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2025年5月24日土曜日

Paul Krugman 「小心の罠」(2014年3月21日)

Paul Krugman, “Timid Analysis (Wonkish)”(The Conscience of a Liberal, March 21, 2014)


今日のコラムでも軽く触れたけど、もうちょっと突っ込んだ話をしておこうと思う。

ブルッキングス研究所主催のパネルディスカッションから戻ってきたばかりだ。「アベノミクス」がテーマの論文についても報告があって、僕も含めて二人が討論者を務めた。もう一人の討論者は、ベン・バーナンキだとかいう名前だったと思う。個人的にずっと心配に思っていたことがあって、そのことについても語った。言いたいことを前よりもいくらかうまく整理できてると思うので、ここでも繰り返させてもらうとしよう。

僕が1998年に書いた論文(pdf)以降に大量に生み出された「ゼロ下限制約」に関する理論的な研究の山を眺めてみると、「流動性の罠」に陥るのは一時的なショックの結果であると見なされている。例外なくだ。何らかのショックが起こって――わかりやすい例だと、バブルが崩壊したりとか、信用ブームが終わってデレバレッジ(債務の圧縮)が強いられたりとか――、総需要が大きく落ち込む。金利をゼロ%にまで引き下げても完全雇用を実現できないくらいに。でも、そのショックもいつまでも続くわけじゃない。いつかは終わる。そうだとすると、抜け道があることになる。金融政策のレジームが変わったことをみんな(国民)に納得させればいいのだ。ゼロ下限制約に直面している状況で総需要を刺激してほどほどのインフレを起こしたければ、ショックが去って総需要が回復してからも中央銀行が金融緩和を続けるとみんなに信じ込ませればいいのだ。  

ところで、日本でショックが去るのはいつになるんだろうか? 総需要が勢いを取り戻して、ゼロ下限制約に縛られる必要が無くなるのはいつになるんだろうか? アメリカについてすら長期停滞(secular stagnation)の可能性が真剣に取り沙汰されていて、金融政策が「正常」に戻るまでにかなり長い時間を要するかもしれないというのに。

それでもなお、景気に弾みをつけるのは依然として可能だ。中央銀行が高めのインフレ率の達成を目標に掲げて、そのことがみんなから信頼されるようなら、〔予想インフレ率が上昇するので〕実質金利が低下する。ところで、中央銀行が掲げるインフレ目標がみんなから信頼されるために必要なことって何だろう? 「自己実現的な予言」(self-fulfilling prophecy)が大いに絡んでくるに違いない。中央銀行が掲げる目標値にまでインフレ率が上昇するに違いないとみんなが信じて行動したら、その通りにならなくちゃいけないのだ。景気が刺激されて、インフレ率が目標値にまで上昇しなくちゃいけないのだ。

そのための必要条件がある(ただし、十分条件じゃない)。インフレ率の目標値がかなり高めに設定される必要があるのだ。みんなが信じて行動したら、ブームが起きるくらいの高さに設定される必要があるのだ。インフレ率の目標値がそんなに高くないようだと、みんなが信じて行動したとしてもその通りにならないだろう。景気もそこそこしか刺激されずに、そのせいでインフレ率も目標値に届かないだろう。そんなだと、そのうち誰も中央銀行が掲げるインフレ目標を信頼しなくなって、すべての努力が無駄になってしまうおそれがあるのだ。 

今朝作成したばかりの図を使って、今の話を確認しておくとしよう。




黒い曲線は、フィリップスカーブを表わしている。仮想的なものではあるが、現実のフィリップスカーブとそう違わないと思う。インフレ率が産出量の水準に依存していて、資本設備の稼働率が高くなるほど(産出量の水準が高まるほど)傾きが急になっている。青い直線は、金利がゼロ%の場合の総需要曲線を表わしている。予想インフレ率が上昇すると、それと同じだけ実質金利が低下する。総需要曲線が右上がりになっているのは、そのためだ。上の図では、中央銀行がインフレ率の目標値を2%に設定するけど、インフレ率が2%にまで上昇しない状況が描かれている。インフレ率が2%にまで上昇するとみんなが信じて行動したとしても、その通りにならないのだ。そのうち誰も中央銀行が掲げるインフレ目標を信頼しなくなってしまうだろう。

僕の心配事というのは以上の通りだ。インフレ率の目標値を4%に設定する必要があるというのに、セントラルバンカーが次のように語ったとしよう。「4%ですか? ちょっと過激に思えますね。もうちょっと慎重になって、2%にしておきましょう」。慎重で分別があるようだけれど、そのせいで失敗してしまうかもしれないのだ。

2025年5月17日土曜日

Paul Krugman 「『流動性の罠』の下でのインフレ目標:日本経済に埋め込まれた排中律」(1999年2月)



噂によると、日本銀行がインフレ目標の採用を検討しているらしい。プラスのインフレ率を上限値にするんだとか。朗報だ。自分たちが置かれている状況をとうとう理解し始めたらしいことを意味しているわけだから。でも、本当にそうなんだろうか? 何とも言えないところだ。なぜなら、噂として聞こえてくるインフレ率の目標値があまりにも低過ぎるからだ。噂通りなんだとしたら、自分たちが置かれている状況をまだちゃんと理解していないんだろう。「流動性の罠」に嵌ってしまったら、かなり高めのプラスのインフレ率を目指すか、ノロノロ続くデフレを受け入れるかのどちらかを選ぶしかないのだ。中道なんてないのだ。

その理屈は単純なんだけれど、なかなか理解してもらえないみたいだ。均衡実質金利――完全雇用に達した場合に貯蓄と投資(海外純投資を含む)が等しくなる金利――がマイナスで(“Japan: still trapped”で説明したように、「流動性の罠」に嵌るというのは、均衡実質金利がマイナスになることなのだ)、失業が発生しても物価はすぐには下がらないとしよう。予想インフレ率が低過ぎて実質金利が均衡実質金利の水準にまで下がらないようなら――例えば、マイナス3%の実質金利が「必要」とされているのに、予想インフレ率がプラス1%でしかないようなら――、完全雇用が達成できずに緩やかなデフレが続くことになるだろう。そうなったら、インフレ目標の信用もすぐに地に落ちて、ふりだしに戻っちゃうだろう。

インフレ目標がうまくいく可能性があるのは、目標値がかなり高く設定されてそのことが信用される場合に限られるのだ。言い換えると、インフレが起きるくらいに景気が刺激される場合に限られるのだ。目標値が低過ぎるようなら、失敗する運命にあるのだ。

「調整インフレ」案を和らげたがる人――「物価安定を目指しちゃいけないのでしょうか? 例えば、1%のインフレ率を目指しちゃいけないのでしょうか?」とかいうふうに穏健にしたがる人――がいるけど、肝心なことがわかっていないのだ。“Japan's trap”でも述べたように、日本がデフレ圧力に晒されているのは、インフレが必要とされているからなのだ。そのために、今の物価水準を将来の期待物価水準よりも引き下げようとする力が働いているのだ。それと同時に景気が低迷しているのは、物価というのはなかなか下がらないし、その過程で痛みを伴わないわけにはいかないからだ。

これまでの話に抵抗を感じるのもよくわかる。政策当局者たちは、逆説的に聞こえる話には慣れていないし、どうにかして中道を歩もうと試みるのが彼らの本能だからだ。でも、日本経済に埋め込まれている排中律〔注1〕は、学者の頭の中にある抽象的な屁理屈なんかじゃない。筋道立った分析から導かれる避けられない結論なのだ。

最後に太字でまとめておこう。

目標値が十分に高くない限り、日本におけるインフレ目標は失敗に終わるだろう。

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〔注1〕かなり高めのプラスのインフレ率を目指すか、ノロノロ続くデフレを受け入れるかのどちらかを選ぶしかない(中道なんてない)、という意味。

2025年5月14日水曜日

David Beckworth 「不換紙幣から商品貨幣へ ~ソマリアのケース~」(2013年2月12日)

David Beckworth, “From Government Fiat Money to Private Commodity Money: the Case of Somalia”(Macro Musings Blog, February 12, 2013)


1991年に政権が崩壊して以降のソマリアでの「お金事情」について、ローレンス・ホワイト(Lawrence H. White)&ウィリアム・ルーサー(William Luther)の二人が興味深い研究を行っている(こちらこちら)。彼らの論文から一部を抜粋しておこう。

貨幣の供給をどのように管理すべきかについて、過去数十年にわたって数多くの研究がなされてきている。興味深いことに、1991年に政権が崩壊して以降のソマリアで、貨幣の供給を自生的に管理するメカニズムが粗いかたちながらも出現してきているようだ。市中に流通する紙幣の量を制限できる力を持つ政府が不在であるのに乗じて、海外の印刷業者と手を組んで偽札を輸入して儲けようとする勢力が現れた。しかしながら、国内での通常の取引では1991年以前に発行された紙幣しか受け取ってもらえないので、国内に持ち込まれる偽札の量に制限が課せられる格好になった。額面が大きい紙幣を偽造しても儲けられないからである。1000ソマリア・シリングの対ドルレートは1991年から2008年までの間に0.30ドルから0.03ドルに減価したが、その後はそのレートで安定した。1000ソマリア・シリング紙幣を一枚偽造するのに要する費用(およそ0.03ドル/3セント)と等しくなったからである。

つまりは、贋金つくりに手を染める連中でさえも合理的な計算を行っているわけだ。限界費用(一枚の紙幣を偽造するのに要する費用)が限界便益(一枚の紙幣を偽造することによって得られる儲け)と等しくなるところまで偽札の発行を続けたというわけだから。その結果として、ソマリア紙幣の価値は、偽札を作るために要する費用と等しくなる水準にまで低下した。一枚の偽札を作るためにかかる紙代、インク代、プリンター代、電気代、海外からの輸送費等々の合計と等しくなる水準にまで低下したのだ。私からすると、ソマリアで出回っている偽札は一種の商品貨幣のように見える。政府が機能していない破綻国家であるにもかかわらず、ソマリアの経済がほどほどの安定を保っているのはこの商品貨幣のおかげだ。ソマリアで進行中の貨幣をめぐる魅惑的な実験は、商品貨幣から不換紙幣へという貨幣史の定番の流れに逆行している。ソマリアでは、不換紙幣(政府が独占的に発行する不換紙幣)が商品貨幣(民間で自由に発行される商品貨幣)に取って代わられているのだ。ブログ界における貨幣史の第一人者であるコーニング(J. P. Koning)がソマリアで起こっていることからどんな教訓を引き出すか楽しみだ。



David Beckworth 「『ゼロ下限制約』に達しても『流動性の罠』に陥ることはそうそうない」(2011年5月6日)

David Beckworth, “Liquidity Traps Are Very Unlikely, Even at the Zero Bound: A Rejoinder to Matt Rognlie”(Macro Musings Blog, May 6, 2011)


マシュー・ログリー(Matthew Rognlie)がタイラー・コーエン(Tyler Cowen)を難詰している。「流動性の罠」なんて存在しないと語るコーエンに反論を加えているのだ。「流動性の罠」が存在することを滔々と述べ立てた後に、ログリーは以下のように締め括っている。

しかしながら、希望は少しも残されていないというわけじゃない。Fedにやれることはまだあるのだ。名目金利の今後の経路についての予想に働きかけるという手もある。通常とは違うかたちで債券を大量に購入して、ポートフォリオのリバランスを引き起こして満期が長めの金利の低下を促すという手もある。・・・(略)・・・ゼロ%は制約ではないと言い回るのだけはよしてもらいたい。悲しいかな、ゼロ%は制約なのだ。

政策金利がゼロ%という制約に達しても、「流動性の罠」に陥ることはそうそうない。皮肉なことに、上に太字で引用した部分こそがまさにその理由になっているのだ。このことを理解してもらうためには、「流動性の罠」というのがどういう状況なのかをまずは思い起こす必要がある。「流動性の罠」というのは、貨幣に対する需要が無限に弾力的になる状況のことである。すなわち、中央銀行がどんなことをしても、貨幣に対する需要に何の影響も及ぼせない状況なのだ。「流動性の罠」に陥ると貨幣に対する超過需要が生じて、そこから派生する問題を金融政策で解決することができなくなってしまうのである。

ログリーの言い分によると、中央銀行が操作対象にしている短期金利(政策金利)がゼロ%に達したら、「流動性の罠」に陥ることになるという。政策金利だけが貨幣に対する需要に影響を及ぼすと想定するなら、その通りだろう。しかしながら、かつてミルトン・フリードマン(Milton Friedman)が主張したように、貨幣に対する需要は、政策金利を含む金利のスペクトラム(満期の異なる様々な金利)によって影響されるのだ。そうだとすると、政策金利がゼロ%に達したとしても、Fedにやれることは依然としてたくさんあることになる。Fedが長期国債だとか社債だとかの利回り――これらの利回りも貨幣に対する需要に影響を及ぼす重要な要因というのがフリードマンの考えだった――を低下させることができたら、貨幣に対する需要にも影響を及ぼせるわけであり、「流動性の罠」に陥らずに済むことになるのだ。

たった今述べたことは、上に太字で引用した箇所でログリーが述べている「ポートフォリオのリバランス」を引き起こす背景になっている。Fedが長期国債を購入したらその利回り(長期金利)が低下する可能性があるが、そうなるとポートフォリオのリバランスが引き起こされることになる。民間の経済主体が株式だとか実物資本だとかの高リスク資産を購入するようになるのだ。それに伴い、貨幣に対する需要が低下することになる。すなわち、Fedが長期国債を購入したらポートフォリオのリバランスが引き起こされると主張するのは、政策金利がゼロ%という制約に達したとしても「流動性の罠」に陥ることはないと主張しているに等しいのだ。ポートフォリオのリバランスが引き起こされると語るログリーは、「流動性の罠」の存在に懐疑的なコーエンの肩を持っていることになるのだ。

ところで、貨幣に対する需要が金利のスペクトラムによって影響されることを示す証拠はあるのだろうか? 過去に目を向けてもその証拠をいくつか見出すことができるし(例えば、こちらこちらを参照)、最近についてもその証拠はある。以下の3つのグラフがそれだ。貨幣の流通速度(セントルイス連銀が発表しているMZMの流通速度)と各種の金利(3カ月物の短期国債の利回り、10年物国債の利回り、社債の利回り)との間に密接なつながり(相関)があることが示されている(決定係数の値はいずれも0.7を超えている)。 





政策金利がゼロ%に達したからと言って、「流動性の罠」に陥るとは限らないのだ。「流動性の罠」に陥るためには、貨幣に対する需要に限りが無くなる必要があるのだ。そうなれば、デフレが起きることになるのだ。さらには、政策金利がゼロ%に達して貨幣に対する需要に限りが無くなるようなことが仮にあったとしても、ピーター・アイルランド(Peter Ireland)がクルーグマンの「流動性の罠」モデルを使って示しているように(pdf)、人口が成長するようなら、マネーサプライが増えるのに伴って分配効果が生じて、そのおかげで「流動性の罠」に陥るのを避けられるのだ。

現状はどうなのかというと、貨幣に対する需要が高止まりしているせいで景気の足が引っ張られているのは確かだが、「流動性の罠」からは程遠い。すなわち、貨幣に対する超過需要が生じているせいで引き起こされている問題を解決するためにも、総需要(名目支出)を刺激するためにも、金融政策にできることは依然としてたくさんあるのだ。こちらの記事で私なりにそのための具体的な提案を行っているので、参照していただきたいと思う。

(追記1)ジョシュ・ヘンドリクソン(Josh Hendrickson)もログリーに反論している〔拙訳はこちら〕。

(追記2)しばらく前のブログエントリーになってしまうが、「流動性の罠」についてのスコット・サムナー(Scott Sumner)の見解もあわせて参照されたい。

Josh Hendrickson 「流動性の罠」(2011年5月9日)

Josh Hendrickson, “Liquidity Traps”(The Everyday Economist, May 9, 2011)

 
「流動性の罠」の有意義な定義としては、貨幣(現金残高)に対する需要に限りが無い状況というのくらいしか考えられない。貨幣(現金残高)に対する需要に限りが無いようなら、民間の経済主体は現金をいくらでも溜め込もうとするので、その必然的な結果として金融政策は無力になってしまうだろう。

例えば、中央銀行がFF金利(短期名目金利)に誘導目標を定めているとしよう。もしもFF金利がゼロ%に達したら、FF金利をそれ以上引き下げることはもはやできなくなってしまう。しかしながら、実質金利を引き下げる余地は残されている。標準的な貨幣理論によれば、中央銀行がマネーサプライを増やせばインフレ率が高まることになる。インフレ率が高まれば実質金利が低下して、総需要が刺激されることになる。

