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2022年11月5日土曜日

Matthew E. Kahn&Matthew J. Kotchen 「景気後退に備わるクラウディング・アウト効果 ~失業率が高まると、環境問題への関心が低下する?~」(2010年8月21日)

Matthew E. Kahn&Matthew J. Kotchen, “Trends in environmental concern as revealed by Google searches: The chilling effect of recession”(VOX, August 21, 2010)
 
環境問題に対する世間の関心は、奢侈財(ぜいたく品)のような性質を持っているのだろうか? Googleで「失業」と「地球温暖化」という2つのキーワードがどれくらい検索されているかを時系列に沿って調べたところ、景気が後退すると、失業問題への関心が高まるのと同じ分だけ気候変動問題への関心が低下することが判明した。さらには、景気が後退すると、地球温暖化否認論(「地球温暖化なんて起こってない!」)の勢いが強まる場合もあるのだ。

Googleインサイト〔訳注;Googleインサイトのサービスは、現在ではGoogleトレンドに統合されている〕は、Googleのネット検索サービスで特定のキーワードが地域別にどれだけ検索されたかを時系列に沿って調べられるオンラインツールで、誰もが気軽に利用できる。これまでの一連の研究によると、Googleの検索データは、病気の流行(Pelat et al. 2009, Valdiva and Monge-Carella 2010)や経済活動(Choi and Varian 2009, D’Amuri and Marcucci 2009〔拙訳はこちら〕, Varian 2009)の予測に役立てることができる強力なツールであることが明らかになっている。アメリカ経済は、2007年の終盤頃を境にして、1930年代の大恐慌以来最も深刻な景気後退に見舞われたわけだが、Googleの検索データを使って、景気循環と世論との間にどんな関係が成り立っているかを探るのにまたとない機会と言えるかもしれない。

もう少し具体的に突っ込むと、ここ最近のアメリカでは、景気が大きく低迷しているだけでなく、環境問題に対する国民の関心も大いに薄れつつある。景気の悪化(景気後退)は、環境問題に関する世論にどんな影響を及ぼすのだろうか?

そのことについて解き明かそうと試みているのが我々二人がつい最近行ったばかりの研究(Kahn and Kotchen 2010)である。環境問題――その中でも、現在最もホットな争点の一つである気候変動の問題――に関する世論の変遷を跡付けるために、Googleの検索データの助けを借りて分析を加えている。Googleインサイトのサービスを利用して、2004年1月から2010年2月までの間に、「地球温暖化」(“global warming”) と「失業」(“unemployment”) という2つのキーワードがアメリカ国内のそれぞれの州でどれだけ検索されたかを週次データとして集計したのである。そして、その上でこう問うたのである。ある州で失業率が変化すると、その州でのこれら2つのキーワードの検索数にどんな影響が及ぶのだろうか?

その答えはというと、ある州で失業率が上昇すると、その州で「地球温暖化」というキーワードの検索数が減る一方で、「失業」というキーワードの検索数が増える傾向にあったのである。ネット検索(という実際の行動)を通じて顕示された人々の選好に照らす限りでは、景気が後退すると、失業問題に対する関心が高まる一方で――このことは特段驚くことでもないだろう――、環境問題に対する関心が弱まると言えそうである。さらには、これら2つの効果の量的な大きさはほぼ同等であるという興味深い結果も得られている。失業問題に対する関心が高まると、それと同じ分だけ環境問題に対する関心が低下するという解釈も無理なく成り立ちそうなのだ。


赤い州と青い州 ~景気後退に備わるクラウディング・アウト効果がより顕著なのは、どちらの州?~

アメリカ国内では、「赤い州」(“red states”)〔訳注;共和党を支持する傾向が強い保守的な土地柄の州〕と 「青い州」(“blue states”)〔訳注;民主党を支持する傾向が強いリベラルな土地柄の州〕との間で、環境問題をめぐってイデオロギー面での対立があることはよく知られているが、我々の研究では、州ごとの政治的なイデオロギーの違いが、失業率(の変化)とGoogleを使った検索活動(に見られる変化)との間に成り立つ関係にどういった影響を及ぼすかについても検証している。その検証を行うためには、それぞれの州の政治的なイデオロギーの違いを測る必要があるが、2004年の大統領選挙における(民主党側の候補である)ジョン・ケリーの州別の得票率のデータを集めて、それを州ごとの政治的なイデオロギーの違いを測る尺度の一つとして用いている。その検証の結果はというと、民主党寄りの州ほど、失業率が上昇した場合に「地球温暖化」というキーワードの検索数が減る量が大きくて、「失業」というキーワードの検索数が増える量が小さいことが判明した。民主党寄りの州ほど、失業率が上昇した場合に「地球温暖化」というキーワードの検索数が減る量が大きいという結果は、一見すると直感に反するように思えるが、そうなる理由の一つは、共和党支持者は、民主党支持者と比べると、気候変動問題にそもそもあまり関心が無いために、気候変動問題に対する関心が低下する余地が乏しいためなのかもしれない。


失業率が高まると、地球温暖化を否認する声が勢いを増す?

我々の研究では、Googleの検索データ以外にも、アメリカ全土を対象に2度にわたって行われた聞き取り調査――この聞き取り調査では、気候変動問題について同じ質問が問われている――の結果も利用している。聞き取り調査の結果を利用した分析によると、ある州の失業率が上昇すると、その州で暮らす住民が地球温暖化の進行を認める確率が低下し、地球温暖化が進行しているのを認める住民もその意見にどれくらい自信があるかと問われると、失業率が上昇する前と比べると、弱気になりがちであることが判明した。さらには、ある州の失業率が上昇すると、その州で暮らす住民は「米議会は、地球温暖化を防ぐための対策を緩(ゆる)めるべきだ」との意見に傾くという結果も得られている。また、カリフォルニア州で毎月実施されている計11回に及ぶ聞き取り調査――この聞き取り調査では、「’経済’, ‘環境’, ‘仕事’, ‘教育’, ‘健康’, ‘移民’, ‘財政赤字’, ‘税金’, ‘その他’の中で、カリフォルニア州が抱えている一番重要な問題はどれだと思いますか?」という質問が問われている――の結果を利用した分析によると、カリフォルニア州で失業率が上昇すると、「環境」問題をカリフォルニア州が抱えている一番重要な問題だと答える州民の数が大幅に減るという結果が得られている。

Googleの検索データと聞き取り調査の結果を利用した我々の研究は、失業率の変化が環境問題に対する関心に及ぼす影響を実証的に計測した初の試みである。ところで、我々が見出した結果――失業率が高まると、環境問題への関心が低下する――の背後では、どのようなメカニズムが働いているのだろうか? 心理学的な説明を持ち出すと、我々が見出した結果は、マズローの欲求段階説(Maslow 1943)と整合的であり〔訳注1〕、経済学的には、環境問題への関心は奢侈財(ぜいたく品)のような性質を備えていると説明できるだろう。さらには、メディアも原因の一つとして(あるいは増幅要因の一つとして)重要な役割を果たしている可能性もある〔訳注2〕。

メディアの報道との絡みで、以下の2つの図をご覧いただきたい。2006年1月から2010年1月までの間に、メディアで地球温暖化問題と失業問題がどれくらい取り上げられたかを追跡した結果がまとめられている。主要な全国紙での報道を時系列で辿った図1によると、2007年の半ば頃から、地球温暖化問題の取り扱いが減少傾向を辿っていることがわかる。それと時を同じくして、失業問題の取り扱いが上昇傾向に転じていることもわかる。テレビのニュース番組で地球温暖化問題と失業問題がどれくらい取り上げられたかを月間の放送時間数(単位は分)で測った図2によると、2007年11月頃までは、地球温暖化問題も失業問題も放送時間数がほぼ同じくらいであることがわかる。しかしながら、2007年11月以降になると、地球温暖化問題の取り扱い(放送時間数)が次第に減っていく一方で――2009年の終わり頃に、地球温暖化問題の報道が突如として急増しているが、その理由はコペンハーゲンで第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)が開催されたためである――、景気後退の影響がはっきりと表れ出した2008年の秋頃を境に、失業問題の取り扱い(放送時間数)が大幅に増え出して、その後もずっとその状態が続いていることがわかるだろう。


図1 新聞紙上における「地球温暖化」問題(点線)と「失業」問題(実線)の取り扱いの変遷〔原注;主要な5つの全米紙の記事で「地球温暖化」問題と「失業」問題がどれだけ取り上げられているかを月ごとに集計したもの。データは、Googleニュースでの検索結果を基に作成〕



図2 テレビのニュース番組での「地球温暖化」問題(点線)と「失業」問題(実線)の取り扱いの変遷〔原注;米5大ネットワークで放映されているニュース番組で「地球温暖化」問題と「失業」問題がどれだけの時間取り上げられたかを月ごとに集計したもの(単位は分)。データは、Vanderbilt Television News Archiveでの検索結果を基に作成〕


景気が後退するのに伴って弱まりゆく「政治的な意志」の力

自然環境に対する人々の選好(好み)がどのように形作られるかを理解するためには、さらなる研究が必要とされていることは確かだが、我々の研究は、はっきりとしたパターンの一つを明らかにしている。失業率が高まると――少なくとも、今回の景気後退の最中に経験された高さにまで失業率が上昇すると――、環境問題に対する関心が低下するのだ。我々が見出したこの発見は、景気後退に備わるコストを探る一連の研究に対する新たな貢献という側面も持っている。職を失った労働者や(住宅ローンの返済ができずに)住宅を差し押さえられてマイホームを失った一家が味わう苦しみについてはメディアでも広く取り上げられているし、マクロ経済学者の間でも景気後退に伴う様々なコストについて幅広く論じられている。その一方で、環境経済学の分野に目をやると、景気後退に(銀緑色に輝く)「ほのかな希望の光」(“green silver lining”)を見出す意見も散見される。経済活動が鈍れば、大気汚染が軽減されるというのである(Kahn 1999, Chay and Greenstone 2003)。

