中国(そして、おそらくは南アジア)における歪んだ人口性比や「消えた女性」の謎を解く鍵を(B型肝炎という)生物学的な要因に求めることはできなくなり、性差別こそがその大きな原因である可能性が再び持ち上がってくる格好となったのである。


悪い報せと良い報せ

オスター論文をきっかけとして巻き起こった論争から、一体何が得られたのだろうか? まずは、悪い報せから指摘しておこう。中国や南アジアにおける「消えた女性」の47%~70%を説明できるような生物学的な要因というのは、どうやら幻だったようだ。ということは翻って、Sen(1989, 1990)、Coale(1991)、Klasen&Wink(2002, 2003)の言い分がやはり正しくて、女児の中絶やネグレクト(育児放棄)が原因で、女性の死亡率が依然として相対的に高いままという可能性があることになる。 しかしながら、悪い報せの中にも良い報せがいくつかある。1980年代から1990年代にかけてB型肝炎の予防接種が開始されたのに伴って、南アジアのいくつかの国では出生性比が若干ながら低下する傾向が見られたわけだが、オスターの主張が正しいと仮定した場合は、この間に性差別がさらに酷くなったとの解釈が成り立つことは先に見た通りである。しかしながら、オスターの当初の主張に疑義が生じた今となっては、Klasen&Wink(2002, 2003)による解釈が妥当するように思われる。すなわち、「消えた女性」問題を抱える大半の地域では、1980年代から1990年代にかけて性差別が若干ながら薄らいだ可能性があるのだ。とは言え、中国は例外である。一人っ子政策〔拙訳はこちら〕に加えて、男女の産み分けを可能とする中絶手術が普及した結果として、中国では性差別の問題が悪化の一途を辿り、女性が生き残るのがなおさら難しくなる格好となったのである。

<参考文献>


●Abrevaya, J. 2009. “Are there missing girls in the United States?”, American Economic Review: Applied Economics 1(2): 1-34.
●Blumberg, B. and E. Oster. 2007. “Hepatitis B and sex ratios at birth: Fathers or Mothers?(pdf)”, Mimeograph, University of Chicago.
●Chahnazarian, A. 1986. “Determinants of the sex ratio at birth”, Ph.D. dissertation, Princeton University.
●Chahnazarian, A. B. Blumberg, and W. Th. London. 1988. “Hepatitis B and the sex ratio at birth: A comparative study of four populations”, Journal of Biosocial Sciences 20: 357-370.
●Coale, A. 1991. “Excess female mortality and the balance of the sexes: An estimate of the number of missing females”, Population and Development Review 17: 517-523.
●Das Gupta, M. 2005. “Explaining Asia’s Missing Women: A new look at the data”, Population and Development Review 31(3): 539-535.
●Das Gupta, M. 2006. “Cultural versus biological factors in explaining Asia’s Missing Women: Response to Oster”, Population and Development Review 32: 328-332.
●Ebenstein, Avraham. 2007. “Fertility choices and sex selection in Asia: Analysis and Policy”, Mimeograph, University of Berkeley.
●Klasen, S. 1994. “Missing Women Reconsidered”, World Development 22: 1061-71.
●Klasen, S. 2008. “Missing Women: Some Recent Controversies on Levels and Trends in Gender Bias in Mortality(pdf)”, Ibero America Institute Discussion Paper No. 168. In Basu, K. and R. Kanbur (eds.) Arguments for a better world: Essays in honour of Amartya Sen. Oxford: Oxford University Press, 280-299.
●Klasen, S. and C. Wink. 2002. “A turning point in gender bias in mortality: An update on the number of missing women”, Population and Development Review 28(2): 285-312.
●Klasen, S. and C. Wink. 2003. “Missing Women: Revisiting the Debate”, Feminist Economics 9: 263-299.
●Klasen, S. 2003. “Sex Selection”, In P. Demeny, and G. McNicoll (eds.) Encyclopaedia of Population. New York: Macmillan, 878-881.
●Lin, M-J. and M-C. Luoh. 2008. “Can Hepatitis B mothers account for the number of missing women? Evidence from 3 million newborns in Taiwan”, American Economic Review 98(5): 2259-73.
●Oster, E. (2006). “Hepatitis B and the Case of Missing Women(pdf)”, Journal of Political Economy 113(6): 1163-1216.
●Oster, E. G. Chen, X. Yu and W. Lin. 2008. “Hepatitis B does not explain male-biased sex ratio in China(pdf)”, Mimeographed, University of Chicago.
●Sen, A. 1989. “Women’s Survival as a Development Problem”, Bulletin of the American Academy of Arts and Sciences 43(2): 14-29.
●Sen, A. 1990. “More than 100 million women are missing”, New York Review of Books, 20 December.