ところで、ポール・クルーグマン(Krugman 1998)(pdf)とラルス・スヴェンソン(Svensson 1999)(pdf)が提示しているモデルでは、名目金利がゼロ%に達すると、貨幣(現金残高)に対する需要に限りが無くなるようになっている。すなわち、名目金利がゼロ%の下限に達すると、マネーサプライを増やしても民間の経済主体によってそのまま溜め込まれてしまうのである。それゆえ、中央銀行は物価水準に影響を及ぼせなくなる。金融政策が無力になってしまうわけである(念の為に指摘しておくと、クルーグマンは金融政策がその力を取り戻す可能性についても言及している。中央銀行がインフレ期待を喚起することできるようなら、総需要を刺激できる可能性があるというのである。しかしながら、この点についてはしばらく脇に置いておくとしよう)。「流動性の罠」に嵌ることなんてあり得ないと無下に否定するわけにはいかないようだ。どういう条件が成り立てば「流動性の罠」に嵌るのかを真剣に検討する必要がありそうだ。

クルーグマンとスヴェンソンのモデルで「流動性の罠」に陥るのはどうしてかというと、貨幣が純資産(net wealth)ではないからである。貨幣が民間部門における純資産ではないせいで、マネーサプライが増えても実質残高効果(real balance effect)が生じないのだ。だからこそ、マネーサプライが増えても民間の経済主体によってそのまま溜め込まれてしまうのである。

ピーター・アイルランド(Ireland 2005)(pdf)によると、クルーグマンのモデルに人口の成長を組み込むと、実質残高効果が生じることになって、「流動性の罠」に陥るのを避けられるという。換言すると、人口が成長するようだと、貨幣を純資産に転換するような分配効果が生じるというのである。マネーサプライが増えると、民間部門における純資産が増えて、そのおかげで「流動性の罠」に陥るのを避けられるというのである。

これまでに触れてきたどのモデルも、政策金利がゼロ%の「ゼロ下限制約」に達した場合の金融政策の役割について理解する上で重要な示唆を投げかけている。その絡みで言うと、デビッド・ベックワース(David Beckworth)のこちらのブログエントリー〔拙訳はこちら〕を読んだ時には我が意を得たりと思ったものだ。「流動性の罠」に陥る可能性を認めながら、それと同時に金融政策がポートフォリオのリバランス(調整)を引き起こす可能性を説くのは矛盾しているというのがベックワースの言い分で、まさにその通りである。「流動性の罠」に陥っているなら、貨幣に対する需要に限りが無くなっているので、中央銀行による公開市場操作は何の効果も持たないだろう。中央銀行が債券を買い入れて市中に貨幣を注入しても、そのまま溜め込まれるだけだからだ――中央銀行がいかなる種類の債券を購入しようとも結果は変わらない――。「流動性の罠」に陥っている状況では、貨幣と他のあらゆる資産との間に違いがなくなる(完全に代替的になる)のだ。1968年にブルナー(Karl Brunner)&メルツァー(Allan H. Meltzer)の二人が指摘しているように(経済思想の歴史を学ぶことが重要なのはなぜなのかを物語っていると言えよう)。

ところで、マシュー・ログリー(Matthew Rognlie)がベックワースのエントリーのコメント欄に登場して反論を加えているが、それを読んで困惑してしまった。ログリー曰く、

まずはじめに強調しておきたいのは、言葉の定義には興味がないということです。中央銀行が金利に影響を与える手段を一切持ち合わせていない状況を指して「流動性の罠」と呼ぶのだとしたら、そういう意味での「流動性の罠」に嵌ることはないというが私の考えです。言葉の定義にこれ以上深入りするのを避けるためにも、私が言わんとすることを次のように言い換えるとしましょう。ゼロ下限制約に達すると、金融政策を通じて景気を刺激するのがずっとずっと難しくなる。ゼロ下限制約に達すると、金融政策の性質がそれまで(ゼロ下限制約に達する前)と根本的に変わる。

ログリーは、因果の向きを取り違えてしまっているようだ。私にしてもベックワースにしても、金融政策が無力であることを意味するように「流動性の罠」を「定義」しているわけじゃない。金融政策が無力になるというのは、「流動性の罠」の定義から必然的に導かれる結果なのだ。「貨幣に対する需要に限りが無くなっている」という定義に同意するか否かで、「流動性の罠」に陥る可能性を受け入れるかどうかも決まるのだ。「ゼロ下限制約に達すると、金融政策の性質がそれまで(ゼロ下限制約に達する前)と根本的に変わる」という主張は、「流動性の罠」に陥る可能性があるかどうかという話とは別物だ。「ゼロ下限制約」と「流動性の罠」を同一視すべきではないのだ(ベックワースも述べているように)。

ログリーはさらに次のように述べている。

あいにくなことに、量的緩和に起因するポートフォリオ・リバランス効果の大きさが些細ならざるものかどうかははっきりしません。エガートソン&ウッドフォード(Eggertsson&Woodford 2003)(pdf)は、一定の条件が成り立つようなら、量的緩和はポートフォリオのリバランスを一切引き起こさないという無関連命題を証明してさえいるのです。

確かにその通りである。ただし、エガートソン&ウッドフォードのモデルは、クルーグマンのモデルにいくらか手を加えた拡張版だということをおさえておくのは大事だ。クルーグマンのモデルと同じように、人口の成長が組み込まれていないので、分配効果が生じないようになっているのだ。つまりは、貨幣が純資産ではないことが仮定されていて、それゆえに実質残高効果が生じないのである。以下のように述べるログリーも実はそのことを密かに認めていることになるのだ。

エガートソン&ウッドフォードの無関連命題は、リカードの等価定理の変種の一つと言えるでしょう。公共部門のバランスシートのリスクを最終的に引き受けるのは民間の経済主体(消費者)なので、国債を所有しているのが民間部門から公共部門に変わっても何の違いも生じないのです。

同じようなアナロジーを持ち出している(「貨幣の超中立性」を「リカードの等価定理」の変種の一つと見なして分析を加えている)のがフィリップ・ウェイル(Weil 1991)(pdf)だが、ウェイルも指摘しているように、分配効果が生じないせいで貨幣が純資産ではないからこそ成り立つ結果なのだ。エガートソン&ウッドフォードのモデルでは、仮定によって分配効果が生じないようになっているのだ。

「流動性の罠」についてだけでなく、「流動性の罠」に陥るのはどういう条件が成り立つ場合なのかについても誤解があるようだ。「ゼロ下限制約」と「流動性の罠」を結びつけて論じるのが慣わしとなっているが、必ずしも同一視できないのだ。金融政策を論じる時には、「ゼロ下限制約」と「流動性の罠」の違いに気を配る(あるいは、言葉の定義にもっと注意を払う)のが大事なのだ。

2025年5月13日火曜日

Neil Irwin 「ケチャップ発言を巡るミステリー 〜発言の主は噂通りの人物? それとも・・・?〜」(2013年5月12日)

Neil Irwin, “The mystery of Ben Bernanke and the Japanese ketchup is solved!”(Wonkblog, May 12, 2013)


中央銀行をテーマとした拙著で、「FRBの現議長、ケチャップ、日本銀行」が絡むちょっとしたミステリーについて言及している。そのミステリーは今や解かれた、というのが私の考えだ。

遡ること10年前の2000年代初頭。アメリカの政府高官や経済学者たちは、日本政府に対して――とりわけ、日本銀行に対して――、ひっきりなしに次のようなコメントを寄せていた。日本経済がデフレから脱却するために、あなた方はもっと積極果敢に行動する必要がある、と。当時FRBの理事だったベン・バーナンキ(Ben Bernanke)も、そのように訴えていた一人だった。

日本銀行の役員の間で長年にわたって語り継がれていて、リチャード・クー(Richard Koo)が自らの著書の中で取り上げている逸話がある。バーナンキが2003年の5月に訪日した時に、次のように主張したと言われているのだ。中央銀行は、いつだってインフレを起こすことができるはずだ。市中に貨幣を注入するために金融資産を購入するだけでは足りないようなら、何か他のものを買うことだってできる。それこそ、トマトケチャップを買うことだってできる。そうすれば、市中に流通する貨幣の量を増やせるし、物価を上昇させられるのだ。

ケチャップとは、何とも面白い例である。しかし、ここに問題が控えている。バーナンキ本人は、ケチャップを例に持ち出した覚えがないばかりか、本当に自分がそのように発言したのか極めて懐疑的なのである。先にも触れた拙著で日本がテーマの章を執筆している段階では、バーナンキの記憶違いなのか、日本銀行の役員の間で噂が広まるうちに話が事実とは違うかたちで伝わってしまったのか、確信が持てないでいた。かつて東京に滞在していた時に日銀の元スタッフ数人からこの逸話を耳にしたことはあったが、バーナンキのケチャップ発言を目の前で聞いたという人は一人もいなかった。そのため、拙著では、バーナンキがケチャップ(あるいは、それと似た何か)を例として持ち出したかどうかについては、真偽不明の未解決問題ということにしておいたのだった。

今や謎は解けたと言えるかもしれない。当時米財務省で勤務していたトニー・フラット(Tony Fratto)から、次のような話を聞いたのである。彼の記憶によると、ジョン・テイラー(John B. Taylor)と一緒に日本銀行を訪れたことがあるという。テイラーは、スタンフォード大学に籍を置く経済学者で、当時は財務次官(国際経済担当)を務めていた。新聞の切り抜きから判断すると、彼らが日銀を訪れたのは2002年10月のようだが、その時にテイラーがケチャップ発言をしたのを聞いたというのだ。

フラットは、メールで次のように答えている。「私たちが東京を訪れたのはなぜかというと、不良債権の処理をもっと速やかに進めるだけでなく、量的緩和をもっと積極的に実施するように、日本の政策当局者を鼓舞するためでした。あの時のジョンは、ややおどけた調子で意見を述べていましたが、ケチャップ発言も何気なく口を衝いて出た感じでした。ジョンは、日本銀行(金融研究所)の顧問を長年にわたって務めていて、そこで働いているみんなと懇意な間柄にありました。あの時のことは、よく覚えています」。

例として持ち出されたのは、抽象的な「ケチャップ」じゃなかったらしい。フラットの記憶によると、テイラーは、ケチャップの具体的な銘柄まで口にしたらしいのだ。

「ジョンも私もピッツバーグ出身で、日本への移動中はピッツバーグのあれこれについて情報交換し合ったり語り合ったりしていました。ジョンは、『ケチャップパケット』とだけ述べたんじゃありません。『ハインツのケチャップパケット』と述べたんです」。

どうやらこれが真相のようである。あの何とも愉快なケチャップ発言の主は、テイラーだったのだ。何度も語り継がれているうちに、テイラーと同じように高く評価されているアメリカ出身のマクロ経済学者で、同じく公職に転じ、ほぼ同じ時期に日本を訪れた別の人物の発言として入れ替わってしまったのだ。

テイラーによると、日本銀行を訪れた時にケチャップ発言をしたかどうかまでは詳しく覚えていないものの、大学の講義で学生に金融政策について説明する時にケチャップを例に持ち出すのが恒例になっているのは確かだという。テイラーは、メールで次のように答えている。「これまで長年に(何十年にも?)わたって、スタンフォード大学での経済学入門の講義で公開市場操作のエッセンスを説明する時に、ケチャップを例に持ち出してきました。『ケチャップが巷にたっぷり存在するようなら、Fedはケチャップを買うことだってできる』みたいな感じで。金融政策の働きについて学生たちが理解しやすくて記憶に残りやすいように配慮したジョークの一種としてですが」。

さて、もう一つのアイロニーがある。テイラーとバーナンキが日本を訪れて、もっと積極的な金融政策に打って出るように日本銀行に発破をかけてから10年以上が経過しているが、つい最近になってそのアドバイスが遂に聞き入れられた。安倍晋三首相率いる新政府と黒田東彦新総裁率いる日本銀行が、インフレ率を2%にまで引き上げるために必要なことは何でもすると誓ったのである。これまでのところは、口だけではないように見える。新たに刷った貨幣で国債が無制限に買い入れられているのだ。

しかしながら、巷間伝えられるところによると、日本銀行が新たに刷った大量の円でトマトケチャップ――ハインツのケチャップ、あるいは、その他の銘柄のケチャップ――を購入している様子はないようだ。

2025年5月12日月曜日

Gauti Eggertsson 「アベノミクスとフランクリン・ルーズベルト」(2013年4月4日)

Gauti B. Eggertsson, “Abenomics and FDR”(Economic Notes, April 4, 2013)


過去数ヶ月の間に経済政策の分野で起こった最も注目すべき出来事は、日本銀行と日本政府がデフレからの脱却に向けて金融政策と財政政策を「協調させる(コーディネートさせる)」決意をはっきりと固めたことだろう。新しい首相(安倍晋三)の名前にちなんで「アベノミクス」と呼ばれ出しているが、長年にわたって続いたデフレから脱却して年率およそ2%のインフレ率を達成することが目標として掲げられている。その目標を達成するための手段についてもあれこれと概要が伝えられている。

去る1月(2013年1月)に日本政府と日本銀行が共同で声明を出していて、デフレから脱却するために政策を協調(連携)させることが誓われている。その声明はこちら(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕。

本日(2013年4月4日)になって、日本銀行がさらなる行動(「量的・質的金融緩和」)に乗り出すことが発表された。その概要はこちら(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕。

何が意図されているかは明らかだ。インフレ期待を喚起して実質金利を引き下げるというのがまず第一だ。デフレではなくインフレが予想されるようになれば、実質金利が低下する。そうなると、お金を将来のためにとっておくよりも今すぐに使おう(支出しよう)という気になる。つまりは、インフレ期待が喚起されたら、通常の金融政策と同じような経路を通じて総需要が刺激されると予想されるのだ。次に、借り手が負う債務の負担を和らげるというのが第二だ。ほどほどのインフレになれば、借り手が負う債務の負担が和らいで、そのおかげでまたもや総需要が刺激されるかもしれない。景気が大きく落ち込んでいる中で過剰な債務が積み上がり、その圧縮(「デレバレッジ」)を余儀なくされている家計なり企業なりが少なくないケースにおいては特に。 

興味深いことに、アベノミクスと極めて似通った政策が1933年に米国の大統領に就任したばかりのフランクリン・D・ルーズベルトによって試みられている。政策レジームを構成する要素の大半がそっくり同じで、目標とするインフレ率が違うくらいだ。ルーズベルト大統領の方がアベノミクスよりも高めのインフレ率の達成を目標にしていたのだ――ルーズベルト大統領は、不況に陥る以前の水準にまで物価を引き上げる(リフレートする)ことを誓ったが、それはかなり高めのインフレ率を受け入れることを意味していた。この点については、2008年に書かれた拙論文(pdf)を参照していただきたい――。「ニューディール」政策の中でもこの要素は大きな成功を収めて、アメリカ経済が1933年から1937年にかけて急速な景気回復を成し遂げるのに貢献したというのが私の判断だ――しかしながら、うまくいった一連の政策も “Mistake of 1937”(pdf)(「1937年の過ち」)によって放棄されてしまい、アメリカ経済は再び不況に陥る羽目になってしまった――。これまでに日本政府が発表している政策も経済成長を加速させるのに同じように大いに役立つに違いないというのが私の判断だ。しかしながら、2%というインフレ率の目標値がちょいと低いのではないかというのが気がかりではある。どうなるかはこれからわかるだろう。ともあれ、私なりに何よりも肝心だと思うのは、日本政府がルーズベルト大統領と同じように「リフレーション」(“reflation”)を最優先課題に掲げて、リフレーションを達成するために必要なことなら何でもするつもりであることを前面に出していることだ。

ルーズベルト大統領が政策実験に乗り出した直後に放映された「インフレの宣伝」動画を以下に貼り付けておこう。講義で学生たちと一緒に視聴したこともある。インフレが総需要を刺激する二通りの経路については上でも述べたが、この動画でそのどちらについても触れられているのに気付くだろう――私がずっと前から取り組んでいる主要な研究テーマが第一の経路だ。例えば、こちらの論文(pdf)とか、マイケル・ウッドフォードとの共著論文(pdf)とかで分析を加えている。第二の経路(再分配経路)については、ポール・クルーグマンとの共著論文(pdf)で分析を加えている――。 



Gregory Mankiw 「現金をどれくらい持ち歩くべきか?」(2007年9月4日)

Gregory Mankiw, “How much cash to hold”(Greg Mankiw's Blog, September 04, 2007)


ブライアン・カプラン(Bryan Caplan)が、財布にどれくらい現金を入れておくべきかを問うている。

大学(ジョージ・メイソン大学)でのランチの時間に、二人の経済学者(A氏&B氏)が財布にどれくらい現金を入れておくべきか(現金をどれくらい持ち歩くべきか)をめぐって意見を戦わせた。A氏が持ち歩いている現金は、ほんの少しだけ。クレジットカードで基本的に何でも買えるからというのがその理由だ。B氏はというと、現金をたくさん持ち歩いている。現金を手元に持っているせいで得られなくなる金利なんて無に等しいし、貴重な時間をできるだけ無駄にしたくない(現金を持ち歩いていたら時間を節約できる)というのがその理由だ。