しかしながら、我々が見出した結果によると、景気が後退すると、「ほのかな希望の光」を打ち消すような力が作用する可能性があるのだ。失業率が高まると環境問題に対する世間の関心が薄れるようなら、外部性(外部不経済)を内部化するために既存の規制の適用を強化したり新たな環境規制を導入したりするのに必要な「政治的な意志」の力が弱まることになるかもしれないのだ。その実例の一つとしてカリフォルニア州のエピソードを取り上げると、州の失業率が5.5%を下回るまでは州議会下院法案32号(「地球温暖化解決法」)の履行を凍結するよう求める住民投票(「プロポジション23」)が近々実施される予定になっている。アメリカ全土で見ても、野心的なエネルギー・環境規制を導入しようとする動きがここにきて完全に勢いを失っている感がある。ヨーロッパでも同じくだ。ヨーロッパ各国において環境問題への関心と景気循環との間にどのような関係が成り立っているかを探ることは、今後の課題の一つだろう


〔訳注1〕この点について、この論説の基になっている論文(ジャーナル掲載版)(pdf)では、次のように論じられている。「〔マズローの欲求段階説によると〕、人というのは、生きていく上で欠かせない基本的な欲求が満たされてはじめて、長期的で抽象的な話題に関心を持つようになると見なされている。この考えに従うなら、景気後退の最中においては、気候変動のようなその影響が不確実で長期的な脅威よりも、雇用のような問題に関心が集中するかもしれない」(pp. 258)。「景気後退の只中では、地球温暖化のような抽象的でその影響が不確実な長期的な脅威に対してよりも、その日その日の幸せに関心が注がれる傾向にあるようだ。職を失うかもしれないという恐れ・・・(略)・・・のために、経済の短期的な情勢やマクロ経済の不確実性に関心が向きがちになるのだろう。このような行動パターンは、マズローの欲求段階説と整合的である」(pp. 269~270)。

〔訳注2〕この点について、この論説の基になっている論文(ジャーナル掲載版)(pdf)では、次のように論じられている。「メディアは、国民の関心がシフトするのを予期して、景気後退に関する話題の取り扱いを増やす一方で、気候変動をはじめとした環境問題の取り扱いを減らそうとするインセンティブを持つことになる。・・・(中略)・・・メディアの報道内容は、国民がその都度どんな話題を優先的に重視しているかによって左右されるという意味で、国民の関心を反映している可能性がある。その一方で、メディアは、情報の拡散を通じて国民の関心に影響を及ぼす力を持っていることも認識しておかねばならない」(pp. 270)。


<参考文献>


●Chaoi, H and H Varian (2009), “Predicting the Present with Google Trends(pdf)”, Working paper, Google Inc.
●Chay, K and M Greenstone (2003), “The Impact of Air Pollution On Infant Mortality: Evidence From Geographic Variation In Pollution Shocks Induced By A Recession”, The Quarterly Journal of Economics, 118:1121-1167.
●D’Amuri, Francesco and Juri Marcucci (2009), “The predictive power of Google data: New evidence on US unemployment”, VoxEU.org, 16 December.
●Kahn, ME (1999), “The Silver Lining of Rust Belt Manufacturing Decline”, Journal of Urban Economics, 46:360-76.
●Kahn, ME and MJ Kotchen (2010), “Environmental Concern and the Business Cycle: The Chilling Effect of Recession”, NBER Working Paper 16241.
●Maslow, AH (1943), “A Theory of Human Motivation”, Psychological Review, 50:370-396.
●Varian, Hal (2009), “Doing economics at Google”, VoxEU.org, 8 May, Interview by Romesh Vaitilingam.
●Pelat, C, C Turbelin, A Bar-Hen, A Flahault, and A Valleron (2009), “More Diseases Tracked by Using Google Trends”, Emerging Infectious Diseases, 15:1327-1328.
●Valdivia, A and S Monge-Corella (2010), “Diseases Tracked by Using Google Trends, Spain”, Emerging Infectious Diseases, 16:168. 

2014年10月22日水曜日

Itay Goldstein&Assaf Razin 「金融危機に備わる3つの顔 ~銀行取付け、信用市場の凍結、通貨危機~」(2013年3月11日)

Itay Goldstein&Assaf Razin, “Theories of financial crises”(VOX, March 11, 2013)

金融危機は、その特徴に応じて、大まかに3つのタイプに分類することができる。「銀行危機」、(信用取引に伴う摩擦を原因とする)「信用市場の凍結」、「通貨危機」である。今回世界全体を襲った金融危機は、これら3つの特徴をすべて兼ね備えており、「銀行危機」と「信用市場の凍結」と「通貨危機」とが互いに影響を及ぼし合いながら世界経済全体に大きな動揺をもたらすことになったのであった。金融危機をテーマとする過去30年以上にわたる先行研究の足跡を辿った上で言えることは、目下の状況を正確に捉えるためには、金融危機を引き起こす数ある要因を同時に組み込んだモデルの開発が何よりも待たれるということである。

金融システムおよび通貨システムの役割は、稀少な資源の効率的な配分を促すことを通じて、実体経済活動の円滑な働きを支えることにあると広く理解されている。事実、金融システムの発展が資源の効率的な配分を促すことで経済の成長を後押ししていることを裏付ける実証的な証拠も数多い(Levine 1997, Rajan and Zingales 1998)。その一方で、過去の歴史を振り返ると、金融システムや通貨システムに深刻な機能不全をもたらす金融危機が頻発していることも残念ながら事実だ。

多くの経済学者の意表を突いて、世界全体の金融システムが大きな混乱に見舞われてから、もうかれこれ5年になろうとしている。アメリカやヨーロッパでは、主要な金融機関が相次いで経営危機に追いやられ、それに伴って、貸出をはじめとした金融取引が急激な縮小を余儀なくされることになった。ユーロ圏経済は、今なお厳しい状況に置かれている。今回の危機の背後では、どのような要因がうごめいていたのか? 危機から抜け出すためには、どうすればいいのか? 将来再び今回のような危機に陥らないようにするためには、どうしたらいいのか? これら一連の問いに答えを見出すことが、多くの経済学者にとって最優先課題となっている〔原注;過去数年にわたる世界的な金融危機の実態については、多くの学者が詳細に取り上げている。その中でも、Brunnermeier(2009)やGorton(2010)を参照されたい〕。

今回の危機は、過去に発生した金融危機に備わる主要な特徴を同時に併せ持っている。金融危機の背後でどのような要因が働いているかを説明し、金融危機に対処するための処方箋を提供するために、これまでに長年にわたって数多くの経済理論の開発に多大な努力が捧げられてきている。金融危機を説明するためにこれまでに開発されてきた経済理論の内容を正確に理解し、今後の課題として既存の理論をどのような方向に彫琢していく必要があるかを明らかにすることは、我々が直面している目下の課題を克服するためにも、金融システムを改革して将来同じような事態に陥らないように備えるためにも、欠かせない作業である。

つい最近我々二人は、金融危機をテーマとする過去30年以上にわたる膨大な先行研究の足跡を辿り、その結果を展望論文としてまとめ上げたばかりである(Goldstein and Razin 2012)。過去の金融危機は、その特徴に応じて、3つのタイプに分類することが可能であり、これまでの先行研究も同じく3つの領域に細かく区別することができる〔原注;今回の論説のもととなる論文(Goldstein and Razin 2012)では、数多くの先行研究を参考文献として掲げている。今回の論説では、あくまでもその一部だけにしか触れられていない点に注意されたい〕。まず第1の研究領域は、銀行危機(あるいは、銀行パニック)をテーマとするものである。そして第2の研究領域は、信用取引に伴う摩擦と、信用市場の凍結をテーマとするものである。最後に第3の研究領域は、通貨危機をテーマとするものである。今回世界全体を襲うことになった金融危機は、これら3つの特徴(銀行危機、信用市場の凍結、通貨危機)をすべて兼ね備えており、「銀行危機」と「信用市場の凍結」と「通貨危機」とが互いに影響を及ぼし合いながら世界経済全体に大きな動揺をもたらしたというのが我々の判断である。以下では、金融危機をテーマとする先行研究の概要を3つの研究領域ごとに簡単に振り返ってみるとしよう。


銀行危機

銀行危機(あるいは、銀行パニック)をテーマとする研究は、1983年のダイアモンド&ディヴィグ論文(Diamond and Dybvig 1983)にまで遡る。銀行は、預金者から「短期」で借り入れた資金(預金)を基にして「長期」貸出(銀行ローン)を行う「資産変換機能」を果たしているが、そのおかげで、短期的な(あるいは、緊急の)資金の必要性に迫られる可能性のある投資家に対してリスクシェアリングの機会が提供されるかたちになっている〔訳注;投資家が自ら「長期貸出」を行った場合、緊急に資金が必要となっても即座にその貸し出しを引き揚げることができず、必要な資金を調達できない可能性がある。一方で、投資家が銀行に預金を預け、銀行がその預金を基にして「長期貸出」を行う場合、投資家は間接的に(銀行を介して)長期貸出を行っていると言えるが、緊急に資金が必要となった場合には預金を引き出してそれに応じればよい〕。しかしながら、銀行が資産変換機能を果たすことには、リスクも伴う。大勢の預金者が大挙して預金の引き出しに殺到する、銀行取付け(bank run)に晒される恐れがあるのだ。銀行システムは、銀行取付けの可能性と常に隣り合わせであり、そのような脆弱性の根底にあるのは、「協調の失敗」(coordination failure)である。預金の引き出しに殺到する預金者の数が多いほど、銀行が倒産する可能性も高くなるため、ある程度の数の預金者が預金を引き出そうとすると、他の預金者たちもできるだけ早く預金を引き出そうとする強いインセンティブを持つことになるのである。

過去の歴史を振り返ると、銀行システムは度々取付け騒ぎに見舞われている(詳しくは、例えばCalomiris and Gorton(1991)を参照されたい)。20世紀初頭に入ると、銀行取付けの問題に対処するために、預金保険制度が導入されることになったが、その結果として、銀行取付けが発生する可能性は大きく抑えられることになった。しかしながら、預金保険で預金が全額保護されていないケースだったり、預金保険制度が導入されていない国では、銀行取付けは依然として金融危機を彩る特徴の一つとなっている。例えば、過去20年の間に、東アジアやラテンアメリカでは、多くの銀行取付けが発生している。今回の危機の過程でも、イギリスのノーザン・ロック銀行を対象として「教科書」通りの取付け騒ぎが発生し、大勢の預金者たちが預金の払い戻しを求めて店頭に殺到したことはご存知の通りである(Shin 2009)。銀行システムだけに限定せずに金融システム全体に目を向けると、(預金者が預金の払い戻しを求めて銀行に殺到する)伝統的な取付けの範疇には含まれないが、取付けと呼ぶにふさわしい現象は数多く発生している。例えば、今回の危機の過程では、投資銀行が短期資金を調達するために利用するレポ市場でも取付けが発生しており(Gorton and Metrick 2012)、そのせいでレポ市場では突如として流動性が枯渇し、資金の調達が困難となったのであった。ベア・スターンズやリーマン・ブラザーズといった名だたる金融機関が経営危機に追いやられた理由も、レポ市場における取付けにその原因があったのである。それ以外にも、マネー・マーケット・ファンド(MMF)や資産担保コマーシャルペーパーを取り扱うマーケットでも取付けは発生しており(Schroth, Suarez, and Taylor 2012)、オープンエンド型投資信託を取り扱うマーケットは、「協調の失敗」による脆弱性に日常的に晒されていると指摘する研究もある(Chen, Goldstein, and Jiang 2010)。

銀行危機をテーマとする研究領域でとりわけ重要な政策課題は、金融システムを舞台とした「協調の失敗」とそれに起因する取付け騒ぎがもたらす被害をいかにして回避するかという点にあると言えるだろう。預金保険はこれまでにそれなりの効果をあげてきたと評価できるが、預金保険はモラル・ハザードを引き起こす可能性を伴っており〔訳注;預金保険によって預金の一部(あるいは、全額)が保護されていると、預金を預けている銀行が破綻したとしても預金の一部(あるいは、全額)は手元に戻ってくるため、預金者は銀行の行動にそれほど注意を払わなくなる可能性がある。預金者による監視の目が緩むと、銀行は貸出先の審査にあたって手を抜く可能性がある〕、その点も真剣に考慮せねばならない。「最適な」預金保険制度の設計に向けて研究すべきことは、まだまだ残されているのだ。比較的最近になって発展を見せている経済理論として「グローバル・ゲーム」と呼ばれる一連のモデルがあるが(Carlsson and van Damme 1993, Morris and Shin 1998, Goldstein and Pauzner 2005)、このモデルを使えば、預金保険の便益(銀行取付けを防ぐ効果)とコスト(モラル・ハザードを引き起こす可能性)を同時に分析することが可能となり、「最適な」預金保険制度が備えるべき特徴についても手掛かりが得られるようになるかもしれない。


信用取引に伴う摩擦と信用市場の凍結

銀行危機をテーマとする研究領域では、銀行の預金者だったり銀行に対する貸し手だったりの行動に焦点が置かれている。言い換えると、銀行のバランスシートの「負債」の側に焦点が合わせられているわけである。しかしながら、金融システムにおける問題は、銀行のバランスシートのもう一方の側である「資産」の側に起因していることも珍しくない。信用市場〔訳注;資金が貸し借りされる市場のこと。その例としては、銀行ローン市場を挙げることができるが、銀行ローン市場では、銀行が資金の供給者(貸し手)であり、銀行からお金を借り入れる主体が資金の需要者(借り手)ということになる〕における均衡では、銀行による貸出の量だけではなくその質も決定されることになるが、信用取引に伴う摩擦のために、銀行は、悪質な借り手から自らを守るために貸出を渋る(ローンの供給を抑える)可能性があるのである。

信用市場において信用割当(credit rationing)〔訳注;信用に対する需要(資金の借り入れ需要)が供給を上回る状態。信用市場で成立する金利が、信用に対する需要と供給を等しくする水準を下回っている状態とも言える〕が発生する可能性を理論的に明らかにしたのが、1981年のスティグリッツ&ウェイス論文(Stiglitz and Weiss 1981)である。通常の経済理論の立場からすると、需要と供給の間にギャップがあれば、価格が変化して最終的には(均衡においては)割当は解消されるはずである〔訳注;信用に対する需要が供給を上回っている(信用割当が存在する)場合は、需給が一致するところまで金利が上昇するはず、ということ〕。しかしながら、銀行がローンの金利(貸出金利)を変化させると、それに伴って、ローンを借りにくる相手(借り手)の「質」も変化する可能性がある。金利の上昇に伴って借り手の「質」が悪化するようであれば、信用割当が存在していても、金利は上昇せずにそのままの水準にとどまる可能性があるのだ。信用割当が発生する背後には、信用取引に伴う2つの摩擦の存在が控えている。「モラル・ハザード」と「逆選択」である。1997年のホルムストローム&ティロール論文(Holmstrom and Tirole 1997)で定式化されたモデルが一大転機となって、この2つの摩擦(とりわけ、モラル・ハザード)が銀行の貸出(ローン供給)行動に及ぼす影響を探る膨大な研究が量産されることになった。銀行ローンの借り手が銀行の監視の目を逃れて好きなように(銀行から借り入れた)資金を流用できるようであれば、資金の貸し手である銀行としても、そう易々とローンの貸出に応じるわけにはいかない。銀行(貸し手)から借り手へと資金がスムーズに貸借されるためには、借り手に自分の好きなように資金を使わないようにさせることが重要となってくる。そのための方法の一つが、借り手に「身銭を切らせる」(“skin in the game”)――例えば、担保を出させる――というやり方だ。借り手によるモラル・ハザードを防ぐためには、借り入れた資金を投じたプロジェクトの成功に向けて借り手が熱を入れるように工夫する必要があるのだ。しかしながら、「身銭を切る」余裕のある借り手の数は限られているので、銀行による貸出の量も限られることになる。景気が悪化するのに伴って「身銭を切る」余裕のある借り手の数が減るようなら、銀行による貸出の量も減ることになり、やがては金融危機が招かれる恐れすらある。

今回の危機の過程でも、信用取引に伴う摩擦が信用市場の機能不全を引き起こす一因となっていたことは疑いない。2008年に金融システムを突如として襲ったショックの後に、銀行ローン市場でも、インターバンク市場(銀行間取引市場)でも、信用のやり取りが凍結するに至ったが、その理由は、信用取引に伴う摩擦が原因で当初のショックが増幅されたせいである可能性があるのだ。

信用取引に伴う摩擦がマクロ経済(景気循環)に及ぼす影響の解明に向けて、信用取引に伴う摩擦をマクロ経済モデルに組み込む試みがここにきて盛んになっている。そのような試みの先駆けとも言えるバーナンキ&ガートラー論文(Bernanke and Gertler 1989)や清滝&ムーア論文(Kiyotaki and Moore 1997)では、信用取引に伴う摩擦は、当初のショックを増幅させるだけでなく、当初のショックが消え去った後もその影響を持続させる役割を果たすことが明らかにされている。この線に沿ったつい最近の代表的な試みでは(Gertler and Kiyotaki 2010, Rampini and Viswanathan 2011)、マクロ経済モデルに金融仲介部門が明示的に組み込まれ、金融仲介部門とそれ以外の部門の間の動学的な相互作用が分析されている。金融仲介部門を組み込んだマクロ経済モデルが今後発展を見せることになれば、今回の危機の過程で各国の政府が採用した数々の政策について精緻で実りある議論を行える舞台が用意されることになるだろう。


通貨危機

金融危機に備わる重要な側面の一つとして、政府の関与、とりわけ政府が採用している為替レジームの崩壊も見逃してはならないだろう。1970年代初頭におけるブレトンウッズ体制の崩壊をはじめとして、多くの通貨危機は、政府が固定相場制度を維持しようと試みる中で、それ以外の政策目標との間に齟齬が生じる結果として引き起こされる傾向にある。固定相場制度の維持とそれ以外の政策目標との齟齬が積もり積もって、為替レジームの突然の崩壊が引き起こされるわけである。通貨危機をテーマとする研究の出発点をどこに求めるかについては色々と意見があるだろうが、我々二人の展望論文では、クルーグマンらによる第一世代モデル(Krugman 1979, Flood and Garber 1984)と、オブスフェルドによる第二世代モデル(Obstfeld 1994, 1996)をその出発点に定めている。

通貨危機の第一世代モデル&第二世代モデルは、ユーロ圏経済が今現在置かれている状況を理解する上でも大いに示唆に富むモデルである。通貨危機の第一世代モデル&第二世代モデルの礎となっているのは、かの有名な「国際金融のトリレンマ」だ。「国際金融のトリレンマ」によると、①国境を越えた資本の自由な移動、②独立した金融政策、③固定相場制度(あるいは、為替レートの安定)という3つの政策目標のうち、一国の政府が同時に追求できるのは2つだけだとされる。ユーロ圏の各国は、①と③を同時に追求するのと引き換えに②をあきらめたわけだが、その結果として(金融政策を自国の事情にあわせて自由に操れないために)、金融危機の余波を吸収するためにも、国債の価格を維持するためにも、限られた余地しか残されていない状況に追いやられる格好となってしまった。「ユーロ圏の各国政府には、固定相場を維持する意志も国債を償還する意志もないのではないか」と疑いを持たれるようであれば、投資家や投機家が大挙してユーロや国債の投げ売りに乗り出し、そのせいでユーロ圏経済が抱える問題はさらに深刻さを増す可能性がある。ユーロ圏の各国は、政府債務のデフォルトを宣言するか、もしくは、ユーロを放棄するか(あるいは、どちらもともに選ばざるを得ないか)という重大な選択を迫られる可能性があるのだ。

通貨危機の第一世代モデル&第二世代モデルでは、政府の行動だけに焦点が合わせられているが、通貨危機の第三世代モデル(Krugman 1999, Chang and Velasco 2001, Goldstein 2005)では、銀行危機に加えて、信用取引に伴う摩擦がモデルに組み込まれている。第三世代モデルが開発されたきっかけは、1990年代後半に東アジアを襲った通貨危機にある。東アジアの通貨危機では、金融機関の破綻と為替レジームの崩壊が同時に発生したが、銀行危機と通貨危機とが絡み合って経済全体が極めて脆弱な状態に晒される可能性があることをまざまざと知らしめた事件だった。第三世代モデルも、ユーロ圏経済が今現在置かれている状況を理解する上で大いに示唆に富むモデルだ。ユーロ圏では、銀行危機と債務危機とが複雑に絡み合っており、ユーロ圏経済の行く末がどうなるかは、その絡み合いがこの先どのような展開を見せるかに、かなりの程度左右されるのだ。