あなたは、どちらに肩入れするだろうか? その理由は? 「時間の価値」および「現金を手元に持っているせいで得られなくなる金利」の具体的な計算結果もお待ちしている。

(追記)教科書に載っているような貨幣需要モデルは持ち出さないでもらいたい。知りたいのは、一般的な枠組みではなく、具体的な答えなのだ。

カプランは、教科書に載っているモデルをあまりにも安易に退けてしまっているようだ。現金管理に関するボーモル=トービンモデル――貨幣需要の在庫理論アプローチ――は、単なる「一般的な枠組み」というにとどまらない。「具体的な答え」も導き出せるのだ。拙著である中級マクロ経済学の教科書の18章の練習問題の一つで学生たちに現金をどう管理すべきかを問うているが、あれは簡単な数値例を使ったボーモル=トービンモデルの応用問題なのだ。

例えば、ジョージ・メイソン大学に籍を置く某経済学者が1日に使う現金は10ドルだとしよう。ATMまで足を運んでお金をおろすのに10分かかって、彼にとって1時間は60ドルの値打ちがあるとしよう。銀行にお金を1年間預けていたら、5%の利子が得られるとしよう。これだけの情報があれば、ボーモル=トービンモデルから具体的な予測を導き出すことができるのだ。某経済学者は、1年のうちにATMに3回足を運んで、そのたびに1200ドルを銀行口座から引き出すべきなのだ。言い換えると、1年を通じて財布の中に平均で600ドルが入っているようにすべきなのだ(この予測を裏付ける方程式の詳細については、拙著をご確認いただきたい)。

大半の人の財布には(1年を通じて平均で)600ドルも入っていない。ずっと少ない現金しか持ち歩いていない。1年のうちにATMに足を運ぶ回数も3回どころじゃない。もっとずっと多い。モデルから導かれる予測と違っているのは、なぜなのだろう? 謎だ。中級マクロ経済学の講義で格好の題材となるに違いない謎だ。モデルと現実が食い違っているのはなぜなのかをめぐって、実りある討論ができるだろう。 

現金を無くすのを心配しているから、というのが考え得る理由の一つだ。現金を紛失する(あるいは、盗まれる)確率が p だとすると、現金を保有する機会費用は(r+p)〔訳注;rは金利〕へと高まることになる。しかしながら、p に具体的な値を代入してみると、難があることにすぐ気付く。2週間に1回はATMに足を運ぶとかいう現実と合致する予測をモデルから導き出すためには、p の値をだいぶ大きくしないといけないのだ。現実にはあり得ないほど財布をしょっちゅう落とすと想定しないといけないのだ。

持ち歩いている現金の額がモデルから導き出される予測と大きく食い違っているのはどうしてなのかと学生たちに尋ねたら、お金を持ってたらつい使ってしまうかもしれないからだ、という答えがあちこちから返ってくることだろう。興味深い行動仮説だ。お金をポケットに入れておいたら焼け穴を作って出ていってしまう――お金を持っていたら、つい使ってしまいたくなる誘惑にとらわれる――おそれがあるが、銀行に預けておいたらその心配もないというわけだ。この仮説で私自身の行動がうまく説明できるとは思わないので、私としてはこの仮説にそこまで説得力を感じないが、多くの学生は共鳴するんじゃなかろうか。教師としてのこれまでの経験からそう言えそうだ。

2025年5月10日土曜日

David Beckworth 「モノプソニーとしてのFed」(2009年9月11日)

David Beckworth, “The Fed as a Monopsony”(Macro Musings Blog, September 11, 2009)


侮蔑を込めて「貨幣の独占的供給者」と呼ばれることもあるFedだが、新たな呼び名を頂戴しているようだ。マクロ経済学者が出入りする労働市場や思想市場における「モノプソニー」(強大な支配力を持つ買い手)だ(あるいは、それに近い)というのだ。ライアン・グリム(Ryan Grim)がハフィントン・ポスト紙で報じているところによると、一流の学術誌でマクロ経済学についてどんな話題が率先して取り上げられるかにFedが並々ならぬ影響を及ぼしているという。Fedがそれだけの影響力を持っている理由は、(1) 大勢のマクロ経済学者を雇ったり客員研究員として受け入れていて、(2) スタッフたちが貨幣経済学やマクロ経済学の分野の一流の学術誌の編集陣に名を連ねていて、(3) Fedに同情的な元スタッフが大勢いて、(4) 今のところはFedと関わりがない経済学者たちももしかしたらFedとお近づきになれるかもしれない機会をみすみす潰さないように気を配っていて、(5) Fedがマクロ経済学の分野の多くの学術的なカンファレンスのスポンサーになっているからだという。グリムの言い分を引用しておこう。

本紙の調査によって明らかになったのは、コンサルタント、客員研究員、元スタッフ、現スタッフの膨大なネットワークを土台にして、Fedが経済学の世界を徹底的に牛耳っているということだ。中央銀行であるFedを正面から批判すると、経済学者としての将来のキャリアに暗雲が垂れ込めかねないのだ。 
大恐慌以来最悪の危機を予見できなかったFedを批判する声が経済学者たちの間からあまり上がらなかったのも、Fedのその強大な支配力ゆえなのだ。Fedの虜(とりこ)になっていたせいで、経済学者たちも同じ過ちを犯した(危機の予見に失敗した)のだ。 
・・・(中略)・・・ 
Fedの支配力の重要な源泉の一つが、その道の分野の「門番」とのつながりである。例えば、若くてこれからという経済学者にとっては避けては通れない学術誌の一つであるジャーナル・オブ・マネタリー・エコノミクス誌の編集陣の半数以上がFedの現スタッフなのだ。残りも元スタッフなのだ。

グリムの記事は興味深いが、Fedの影響力についてもう少し公平で学術的な批判を加えているのがローレンス・ホワイト(Lawrence H. White)である。2005年にEcon Journal Watch誌に掲載されたホワイトの論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

FRB(連邦準備制度)は、アメリカにおいて貨幣経済学の分野の研究を支えている重要なスポンサーの一つである。Fedがスポンサーになっている研究プログラムの規模(インプットおよびアウトプット)をいくつかの方法で計測し、貨幣経済学の分野における学術的な研究の内容に対してFedが及ぼしている直接的ないしは間接的な影響について検討するのが本稿の狙いである。Fedがスポンサーになっている研究は「現状維持バイアス」を抱えているかもしれないのだ。

ホワイトもグリムと同じ結論に達している。Fedは、マクロ経済学者が出入りする労働市場や思想市場において「モノプソニー」に似た影響力を持っているというのである。もっともな批判だが、私としてはあの手この手でFedの政策に疑問を呈し続けるつもりだ。どれもこれも失敗に終わるようでも、まだこのブログがある。・・・いや、待て。何よりも先にテニュア(終身在職権)をとらなくちゃいけない。 

Garett Jones 「研究のインセンティブ 〜みすぼらしいパフォーマンスと高い世評〜」(2012年12月11日)

Garett Jones, “Research Incentives:Milton Friedman on the Fed”(EconLog, December 11, 2012)


カネ(金銭的なインセンティブ)は研究の結果に影響を及ぼすのだろうか? 医薬品の研究についてであればよく問われる問いだが、貨幣経済学(monetary economics)の研究にも間違いなく関わりのある問いなのだ。FRB、ECB、BOEのような中央銀行は、大勢のスタッフを雇っている。数多くのカンファレンスのスポンサーにもなっている。多額の謝金を払ってもいる。貨幣経済学の研究者たちが飼い主の手に噛みつくのにためらいを感じて批判を控える・・・なんていう可能性はないのだろうか?

私の同僚であるデイビッド・レヴィ(David Levy)がまさにこの件について切り込んでいる手紙をミルトン・フリードマン(Milton Friedman)から受け取ったことがある。その手紙のコピーが以下である。



大事な箇所を引用しておこう(手紙の日付は、1993年5月27日)。 

・・・(略)・・・私が知るところでは、FRBは貨幣について専門的に研究しているエコノミストのおよそ半数を直接雇用しています。・・・(略)・・・そのみすぼらしいパフォーマンスにもかかわらず、FRBの世評が高いのも主にそのために違いないと私は確信しています。

私の同僚であるローレンス・ホワイト(Lawrence White)がFRBの潜在的な影響力を測る別の指標に着目している。貨幣経済学の分野のトップジャーナルの編集者を対象にして、FRBと何らかのつながりを持っているかどうかを調査しているのである。どんな結果が判明したかというと、・・・皆まで言わなくてもおわかりだろう。ちなみに、Econ Journal Watch 誌に掲載されているホワイトのその論文はこちらだ。

ホワイトの論文は、以下のようにお見事な文章で締め括られている。

FRBがスポンサーになっている研究は、学術的に見ると概して高い水準を誇っている。だからといって、何のバイアスもかかっていないというわけでもなければ、その内容を吟味する必要なんて一切ないというわけでもないのだ。

Paul Krugman 「俗流ケインジアン」(1997年2月7日)

Paul Krugman, “Vulgar Keynesians”(Slate, February 7, 1997)


経済学の分野も、その他のあらゆる知的な営みと同様に、「学問版・収穫逓減の法則」の影響下にある。時折、偉大な革新者が颯爽と登場し、まるで詩人のような語り口で、自らのアイデアを披露する。そのアイデアは幾分粗が目立ち、先人(あるいは、主流派)のヴィジョンとの違いが誇張して語られるとしても、そのことは取り立てて問題とはならない。アイデアに磨きがかけられることで、やがて確固としたパースペクティブが形作られる可能性があるからだ。しかしながら、どうしても避けられない定めとして、その革新者の後には、表面上の字句には忠実でありながらも、アイデアの核となる精神を誤解した一群の信奉者が続くことになる――彼らの頑迷さは、主流派が自らの見解に対して見せるこだわりを凌駕するほどである――。革新者のアイデアが広まるにつれて、それはますます単純化されることになり、やがて常識(public consciousness)の一部――「誰もが知る」知識の一部――となるまでに流布した暁には、革新者によるアイデアは、粗っぽいまでに劇画化された姿に変容を遂げてしまうのだ。

これはまさに、ケインズ経済学が辿った道のりでもある。ジョン・メイナード・ケインズその人は、大変緻密で革新的なアイデアの持ち主だった。しかし、不運なことに――意図しないかたちで――、彼は自らの遺産の一つとして、今もなお経済問題を巡る論争に混乱をもたらし続けている思想を産み落としてしまったのである。ここではそれを「俗流ケインズ主義」と呼ぶことにしよう。

ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』を出版したのは1936年。それ以前の経済学の世界では、ミクロ経済学――個々の市場の機能を対象にして、稀少な資源があれこれの市場の間にどのように配分されるかを研究する分野――に関しては、精緻で洞察力のある理論が既に発展を遂げていた。その一方で、マクロ経済学の分野――インフレやデフレ、景気の過熱や不況といった一国レベルで発生する現象を研究する分野――は、発育停止とでも呼べる状況にあった。足許で進行中の「大恐慌」について何の説明も提供できずにいたのである。

いわゆる「古典派」のマクロ経済学によると、経済は(放っておいても)長期的には完全雇用に戻る傾向があると見なされていて、(完全雇用が実現している)「長期」だけが分析対象になっていた。「古典派」のマクロ経済学を支える理論的な支柱は2つあった。「貨幣数量説」と、「貸付資金(“loanable funds”)説」である。貨幣数量説というのは、物価がいかに決定されるかについての理論であり、一国の物価水準は、経済に流通する貨幣量に比例すると考えられた。その一方で、貸付資金説というのは、金利がいかに決定されるかについての理論であり、金利は、総貯蓄(一国全体の貯蓄)と総投資(一国全体の投資)の不一致を解消するように上下に変動すると考えられたのである。

ケインズとしても、十分に長いスパンをとってみた場合には、「古典派」のマクロ経済学を支える理論が妥当する可能性もあるかもしれないと認めるのにやぶさかではなかった。しかしながら、彼の有名な言葉をひくと、「長期的には、我々は皆死んでしまう」。そこで、ケインズは次のように主張した。短期において金利の水準を決定するのは、(貸付資金説が説くように)完全雇用下における総貯蓄と総投資のバランスではない。「流動性選好」(“liquidity preference”)――現金と比較して安全性や利便性の面で劣る資産への投資を促す上で(高い利回りのような)十分なインセンティブが提供されない限りは、現金を保有し続けようとする欲望――こそが、短期における金利の水準を決定するのだ、と。さらには、ケインズは次のようにも付け加えた。総貯蓄と総投資は、貸付資金説が妥当しないとしても、必ず等しくなる。とは言っても、(事前的な)総貯蓄が(事前的な)総投資を上回ると、(貸付資金説が説くように)金利が低下するのではなく、雇用量や産出量が減ることで総貯蓄と総投資が一致するようになるのだ、と。別の言い方をすると、何らかの理由――例えば、株価の急落など――で投資需要が減少すると、経済は(雇用量や産出量の落ち込みを伴う)全般的な不況に見舞われるということだ。

このようなヴィジョンは、経済の働きに関する従来の見解に見直しを迫るものだった。その見事なまでの洞察力もあって、当時の若くて優れた経済学徒の間ですぐさま受け入れられた。とはいえ、ケインズは現実を単純化し過ぎている面がある、と早いうちから指摘していた経済学者がいたことも事実である。特に、雇用量や産出量は、金利に対して反作用を及ぼすのが通常であり、このことは大きな違いを生む可能性がある。しかしながら、『一般理論』が出版されてから長年にわたって、多くの経済学者は、ケインズのヴィジョンから導き出される含意に魅惑されることになった。ケインズのヴィジョンは、(節倹という)美徳が罰せられ、浪費が報われる「不思議の国のアリス」のような世界に我々を誘うかのように思われたのだ。

例えば、「貯蓄(節約)のパラドックス」(“paradox of thrift”)について考えてみるとしよう。初期のケインジアンモデルによると、何らかの理由で貯蓄率――所得のうち支出(消費)に回されない割合――が上昇したとしたら、総貯蓄と総投資がともに減少するという結果になる。どうしてだろうか? その理由はこうである。貯蓄率が上昇する(事前的な総貯蓄が増加する)と、消費が減って不況になり、それに伴って所得が減ることになる。所得が減ると、所得の増加関数である総投資が減ることになる。総貯蓄と総投資は最終的には等しくならなければならないので、(減少した総投資と等しくなるように)総貯蓄は減らなければならない!

さらにもう一つ、賃金と雇用の関係をめぐる「寡婦の壺」(“widow's cruse”)理論――この名称は古い伝承にちなんで付けられた――についても取り上げておこう。名目賃金が引き上げられると、人件費が高くなるので労働への需要は減ると思うかもしれない。しかしながら、初期のケインジアンの幾人かは、次のような主張を展開した。名目賃金の上昇は、資本家から労働者への所得の再分配(資本家が受け取る利潤が減って、労働者が受け取る賃金が増えること)を意味する。労働者は、資本家と比べると、あまり貯蓄をしないので――これは事実に反しているのだが、それはまあよしとしておこう――、資本家から労働者へと所得が再分配されると、消費需要が増えて、その結果として産出量と雇用量が増える、と。

このようなパラドックスに思いを馳せることは楽しいし、入門レベルの教科書を開くと今でもその説明に出くわすことがある。

しかしながら、このようなパラドックスを真剣に受け止めている経済学者は、今ではほとんどいない。その理由はいくつかあるが、中でも最も重要な理由は、わずか2語で語ることができる。アラン・グリーンスパンAlan Greenspan)である。

シンプルなケインジアンが語るストーリーを深く掘り下げていくと、金利は、雇用量や産出量の水準から独立して決まると想定されていることがわかる。しかし、現実はそうなっていない。金利は、FRB(連邦準備制度理事会)によって積極的に操作されている。雇用が低調であると判断されると金利が引き下げられて、景気が過熱気味だと判断されると金利が引き上げられるのだ。FRB議長(グリーンスパン)の判断の是非についてあれこれ言いたい人――金融政策をもう少し緩和して景気の拡大を支えるべきだと考えたり――もいるかもしれないが、FRB議長に備わる力の大きさについて疑問を呈することができる人はそうそういないだろう。今後数年間のアメリカの失業率を予測できるシンプルなモデルをお探しのようなら、今ここでそれを紹介して差し上げよう。この先の失業率は、グリーンスパンが望む水準に落ち着くと考えてほぼ間違いないのだ(グリーンスパンも神ではないので、彼が望む水準から若干ずれる可能性も考慮する必要はあるけれど)。

グリーンスパン(FRB議長)の役割を考慮に入れると、マクロ経済の働きに関する「古典派」のヴィジョンの多くが息を吹き返すことになる。とは言っても、そっくりそのままというわけじゃない。「古典派」のヴィジョンでは、(市場の)「見えざる手」が経済を長期的には――とは言っても、具体的にどのくらいの長さの期間かとなると特定されることはないけれど――完全雇用に導くと見なされていたが、現実においては、FRBの「見える手」が経済を2〜3年のうちにNAIRU(非インフレ加速的失業率)に導く役割を果たすのである。そのためには、失業率がNAIRU(あるいは、目標とする失業率)に達した時に総貯蓄と総投資が等しくなるように金利を操作する必要があるが、FRBが金利をそのように操作するようなら、「貯蓄のパラドックス」や「寡婦の壺」理論をはじめとした初期のケインジアンの主張が妥当性を失うことになるのである。例えば、貯蓄率が上昇したら、(貯蓄のパラドックスが説くところとは反対に)総投資は増えるだろう。なぜなら、FRBが金利を下げるだろうからである。

何らかの理由で総需要が変化しても、FRBが金利を操作してそれを打ち消す――そのため、雇用量は変わらない傾向にある――というアイデアは、少なくとも私にとってはシンプルでもっともなものに思える。しかしながら、学術的な世界の外に目をやると、このアイデアを受け入れている人はごくわずかというのが実状のようだ。例えば、NAFTA(北米自由貿易協定)の是非を巡る議論では雇用への影響が焦点になったが、アメリカとメキシコ間の貿易収支がどうなろうとも、今後10年間のアメリカの失業率はFRBが望む水準に概ね落ち着くだろうと私は当然のように考えていたが、世間はそう考えていなかったのだ(こんなことがあった。1993年に開催されたとあるパネルディスカッションの席上でまったく同じことを口にしたら、それを聞いていたパネリストの一人――NAFTAの支持者だったみたいだ――が激昂して、「そんなことを言うから経済学者は嫌われるのだ!」と宣ったのだ)。

その代わり、世間――悲しいかな、自分のことを物知りだと任じている知識人の多くもその中に含まれる――の「常識」になっていたのは、劇画化されたケインズ主義の一種だった。その特徴は、「消費の減少(貯蓄の増加)は、いついかなる時も悪である」というアイデアを無批判に受け入れているところにある。アメリカではインフレや財政赤字の問題がここしばらくは後景に退いているが、その機に乗じるかのようにして、俗流ケインズ主義が劇的なかたちでカムバックを果たしたのだ。先月のコラムで取り上げたばかりのウィリアム・グレイダー(William Greider)の新著でも、「貯蓄のパラドックス」とか「寡婦の壺」理論とかが主要なテーマになっているし――とは言っても、グレイダーがそのアイデアの出所をわかっているかとなると疑わしい。「知的な面で誰からも影響を受けていないと信じ切っている実践的な人間も、今は亡き経済学者の奴隷であるのが普通である」とはケインズの言だ――、 ジョン・ジュディス(John B. Judis)がニュー・リパブリック誌で似たような主張を開陳している姿も目に入る。これくらいなら驚くほどじゃないかもしれないが、「貯蓄の増加は、経済成長を阻害する」というアイデアがビジネスウィーク誌でも真剣に扱われているとなると(“Looking for Growth in All the Wrong Places,” February 3, 1997)、俗流ケインズ主義が一つの文化現象になりつつあると考えざるを得ないだろう。

「貯蓄の増加は、経済成長を阻害する」という主張――「貯蓄は、経済が成長するために決定的に重要な要因だと語る人がいるが、そこまでじゃない」という主張はある程度理にかなっているが、「貯蓄の増加は、経済成長を阻害する」という主張とは別物だ――を正当化するためには、FRBは無力だということを説得的に示さなければならない。何らかの理由で(事前的な)貯蓄が増加したら、FRBが金利を引き下げても総投資は増えないということを論証せねばならないのだ。

金利は、総投資に影響を及ぼす数ある要因のうちの一つに過ぎないと語るだけでは十分じゃない。そのような反論は、アクセルペダルを踏み込む力の強さは、車のスピードに影響を及ぼす数ある要因の一つに過ぎないと語っているようなものだ。「それで?」としか思わない。アクセルペダルをどれだけ強く踏み込むかは、自分で自由に調節できる。何か異常がない限りは、ペダルを踏み込む強さを調節して、車のスピードを「これくらいなら安全に運転できるだろう」と自分なりに考える速度に制御できる。それと同様に、グリーンスパンは、お望み通りに金利を自由に調節できる(FRBが望みさえすれば、一日のうちにマネーサプライの規模を倍増させることだってできる)。何か異常がない限りは、金利を調節して、雇用量を「これくらいならインフレも加速しないだろう」と考える水準に持っていくことができるのだ。

「貯蓄の増加は、経済成長を阻害する」という主張を正当化するためには、次のどちらかが成り立つことを示さねばならない。金利が総需要に対して何の影響も持たないことを示すか――本気でそう信じているなら、全米ホームビルダー協会(NAHB)に伝えてみるといい――、貯蓄率があまりに高すぎて、FRBが金利をゼロ%近くにまで引き下げても総貯蓄と総投資のギャップを埋められないことを示さねばならないのだ。1930年代のアメリカだったり――当時のTビル(財務省短期証券)の利回りは0.1%を下回っていた――、現在の日本だったり――現在の日本では、金利は1%程度――のように、後者のケースが妥当する例もなくはない――とはいえ、日本銀行は日本経済を停滞から救い出せるだけの力を依然として持っていると思うし、日銀の消極的な態度はかなりの不正行為(malfeasance)にあたると思う。しかし、この件については、別の機会に取り上げるとしよう――。しかしながら、住宅ローンを借りている銀行から自宅に通知書が毎月送られてくるのだが、それを見ると金利はプラスで、下がる余地はまだかなりあるようだ。ありがたや。

ともあれ、そこまでこだわる必要もないかもしれない。というのも、「貯蓄の増加は、経済成長を阻害する」と語っている人たちは、FRBが無力だとは思っていないようだからだ。それどころか、これまでの長きにわたってアメリカ経済のパフォーマンスが低調だったのは、全部FRBのせいだと語っていたりするのだ。グリーンスパンが腰を上げさえすれば、今の苦境から抜け出すことができるのにと語っていたりするのだ。

2月3日付のビジネスウィーク誌から引用するとしよう。

「貯蓄が増えると、景気が減速する可能性が高い」と語る「つむじ曲がり」の経済学者もいる。貯蓄が増えると、投資が活発になるのではなくむしろ落ち込むというのがその理由だ。「投資を刺激する必要があります」と語るのは、テキサス大学のジェームス・ガルブレイス(James K. Galbraith)。ケインジアンを自任する経済学者だ。ガルブレイスによると、経済成長を促すには金利を引き下げるべきだという。

つまりは、こう主張していることになる。貯蓄が増えると、景気が悪化する。FRBが金利を引き下げても、総投資が増えないからだ。その代わり、FRBは、金利を引き下げて経済成長を促すべきだ。金利を引き下げれば、総投資が増えて経済成長が促されるだろうから。

・・・何か見過ごしてる?

2025年5月8日木曜日

Gauti Eggertsson 「コモディティー価格と『1937年の過ち』 ~現代の経済学者は同じ過ちを繰り返すか?~」(2011年6月1日)

Gauti Eggertsson, “Commodity Prices and the Mistake of 1937: Would Modern Economists Make the Same Mistake?Liberty Street Economics, FRB of New York, June 1, 2011)


(2011年6月時点の)アメリカ経済が置かれている現状は、政策上の重大なミスが犯されようとしていた1937年の状況と驚くほど似ている。例えば、以下の記述をご覧いただきたい。(1)不況がついに終わりそうな兆しが見え出していて、(2)何年にもわたってほぼゼロ%の水準にとどまっていた名目短期金利が上昇する(引き上げられる)のではないかとの観測が流れ、(3)インフレの過熱を心配する声がちらほらと聞こえてくる。(4)マネタリーベースが急増していて銀行部門に大量の超過準備(必要準備を上回る準備預金残高)が累積している事実がその心配の大きな理由になっていて、(5)コモディティー価格が近頃上昇していることも火に油を注ぐ格好になって、インフレが過熱して手に負えなくなってしまうのではないかと心配されている。

現状の要約としても通用するだろうが、実は1937年当時の状況を要約したものなのだ。私がベンジャミン・パグスレー(Benjamin Pugsley)と二人で執筆した論文――“The Mistake of 1937: A General Equilibrium Analysis”(pdf)――で要約した1937年当時の状況の説明を引っ張ってきたのだ。この論文で「1937年の過ち」(“the Mistake of 1937”)と呼んでいるのが、大まかに言うと、Fedと政府による一連の引き締め政策のことであり、そのせいで1933年から1937年にわたって続いた景気回復が頓挫させられて、1937年~1938年にそれまでの歴史で最も深刻な不況の一つに陥ることになったのだ。インフレに対する恐れが「1937年の過ち」の引き金になったのだが、コモディティー価格の上昇がインフレに対する恐れを引き起こした主たる原因だったという点は注目すべきである。コモディティー価格の急騰がインフレに対する恐れを掻き立てている今の状況と瓜二つなのだ。コモディティー価格の急騰を目にしてFF金利(政策短期金利)を引き上げよと求める声がちらほら上がっている今の状況と瓜二つなのだ。

ここで一つの問いを投げ掛けてみるとしよう。現代の経済学者が1937年に送り込まれて政策運営にあたったとしたら、同じように「1937年の過ち」を繰り返してしまうだろうか? 「繰り返さない」というのが私の答えである――そうなってほしいという願望が込められているのは否定できないが――。その理由は、現代の大半の経済学者は、消費者物価指数の一時的な変動と恒久的な変動を区別するようになっているからである。現代の大半の経済学者であれば、1936年~1937年に起きた物価の上昇は、コモディティー価格の変動による一時的なものであって、物価の基調が変化したことを反映したものではないと判断する可能性が高いのだ。


「1937年の過ち」とその結果

「1937年の過ち」は、景気回復の基盤が未だ脆弱な中で予防的な引き締めが試みられた結果として引き起こされた。もっと具体的に言うと、1933年に導入された「リフレーション」(“reflation”)政策が放棄された結果として起きたのだ。1929年~1933年の不況に伴って物価が下落したが、フランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt、 FDR)大統領率いる政権とFedは、不況が始まる以前の水準にまで物価を引き上げることにコミットした――1933年~1937年の景気回復をもたらした政策についての詳細は、American Economic Review 誌に掲載された拙論文 “Great Expectations and the End of the Depression”(pdf)を参照していただきたいと思う――。具体的には、「政府支出の積極的な拡大(財政赤字の放置)」/「金本位制の停止」/「金融緩和」が組み合わされて、リフレーションが目指されたのである。現代のマクロ経済モデルが説くところによると、リフレーションを実現するためのそのような政策の組み合わせは、名目短期金利がゼロ%の下限に達した状況――当時がまさにそうだった――で景気を大いに刺激する効果を持つ可能性がある。その理由は、名目金利がゼロ%で物価の下落ではなく物価の上昇が予想されるようになれば、総支出(総需要)の重要な決定因である「実質金利」がプラスの水準からマイナスの水準に低下することになるからである。実質金利がマイナスになれば、貨幣を退蔵するよりも支出した方が得になるからである。それに加えて、実質金利がマイナスになれば、過剰な債務を抱えている家計や企業のバランスシートが改善される可能性もある。この点については、ポール・クルーグマン(Paul Krugman)との共著論文である “Debt, Deleveraging, and the Liquidity Trap”(pdf)で詳しく論じている。

「1937年の過ち」により、リフレーションの恩恵が放棄されて、あらゆる政策の方向性が反転させられることになった。Fedだったり政府の主要人物だったりが金利の引き上げをほのめかすだけでなく、財政緊縮を支持するようになった。お上の関心が、景気回復の継続よりもインフレーションの抑制に向くようになったのである。

リフレーション政策が反転された結果として物価や産出量にどんな効果が及んだかを表しているのが、以下の図である。1927年~1941年における消費者物価指数(CPI)と卸売物価指数(WPI)の推移を跡付けたのが1番目の図で、同じ期間(1921年~1941年)における鉱工業生産の推移を跡付けたのが2番目の図である。どちらの図にも3本の垂直線が引かれているが、一番左の垂直線は、ルーズベルトが大統領に就任してリフレーション政策の採用が宣言された時点を表している。左から2番目の垂直線は、「1937年の過ち」が犯された期間を表している。1番目の図を見ると、政府がインフレを警戒し出した1937年の時点では、物価が目標とする水準――不況が始まる前の水準――にまでまだ戻っていないことがわかる。リフレーション政策が反転されると、物価も鉱工業生産も落ち込むことになった。 “reversal of 1938”(「1938年の反転」)と名付けられた一番右の垂直線は、不況が始まる前の水準にまで物価を引き上げることに政府が再度コミットした時点を表している。2番目の図にはっきりと表れているように、「1938年の反転」(再度のコミットメント)後に鉱工業生産が堅調に伸びている事実は重要である。






コモディティー価格の役割

1937年に政策が引き締められた原因は、「インフレに対する恐れ」(inflation fears)にあった。それでは一体何が「インフレに対する恐れ」を引き起こしたのかというと、コモディティー価格の上昇がその主たる原因だった。以下の図に示されているように、色々な一次産品の価格がわずか1年の間に倍以上も上がったのである。パグスレーとの共著論文でも指摘しているが、コモディティー価格が急騰しているのを見て、多くの政策当局者がインフレの過熱を心配する声を上げるようになったのである。


現代の経済学者が1937年に送り込まれて政策運営にあたったとしたら、コモディティー価格の上昇に対して当時の政策当局者たちと同じような反応を見せる可能性は小さいだろう。現代の経済学者は、一般物価を測る指数がどのように変化しているかを脇に置いてコモディティー価格だけに注視するようなことはないのだ。1936年~1937年にコモディティー価格が上昇したのは、物価の基調が変化したせいではなく、コモディティー市場に生じた一時的な供給ショックにその原因の多くを求めることができそうだ。そのことを裏付けているのが、1936年から「1937年の過ち」が犯されるまでの間に、例えばトウモロコシのようにその価格が倍以上も上がった一次産品があった一方で、消費者物価指数の上昇ペースはそれよりも緩やかだったという事実だ(消費者物価指数の上昇率がピークに達したのは1937年5月。年率換算で4.8%の上昇率を記録した)。消費者物価指数に含まれていた一部の商品の価格が大幅に変動したにしても、消費者物価指数自体はそこまで大きくは変化しなかったのだ。

Fedで働いている現代の経済学者たちは、一時的な供給ショックにそれほど影響されない物価指数の動きに注目する傾向にある。その例としては、「コアCPI」がある(以下の図を参照)。通常のCPI(ヘッドラインCPI)から価格が変動しやすい食料やエネルギーを除いたのが、コアCPIだ。2008年に入ると、アメリカの景気は急激に悪化して危機へと突き進んでいった。先行きがどうなりそうかはっきりしてくるにつれて、経済学者たちはインフレではなくデフレに陥るのではないかと懸念するようになった。そのような懸念を受けて、政策金利が積極的に引き下げられた。最終的にゼロ%にまで引き下げられたのである。


しかしながら、上の図のヘッドラインCPIの動きからも読み取れるように、2008年の初期に石油価格が上昇すると、それにつられてコモディティー価格も一時的に上昇した。すると、インフレの過熱を警戒する声がちらほら上がるようになった。しかしながら、Fedで働いているか否かを問わず多くの経済学者たちは、ヘッドラインCPIで測ったインフレ率が上昇しているのは、個別の商品に特有の事情によるものであり、物価全般に上昇圧力がかかっているわけではないと判断した。2008年7月にヘッドラインCPIで測ったインフレ率が年率換算で5.5%の高さに達したにもかかわらず、Fedは、コモディティー価格の一時的な上昇をほとんど無視するようにして、コアCPIをはじめとしたその他の物価指数の動きに注目した。その判断は正しかったことが判明した。コモディティー価格は大幅に上昇していたが、一般物価水準は下落傾向にあったのである。

つまりは、現代の経済学者が1937年に送り込まれて政策運営にあたったとしたら、「1937年の過ち」を繰り返してしまう可能性は小さいのだ。あれほどの規模で予防的な引き締めに乗り出してしまう可能性は小さいのだ。現代の経済学者は、過去数十年にわたる一般均衡モデルの研究の蓄積もあって――この点については、例えば Eusepi&Hobjin&Tambalotti を参照されたい――、物価が変動しているのは一時的な撹乱要因によるのか(1937年のコモディティー価格の上昇がまさにそれ)、それとも物価の基調が変化したことを反映しているのかを区別する目がいくらか肥えているのだ。

2015年2月4日水曜日

Alan S. Blinder&Jeremy Rudd 「オイルショックの経済学」(2009年1月13日)

Alan S. Blinder&Jeremy Rudd, “Oil shocks redux: Why the recent oil shock wasn’t very shocking”(VOX, January 13, 2009)

2002年から2008年にかけて原油価格が高騰したにもかかわらず、1970年代のように惨憺たる結果が招かれることはなかった。それはなぜなのだろうか? その理由はいくつか考えられる。i)先進国で省エネ化が進んだため ii)実質賃金の伸縮性が高まったため iii)経済全体に占める自動車産業のシェアが縮小したため iv)金融政策がコアCPIに重きを置いて運営されるようになったため v)原油価格が高騰した原因が、供給サイドにではなく、需要サイドにあったため。