結論

今後の主要な研究課題は、これまでに触れてきた数々の「摩擦」――協調の失敗、インセンティブ問題、情報の非対称性、政府が採用する為替レジーム――をマクロ経済モデルの中に組み込んで、最適なポリシーミックスや政策の望ましい規模について定量的な結論を導き出すことにあると言えるだろう。中央銀行が、既存のモデルの代わりに、摩擦を組み込んだモデルを使い始めるようになれば、願ったりである。信用取引に伴う摩擦をマクロ経済モデルに組み込む試みは徐々にその気運が盛り上がりを見せているが、それ以外の摩擦を組み込む試みとなると、ほとんど手がつけられていない状態だ。あらゆる摩擦を組み込んだマクロ経済モデルの開発に取り組むことが今後の重要な課題だと言えるだろう。

もう一点だけ触れておくと、システムを脆弱にしたり金融危機を引き起こしたりする数ある要因の中からいずれか一つに焦点を定めて、その影響を分析するモデルは数多いが、数ある要因を同時にまとめて組み込んだモデルは今のところ――いくつかの例外はあるにせよ――著しく欠如していると言わざるを得ない。数ある要因を同時にモデルに組み込んではじめて、それぞれの要因が結果に及ぼす影響の強さを比較できるようになるし、それぞれの要因が互いにどのように作用し合っているかを理解できるようになる。システムを脆弱にしたり金融危機を引き起こしたりする数ある要因を同時に組み込んだモデルの開発に取り組むことも、今後の重要な課題であると言えるだろう。


<参考文献>

●Bernanke, Ben S, and Mark Gertler (1989), “Agency costs, net worth, and business fluctuations”, The American Economic Review 79, 14–31.
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2014年10月7日火曜日

Jordi Galí 「タブーへの挑戦 ~財政ファイナンスの効果を探る~」

Jordi Galí, “Thinking the unthinkable: The effects of a money-financed fiscal stimulus”(VOX, October 3, 2014)

今般の経済危機の過程では各国の中央銀行によって数多くの非伝統的な金融政策が採用されることになったが、各国は未だ景気低迷から抜け出せずにいる。本論説では、政府支出の一時的な拡大の財源を貨幣の発行で賄う政策(「財政ファイナンス」)の効果について論じる。現実に近いモデルの枠内で財政ファイナンスの効果を評価すると、財政ファイナンスは生産と雇用を大きく刺激し、インフレを若干上昇させるとの予測結果が得られることになる。

「財政ファイナンスは経済論議の中でタブーの一つと見なされるまでになっている。有害な政策と断じられているばかりではない。提案することはおろか、考えてすらいけないものと見なされているのだ」-アデール・ターナー卿(2013)


今般の経済・金融危機は伝統的なマクロ安定化政策(あるいは反循環的な政策)が抱える限界を知らしめることになった。経済活動の落ち込みを受けて各国の金融当局と財政当局はそれぞれ金利の急速な引き下げと構造的財政赤字の大幅な拡大に乗り出したが、景気の回復を待たずして打つ手が無くなる事態に追い込まれることになった。経済危機を迎えてから比較的早い段階で政策金利はゼロ下限制約に達することになり、(大幅な構造的財政赤字に乗り出した結果として)政府債務残高の対GDP比がかなり高い水準にまで上昇を続けた関係もあって各国の政府は財政再建を強いられることになった――多くの国ではまだその途上にある――のである(財政再建は景気回復を遅らせ、経済にさらなる痛みを加える格好となった可能性がある)。それに加えて、主要な中央銀行は非伝統な金融政策にも踏み出すことになったわけだが、そのような一連の政策は金融システムに安定を取り戻し、銀行部門の収益の改善を後押しする上ではそれなりの役割を果たした可能性はあるものの、特に今回の金融危機で最も大きな痛手を受けたいくつかの国においては総需要を十分に刺激するには至らず、生産と雇用をぞれぞれ潜在的な水準(潜在GDPや自然失業率)にまで引き戻すことはできなかったのである。

名目金利の引き下げも国債の発行も伴わずして経済を刺激し得るような政策について真剣に検討すべき時が来ている。というのも、これ以上名目金利を引き下げることは不可能であり、(政府債務残高の対GDP比が歴史上稀に見るほど高い水準に達しているばかりか、なおも上昇する勢いにある事実を踏まえると)政府債務残高をこれ以上増やすことは望ましくないからである。また、政府支出の拡大にあわせて税金を引き上げる(政府支出の財源を捻出するために増税する)というのも魅力ある選択肢とは言えない。多くの国では税率は既に高い水準にあるだけでなく、税金の引き上げは自滅的な結果をもたらす(訳注;税金の引き上げが政府支出の効果を打ち消す)可能性があるからだ。さらには、労働コストの削減や構造改革に力点を置いた提案に対してはここにきて疑問視する声が上がっている。労働コストの削減や構造改革が生産の拡大に結び付くかどうかはそれと同時に金融緩和が伴うかどうかにかかっているとの反論が寄せられているのだ(原注;例えば次の論文を参照のこと。Eggertsson et al.(2013), Galí (2013), Galí and Monacelli(2014))――そして金融緩和の余地はもう無いときているのである――。


財政ファイナンス(Money-financed fiscal stimulus)

つい最近の論文で私は経済を刺激し得るような政策の候補の一つに検討を加えている(Galí 2014)。その候補というのは、政府支出を一時的に拡大するための財源を貨幣の発行で賄うというもの(以下、「財政ファイナンス」)である。冒頭で引用したターナー卿の言葉にあるように、財政ファイナンスは政策当局者の世界では「口にするのも憚られる」一種の「タブー」と見なされている。しかしながら、研究者はそのようなタブーに縛られるべきではないだろう。社会的に広く共有されている目標(例. 完全雇用と物価安定)の達成を促す可能性があればいかなる政策であれその帰結を探ってみる必要があり、その過程で明らかになった発見は包み隠さず(必要な注意書きも忘れず添えた上で)公にしなければならない。それが我々研究者の責任なのだ。

私の研究を通じて得られた中心的なメッセージは次の通りである。

  • 財政ファイナンスが生産やインフレに及ぼす影響はモデルの種類(どのようなモデルを選ぶか)に大きく依存する

「理想的な」古典派モデル――あらゆる市場で完全競争が行われており、名目賃金を含むあらゆる名目価格が完全に伸縮的であるような貨幣経済のモデル――の枠内では財政ファイナンスが生産や雇用を刺激する効果はごく限られたものであり、一方で(財政ファイナンスの結果として)インフレは即座に大幅な上昇を見せることになる。また、民間の消費は減少することになる。望ましい効果もあるにはある。財政ファイナンスは即座に大幅なインフレをもたらすことになるが、その結果として(債務の実質的な価値が低下することで)政府債務残高の対GDP比が縮小するのである。 財政ファイナンスが引き起こす結果をすべて考慮すると、 「理想的な」古典派モデルの枠内では財政ファイナンスは到底お勧めできない政策ということになるだろう(原注;「理想的な」古典派モデルでは、財政ファイナンスは家計の効用を確実に低下させることになる)。個人的な推測だが、財政ファイナンスをタブー視する態度の背後にはこのような「古典派」的な発想が控えているのではないだろうか。

しかしながら、以上の議論は必ずしも正しいものとは言い切れないかもしれない。論文の中でも詳しく論じていることだが、「理想的な」古典派モデルから離れてもう少し現実に近いモデル――市場では不完全競争が行われており、名目賃金や名目価格が粘着的であるような貨幣経済のモデル――の枠内で財政ファイナンスの効果を評価すると、その結果は「理想的な」古典派モデルの枠内で得られる結果とは大きく違ってくるのである。

  • (現実に近いモデルの枠内では)財政ファイナンスは複数年にわたって実体経済活動を大きく上向かせることになる。それに伴ってインフレも上昇することになるが、比較的穏やかな水準にとどまることなる。

実体経済活動が大きく刺激される理由は予想インフレ率の上昇によって実質金利がしばらくの期間にわたって低く抑えられ、その結果として民間消費と投資が刺激されるためである。

  • 政府債務残高の対GDP比は時とともに縮小していく。その主たる理由は実質金利がしばらくの期間にわたって低く抑えられるためである。
  • 当初の生産量が効率的な水準を十分大きく下回っている場合は、財政ファイナンスを通じて実施される政府支出がまったく無駄な対象に費やされたとしても経済厚生は改善されることになる。

政府支出の対象が生産性の向上につながるような公共投資に向けられる場合には財政ファイナンスが経済厚生を改善する効果はもっと大きくなることだろう。

現実に近いモデルから得られる以上のような予測結果は量的緩和をはじめとした非伝統的な金融政策のこれまでの経験とは大きな対照をなしている。非伝統的な金融政策は総需要に直接的に影響を及ぼすものではないが、そのためにこれまでのところ多くの国々――特にユーロ圏経済――を低迷から救い出すことができずにいるのだ(訳注;一方で、財政ファイナンスは総需要に直接的に影響を及ぼすことになる。というのも、政府支出の拡大が伴うためである)。財政ファイナンスはユーロ圏のような通貨同盟向けの政策としての利点も備えている。財政ファイナンスでは政府支出の拡大が伴うわけだが、高失業や低インフレ(あるいは長引くデフレのリスク)に悩まされている地域を選定した上でその地に政府支出を集中させるという方法も採り得るのである。

特にユーロ圏経済に言えることだが、古色蒼然とした偏見から脱却し、これまでに試されてきたどの方法よりもずっと確実に総需要を刺激し得る方法を試すべき緊急の必要性に迫られている事実に向き合う時が来ているのかもしれない。財政ファイナンスを選択肢の一つとして真剣に考慮すべき時が来ているのだ。


<参考文献>

●Eggertsson, G, A Ferrero, and A Raffo (2013), “Can Structural Reforms Help Europe?(pdf)”, Brown University, mimeo
●Galí, J (2013), “Notes for a New Guide to Keynes (I): Wages, Aggregate Demand and Employment”, Journal of the European Economic Association, 11(5), 973-1003.
●Galí, J and T Monacelli (2014), “Understanding the Gains from Wage Flexibility: The Exchange Rate Connection”, CREI working paper.
●Galí, J (2014), “The Effects of a Money-Financed Fiscal Stimulus”, CEPR Discussion Paper 10165, September.