アメリカ経済は、2002年の終わりから2008年の半ばにかけて、大規模なオイルショックに見舞われることになった。原油のドル建て価格が5倍も上昇し、一時的に1バレル=145ドルにまで達したのである。物価変動の影響を取り除いた実質価格で見ても、この間の原油価格の高騰には仰天させられる。ピーク時の原油価格の実質価格は、1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック時に記録されたそれまでの最高値を50%も上回ることになったのである(原油価格は2008年7月にピークをつけた後に急落し、その後は1バレル=30~50ドルのあたりをうろついている)。

かつての2度にわたる(OPECが主導した)オイルショック時と比べても遜色ないほどに原油価格が高騰したわけだが、マクロ経済に及ぼした影響となると、かなり大きな違いが見られるようだ。1970年代から1980年代前半には「スタグフレーション」が発生し、高い失業率と高率のインフレが共存する状況が長く続いたわけだが、教科書的な説明ではその原因は「サプライショック」(原油価格および食料価格の急騰)にあるとされている。その一方で、この間の原油価格の高騰に伴って、2001年以降から続く景気の拡大に横槍が入った様子はほとんど見受けられない(アメリカ経済は、2007年の終わり頃から景気後退入りすることになったが、その主たる原因は、サブプライム危機に端を発する金融危機にあるというのが大方の見方だ)。コアCPI(食料やエネルギーの価格を除いた消費者物価指数)にしても、かつての2度にわたるオイルショック時とは違って、比較的安定した動きを見せている。

「どうしてこうも違うんだろう?」という疑問が自然と湧いてくるが、その答えの候補の一つとして名乗りを上げているのが、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「修正主義的な」解釈である。「修正主義的な」解釈――代表的な提唱者としては、デロング(DeLong 1997)、バースキー&キリアン(Barsky and Kilian 2002)、チェケッティその他(Cecchetti et al. 2007)を挙げることができる――によると、1973年から1983年にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わったそもそもの原因は、オイルショック(をはじめとしたサプライショック)にではなく、稚拙な金融政策にあるとされる。例えばデロングによると、当時のFedは、1930年代の大恐慌の悪夢に囚われており、インフレを抑えるために金融引き締めに乗り出すべきところでも二の足を踏む傾向にあったという。それに加えて、当時のFedは、フィリップス曲線は長期的に見ても右下がりであると認識しており、高めのインフレを受け入れる代わりに失業率をできるだけ低く抑えようと試みる傾向にあったという。その結果として、インフレが昂進することになったというのだ。バースキー&キリアンの二人も同様の立場に立っており、1970年代から1980年代初頭にかけて高インフレと高失業が発生した原因は、当時の「ストップ&ゴー」型の金融政策に求められるという。バースキー&キリアンの二人はさらに一歩踏み込んで、アメリカをはじめとした世界各国の金融緩和が原因で一般物価のみならず原油をはじめとしたコモディティの価格も高騰することになったと主張している。つまりは、原油価格の高騰をはじめとしたサプライショックは、スタグフレーションを引き起こした原因ではなく、政策の失敗(行き過ぎた金融緩和)に付随して生じた現象に過ぎないというのだ。

我々二人は、つい最近の論文(Blinder and Rudd 2008)で、1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる「通説」(「サプライショック説」)――原油価格および食料価格の急騰(それに加えて、1970年代初頭における賃金・価格統制の撤廃)こそが、スタグフレーションを引き起こした主因だとする説――の妥当性の検証を試みている。サプライショック説がはじめて唱えられたのは30年以上も前になるが、この間の研究の蓄積――新たに得られたデータに、新たに開発された理論に、計量経済学上の新たな証拠――に照らし合わせてみてわかったことは、「通説」の妥当性は揺るがないということである。詳しくは論文をご覧いただきたいが、(1970年代のスタグフレーションの原因をめぐる)「修正主義的な」解釈についても批判的な検証を加えている。


オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜ?

「通説」の妥当性が揺るがないとすると、大きな謎に直面することになる。1970年代から1980年代初頭にかけてマクロ経済のパフォーマンスが惨憺たる結果に終わった主因がサプライショックにあったのだとすると、つい最近の原油価格の高騰も同じくマクロ経済に対して大きな負の影響を及ぼしてもおかしくはなさそうなのに、そうはなっていない。なぜなのだろうか? 1980年代初頭以降もオイルショックは度々発生しているが、多くの論者によって裏付けられているように――例えば、フッカー(Hooker 1996, 2002)、ブランシャール&ガリ(Blanchard and Gali 2007)、ノードハウス(Nordhaus 2007)を参照されたい――、オイルショックがマクロ経済に及ぼす影響はかつてに比べて小さくなってきているようだ。オイルショックがコアCPIに及ぼす影響は時代が下るにつれて急速に弱まってきており、生産量や雇用量はオイルショックからほとんど何の影響も受けないようになってきているのだ。

どうしてなんだろうか? 理由の一つは明らかである。1973年~74年のいわゆる第一次オイルショック(「OPEC I」)と1979年~80年のいわゆる第二次オイルショック(「OPEC II」)の後にエネルギーの消費を節約する動きが広がり、アメリカをはじめとする先進国では、1973年当時と比べると、省エネ化が相当進んだ。アメリカのケースで言うと、エネルギー消費量の対GDP比(BTU単位で測った年間のエネルギー消費量をその年の実質GDPで除した値)は劇的なペースで減少しており、1973年当時と比べるとほぼ半減するまでになっている。それに伴って、オイルショックがマクロ経済――価格(原油以外の財・サービスの価格)および数量(生産量や雇用量)――に及ぼす影響も同じく半減することになったと思われるのだ。

しかしながら、フッカーによると(Hooker 2002)、オイルショックがその他の財・サービスの価格(例えば、コアCPI)に及ぼす影響は時とともに無視できるところまで小さくなっており、省エネ化という要因だけではすべてを説明できないという。さらには、我々の論文ではエネルギー集約度に応じて消費財を分類し、それぞれの分類に含まれる消費財の価格がオイルショック後にどのような反応を見せたかを検証しているが、2002年~2007年の期間に関して言うと、エネルギー集約度の高さと、価格の変動幅との間に正の相関は見出せなかった〔訳注;「エネルギー集約度の高い消費財ほど、オイルショック後に価格が大きく上昇した」という関係は見出せなかったということ〕。どうやら、省エネ化以外の別の要因にも目を向ける必要があるようだ。

「別の要因」を探っているのが、ノードハウスのつい最近の論文だ(Nordhaus 2007)。ノードハウスは、その候補を三つ挙げている。つい最近の原油価格の高騰はその上昇ペースが比較的緩やかであり、そのためもあってその影響が薄められることになったというのが一つ目の候補だ。原油価格の上昇幅は、2002年~2008年にかけての累計で測ると相当なものだが、年平均で測ると「OPEC I」や「OPEC II」時よりもずっと緩やかなのである。2002年~2008年にかけての原油価格の上昇幅を年平均で測ると、対GDP比でおよそ0.7%という結果になるが(ただし、ノードハウスの試算では、2006年第2四半期までしか対象に含まれていない点に注意願いたい)、「OPEC I」や「OPEC II」時におけるそれは、対GDP比でおよそ2%になるのである。原油価格の上昇ペースが緩やかであれば、それだけその影響も弱まることになるだろう。

二つ目の候補は、とりわけ重要である。ノードハウスは、Fedがどのようなルールに従って政策金利を決定しているか(いわゆる「テイラー・ルール」)を推計しているが、1980年以前のFedはヘッドラインCPI(食料やエネルギーの価格を含んだ消費者物価指数)に重きを置いて金融政策を運営していたが、1980年以降になるとコアCPIに重きが置かれるようになっていることを見出している。バーナンキその他(Bernanke et al. 1997)によると、かつてのオイルショック時に生産量が落ち込んだ理由の多くは、Fedがインフレを抑えるために金融引き締めに動いたためだとされているが、そのような見方が正しいとすると、つい最近の原油価格の高騰がどうしてそれほど大きな生産の落ち込みを伴わなかったのかについてもそれなりに納得がいくことになる。というのも、先にも触れたように、オイルショックがコアCPIに及ぼす影響が弱まってきていて、FedがコアCPIに重きを置くようになっているとすると、オイルショックの発生に伴って金融政策が変更される(原油価格の高騰に伴って、金融政策が引き締められる)可能性は小さくなっていると予想されるからである。

三つ目の候補は、1970年代に比べて、実質賃金の伸縮性が高まっている可能性である〔訳注:このパラグラフでは、ノードハウスの主張がかなり圧縮されたかたちで要約されており、そのまま訳したのでは内容がわかりづらいだろうと判断して、Nordhaus(2007)に照らし合わせて訳者の側で若干修正を加えている〕。それもこれも、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が世間一般に広がったことが大きい。その結果として、原油価格が高騰しても、労働者は名目賃金の引き上げを求める代わりに、実質賃金の下落を受け入れるようになった。新古典派的なメカニズム(相対価格の変化に促された生産要素間の代替〔訳注;財・サービスを生産するにあたって、相対的に高価になった生産要素(エネルギー)の代わりに、相対的に安価になった生産要素(労働)の投入を増やす〕)が働く余地が広がることになった可能性があるのだ。さらには、原油価格の高騰はあくまで一時的なものだとの見方が広がったことで、消費者が原油高騰による実質所得の低下をあくまで一時的なものと見なすようになった。その結果として、原油価格の高騰が実質所得の低下を招いて総需要を冷え込ませるケインジアン的なメカニズムの効果がかつてよりは和らいでいる可能性がある。このような一連の変化は、オイルショックが生産量や雇用量に及ぼす影響を弱める方向に作用することだろう。

ブランシャール&ガリの二人も実質賃金の伸縮性が高まっている可能性に言及しているが(Blanchard and Gali 2007)、それに加えて、1970年代以降に中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まってきていることも見逃せないと主張している。中央銀行の「インフレ・ファイター」としての信頼性が高まれば、原油価格が高騰しても、予想インフレ率はそこまで変わらない可能性がある(ブランシャール&ガリの二人は、そのような証拠を見出している)。原油価格の高騰にもかかわらず、予想インフレ率が安定しているようであれば、原油価格の高騰がコアCPIや生産量に及ぼす影響は小さくなると考えられるのだ。ただし、彼らも述べているように、荒削りな面が多分にあるモデルから得られた結論とのことなので、あまり重視し過ぎないほうがいいだろう。

実証的な裏付けのある二つの興味深い要因に言及しているのがキリアンだ(Kilian 2007)。いずれの要因も国際貿易と深い関わりがある。まず一つ目の要因は、おそらくはかつての2度にわたるオイルショック(「OPEC I」と「OPEC II」)がきっかけとなって、1973年以降にアメリカ国内の自動車産業で構造転換が進んだことである。小型で燃費の良い車を手に入れようと思ったら、かつては海外から輸入するしかなかったが、今では国内でも大量に製造されるようになっている。その結果として、原油価格が高騰しても、国産車への需要がかつてほど落ち込むことはなくなったのである(これまでの小型化・低燃費化の流れに逆行するかのようにして、SUV車が流行しているが、自動車産業もアメリカ経済もその代償を今になって支払わされているわけだ)。さらには、1970年代に比べると、自動車産業がアメリカ経済全体に占めるシェアもずっと小さくなっていて、このこともオイルショックの影響が弱まってきている理由の一つとなっている。

キリアンが指摘している二つの目の要因は、原油価格の高騰をもたらしたそもそもの原因に関わるものである。2002年~2008年にかけて原油価格が高騰した理由は、(1970年代のように)世界的に原油の供給が減少したためでもなければ、原油市場に特有のショックが発生したためでもなく、世界経済の堅調な成長に支えられて原油に対する需要が増加したためであるようだ。原油価格の高騰は、その原因の如何を問わず、アメリカのような原油輸入国にとっては「オイルショック」を意味することに変わりはないが、世界経済が堅調な成長を続けているおかげで海外への輸出が増えることになり、その結果として「オイルショック」に伴う負の影響(「オイルショック」に伴う生産の落ち込み)が和らげられる格好となったのである。


結論

まとめるとしよう。「オイルショックの影響が弱まってきているのはなぜか?」という疑問に答えるために長々と探りを入れてきたわけだが、その苦労も無駄ではなかったようだ。無駄ではなかったどころか、豊作だ。答えの候補が数多く列挙されたリストが出来上がったのだから。そのうちのどれか一つが群を抜いているわけではなく、いずれの候補も多かれ少なかれ妥当性を備えているように思われる。スタグフレーションの原因をめぐる「サプライショック説」も依然として定性的には妥当性を失っていないが、定量的にはかつてほど重要ではなくなっている〔訳注;原油価格の高騰に伴って、コアCPIが上昇したり生産量(や雇用量)が落ち込む可能性はあるが、その影響の量的な大きさは限定的ということ〕。よほどの不運や政策上の不手際に見舞われない限りは、食料やエネルギーの価格が高騰したとしても、1970年代や1980年代初頭のように惨憺たる結果が招かれる必然性は最早ないのだ。


<参考文献>

●Barsky, Robert B., and Lutz Kilian. 2002. “Do we really know that oil caused the Great Stagflation? A monetary alternative”, In NBER Macroeconomics Annual 2001, eds. Ben S. Bernanke and Kenneth Rogoff, 137-183.
●Bernanke, Ben S., Mark Gertler, and Mark Watson. 1997. “Systematic monetary policy and the effects of oil price shocks”, Brookings Papers on Economic Activity 1: 91-142.
●Blanchard, Olivier J., and Jordi Gali. 2007. “The macroeconomic effects of oil shocks: Why are the 2000s so different from the 1970s?”, NBER Working Paper no. 13368, September.
●Blinder, Alan S., and Jeremy B. Rudd. 2008. “The supply-shock explanation of the Great Stagflation revisited”, NBER Working Paper no. 14563, December.
●Cecchetti, Stephen G., Peter Hooper, Bruce C. Kasman, Kermit L. Schoenholtz, and Mark W. Watson. 2007. “Understanding the evolving inflation process(pdf)”, US Monetary Policy Forum working paper, July.
●DeLong, J. Bradford. 1997. “America’s peacetime inflation: The 1970s(pdf)”, In Reducing inflation: Motivation and strategy, eds. Christina D. Romer and David H. Romer, 247-280. Chicago: University of Chicago Press.
●Hooker, Mark A. 1996. “What happened to the oil price-macroeconomy relationship?”, Journal of Monetary Economics 38 (October): 195-213.
●Hooker, Mark A. 2002. “Are oil shocks inflationary? Asymmetric and nonlinear specifications versus changes in regime”, Journal of Money, Credit, and Banking 34 (May): 540-561.
●Kilian, Lutz. 2007. “The economic effects of energy price shocks(pdf)”, University of Michigan, October. Mimeo.
●Nordhaus, William D. 2007. “Who’s afraid of a big bad oil shock?”, Brookings Papers on Economic Activity 2: 219-240.