2014年9月25日木曜日

Barry Eichengreen&Peter Temin 「『金の足かせ』と『紙の足かせ』」(2010年7月30日)

Barry Eichengreen&Peter Temin, “Fetters of gold and paper”(VOX, July 30, 2010)

固定相場制――具体的には、①ユーロ、②ドルにペッグしている人民元――に端を発する緊張が世界経済を包んでいる。金本位制の経験を踏まえて言えることは、国際通貨制度というのは、為替レートを通じて多くの国々が結び付けられているシステムであり、どの国の政策も周囲に波及するということである。1930年代と同じように、経常収支の黒字を抱えている国が支出を増やそうとしないせいで、経常収支が赤字である国が景気の悪化を受け入れざるを得なくなっている。ケインズは、大恐慌の経験を踏まえて、慢性的に経常収支の黒字を抱える国に対して課税や制裁のような措置を講じる必要性を訴えた。大恐慌から60年と少々が経過しているが、ケインズが大恐慌の経験から導き出した教訓が忘れ去られてしまっているようだ。

「1930年代の教訓」をテーマにした言説が論壇を賑わせている――例えば、Mason&Mitchener (2010), Fishback (2010), Helbling (2009) を参照されたい――。「金融危機を拡散させる上で固定相場制が果たす役割」と「金本位制の経験から得られる教訓」の二点に焦点を絞って、我々もその輪に加わらせてもらうとしよう。

1930年代の世界的な経済危機においては、金本位制が重要な役割を演じた。そのことについては、我々のどちらもがそれぞれに一家言を持っている(Temin 1989, Eichengreen 1992)。当時の金本位制は、以下のような特徴を備えていた。金(ゴールド)が国境を越えて自由に移動。金と自国通貨の交換比率(平価)を固定していた国同士の為替レートが固定。国家間の調整を図る国際機関の不在。

以上のような特徴を備えていたがゆえに、経常収支が赤字だった国と黒字だった国との間に「非対称性」が持ち込まれた。金準備が減少していて平価を維持するのが困難な国(経常収支が赤字の国)は、ペナルティ(一種の罰)を受け入れざるを得なかった。その一方で、金準備を溜め込んだ国(経常収支が黒字の国)は、(金の代わりに他の資産に投資していたら得られたであろう金利収入を除くと)何のペナルティも被らなかったのである。金準備が減少していて経常収支が赤字の国は、平価の切り下げ(為替レートの減価)を選ばずに、通常はデフレ(国内物価の下落)というペナルティを受け入れたのである。

その結果として1920年代を通じてどんなことが起きたかというと、経常収支が赤字だった国から黒字だった国へと大量の金や外貨準備が移動した。経常収支が黒字だったアメリカやフランスは金準備が増えたからといって金融緩和を強要されなかった一方で、経常収支が赤字だったドイツやイギリスは金準備が減ったせいで金融政策を引き締めざるを得なかったのである。


イデオロギーとしての金本位制

金本位制は、通貨制度というだけではなかった。イデオロギーでもあったのだ。金本位制を維持することが繁栄を実現するための前提条件だと政策当局者によって信じ込まれていたのだ。それゆえ、産出量や雇用量を安定させることよりも、金本位制を維持することが優先された。金本位制を維持しさえすれば雇用もそのうち回復するに違いないというのがセントラルバンカーたちの考えで、何らかの措置を講じて雇用を増やそうと試みても失敗するに違いないと信じ込まれていた。しかしながら、金本位制を維持していたら起こるはずがないと思われていた出来事が1930年代の初頭に起こってしまった。産出量が落ち込んだのだ。物価が下落したのだ。銀行が閉鎖されて貯金が失われたのだ。

予想と現実の食い違いを前にして、どうにかして辻褄を合わせる必要が出てきた。起きるはずがない異常事態を慣れ親しんだ枠組みの中で解釈する必要に迫られたのである。「金本位心性」(gold-standard mentalité)に逆らった政策当局者に批判の矛先が向けられたのだ。FRBやイングランド銀行が「管理通貨」という誘惑に負けたせいだというのだ。金本位制のルールを守らずに、貨幣を濫発して、金の不胎化に乗り出したせいだというのだ。FRBやイングランド銀行が金本位制のルールを守っていたら、金融市場も自ずと安定を取り戻して、価格やコストの調整もスムーズに進んでいたに違いないというのだ。

しかしながら、デフレに晒されていた当時の状況においては、そのような批判は見当違いも甚だしかったのだ。

21世紀版の金本位制と言えば、ユーロと人民元(ドルにペッグしている人民元)ということになろう。金本位制と全く一緒とは言えないが、いくつか似た面があるのは確かである。


ユーロ:金本位制よりも厳しいコミットメントを伴う通貨制度

ユーロを導入するというのは、金本位制を採用するよりもずっと厳しいコミットメントを負うことを意味する。金本位制であれば、危機に陥った場合に投資家の怒りを買わずに離脱するのも可能だったが、ユーロを一旦導入してしまうと、そうはいかないのだ〔訳注1〕――ギリシャに対してユーロからの一時的な離脱を勧める提案(Feldstein 2010)もあるようだが、無理があるのだ――(Eichengreen 2007, Blejer&Levy-Yeyatia 2010)。

ユーロは、金本位制の後継というだけではなく、ブレトンウッズ体制の後継でもある。あえてこのことを指摘するのは、ブレトンウッズ体制が誕生するまでの交渉に重要な意味が控えているからである。その交渉に参加した中心人物の一人であるケインズは、戦間期の体験を通じて金本位制の有害な影響に気付いた。既にデフレが定着している中で、金準備が減少している国(経常収支の赤字国)でなおも金融政策が引き締められるのは、その国にとってだけでなく、周辺の国々にとっても有害であることを見抜いていたのだ。

戦後(第二次世界大戦後)に同じような事態に陥らないようにするためにケインズが練り上げた案(「清算同盟案」)では、経常収支の赤字国だけでなく黒字国も経常収支の不均衡を是正する責務を負う格好になっていた。しかしながら、イギリスとアメリカとの間で意見が対立したこともあって、ケインズの案は実現されなかった。問題は解決されずに棚上げというかたちになったわけだが、だからといって忘れてしまっていいわけでは勿論ない。


人民元:イデオロギーとしてのドルペッグ制

もう一つの重要な固定相場制である「ドルにペッグしている人民元」は、中国の開発戦略を支えるイデオロギーの中心的な要素の一つとして理解すべきだろう。人民元をドルにペッグしているのはなぜかというと、以下の3つの役割が託されているのだ。

  • 製造業の輸出を促進する
  • 海外からの直接投資を促進する
  • 国内企業の利益を蓄積して、それをインフラ投資に振り向ける

固定為替レートによって結び付けられていると、いずれか一方の側の政策が他方の側へも影響を及ぼすことになる。そのことについてはうっすらと気付かれてはいるが、何らかの手を打とうとする気はそんなにないようだ。1920年代とそっくりだ。例えば、2006年にIMF(国際通貨基金)が導入した多国間協議では、それぞれの国の政策が国境を越えて波及する問題に対処するのが狙いとして掲げられている。米中戦略・経済対話も毎年開催されている。IMFは、定期的に多国間サーベイランスを実施している。しかしながら、具体的に何らかの手が打たれたかというと、ほとんど実を結んでいないのだ。

経常収支が赤字である国に手を差し伸べよと言いたいわけではない。金本位制下のドイツにしても、ユーロ圏のギリシャにしても、今のアメリカにしても、予算制約を無視した結果なのだ。収入以上の暮らしをした(支出が収入を上回った)からこそ、財政収支も経常収支も赤字になって、海外から借り入れをしないといけなくなったのだ。 

しかしながら、経常収支が赤字の国だけではなく、コインのもう一方の側である黒字の国の政策も問題がある。1920年代~1930年代初頭にドイツをはじめとした中央ヨーロッパ諸国が陥った苦境は、アメリカとフランスによる「金の不胎化」によって大いに増幅された。アメリカとフランスが経常収支の黒字を計上したので、他の国々は経常収支の赤字を計上しなければならなかった。アメリカとフランスが支出を増やそうとしなかったので、他の国々は支出を切り詰めざるを得なかった。アメリカとフランスが緊急の資金援助を拒んだので、経常収支が赤字だった国で景気の悪化が加速した。その結果として、政治的に悲惨な事態が引き起こされたのだ。

似たような展開が進行中だ。経常収支の大幅な黒字を計上しているドイツが支出を増やすのに難色を示しているせいで、ドイツと貿易面で深くつながっているギリシャがデフレを選ぶしかない瀬戸際に追い込まれているのだ。資金繰りに苦しんでいるギリシャが対GDP比で10%にも上る支出の削減を短期間で成し遂げられるかどうかはわからない。現在のギリシャが抱えている問題は、1930年代初頭にドイツが抱えていた問題と似ている。賃金をはじめとしてコストの削減を試みたとしても、債務の負担がさらに重くなるだけに終わってしまうかもしれないのだ。


フーヴァー・モラトリアムの再現はあるか?

1931年にあのフーヴァー大統領〔アメリカ合衆国第31代大統領〕でさえもがドイツに対して債務の支払い猶予(モラトリアム)を認めざるを得なかったのもそのため〔訳注;コストの削減を試みたとしても債務の負担がさらに重くなるだけに終わるからこそ〕なのだ。「内的減価」〔訳注;デフレによって実質為替レートを減価させること〕――通貨の切り下げを実現するためにギリシャに残された最後の手段――には、債務の再編が伴う必要があるのだ。フーヴァー・モラトリアムを実現するためには、アメリカによる政策変更が必要だった。それと同じように、ギリシャの債務再編に漕ぎ着けるためには、EUとIMFが方向転換を図る必要があるだろう。

中国をはじめとした経常収支の黒字国が支出を増やさないだけでなく、ドルに対して自国通貨を切り上げるのを拒むようなら、アメリカが国内の雇用を増やすために打てる手は一つしか残されていない。輸出品の競争力を高めるしかない。アメリカ国内で完全雇用を実現するために、今後5年間で輸出量を倍に増やすというのがオバマ大統領が掲げている目標である。しかしながら、経常収支の黒字を抱えているアジア諸国が支出を増やすなり名目為替レートの増価を受け入れるなり高めのインフレ率を受け入れるなりしない限りは――言い換えると、実質為替レートがアメリカに有利になるように調整されない限りは――、輸出量を倍増するという目標を叶えるためには、アメリカ国内の(賃金をはじめとした)コストを削減するか、生産性を大幅に高めるしかない。その努力も水の泡に終わるようなら、保護主義へと舵が切られるだろう。


結論

国際通貨制度というのは、為替レートを通じて結び付けられているすべての国の行動如何でその運行がスムーズにいくかどうかが左右される「システム」である。経済収支が赤字の国の行動だけではなく、黒字の国の行動もシステム全体に影響を及ぼす。不均衡を是正する責任のすべてを経常収支が赤字の国だけに押し付けるわけにはいかないのだ。

ケインズが大恐慌の経験から導き出した教訓でもある。だからこそ、第二次世界大戦中に考案した「清算同盟案」で、慢性的に経常収支の黒字を抱える国に対して課税や制裁のような措置を講じる必要性を訴えたのだ。大恐慌から60年と少々が経過しているが、ケインズが大恐慌の経験から導き出した教訓が忘れ去られてしまっているようだ。



〔訳注1〕いずれかの国がユーロから一時的に離脱しようとしても、非常に手間のかかる交渉を経なければならず――ユーロから離脱するためには、EUから離脱する必要がある。EUから離脱するためには、全加盟国の承認が必要――、その間に金融危機が発生する可能性が高いという意味。


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2014年9月19日金曜日

Douglas Irwin 「大恐慌の原因はフランスにもあり?」(2010年9月20日)

Douglas Irwin, “Did France cause the Great Depression?”(VOX,  September 20, 2010)

経済学の学術的な研究の多くでは、1930年代に起きた大恐慌があんなにも深刻だった理由が金本位制に求められている。これまでの先行研究では、大恐慌の引き金となった要因としてアメリカによる金融引き締めに注目が寄せられてきたが、フランスが果たした役割に十分に注目が払われていない。フランスが保有していた金の量は、1926年の時点では世界全体の金準備の7%だったが、1932年の時点では27%にまで上昇したのである。1930年から1931年までの間に世界全体の物価水準は30%下落したが、そのうちのおよそ半分がフランス&アメリカの二カ国による金の溜め込みによって説明できる可能性があるのだ。

経済学の学術的な研究の多くでは、1930年代に起きた大恐慌(Great Depression)があんなにも長引いて深刻だった理由が金本位制に求められている。金本位制を採用していたせいで為替レートが固定されていたので、金融政策を使って危機に対処できなかったというのである(詳しくは、Temin (1989)、Eichengreen (1992)、Bernanke (1995) などを参照されたい)。

しかしながら、金本位制が世界中を巻き込むかたちで1929年から1933年までの間にデフレーションと景気後退を引き起こした理由について何もかもが解明され尽くしているかというと、そうではない。世界全体での金準備の量は1920年代も1930年代も着実に増え続けていたのである。そうだというのに、金本位制が自壊してあれほどまでの大激震が引き起こされたのはなぜなのだろうか?


大恐慌についての標準的な説明

これまでの先行研究では、中央銀行が採用した政策に着目して1930年代の大惨事の説明が試みられてきた。標準的な説明によると、1928年初頭にアメリカで金融政策が引き締められたのが大恐慌の引き金になったと見なされている(Friedman&Schwartz 1963, Hamilton 1987)。1928年初頭にFRBが金利を引き上げると、海外からアメリカへ金(ゴールド)が流入したが、FRBはそれにあわせて売りオペを行って金の流入を不胎化した。国内のマネタリーベースが増えないようにしたのである。そのせいで、金の流出に見舞われた国々も金融引き締めを余儀なくされた。かくしてデフレショックが発生し、その影響で通貨危機や銀行パニックが誘発されて物価の下方スパイラルに拍車がかかったのである。


新たな仮説

見過ごされがちな事実がある。フランスもアメリカとそっくりなことをしていたのである。実のところ、金準備を溜め込んだペースにしても、金を不胎化した度合いにしても、フランスはアメリカを凌駕していたのである(詳しくは、Johnson (1997) および Mouré (2002) を参照されたい)。1926年にフランが切り下げられたことも一因になって大量の金がフランスに流入したが、その結果としてフランス銀行が保有する金準備の量は急速な勢いで増え始めた。世界全体の金準備のうちどれくらいの割合をフランスが保有していたかというと、以下の図1に示されているように、1926年の時点では7%に過ぎなかったが、1932年になると27%にまで上昇したのである。
  


図1. 世界全体の金準備のうちどれくらいの割合をそれぞれの国が保有していたか:アメリカ(青)、フランス(赤)、イギリス(緑)


フランスとアメリカに金が集中した結果として、その他の国々は大きなデフレ圧力に晒された。1929年から1931年までの間にフランス&アメリカの二カ国を除く国々が手放した金の量は、世界全体の金準備の8%に相当した。1928年12月の時点でフランス&アメリカの二カ国を除く国々が保有していた金準備の15%が手放されたのである。しかしながら、フランスとアメリカが金の流入を不胎化しなかったら、問題にならなかっただろう。フランスとアメリカが金の流入を不胎化しなかったら、フランスとアメリカで金融政策が緩和されていた(マネタリーベースが増えていた)一方で、金が流出した国々では金融政策が引き締められていたはずである。すべての国が古典的な金本位制の「ゲームのルール」に従っていたらそうなっていたはずである。しかしながら、戦間期には「ゲームのルール」について明確な同意が得られていなかった。金が流入してきても金融政策が緩和されないように、フランスもアメリカも金の流入を不胎化していたのである。

正貨準備率の推移を辿った以下の図2を眺めると、不胎化の実態が浮き彫りになる。正貨準備率というのは、中央銀行の債務(銀行券発行残高+当座預金残高)に対する金準備の割合(=金準備÷マネタリーベース)を指している。フランスの正貨準備率の推移は、他の国と比べて際立っている。フランスの正貨準備率は、1928年12月の時点では40%だったが(法律で定められていた正貨準備率の下限は35%)、1932年12月の時点では80%近くに達したのだ。1928年から1932年までの間に金準備の量は160%も増えたのに、同じ期間にマネーサプライ(M2)はまったく増えなかった。フランスを指して「金の溜池(金の吸引機)」(“gold sink”)と呼ぶ声もあったというが、それももっともだ。 



図 2. 主要な中央銀行の正貨準備率(1928年~1932年)


フランス&アメリカによる金融政策は世界経済にどれくらいのデフレ圧力を及ぼしたか?

不胎化されたせいでマネタリーベースの拡大につながらなかった金を「余分な」金と呼ぶとすると、1928年を基準年として、それぞれの年に余分な金の量がどれくらいに上るかを計算することができる。ある年の金準備の量から、その年のマネタリーベースに1928年の時点の正貨準備率を掛けて得られる値〔訳注;正貨準備率を1928年の時点と同じ水準に維持するために必要な金準備の量〕を差し引けばいいのだ。その結果をまとめたのが以下の図3である。世界全体の金準備に対する割合として表わされている。

1930年の時点でフランス&アメリカの二カ国が保有していた金の量を合わせると、世界全体の金準備のおよそ60%にもなるが、同じ年(1930年)の「余分な」金の量はどれくらいかというと、両国を合わせると世界全体の金準備のおよそ11%に上る。1929年と1930年に関しては、金の流入を不胎化したことによって世界経済に対して及ぼしたデフレ圧力はフランスもアメリカも同等だったが、1931年と1932年に関しては、フランスの方がアメリカよりもずっと大きなデフレ圧力を世界経済に及ぼした。1928年から1932年までの期間をひっくるめると、フランスの方がアメリカよりも大きなデフレ圧力を世界経済に及ぼしたのだ。金の流入を不胎化せずに正貨準備率を1928年の時点と同じ水準に保つようにしていたとしたら、1928年から1932年までの間にフランスがマネタリーベースを拡大させるために使えていた金の量は世界全体の金準備の13.7%にあたるが、アメリカについてはその量は世界全体の金準備の11.7%にあたるのだ。



図 3. 余分な金の量(1929年~1932年)


物価に及ぼした影響

「硬貨がたんすの中にしまい込まれると、硬貨がこの世から消滅する場合と同じ効果が物価に対して及ぶ」。1752年にデイヴィッド・ヒュームが「貨幣について」(“Of Money”)と題されたエッセイで述べている言葉である。フランス&アメリカの二カ国が金を「たんすの中にしまい込んだ」せいで世界全体の物価水準にどんな効果が及んだのだろうか? 私なりに検証したところ(Irwin 2010)、世界全体の金準備が1%増えると、世界全体の物価水準が1.5%上昇する傾向にあったことが見出されている。1930年の時点でフランス&アメリカの二カ国が「たんすにしまい込んだ」金の量を合計すると世界全体の金準備の11%に上るわけだから、それに伴って世界全体の物価水準がおよそ16%下落した可能性があるわけだ。1930年から1931年までの間に世界全体の物価水準は30%下落したわけだが、そのうちのおよそ半分がフランス&アメリカによる金の溜め込みによって引き起こされたと結論付けることができるのだ(Sumner (1991) も異なる手法を使って同様の結論に達している)。

デフレスパイラルに陥ると、物価の下方スパイラルに拍車をかけるような他の要因も関与してくるというのは確かである。とりわけ重要なのは、アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)が指摘したデット・デフレ(債務デフレ)のメカニズムである。デフレによって企業の破産が増えて、そのせいで銀行パニックが発生して貨幣乗数が低下した可能性がある。(預金の引き出しが増えたせいで)現金預金比率が上昇したからである。しかしながら、そういった現象は当初のデフレショックによって誘発されたのであり、1930年から1931年までの間に起きた物価下落のうち「説明されずにいる」残りの半分についても少なくともその一部はフランス&アメリカの政策が間接的に責任を負っていると言えるだろう。

まとめるとしよう。これまでの先行研究では、大恐慌の引き金となった要因として1928年初頭におけるアメリカの金融引き締めに注目が寄せられてきた。しかしながら、世界全体をデフレスパイラルに陥れる上でフランスが果たした役割にもこれまで以上にもっと注目が払われるべきなのだ。


<参考文献>


●Bernanke, Ben (1995), “The Macroeconomics of the Great Depression: A Comparative Approach(pdf)”, Journal of Money, Credit and Banking, 27:1-28.
●Eichengreen, Barry (1992), Golden Fetters: The Gold Standard and the Great Depression, 1919-1939, Oxford University Press.
●Friedman, Milton, and Anna J Schwartz (1963), A Monetary History of the US, 1867-1960, Princeton University Press.
●Hamilton, James (1987), “Monetary Factors in the Great Depression”, Journal of Monetary Economics, 19:145-169.
●Irwin, Douglas A (2010), “Did France Cause the Great Depression?”, NBER Working Paper 16350.
●Johnson, H Clark (1997), Gold, France, and the Great Depression, 1919-1932Yale University Press.
●Mouré, Kenneth (2002), The Gold Standard Illusion: France, the Bank of France, and the International Gold Standard, 1914-1939, Oxford University Press.
●Sumner, Scott (1991), “The Equilibrium Approach to Discretionary Monetary Policy under an International Gold Standard, 1926-1932”, The Manchester School of Economic & Social Studies, 59:378-94.
●Temin, Peter (1989), Lessons from the Great Depression(邦訳 『大恐慌の教訓』), MIT Press.