2014年10月7日火曜日

Jordi Galí 「タブーへの挑戦 ~財政ファイナンスの効果を探る~」

Jordi Galí, “Thinking the unthinkable: The effects of a money-financed fiscal stimulus”(VOX, October 3, 2014)

今般の経済危機の過程では各国の中央銀行によって数多くの非伝統的な金融政策が採用されることになったが、各国は未だ景気低迷から抜け出せずにいる。本論説では、政府支出の一時的な拡大の財源を貨幣の発行で賄う政策(「財政ファイナンス」)の効果について論じる。現実に近いモデルの枠内で財政ファイナンスの効果を評価すると、財政ファイナンスは生産と雇用を大きく刺激し、インフレを若干上昇させるとの予測結果が得られることになる。

「財政ファイナンスは経済論議の中でタブーの一つと見なされるまでになっている。有害な政策と断じられているばかりではない。提案することはおろか、考えてすらいけないものと見なされているのだ」-アデール・ターナー卿(2013)


今般の経済・金融危機は伝統的なマクロ安定化政策(あるいは反循環的な政策)が抱える限界を知らしめることになった。経済活動の落ち込みを受けて各国の金融当局と財政当局はそれぞれ金利の急速な引き下げと構造的財政赤字の大幅な拡大に乗り出したが、景気の回復を待たずして打つ手が無くなる事態に追い込まれることになった。経済危機を迎えてから比較的早い段階で政策金利はゼロ下限制約に達することになり、(大幅な構造的財政赤字に乗り出した結果として)政府債務残高の対GDP比がかなり高い水準にまで上昇を続けた関係もあって各国の政府は財政再建を強いられることになった――多くの国ではまだその途上にある――のである(財政再建は景気回復を遅らせ、経済にさらなる痛みを加える格好となった可能性がある)。それに加えて、主要な中央銀行は非伝統な金融政策にも踏み出すことになったわけだが、そのような一連の政策は金融システムに安定を取り戻し、銀行部門の収益の改善を後押しする上ではそれなりの役割を果たした可能性はあるものの、特に今回の金融危機で最も大きな痛手を受けたいくつかの国においては総需要を十分に刺激するには至らず、生産と雇用をぞれぞれ潜在的な水準(潜在GDPや自然失業率)にまで引き戻すことはできなかったのである。

名目金利の引き下げも国債の発行も伴わずして経済を刺激し得るような政策について真剣に検討すべき時が来ている。というのも、これ以上名目金利を引き下げることは不可能であり、(政府債務残高の対GDP比が歴史上稀に見るほど高い水準に達しているばかりか、なおも上昇する勢いにある事実を踏まえると)政府債務残高をこれ以上増やすことは望ましくないからである。また、政府支出の拡大にあわせて税金を引き上げる(政府支出の財源を捻出するために増税する)というのも魅力ある選択肢とは言えない。多くの国では税率は既に高い水準にあるだけでなく、税金の引き上げは自滅的な結果をもたらす(訳注;税金の引き上げが政府支出の効果を打ち消す)可能性があるからだ。さらには、労働コストの削減や構造改革に力点を置いた提案に対してはここにきて疑問視する声が上がっている。労働コストの削減や構造改革が生産の拡大に結び付くかどうかはそれと同時に金融緩和が伴うかどうかにかかっているとの反論が寄せられているのだ(原注;例えば次の論文を参照のこと。Eggertsson et al.(2013), Galí (2013), Galí and Monacelli(2014))――そして金融緩和の余地はもう無いときているのである――。


財政ファイナンス(Money-financed fiscal stimulus)

つい最近の論文で私は経済を刺激し得るような政策の候補の一つに検討を加えている(Galí 2014)。その候補というのは、政府支出を一時的に拡大するための財源を貨幣の発行で賄うというもの(以下、「財政ファイナンス」)である。冒頭で引用したターナー卿の言葉にあるように、財政ファイナンスは政策当局者の世界では「口にするのも憚られる」一種の「タブー」と見なされている。しかしながら、研究者はそのようなタブーに縛られるべきではないだろう。社会的に広く共有されている目標(例. 完全雇用と物価安定)の達成を促す可能性があればいかなる政策であれその帰結を探ってみる必要があり、その過程で明らかになった発見は包み隠さず(必要な注意書きも忘れず添えた上で)公にしなければならない。それが我々研究者の責任なのだ。

私の研究を通じて得られた中心的なメッセージは次の通りである。

  • 財政ファイナンスが生産やインフレに及ぼす影響はモデルの種類(どのようなモデルを選ぶか)に大きく依存する

「理想的な」古典派モデル――あらゆる市場で完全競争が行われており、名目賃金を含むあらゆる名目価格が完全に伸縮的であるような貨幣経済のモデル――の枠内では財政ファイナンスが生産や雇用を刺激する効果はごく限られたものであり、一方で(財政ファイナンスの結果として)インフレは即座に大幅な上昇を見せることになる。また、民間の消費は減少することになる。望ましい効果もあるにはある。財政ファイナンスは即座に大幅なインフレをもたらすことになるが、その結果として(債務の実質的な価値が低下することで)政府債務残高の対GDP比が縮小するのである。 財政ファイナンスが引き起こす結果をすべて考慮すると、 「理想的な」古典派モデルの枠内では財政ファイナンスは到底お勧めできない政策ということになるだろう(原注;「理想的な」古典派モデルでは、財政ファイナンスは家計の効用を確実に低下させることになる)。個人的な推測だが、財政ファイナンスをタブー視する態度の背後にはこのような「古典派」的な発想が控えているのではないだろうか。

しかしながら、以上の議論は必ずしも正しいものとは言い切れないかもしれない。論文の中でも詳しく論じていることだが、「理想的な」古典派モデルから離れてもう少し現実に近いモデル――市場では不完全競争が行われており、名目賃金や名目価格が粘着的であるような貨幣経済のモデル――の枠内で財政ファイナンスの効果を評価すると、その結果は「理想的な」古典派モデルの枠内で得られる結果とは大きく違ってくるのである。

  • (現実に近いモデルの枠内では)財政ファイナンスは複数年にわたって実体経済活動を大きく上向かせることになる。それに伴ってインフレも上昇することになるが、比較的穏やかな水準にとどまることなる。

実体経済活動が大きく刺激される理由は予想インフレ率の上昇によって実質金利がしばらくの期間にわたって低く抑えられ、その結果として民間消費と投資が刺激されるためである。

  • 政府債務残高の対GDP比は時とともに縮小していく。その主たる理由は実質金利がしばらくの期間にわたって低く抑えられるためである。
  • 当初の生産量が効率的な水準を十分大きく下回っている場合は、財政ファイナンスを通じて実施される政府支出がまったく無駄な対象に費やされたとしても経済厚生は改善されることになる。

政府支出の対象が生産性の向上につながるような公共投資に向けられる場合には財政ファイナンスが経済厚生を改善する効果はもっと大きくなることだろう。

現実に近いモデルから得られる以上のような予測結果は量的緩和をはじめとした非伝統的な金融政策のこれまでの経験とは大きな対照をなしている。非伝統的な金融政策は総需要に直接的に影響を及ぼすものではないが、そのためにこれまでのところ多くの国々――特にユーロ圏経済――を低迷から救い出すことができずにいるのだ(訳注;一方で、財政ファイナンスは総需要に直接的に影響を及ぼすことになる。というのも、政府支出の拡大が伴うためである)。財政ファイナンスはユーロ圏のような通貨同盟向けの政策としての利点も備えている。財政ファイナンスでは政府支出の拡大が伴うわけだが、高失業や低インフレ(あるいは長引くデフレのリスク)に悩まされている地域を選定した上でその地に政府支出を集中させるという方法も採り得るのである。

特にユーロ圏経済に言えることだが、古色蒼然とした偏見から脱却し、これまでに試されてきたどの方法よりもずっと確実に総需要を刺激し得る方法を試すべき緊急の必要性に迫られている事実に向き合う時が来ているのかもしれない。財政ファイナンスを選択肢の一つとして真剣に考慮すべき時が来ているのだ。


<参考文献>

●Eggertsson, G, A Ferrero, and A Raffo (2013), “Can Structural Reforms Help Europe?(pdf)”, Brown University, mimeo
●Galí, J (2013), “Notes for a New Guide to Keynes (I): Wages, Aggregate Demand and Employment”, Journal of the European Economic Association, 11(5), 973-1003.
●Galí, J and T Monacelli (2014), “Understanding the Gains from Wage Flexibility: The Exchange Rate Connection”, CREI working paper.
●Galí, J (2014), “The Effects of a Money-Financed Fiscal Stimulus”, CEPR Discussion Paper 10165, September.

2014年9月30日火曜日

Stephen Grenville 「量的緩和、貨幣の増刷、ヘリコプターマネー、財政ファイナンス」(2013年2月24日)

Stephen Grenville, “Helicopter money”(VOX, February 24, 2013)


「財政ファイナンス」とは何なのだろうか? 本稿では、「貨幣の増刷」、「量的緩和」、「財政ファイナンス」の違いについて説明する。ターナー卿が提案する「財政ファイナンス」が抱える課題――民間の銀行のバランスシートに及ぼす歪み(大量の超過準備の発生)や「中央銀行の独立性」を脅かす可能性――についても触れる。

金融政策についての議論をいたずらに混乱させている2つの用語がある。「貨幣の増刷」と「ヘリコプターマネー」である(Sinn 2011)。


量的緩和≠貨幣の増刷

量的緩和を「貨幣の増刷」(輪転機を回してお金を刷ること)と同一視するのは間違っている。国民によって保有される現金の量は、現金に対する需要によって決まる。(イギリスの中央銀行である)イングランド銀行が量的緩和の一環として民間の銀行から債券を購入すると、その銀行がイングランド銀行に開設している預金口座に債券の購入代金が振り込まれる。つまりは、準備預金の量が増えるというかたちでマネタリーベースの量が増えるが、現金に対する需要は増えない。それゆえ、「貨幣を増刷する(お金を刷る)」必要はないのである。 

法律によって定められている額(所要準備額)を上回る準備預金を抱えることになった民間の銀行は、貸出を行ったり債券を購入したりして、手持ちの準備預金を減らそうと試みるかもしれない。しかしながら、個々の銀行がどんなことをしようとも、マネタリーベースの量は変わらないのだ。


量的緩和≠ヘリコプターマネー

中央銀行の総裁がへリコプターに乗って、地上で待ち構える国民に向かって空から大量のお金をばらまく。いわゆる「ヘリコプターマネー」というやつだが、量的緩和を「ヘリコプターマネー」とだぶらせるのは、「貨幣の増刷」と同一視する以上に誤解を招く間違いだ。政府であれば、できないことはない。国民に現金を配るか、もう少し現実的な策としては小切手を配布するという手がある――2009年にオーストラリア政府が「キャッシュ・スプラッシュ」(“cash splash”)と命名された小切手を多くの納税者に配布した例がある――。しかしながら、それは金融政策ではなくて財政政策だ。中央銀行は、国民に現金を配る権限を持ち合わせていないのだ(中央銀行に可能なのは、資産を交換することだけである。量的緩和がまさにそれにあたる)。国民に現金を配るためには、その他の財政政策と同様に、議会での予算編成プロセスを通じて承認を受ける必要がある。ヘリコプターからお金をばらまけるのは政府なのであり、政府がお金をばらまくのは財政政策なのである。

「ヘリコプターマネー」が総需要を刺激するのにどれくらい効果的かについては意見が割れている――どのような政策についても、意見が割れるものだが――。クラウディング・アウトがそれほど起きなかったり、リカードの中立命題が当てはまらないようなら――需給ギャップが存在していて、金融政策によって金利が低く抑えられているようなら、クラウディング・アウトもそれほど起こらないだろうし、リカードの中立命題も当てはまりそうにない――、「ヘリコプターマネー」が総需要を刺激する可能性は高いだろう。あるいは、財政赤字を埋め合わせるために低金利で借り入れをする(国債を発行する)ことができるようなら――今がまさにそのような状況である――、「ヘリコプターマネー」が総需要を刺激する可能性は高いだろう。突然の施し(現金)に恵まれた国民は、一部を貯金するかもしれないが、ほとんどを支出するだろう。総需要を刺激する上で量的緩和よりも「ヘリコプターマネー」の方が確実性が高い方法と言えそうである。


財政ファイナンス

財政赤字を賄うために国債を発行したら金利が上昇してしまうかもしれなかったり、国債に買い手がつかなかったりするおそれがあるようなら、中央銀行が財政赤字を賄うという手がある。中央銀行が新発国債を買い取って、政府が中央銀行に開設している預金口座(政府預金)に代金を振り込むのだ。政府が主導権を握る場合もあるかもしれないが、このような「財政ファイナンス」は量的緩和の一種だと言える。

「財政ファイナンス」のコストを負担することになるのは誰なのだろうか? 中央銀行に新発国債を買い取ってもらったおかげで増えた政府預金を原資として、政府が国民に小切手(「キャッシュ・スプラッシュ」)を配布したら、その小切手は民間の銀行に持ち込まれるだろう。国民が欲するだけの現金を既に手元に持っているようなら、小切手を換金してもそのまま預金口座に預け入れるだろう。最終的にどうなるかというと、国民が民間の銀行に預ける預金(民間の銀行にとっての債務)が増えて、民間の銀行が中央銀行に預ける預金(民間の銀行にとっての資産)が増えるだろう。すなわち、民間の銀行が「財政ファイナンス」のコストを負担することになるのだ。保有する準備預金の量が増えるというかたちで。

「財政ファイナンス」は公的な債務を増やさないかというと、そうじゃない。中央銀行が民間の銀行に対して負う債務(準備預金)が増えるからである。準備預金に対して市場金利と同じ水準の金利が支払われるようなら――大半の国でそうなっている――、財政赤字の調達コストが節約されることにもならない。中央銀行が準備預金に対して市場金利を下回る金利を支払うようなら、財政赤字の調達コストが節約されることになるが、民間の銀行に課税しているに等しい。

「財政ファイナンス」と通常の量的緩和とは違いもある。一つ目の違いは、通常の量的緩和であれば、タイミングなり金額なりについて中央銀行が単独で決めるが、「財政ファイナンス」であれば、タイミングなり金額なりについて中央銀行と政府が共同で決めるところである。そこで問題になるのが、「中央銀行の独立性」である。政府による乱費を防ぐためには、政府が財政赤字の補填を要求してきた時に中央銀行が「ノー」と言えることが肝心だが、「ノー」と言えなくなってしまうかもしれないのだ。二つ目は、いつ終わるかについてのマーケットの理解に違いがあるところである。通常の量的緩和については、いつかの時点で必ず終わるに違いないというのがマーケットの共通理解だが、「財政ファイナンス」については、いつ終わるかがはっきりしないのだ(民間の銀行が大量の超過準備の保有を強いられる状況が長続きしそうにないことだけは確かだが)。

アデール・ターナー卿がインフレ警戒論者と財政規律論者に批判を加えているが(Turner 2013)、もっともだ。貨幣と物価の関係について時代遅れの考えを引きずっているインフレ警戒論者も間違っているし、需給ギャップが存在しているのに財政刺激策の無効性や有害性を説く財政規律論者も間違っている。しかしながら、ターナー卿が提案している周到な「財政ファイナンス」案の是非を判断するには、その便益だけでなく、弊害――量的緩和ならびに「財政ファイナンス」が民間の銀行のバランスシートに及ぼす歪み(大量の超過準備の発生)や「中央銀行の独立性」を脅かす可能性――にも目を向ける必要があるのだ。 


<参考文献>


●Sinn, Hans-Werner (2011), “The threat to use the printing press”, VoxEU.org, 18 November.
●Turner, Adair (2013), “Debt, Money and Mephistopheles: How do we get out of this mess?”, speech, Cass Business School.

2014年9月19日金曜日

Douglas Irwin 「大恐慌の原因はフランスにもあり?」(2010年9月20日)

Douglas Irwin, “Did France cause the Great Depression?”(VOX,  September 20, 2010)

経済学の学術的な研究の多くでは、1930年代に起きた大恐慌があんなにも深刻だった理由が金本位制に求められている。これまでの先行研究では、大恐慌の引き金となった要因としてアメリカによる金融引き締めに注目が寄せられてきたが、フランスが果たした役割に十分に注目が払われていない。フランスが保有していた金の量は、1926年の時点では世界全体の金準備の7%だったが、1932年の時点では27%にまで上昇したのである。1930年から1931年までの間に世界全体の物価水準は30%下落したが、そのうちのおよそ半分がフランス&アメリカの二カ国による金の溜め込みによって説明できる可能性があるのだ。

経済学の学術的な研究の多くでは、1930年代に起きた大恐慌(Great Depression)があんなにも長引いて深刻だった理由が金本位制に求められている。金本位制を採用していたせいで為替レートが固定されていたので、金融政策を使って危機に対処できなかったというのである(詳しくは、Temin (1989)、Eichengreen (1992)、Bernanke (1995) などを参照されたい)。

しかしながら、金本位制が世界中を巻き込むかたちで1929年から1933年までの間にデフレーションと景気後退を引き起こした理由について何もかもが解明され尽くしているかというと、そうではない。世界全体での金準備の量は1920年代も1930年代も着実に増え続けていたのである。そうだというのに、金本位制が自壊してあれほどまでの大激震が引き起こされたのはなぜなのだろうか?


大恐慌についての標準的な説明

これまでの先行研究では、中央銀行が採用した政策に着目して1930年代の大惨事の説明が試みられてきた。標準的な説明によると、1928年初頭にアメリカで金融政策が引き締められたのが大恐慌の引き金になったと見なされている(Friedman&Schwartz 1963, Hamilton 1987)。1928年初頭にFRBが金利を引き上げると、海外からアメリカへ金(ゴールド)が流入したが、FRBはそれにあわせて売りオペを行って金の流入を不胎化した。国内のマネタリーベースが増えないようにしたのである。そのせいで、金の流出に見舞われた国々も金融引き締めを余儀なくされた。かくしてデフレショックが発生し、その影響で通貨危機や銀行パニックが誘発されて物価の下方スパイラルに拍車がかかったのである。


新たな仮説

見過ごされがちな事実がある。フランスもアメリカとそっくりなことをしていたのである。実のところ、金準備を溜め込んだペースにしても、金を不胎化した度合いにしても、フランスはアメリカを凌駕していたのである(詳しくは、Johnson (1997) および Mouré (2002) を参照されたい)。1926年にフランが切り下げられたことも一因になって大量の金がフランスに流入したが、その結果としてフランス銀行が保有する金準備の量は急速な勢いで増え始めた。世界全体の金準備のうちどれくらいの割合をフランスが保有していたかというと、以下の図1に示されているように、1926年の時点では7%に過ぎなかったが、1932年になると27%にまで上昇したのである。
  


図1. 世界全体の金準備のうちどれくらいの割合をそれぞれの国が保有していたか:アメリカ(青)、フランス(赤)、イギリス(緑)


フランスとアメリカに金が集中した結果として、その他の国々は大きなデフレ圧力に晒された。1929年から1931年までの間にフランス&アメリカの二カ国を除く国々が手放した金の量は、世界全体の金準備の8%に相当した。1928年12月の時点でフランス&アメリカの二カ国を除く国々が保有していた金準備の15%が手放されたのである。しかしながら、フランスとアメリカが金の流入を不胎化しなかったら、問題にならなかっただろう。フランスとアメリカが金の流入を不胎化しなかったら、フランスとアメリカで金融政策が緩和されていた(マネタリーベースが増えていた)一方で、金が流出した国々では金融政策が引き締められていたはずである。すべての国が古典的な金本位制の「ゲームのルール」に従っていたらそうなっていたはずである。しかしながら、戦間期には「ゲームのルール」について明確な同意が得られていなかった。金が流入してきても金融政策が緩和されないように、フランスもアメリカも金の流入を不胎化していたのである。

正貨準備率の推移を辿った以下の図2を眺めると、不胎化の実態が浮き彫りになる。正貨準備率というのは、中央銀行の債務(銀行券発行残高+当座預金残高)に対する金準備の割合(=金準備÷マネタリーベース)を指している。フランスの正貨準備率の推移は、他の国と比べて際立っている。フランスの正貨準備率は、1928年12月の時点では40%だったが(法律で定められていた正貨準備率の下限は35%)、1932年12月の時点では80%近くに達したのだ。1928年から1932年までの間に金準備の量は160%も増えたのに、同じ期間にマネーサプライ(M2)はまったく増えなかった。フランスを指して「金の溜池(金の吸引機)」(“gold sink”)と呼ぶ声もあったというが、それももっともだ。 



図 2. 主要な中央銀行の正貨準備率(1928年~1932年)


フランス&アメリカによる金融政策は世界経済にどれくらいのデフレ圧力を及ぼしたか?