2013年8月3日土曜日

Timothy Taylor 「FOMC版(笑)指数」(2013年8月2日)

Timothy Taylor, “The Fed Laughter Index”(Conversable Economist, August 2, 2013)


2007年から2009年にかけて、我が国(アメリカ)は金融面・経済面で大きなショックに襲われた。本ブログでは、そのショックの深刻さを可視化するのに役立つような図表を折に触れて紹介してきた。例えば、こちらこちらで取り上げたように、金利スプレッド、金融部門による純貸出、住宅バブル、海外からアメリカへの資本流入などについて紹介してきたわけだが、今回はちょっと風変わりな指標を紹介するとしよう。「FOMC版(笑)指数」とでも呼べる指標であり、アメリカにおける金融政策の最高意思決定機関であるFOMC(連邦公開市場委員会)のトランスクリプト(出席者の発言を文字に起こしたもの)にある「(笑)の数」――会合中に出席者の間で笑い声が漏れた回数――がカウントされている。


上の図によると、グリーンスパン議長時代の終わり頃には、会合ごとの「(笑)の数」は10回~30回というのが定番だったようだ(はっきりさせておかないといけないことがある。金融政策のオタクたちが一室に集まっているわけで、そんな彼らだけが笑える類のユーモアが交わされたに違いないということだ)。バーナンキがFRB議長に就任して以降は、「(笑)の数」が増えている。ピーク時には、会合ごとの「(笑)の数」が70回~80回にも達している。しかしながら、2007年後半に金融危機の第一波に襲われてからというもの、「(笑)の数」がほぼゼロという会合もちらほらある。

データが2008年初頭までしかないのは、会合が終了してから議事録が公開されるまでに5年待たないといけないからだ。最後に図の出所を明らかにしておくと、スタンフォード大学経済政策研究所が昨年(2012年)の春に開催した「サミット」の報告書からの転載だ。Bianco Researchが収集したデータを基にして作成した図だという。

2012年10月11日木曜日

Antonio Fatas 「過小評価された財政乗数」(2012年10月8日)

Antonio Fatas, “Underestimating Fiscal Policy Multipliers”(Antonio Fatas on the Global Economy, October 8, 2012)


IMFの世界経済見通し(IMF World Economic Outlook)の最新版(2012年10月)が公表されたが、世界経済の成長が鈍化するリスクについて強く警戒されている(報告書の全文はこちら)。第1章に目を向けると、これまでの成長予測において財政乗数の大きさが過小評価されていた可能性について優れた分析が加えられている。一部を引用しよう。

多くの国々が財政再建に取り組む中で、財政乗数の大きさについて激しい議論が繰り広げられた。財政乗数の値が小さければ小さいほど、財政再建に伴うコストも小さくなる。実際のところはどうだったか? 財政再建に着手した国々のパフォーマンスは、期待を裏切るものだった。そこで当然問われるべきは、財政乗数の値が過小評価されていたのではないかということである。財政引き締めが景気に及ぼす短期的なマイナスの効果が予想を上回ったのは、財政乗数の値が過小評価されていたからではないかということである。

そうなのだ。財政乗数の値は過小評価されていたのだ。

これまでの経緯を私なりに振り返ってみるとしよう。11年くらい前に試みられた一連の学術的な研究によると、財政乗数の値は1〜1.5の範囲にあると推計されていた。言い換えると、政府支出が1%増えると、GDPが1〜1.5%増えると推計されていたのである。2001年にイリアン・ミホフ(Ilian Mihov)と一緒に書いた論文――その論文はこちら(pdf)――で私なりに達した結論でもあり、ほぼ同じ時期に書かれたオリヴィエ・ブランシャール(Oliver Blanchard)とロベルト・ペロッティ(Roberto Perotti)の共著論文――その論文はこちら(pdf)――でも同じ結論が得られている。この件についてはその後に大量の研究が積み重ねられた。数多くの論文が(財政乗数の値が1〜1.5の範囲にあるという)先の推計結果を追認したが、疑問を投げ掛ける論文もあった。例えば、戦争のようなイベントに着目した研究では、財政乗数の推計値は小さくなりがちだった。財政政策が絡んでくる問題だけに、論争はいつまで経っても鎮まらなかった。乗数の値はゼロに近い、いやマイナスだ――政府支出が増えると、それと同じ額かそれ以上に民間の支出が減る――と語る研究者も出てくる始末だった。 

論争はあったものの、2008年に危機が勃発するまでに得られていた研究成果を私なりに振り返ると、乗数の値は1くらいか1を少し上回るというのが大方の見立てだったと言っていいと思う。

2008年に危機が勃発すると、財政乗数の値がどれくらいかという問題は、学術的な論争の対象から、緊急を要する政策課題の争点になった。財政刺激策はどれくらいのインパクトを持つのだろう? オバマ政権は、財政刺激策の必要性を正当化するために、財政乗数の値が1.5くらいであることを示唆する報告書――執筆者の一人は、クリスティーナ・ローマー(Christina Romer)――を発表した。この報告書に批判を加えたのは、深刻な危機に陥っていようが総需要を管理しようなんて以ての外だと信じている人たちだった。財政乗数の値をめぐる論争は、イデオロギー闘争の様相を強めていった。その一方で、我々が今まさに直面しているような特殊な状況――金融政策がゼロ下限制約に直面していて、債務の圧縮に伴って民間の需要が落ち込んで深刻な景気後退に陥っている状況――では、乗数の値が11年前の推計値よりも大きくなる可能性を示唆する学術的な研究がちらほらと表れ出した。

しかしながら、その新しい研究成果も従来の研究成果ともども無視された。財政刺激策が試みられた後の2008年〜2009年に繰り広げられたイデオロギー色が濃い論争の結果として導き出されたのは、財政刺激策は効果がなかったし、財政緊縮に邁進することこそが求められているという結論だった。過去2年の間に多くの政府が足並みを揃えて財政緊縮に乗り出したが、乗数の値が大きい可能性を見過ごしてGDPの成長率が予測されたのだった。

IMFが最新の世界経済見通しの中で自己批判を込めて分析しているが、世界経済の成長率を予測するために使っていたモデルに検討を加えたところ、財政再建のインパクトを予測するにあたって乗数の値が0.5くらいであると暗黙のうちに想定されていたことがわかったという。GDPの成長率の実績値が予測を下回ったことを踏まえると、乗数の値は0.5を上回るのではないかというのがIMFの考えで、乗数の値は0.9〜1.7の範囲にあるかもしれないと示唆している。11年前の推計結果とほとんど同じであり、最新の推計結果とも合致する。今のような特殊な状況に置かれたら乗数の値がどうなりそうかをモデルを使って理論的に予測する試みもあるが、その大半の結果ともそれほどかけ離れていないのだ。

2012年8月11日土曜日

Barry Eichengreen&Douglas Irwin 「保護主義の誘惑:大恐慌の教訓」(2009年3月17日)

Barry Eichengreen&Douglas Irwin, “The protectionist temptation: Lessons from the Great Depression for today”(VOX, March 17, 2009)
 
1930年代における保護主義の蔓延について何がわかっているのだろうか? 保護主義に彩られた大恐慌の経験は、どんな教訓を投げかけているのだろうか? 各国の政策当局者たちは、協調して財政・金融政策をすり合わせるべきである。そのすり合わせがうまくいかないようなら、通商政策の面で1930年代と同じ過ちが繰り返されて最悪の結果になってしまうかもしれないのだ。

1930年代の大恐慌期には、保護主義が急速に台頭した。政策当局者が細心の注意を払って警戒しなければ、1930年代のように保護主義が蔓延してしまうのではないかと多くの人に恐れられている。1930年代における保護主義の蔓延について何がわかっているのだろうか? 保護主義に彩られた大恐慌の経験は、どんな教訓を投げかけているのだろうか?

大恐慌の多くの側面について今でも議論が続けられているが、全面的といっても構わないほど合意が得られていることもある。1930年代に採用された貿易制限措置は破壊的で逆効果だったというのがそれで、今のような停滞下に同じような真似をする(保護主義に身を委ねる)ことだけは絶対に避けるべきなのだ。1930年代に関税が引き上げられたり非関税障壁が導入されたりしたのは、景気を下支えするための他の手段が欠けていたからだった。海外製品に対する支出を自国製品に対する支出に振り向けようとした苦肉の策だったのだ。しかしながら、他の国の政府も同じような行動に出てあちこちで関税が引き上げられたので、意図した目的――海外製品に対する支出を自国製品に対する支出に振り向ける――を達成できずに、貿易の崩壊という結果を招いただけだった。1933年以降に大半の国で景気が回復したにもかかわらず、貿易量は30年代の終わりになっても1929年の水準に及ばなかったのである(図1を参照)。比較優位の恩恵が得られなかっただけではない。近隣窮乏化的な通商政策の応酬がネックになって、停滞から抜け出すための他の手段を互いにすり合わせるのが難しくなってしまったのである。



図1 世界の貿易量と産出量(1926年~1938年)


大恐慌についての同時代の説明なり現代の説明なりに目を向けると、1930年代にはあらゆる国が貿易障壁を設けていて、完全なる混沌に陥っていたかのような印象を受けるかもしれない。しかしながら、そのような印象は事実に反する(Eichengreen&Irwin, 2009)。貿易制限措置があちこちで導入されたのは確かだが、国によってその度合いにかなり大きな違いが見られたのである。当時の国別の関税率をまとめた図2をご覧いただきたい。30年代に入って関税率を大きく引き上げた国もあれば、そうではない国もある。あらゆる国がデンマーク、スウェーデン、日本と同じように振る舞っていたとしたら、1930年代の歴史はまったく違っていただろう。あらゆる国がデンマーク、スウェーデン、日本のように振る舞わなかったのはなぜなのだろうか?