不胎化されたせいでマネタリーベースの拡大につながらなかった金を「余分な」金と呼ぶとすると、1928年を基準年として、それぞれの年に余分な金の量がどれくらいに上るかを計算することができる。ある年の金準備の量から、その年のマネタリーベースに1928年の時点の正貨準備率を掛けて得られる値〔訳注;正貨準備率を1928年の時点と同じ水準に維持するために必要な金準備の量〕を差し引けばいいのだ。その結果をまとめたのが以下の図3である。世界全体の金準備に対する割合として表わされている。

1930年の時点でフランス&アメリカの二カ国が保有していた金の量を合わせると、世界全体の金準備のおよそ60%にもなるが、同じ年(1930年)の「余分な」金の量はどれくらいかというと、両国を合わせると世界全体の金準備のおよそ11%に上る。1929年と1930年に関しては、金の流入を不胎化したことによって世界経済に対して及ぼしたデフレ圧力はフランスもアメリカも同等だったが、1931年と1932年に関しては、フランスの方がアメリカよりもずっと大きなデフレ圧力を世界経済に及ぼした。1928年から1932年までの期間をひっくるめると、フランスの方がアメリカよりも大きなデフレ圧力を世界経済に及ぼしたのだ。金の流入を不胎化せずに正貨準備率を1928年の時点と同じ水準に保つようにしていたとしたら、1928年から1932年までの間にフランスがマネタリーベースを拡大させるために使えていた金の量は世界全体の金準備の13.7%にあたるが、アメリカについてはその量は世界全体の金準備の11.7%にあたるのだ。



図 3. 余分な金の量(1929年~1932年)


物価に及ぼした影響

「硬貨がたんすの中にしまい込まれると、硬貨がこの世から消滅する場合と同じ効果が物価に対して及ぶ」。1752年にデイヴィッド・ヒュームが「貨幣について」(“Of Money”)と題されたエッセイで述べている言葉である。フランス&アメリカの二カ国が金を「たんすの中にしまい込んだ」せいで世界全体の物価水準にどんな効果が及んだのだろうか? 私なりに検証したところ(Irwin 2010)、世界全体の金準備が1%増えると、世界全体の物価水準が1.5%上昇する傾向にあったことが見出されている。1930年の時点でフランス&アメリカの二カ国が「たんすにしまい込んだ」金の量を合計すると世界全体の金準備の11%に上るわけだから、それに伴って世界全体の物価水準がおよそ16%下落した可能性があるわけだ。1930年から1931年までの間に世界全体の物価水準は30%下落したわけだが、そのうちのおよそ半分がフランス&アメリカによる金の溜め込みによって引き起こされたと結論付けることができるのだ(Sumner (1991) も異なる手法を使って同様の結論に達している)。

デフレスパイラルに陥ると、物価の下方スパイラルに拍車をかけるような他の要因も関与してくるというのは確かである。とりわけ重要なのは、アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)が指摘したデット・デフレ(債務デフレ)のメカニズムである。デフレによって企業の破産が増えて、そのせいで銀行パニックが発生して貨幣乗数が低下した可能性がある。(預金の引き出しが増えたせいで)現金預金比率が上昇したからである。しかしながら、そういった現象は当初のデフレショックによって誘発されたのであり、1930年から1931年までの間に起きた物価下落のうち「説明されずにいる」残りの半分についても少なくともその一部はフランス&アメリカの政策が間接的に責任を負っていると言えるだろう。

まとめるとしよう。これまでの先行研究では、大恐慌の引き金となった要因として1928年初頭におけるアメリカの金融引き締めに注目が寄せられてきた。しかしながら、世界全体をデフレスパイラルに陥れる上でフランスが果たした役割にもこれまで以上にもっと注目が払われるべきなのだ。


<参考文献>


●Bernanke, Ben (1995), “The Macroeconomics of the Great Depression: A Comparative Approach(pdf)”, Journal of Money, Credit and Banking, 27:1-28.
●Eichengreen, Barry (1992), Golden Fetters: The Gold Standard and the Great Depression, 1919-1939, Oxford University Press.
●Friedman, Milton, and Anna J Schwartz (1963), A Monetary History of the US, 1867-1960, Princeton University Press.
●Hamilton, James (1987), “Monetary Factors in the Great Depression”, Journal of Monetary Economics, 19:145-169.
●Irwin, Douglas A (2010), “Did France Cause the Great Depression?”, NBER Working Paper 16350.
●Johnson, H Clark (1997), Gold, France, and the Great Depression, 1919-1932Yale University Press.
●Mouré, Kenneth (2002), The Gold Standard Illusion: France, the Bank of France, and the International Gold Standard, 1914-1939, Oxford University Press.
●Sumner, Scott (1991), “The Equilibrium Approach to Discretionary Monetary Policy under an International Gold Standard, 1926-1932”, The Manchester School of Economic & Social Studies, 59:378-94.
●Temin, Peter (1989), Lessons from the Great Depression(邦訳 『大恐慌の教訓』), MIT Press.

2013年8月21日水曜日

Nicholas Crafts 「イギリス経済は『流動性の罠』からいかにして抜け出したのか ~1930年代のイギリスの経験から得られる教訓~」(2013年5月12日)

Nicholas Crafts, “Escaping liquidity traps: Lessons from the UK’s 1930s escape”(VOX, May 12, 2013)
 
1930年代にイギリス経済は「流動性の罠」から抜け出して、力強い景気回復を成し遂げた。その立役者は、イングランド銀行ではなく、イギリス財務省(大蔵省)が主導した「非伝統的」な金融政策だった。当時財務大臣を務めていたネヴィル・チェンバレンは、「アベノミクス」の先駆者だったのだ。当時のイギリスの経験を踏まえると、一つの疑問が持ち上がってくる。中央銀行が「独立」していて「インフレ目標」の達成を目指すというのは、名目金利が極めて低い状況において適切な枠組みなのだろうか?

1932年半ばのイギリスは、深刻な景気後退に陥っていた――その深刻さは、2008年から2009年にかけての世界的な経済危機に引けを取らないほどだった――。大規模な財政再建が試みられて、構造的財政赤字が対GDP比で4%も減った。短期名目金利がゼロ%近くで、景気は二番底の真っ只中だった(Crafts&Fearon 2013)。しかしながら、1933年から1936年にかけて非常に力強い景気回復が成し遂げられた。どの年も成長率が4%を上回ったのである。景気回復を主導した立役者が、1931年11月から1937年5月まで財務大臣を務めたネヴィル・チェンバレン(Neville Chamberlain)だった。現財務大臣であるジョージ・オズボーン(George Osborne)は、今と似たような状況に直面していた先輩が採用した政策から何かしらを学び取れるだろうか?

1930年代のイギリスで景気回復を後押しした経済政策と言えば、1935年までに関しては金融刺激策(金融緩和策)が主要な役割を果たした。事実上のケインズ政策(財政出動)として機能したのが再軍備(軍事増強)に向けた一連の措置で、その効果は1938年までの累計でGDPの4%程度に上る可能性があるが、1933年から1936年までに関してはほとんど見るべき効果を持たなかった。景気が大きく落ち込んでいたものの、財政乗数の値はおそらく1を下回っていたと考えられる。それはどうしてかというと、(第一次世界大戦の遺産として)政府債務残高の対GDP比がかなり高い水準に達していたのも関わっているかもしれない。


1930年代のイギリスで採用された政策枠組み

1932年半ばにイギリスで採用された政策枠組みは、スヴェンソンが言うところの「流動性の罠から抜け出すための『絶対確実な方法』」(Svensson 2003)に酷似している。日本で試みられている最中の「アベノミクス」とも酷似している。

  • 1931年9月に金本位制からの離脱を余儀なくされたが、1932年半ばにイギリス財務省がいわゆる「チープ・マネー政策」(‘cheap-money policy’)に乗り出した。

まず第1に、短期名目金利が0.6%近辺にまで引き下げられた。1930年代の残りの期間を通じて、短期名目金利はその水準にとどまり続けた(表1を参照)。

  • 第2に、1932年7月にチェンバレンが「物価水準目標」を宣言した。デフレーションを終わらせて、物価を1929年の水準にまで引き戻すことが誓われたのである。
  • 第3に、イギリス財務省がポンドの大幅な減価を伴う「為替レートターゲット」に乗り出した。まずはじめにドルとの交換レートが1ポンド=3.40ドルに固定されて、次いでフランとの交換レートが1ポンド=77フランに固定された(Howson 1980)。1932年の夏に創設された為替平衡勘定(Exchange Equalisation Account)を通じて為替市場への介入が行われた(表2を参照)。

「チープ・マネー政策」のおかげで、実質金利が急速な勢いで劇的に低下した。イギリスが保有する金準備も1年でほぼ倍増した。1932年の初頭から1936年の終わりまでの間に、マネーサプライが34%も増えた(Howson 1975)。

「チープ・マネー政策」は、ゼロ下限制約を乗り越えるための教科書通りのやり方に従うかのように、インフレ期待を喚起して実質金利を低下させた。とりわけ重要だったのは、金本位制から離脱した後のイギリスで金融政策を取り仕切ったのが、モンタギュー・ノーマン(Montagu Norman)率いるイングランド銀行ではなく、チェンバレン率いる財務省だったことである。「流動性の罠から抜け出すための『絶対確実な方法』」は、景気が回復軌道に乗った後でも中央銀行が高めのインフレ率を容認することに信頼のおけるかたちでコミットできるかどうかという問題を抱えている。ところで、当時のイギリス財務省は、「財政の持続可能性」の問題を抱えていたおかげで、高めのインフレ率を容認するに違いないと信じてもらいやすい立場にあった。実質金利を実質GDP成長率よりも低くすることができたら、政府債務残高の対GDP比を低下させることができたからである。「金融抑圧」(‘financial repression’)に頼れたおかげで、プライマリーバランスをそこまで黒字にしなくても済んだし、財政緊縮が自滅的な結果に終わるのを恐れずに済んだのである。

「財政の持続可能性」に関わる変数の推移をまとめた表3を見ると、イギリス財務省が高めのインフレ率を容認するに違いないと信じてもらいやすい立場にあったことが確認できる。デフレに陥っていた1930年代初頭の時点では、政府債務残高の対GDP比が高まるのを防ぐためには、プライマリーバランスを大幅に黒字にする必要があった。しかしながら、1934~35年までに実質GDP成長率が実質金利を上回るようになり、プライマリーバランスが若干の赤字であっても「財政の持続可能性」と矛盾しなくなったのである。


「チープ・マネー政策」の波及メカニズム:住宅建設

言うまでもないが、「チープ・マネー政策」が効果を発揮するためには、総需要を刺激する必要がある。つまりは、「チープ・マネー政策」が実体経済に影響を及ぼした経路(波及メカニズム)があったはずである。特に検討してみる価値があるのは、住宅建設に及ぼした影響である。民間部門における住宅建設戸数は、1931~32年の時点では13万3000戸。1934~35年の時点では29万3000戸。1935~36年の時点では27万9000戸――その多くは、1930年代にロンドンをはじめとした南イングランド一帯で人気を集めたセミデタッチドハウス(semi-detached house;二戸建て住宅)だった――。住宅の建設が増えたおかげで1934年までに生み出された直接的な経済効果は、5500万ポンド。雇用の増加に伴う間接的な波及効果も含めると、合計で8000万ポンド――1932年から1934年までの間に増えたGDPの3分の1――の経済効果を生んだと考えられる。住宅の建設が促されたのは、金利が低下したおかげでもあったが、建設コストが底を打ったという認識が土地の開発業者の間で広がったことも加勢した。金利が低下したのも、建設コストが底を打ったのも、「チープ・マネー政策」のおかげだったのだ(Howson 1975)。

住宅の建設が「チープ・マネー政策」に敏感に反応したのはなぜなのだろうか? 2つの要因を挙げることができる。

  • 第一の要因は、住宅金融を専門とする組合組織の成長を背景として、住宅ローンの供給が急激に増えたことである。金融危機が起きなかったこともあって、好条件で住宅ローンを借り入れることが可能だった。

住宅金融組合(Building society)による住宅ローンの貸出残高は、1930年の時点では72万人の借り手に対して合計で3億1600万ポンドに上ったが、1937年の時点では139万2000人の借り手に対して合計で6億3600万ポンドにまで増えた。1937年の時点では、農業以外の部門で働く世帯の18%が持ち家を購入予定か既に購入済みだった。さらには、組合に預け入れないといけない預金の額が土地の購入代金の5%にまで引き下げられたこともあったし、住宅ローンの返済期限が20年から25年に(場合によっては、30年に)延長されたりもした――それに伴って、返済しないといけないローンの額が週あたりで15%少なくなった――(Scott 2008)。

  • 第二の要因は、住宅の価格がお手頃だったことである。 

新築住宅の85%は、当時の価格で750ポンド(現在の価格に換算すると、45,000ポンド)よりも安くで売られていた。平均年収がおよそ165ポンドだった1930年代中頃のロンドンでは、テラスハウスを395ポンドで買えたのである。住宅の価格がお手頃だったのは、住宅用に使える土地が豊富だったので、開発業者が広大な土地を抱え込もうとするインセンティブを持たなかったからである。当時は、土地の利用に関わる規制が無かったに等しかったのだ。1932年の時点で規制の対象になっていた土地は、わずか7万5000エーカー程度だった。都市・農村計画法(Town and Country Planning Act)が制定されたのは、1947年のことなのだ。


今日への教訓

ジョージ・オズボーンは、1930年代のイギリスの経験からどんな教訓を引き出せるだろうか?

  • 中央銀行が「独立」していて「インフレ目標」の達成を目指すというのは、ゼロ下限制約に直面している状況(名目金利が極めて低い状況)においては適切な枠組みではないかもしれないというのが第一の教訓である。

中央銀行にどんな目標を課すべきか――インフレ率の目標値を引き上げるべきか否か、「インフレ目標」から「名目GDP目標」に切り替えるべきか否か――という議論に収まりきらない教訓である。1930年代のイギリスは、中央銀行が独立していなかったおかげで得をした。中央銀行に「独立性」を付与するのはどんな時でも最善だとは限らない――もしかしたら今も最善とは言えない――可能性があるのだ。

  • 1930年代の住宅建設ブームの再現を目指すべしというのが第二の教訓である。

今すぐに住宅建設ブームが起こりそうかというと、難しそうだ。住宅ローンを借りるのが1930年代ほど簡単じゃないし、土地の利用に関わるルール(法律)が1930年代とは大違いだからである。都市計画法の規制を緩和するべきかもしれない。最近の研究でも明らかにされているように(Hilber&Vermeulen 2012)、土地の利用をめぐる法規制は、住宅市場に大きな歪みをもたらしている。規制の一部が取り除かれたら、住宅の建設が盛んになるかもしれない。しかしながら、土地の利用に関わる法律を見直すというのは、政治的なハードルが高い難題であり、実現される見込みは低そうだ。


表1 各種の金利(単位は%)


(注記)実質金利は、事後的な実質金利(=名目金利-実際のインフレ率)。実質長期金利(Real long rates)は、コンソル債の利回りから過去3年間のインフレ率の加重平均を差し引いたもの。詳細は、Chadha&Dimsdale (1999) を参照されたい。データを提供してくれた Jagjit Chadha に感謝。

(データの出所)Bank Rate(政策金利)、Treasury Bill Rate(短期国債の利回り)、Yield on Consols(コンソル債の利回り)のデータの出所は、Dimsdale (1981)。Real interest rates(実質金利)のデータの出所は、Chadha&Dimsdale (1999)。


表2 名目為替レート(1929年時点の為替レートを100とおく)


(注記)Average exchange rate(平均為替レート)は、ポンドとその他のあらゆる通貨の交換レートの加重平均。製造業の輸出シェアをウェイトとして用いている。 

(データの出所) Dimsdale (1981)


表3 「財政の持続可能性」に関わる変数の推移(1925年~1938年)


(注記)b*は、Δd= 0 という条件を満たすために必要なプライマリーバランスの黒字額(対GDP比)――言い換えると、政府債務残高の対GDP比を一定の値にとどめるために必要なプライマリーバランスの黒字額(対GDP比)――を表している。なお、Δd =-b +d ( i-π-g) という関係が成り立つ。b は、プライマリーバランスの対GDP比(b がプラスの値だと、プライマリーバランスの黒字が発生)。i は、国債の平均的な名目金利。d は、政府債務残高の対GDP比。b、i、d についてはMiddleton (2010) のデータを利用している。π は、GDPデフレーターで測ったインフレ率で、Feinstein (1972) のデータを利用している。g は、第4四半期の実質GDP成長率で、Mitchell et al. (2012) のデータを利用している


<参考文献>


●Chadha, J S and Dimsdale, N H (1999), “A Long View of Real Rates”, Oxford Review of Economic Policy 15(2), 17-45.
●Crafts, N and Fearon, P (2013), “The 1930s: Understanding the Lessons”, in N Crafts and P Fearon (eds.) The Great Depression of the 1930s: Lessons for Today, Oxford, Oxford University Press, 45-73.
●Dimsdale, N H (1981), “British Monetary Policy and the Exchange Rate, 1920-1938”, Oxford Economic Papers 33(2), supplement, 306-349.
●Feinstein, C H (1972), National Income, Expenditure and Output of the United Kingdom, 1855-1965, Cambridge, Cambridge University Press.
●Hilber, C A L and Vermeulen, W (2012), “The Impact of Supply Constraints on House Prices in England(pdf)”, London School of Economics Spatial Economics Research Centre Discussion Paper No. 119.
●Howson, S (1975), Domestic Monetary Management in Britain, 1919-1938, Cambridge, Cambridge University Press.
●Howson, S (1980), “The Management of Sterling, 1932-1939”, Journal of Economic History 40, 53-60.
●Middleton, R (2010), “British Monetary and Fiscal Policy in the 1930s”, Oxford Review of Economic Policy 26, 414-441.
●Mitchell, J, Solomou, S and Weale, M (2012), “Monthly GDP Estimates for Interwar Britain”, Explorations in Economic History 49, 543-556.
●Scott, P (2008), “Marketing Mass Home Ownership and the Creation of the Modern Working-Class Consumer in Interwar Britain”, Business History 50, 4-25.
●Svensson, L E O (2003), “Escaping from a Liquidity Trap and Deflation: the Foolproof Way and Others”, Journal of Economic Perspectives 17(4), 145-166.

2013年8月11日日曜日

Stephen Hansen&Michael McMahon 「遅れてやってくるハトっぽさ ~マーク・カーニーの今後の振る舞いを占う~」(2013年8月11日)

Stephen Hansen&Michael McMahon, “Mark Carney and first impressions in monetary policy”(VOX, August 11, 2013)
 
イングランド銀行の新しい総裁に就任したばかりのマーク・カーニーの「タカ派度」を探るヒントを求めて、カーニーの一言一句に注目が集まるだろう。我々の研究によると、金融政策委員会のメンバーは、着任して間もない頃はタカ派色を強めがちで、経験を積むにつれて――例えば、金融政策決定会合に18回以上参加すると――ハト派色を強めがちになるようだ。真の選好がハト派寄りであるほど、その傾向が強いようだ。

現代の金融政策では、「インフレ期待の管理」に重きが置かれている。中央銀行の独立性を確保するのもそう。インフレ目標を採用するのもそう。フォワード・ガイダンスに訴えるのもそう。いずれもインフレ期待を管理することの重要性を反映しているのだ。中央銀行の上層部の刷新――例えば、新たな議長や新たな総裁の任命――は、インフレ期待を安定化させる上でとりわけ重要な出来事になりがちだ。新任の議長・総裁(ないしは、政策委員)がどんな選好の持ち主なのかよくわからないために、どういう政策スタンスが採用されそうかをめぐって――それに加えて、インフレ期待にどんな影響が及びそうかをめぐって――多くの憶測が飛び交う。イングランド銀行の新しい総裁に就任したばかりのマーク・カーニーが「タカ派」(‘hawk’)なのか、「ハト派」(‘dove’)なのかという議論(Cottle 2012)もその一例だ。

イングランド銀行の新しい総裁になったカーニーの今後の振る舞いについてどんな予測を立てられるだろうか? 彼が5年間の任期の後半に採用する政策を前もって予測するための頼りになる指針を得ることはできるだろうか? これからの数カ月の言動に照らして、カーニー総裁をハト派と断じたり、反対にタカ派だと言い放つ声が聞かれるようになるのは間違いないが、カーニー総裁の本音――カーニー総裁の真の選好――が実際の行動を通じて明らかになるまでにはかなりの時間を要するかもしれない。それはどうしてかというと、経済学の分野で「シグナリング」と呼ばれているアイデアが関わってくる。

着任して間もないセントラルバンカーがインフレ期待に影響を与えるために戦略的に振る舞う可能性があることを「シグナリング」のアイデアを使って分析している学術的な研究は、かなりの数にのぼる――例えば、Backus&Driffill (1985a, 1985b)、Barro (1986)、 Cukierman&Meltzer (1986)、Vickers (1986)、Faust&Svensson (2001)、Sibert (2002, 2003, 2009)、King&Lu&Pasten (2008) を参照されたい――。どんなことが明らかになっているかというと、着任したばかりのセントラルバンカーは、自らの本音――以下では、真の選好と呼ぶことにしよう――よりもタカ派色を強めてインフレに対してタフな態度で臨む傾向にあるという。その理由は、正真正銘のインフレファイターであるという評判を勝ち取るためだという。しかしながら、タフさを誇示した後は軟化して、真の選好に沿ったスタンスに転じるようになるというのだ。


金融政策委員会を対象にした最新の研究

真の選好がハト派寄りであるほど、インフレに対するタフさを誇示しようとしがちというのがこれまでの先行研究で強調されていることだが、セントラルバンカーの真の選好が国民に知られていない場合にセントラルバンカーがどのように振る舞いそうかを検討しているのが我々の最新の研究 (Hansen&McMahon 2013)である。どんなことが明らかになっているかというと、インフレ期待が高まるのを防ぐことが課題になっているようなら、真の選好がハト派寄りであろうとタカ派寄りであろうと、着任して間もないセントラルバンカーは真の選好よりもタカ派色を強めてインフレに対してタフな態度で臨む傾向にあって、時が経つにつれてハト派色を強めていくことが見出されている。「遅れてやってくるハトっぽさ」(“delayed dovishness”)――あるいは、「先んじてやってくるタカっぽさ」(“early hawkishness”)――とでも形容できる結果が見出されているのだ。どんな選好の持ち主であっても、着任したばかりだと真の選好よりもタカ派色を強めようとするのは変わらないが、真の選好がハト派寄りであるほど、タカ派色を強めようとするインセンティブが強いようだ。 

「シグナリング」のアイデアを使って金融政策に分析を加える学術的な研究の歴史は何十年にも及ぶが、イングランド銀行に設置されている金融政策委員会(Monetary Policy Committee;MPC)――その議長を新たに務めるのが、マーク・カーニー――のメンバーの振る舞いを対象にして「シグナリング」モデルの実証的な妥当性を裏付けているのは我々の研究がはじめてである。MPCのメンバーは、経験を積むにつれて(具体的には、MPCの会合に18回以上参加すると)、ハト派色を強める傾向にあることが見出されている。さらには、真の選好がハト派寄りであるほど、着任して間もない頃にタカ派色を強めがちであることも見出されている。

カーニー総裁の真の選好がハト派寄りで、それでいてタフなインフレファイターであるという評判を確立したいと望んでいるようなら、当初のうちはタカっぽさを誇示しようとするだろうというのが我々が見出した結果から示唆されることである。つまりは、イングランド銀行の総裁に着任したばかりのカーニーは、真の選好よりもタカ派色を強める可能性があるわけだ。

ところで、これまでの先行研究では、セントラルバンカーがインフレに対するタフさを誇示するのは、インフレが過熱しないようにするためであると想定されている。インフレに対するタフさを誇示して、インフレ期待が高まらないようにしていると想定されているのだ。1997年にMPCが設立されて以降の大半の期間に関しては、そのように想定しても特に問題はなかっただろう。しかしながら、景気が弱々しかったり、「流動性の罠」に陥ったり、政策当局者がインフレ期待を高めたいと望んでいたりするケースもあるかもしれない。そういうケースでは、セントラルバンカーの振る舞いについて正反対の予測が導かれるだろう。MPCのメンバーは、着任して間もない頃に真の選好よりもハト派色を強めて、経験を積むにつれてタカ派色を強めると予測されるのだ。そうすればインフレ期待が高まって、実質金利(期待実質金利)が低下するからである。実質金利が低下すれば、投資(設備投資)――The Economist (2013) でも論じられているように、イギリスでは投資の勢いが弱い――や消費が刺激される。日本銀行総裁に任命されたばかりの黒田東彦は、だいぶハト派寄りと目されていて、積極的な金融緩和に対するコミットメントを明らかにしている。黒田新総裁の振る舞いも「シグナリング」モデルを使ってうまく説明できるかもしれない。

着任して間もないイングランド銀行総裁の振る舞いについて、イギリス経済が置かれている困難な現状に照らして導かれる予測と、インフレファイターとしての評判を確立したいと願うセントラルバンカー特有の本能に照らして導かれる予測は、大きく食い違う。カーニー総裁がタカ派なのかハト派なのかを判別するのは相当に難度が高くなりそうだし、カーニーを総裁に選んだのが正しかったのかどうかを判断するにはだいぶ長い時間がかかるだろう。カーニー総裁の前途には、前任の総裁たちが担ったよりも厄介な仕事が待ち構えている。インフレ目標の達成が求められているだけでなく、マクロプルーデンス政策や金融規制の面でもやらないといけない仕事がたくさんあるのだ。カーニー総裁の真の選好を見極めるのはタフな仕事になるだろうが、カーニー総裁の前途に待ち構えているのはそれ以上にタフな仕事だ。あちらこちらで上がる数え切れないほどの火の手を鎮火しないといけないのだから。 


<参考文献>


●Backus, D and J Driffill (1985a): “Inflation and Reputation”, The American Economic Review, 75(3), 530-38.
●Backus, D and J Driffill (1985b), “Rational Expectations and Policy Credibility Following a Change in Regime”, Review of Economic Studies, 52(2), 211-21.
●Barro, R J (1986), “Reputation in a model of monetary policy with incomplete information”, Journal of Monetary Economics, 17(1), 3-20.
●Cottle, D (2012), “So, Mr. Carney, Hawk or Dove”, 27 November 2012, last accessed 04 April 2013.
●Cukierman, A and A H Meltzer (1986), “A Theory of Ambiguity, Credibility, and Inflation under Discretion and Asymmetric Information”, Econometrica, 54(5), 1099-1128.
●Faust, J and L E O Svensson (2001), “Transparency and Credibility: Monetary Policy with Unobservable Goals”, International Economic Review, 42(2), 369-97.
●Hansen, S and M McMahon (2013), “First Impressions Matter: Signalling as a source of policy dynamics(pdf)”, mimeograph.
●King, R G, Y K Lu and E S Pastén (2008), “Managing Expectations”, Journal of Money, Credit and Banking, 40(8), 1625-1666.
●Sibert, A (2002), “Monetary policy with uncertain central bank preferences”, European Economic Review, 46(6), 1093-1109.
●Sibert, A (2003), “Monetary Policy Committees: Individual and Collective Reputations”, Review of Economic Studies, 70(3), 649-665.
●Sibert, A (2009), “Is Transparency about Central Bank Plans Desirable?”, Journal of the European Economic Association, 7, 831-857.
The Economist (2013), “On a wing and a credit card” July 6th 2013.
●Vickers, J (1986), “Signalling in a Model of Monetary Policy with Incomplete Information”, Oxford Economic Papers, 38(3), 443-55.

2013年8月10日土曜日

Andy Harless 「タフでマッチョなハト派?」(2013年2月13日)

Andy Harless, “Why Doves Are Really Hawks”(Employment, Interest, and Money, February 13, 2013) 


マッチョ(Machismo)は、コミットメント・メカニズムの一種である。

あなたが徹底的なまでに合理的なオタク(perfectly rational nerd)だとしたら、周囲はあなたがいつだって合理的に振る舞うはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅しても信じてもらえないだろう。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことはほとんどないだろうからだ。「ケツを蹴っ飛ばすぞ」と脅しておいて、その通りに他人のケツを蹴飛ばすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたがタフでマッチョなごろつき(badass)だとしたら、周囲はあなたがいつだってタフでマッチョでたちの悪い振る舞いをするはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅すといつだって信じてもらえるだろう。脅しを実行するのは、タフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないからである。あなたが脅すと周囲がそれを真面目に受け取るので、脅しを実行しなくちゃいけない機会は滅多に訪れないだろう。

同じことが金融政策についても言える。あなたの国のセントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、あなたの国ではインフレ率が高止まりするだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅しても、誰からも信じてもらえないからである。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことは滅多にないので口先だけだと思われるのである。不況を起こすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたの国のセントラルバンカーがタフでマッチョなごろつきだとしたら、あなたの国でインフレ率が高止まりするようなことはないだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅したら、誰もが信じるからである。不況を起こすというのはタフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないので、そのセントラルバンカーが本気で脅しを実行するに違いないと周囲は予想するのである。セントラルバンカーの脅しを真面目に受け取った商売人たちが先んじて値下げに動くので、セントラルバンカーは脅しを実行する必要がなくなるのである(単純化し過ぎている面はあるが、あらましとしてはそうなる)。 

インフレ率が高止まりしないようにしたければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出す「タカ」みたいな人物である。こぎれいな見た目でクウクウ鳴きながらそこら一帯を飛び回るのに喜びを見出す「ハト」みたいな人物は御免被りたいことだろう。

1980年代においてはそう言えたかもしれないが、世の中は変わってしまった。過去20年を通じてインフレ率はそれほど高くなかった。今はというと、緩やかな不況の真っ只中にある。今のこの状況から抜け出すにはどうしたらいいのだろうか? 「インフレを起こすぞ」と脅すというのが一つの手だ。これからインフレを起こすつもりだから、お金の購買力が失われてしまう前にさっさと何かを買っておいた方が得策だと思わせるわけである。みんながお金を使うようになれば、脅しを実行するのは合理的じゃなくなるだろう。それゆえ、セントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、「インフレを起こすぞ」と脅しても信じてもらえないだろう。

今のこの緩やかな不況から抜け出したければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出すような人物である。ところで、私は鳥類学の専門家ではないが、そんな人物を「ハト(派)」と呼ぶのは適切ではないように思われるのだ。

2013年8月3日土曜日

Timothy Taylor 「FOMC版(笑)指数」(2013年8月2日)

Timothy Taylor, “The Fed Laughter Index”(Conversable Economist, August 2, 2013)


2007年から2009年にかけて、我が国(アメリカ)は金融面・経済面で大きなショックに襲われた。本ブログでは、そのショックの深刻さを可視化するのに役立つような図表を折に触れて紹介してきた。例えば、こちらこちらで取り上げたように、金利スプレッド、金融部門による純貸出、住宅バブル、海外からアメリカへの資本流入などについて紹介してきたわけだが、今回はちょっと風変わりな指標を紹介するとしよう。「FOMC版(笑)指数」とでも呼べる指標であり、アメリカにおける金融政策の最高意思決定機関であるFOMC(連邦公開市場委員会)のトランスクリプト(出席者の発言を文字に起こしたもの)にある「(笑)の数」――会合中に出席者の間で笑い声が漏れた回数――がカウントされている。


上の図によると、グリーンスパン議長時代の終わり頃には、会合ごとの「(笑)の数」は10回~30回というのが定番だったようだ(はっきりさせておかないといけないことがある。金融政策のオタクたちが一室に集まっているわけで、そんな彼らだけが笑える類のユーモアが交わされたに違いないということだ)。バーナンキがFRB議長に就任して以降は、「(笑)の数」が増えている。ピーク時には、会合ごとの「(笑)の数」が70回~80回にも達している。しかしながら、2007年後半に金融危機の第一波に襲われてからというもの、「(笑)の数」がほぼゼロという会合もちらほらある。

データが2008年初頭までしかないのは、会合が終了してから議事録が公開されるまでに5年待たないといけないからだ。最後に図の出所を明らかにしておくと、スタンフォード大学経済政策研究所が昨年(2012年)の春に開催した「サミット」の報告書からの転載だ。Bianco Researchが収集したデータを基にして作成した図だという。