図2 平均的な輸入関税率(1928年~1938年:単位は%)


採用していた為替相場制度が違っていたからというのが答えだ。金本位制にとどまって、平価(金と自国通貨との交換比率)を固定し続けた国ほど、貿易制限措置に訴えがちだったのだ。他の国が平価を切り下げたせいで価格競争力の面で不利な立場に置かれてしまい、国際収支(balance of payments)の悪化を食いとどめて金の流出を防ぐためにも貿易制限措置を採用せざるを得なかったのだ。景気の悪化に対処するための他の手段が欠けていたので、海外製品に対する支出を自国製品に対する支出に振り向けようとして、関税やそれに類する手段を用いたのである。

それとは対照的に、金本位制から離脱して為替レートの減価を受け入れた国では、国際収支が改善して、金が流入した。それに加えて、金本位制から離脱したおかげで、失業問題に立ち向かうための他の手段が手に入ったことも重要である。自国通貨と金(gold)の結び付きが断ち切られたおかげで、金融政策に対する縛りがなくなったのだ。平価を維持する必要がなくなったので、金利を自由に引き下げられるようになったのだ。金本位制のルールに縛られる必要がなくなったので、中央銀行が「最後の貸し手」として振る舞えるようになったのだ。金本位制から離脱したおかげで、大恐慌に立ち向かうための(貿易制限措置以外の)他の手段が手に入ったのだ。その結果が図3に示されている。鉱工業生産が順調に伸びたのだ。景気が順調に回復したおかげで、貿易制限措置に訴えずに済んだのだ。



図3 鉱工業生産の変化


金本位制から離脱して為替レートの減価を許容した国ほど、貿易制限措置に訴える度合いが低かったのだ。その一例が図4に示されているが、関税率だけではなく、為替管理や輸入割当のような非関税障壁についても同様の関係が成り立つのだ。



図4 為替レートの変化と輸入関税率の変化(1929年~1935年)


これまでに紹介してきた発見は、今現在のいわゆる大不況(Great Recession)への対処を任されている政策当局者に対しても重要な教訓を投げかけている。「保護主義を避けるために、景気を刺激せよ」というのがそれだ。しかしながら、景気を刺激するにはどうしたらいいのだろうか? 1930年代においては、景気刺激策と言えば、金融刺激策(金融緩和)を意味していた。財政政策を使って景気を刺激するという選択肢についてはよく理解されていなかったし、広く受け入れられてもいなかった。アイケングリーン&サックス(Eichengreen&Sachs 1985)が詳しく論じているように、金融刺激策は、当該国(金融緩和に乗り出した国)の景気を浮揚させた一方で、貿易相手国の景気を冷え込ませた。金利を引き下げる「チープマネー」政策は、貿易相手国に対して相反する効果を及ぼした。金融緩和のおかげで当該国の景気が上向いて輸入需要(海外製品に対する需要)が増えると、貿易相手国の景気にプラスに働くが、金利が引き下げられて当該国の通貨が減価すると、貿易相手国の景気にマイナスに働く。当該国だけが「単独」で金融緩和に踏み切ると、後者のマイナスの効果が前者のプラスの効果を凌駕したのだ。一国による単独の金融緩和は、貿易相手国の景気を冷え込ませて、その国を保護主義に向かわせたのだ。

1930年代と今とでは利用可能な政策手段に違いがあるのを反映して、抱える問題にも違いが出てくる。今はどうなっているかというと、大不況に立ち向かうために、金融刺激策に加えて、財政刺激策も試みられている。一国による単独の財政刺激策は、貿易相手国に対してもプラスに働く。財政刺激策のおかげで当該国(財政刺激策に乗り出した国)の景気が上向くと、それに伴って輸入需要(海外製品に対する需要)が増えるからである。財政刺激策が試みられるせいで世界金利が上昇するようなら、当該国でも貿易相手国でも民間投資が減る可能性があるが、今のところはその心配はなさそうだ。つまりは、いずれかの国が単独で財政刺激策に乗り出せば、貿易相手国の輸出が増える可能性があるので、貿易相手国が保護主義に訴える理由がなくなるのだ。

しかしながら、問題もある。財政刺激策の恩恵が「ただ乗りする」貿易相手国に波及することが問題視される可能性があるのだ。財政刺激策にはコストが伴う。子や孫の世代によって返済されなければならない公的債務が増えるのだ。それゆえ、財政刺激策が海外製品に対する需要(輸入需要)も増やすようなら、「バイアメリカ」(“Buy America”)条項に類した手段に訴えて、財政刺激策の恩恵が他の国に漏出するのを防ぎたくなるかもしれない。保護主義の誘惑は依然としてあるのだ。ただし、金融刺激策ではなく財政刺激策が試みられる場合に保護主義の誘惑に駆られるのは、事の成行きを静観している側(貿易相手国)ではなく、積極的な行動に打って出る側(財政刺激策に乗り出す国)なのだ。

1930年代と今とで抱える問題に細かいところで違いはあっても、答え(解決策)は同じだ。1930年代においてそうすべきだったように、各国の政策当局者たちは、協調して財政・金融政策をすり合わせる〔訳注;例えば、関連するすべての国が共同歩調をとって同時に金融緩和なり財政出動なりに乗り出す〕必要がある。そのすり合わせがうまくいかないようなら、通商政策の面で1930年代と同じ過ちが繰り返されて最悪の結果になってしまうかもしれないのだ。


<参考文献>


●Barry Eichengreen and Douglas A. Irwin (2009), “The Slide to Protectionism in the Great Depression: Who Succumbed and Why?", NBER Working Paper No 15142.
●Barry Eichengreen and Jeffrey Sachs (1985), “Exchange Rates and Economic Recovery in the 1930s(JSTOR)”, Journal of Economic History 45, 925-946.

2011年11月4日金曜日

Douglas Irwin 「1937~38年の景気停滞をもたらした原因は何か?」(2011年9月11日)

Douglas Irwin, “What caused the recession of 1937-38?VOX, September 11, 2011) 
 
このたびの金融危機が1929年~1932年の大恐慌(Great Depression)を再演するような事態に陥らずに済んだのは、政策当局による迅速な政策対応のおかげだった。しかしながら、1937~38年の景気停滞を再演しないでいられるだろうか? 世界経済の足取りが再び鈍化している中、新たな切迫感を持って1937~38年の景気停滞について分析を加え、しばしば見過ごされがちな政策決定――1936年12月にアメリカ財務省が行った決定(金の流入をすべて不胎化する決定)――について説明する

1937~38年の景気停滞は、時に「大恐慌の最中における景気停滞」(“the recession within the Depression”)と呼ばれることがある。1937~38年というのは、大恐慌からの回復が未だ不完全で、失業率が依然として非常に高い水準にとどまっていた時期だった。1937~38年の景気停滞は、それまで景気回復基調にあった経済に対して破滅的なほどの規模で冷や水を浴びせた。実質GDPが11%ポイント低下し、鉱工業生産が32%ポイントも低下したのである。1937~38年の景気停滞は、20世紀中にアメリカが経験した景気停滞のうちで(1929~32年、1920~21年に次ぐ)3番目に深刻な停滞だったのだ。

1937~38年の景気停滞の原因としてしばしば指摘されるのが、財政・金融政策の引き締めである。クリスティーナ・ローマー(Romer 2009)をはじめとした幾人かの論者によると、1937~38年の景気停滞は、景気が依然として弱々しい中で早まったかたちで景気刺激策から手を引くことの危険性を例証しており、目下の状況にとっても大きな関わりを持つ歴史上のエピソードだという。

しかしながら、1937~38年の景気停滞をめぐっては、ちょっとしたミステリーが存在する。景気停滞の原因として頻繁に指摘される2つの政策決定――財政赤字の縮小(財政緊縮)&預金準備率をそれまでの2倍の水準に引き上げたFedの決定――は、実際に観察された規模の産出量の落ち込みをもたらすだけの力があったようには見えないのである。例えば、クリスティーナ・ローマー(Romer 1992)も述べているように、産出量の落ち込みの多くの原因を財政政策の変化に求めるのは「非常に困難であろう」〔原注;カリー・ブラウン(E. Cary Brown)の有名な論文(Brown 1956)では、産出量の落ち込みのうちで財政政策の変化によって説明できる割合は、4分の1以下であると結論付けられている〕。預金準備率をそれまでの2倍の水準に引き上げたFedの決定にしても、これまでの研究の大半――最新の研究としては、Calomiris et al. (2011) を参照せよ――では、民間の銀行に対してそれほどインパクトを持たなかったと結論付けられている。既に大量の超過準備が積み上がっていたこともあって、預金準備率が引き上げられた後に準備預金を積み上げようとする動きは大して見られなかったのである。

「財政緊縮」と「預金準備率の引き上げ」という2つの要因によっては1937~38年の景気停滞を完全には説明できないとなると、他にどんな候補があるのだろうか? 1937~38年に深刻な貨幣的なショック(monetary shock)が生じたことは疑いない。以下の図1に示されているように、1934年から1936年にかけてマネーサプライ(M2)は年率およそ12%の伸びでコンスタントに増えていたが、1937年初頭に入ると突然その伸びがストップして、同年の後半には伸び率がマイナスにさえなっているのである。しかしながら、この貨幣的なショックは、預金準備率の引き上げに起因するものではなく、しばしば見過ごされがちな財務省による1936年12月の決定――金の流入をすべて不胎化する決定――にその原因があったのである。



図1 アメリカにおけるマネーサプライ(M2):1934年~39年


1934年1月にドルと金(ゴールド)の交換レートが再び金1オンス=35ドルに固定されて、アメリカは実質的に金本位制に復帰。マネタリーベースの85%に相当する量の金準備が保有されることになり、金準備の増減に伴ってマネタリーベースも増減することになった。1930年代中頃のアメリカには大量の金が流入して、それに伴って金融政策が緩和されることになった。金の流入に伴う金融緩和は、この間の景気回復を支えた主要な要因だった――この点については、Romer (1992) を参照せよ――。

しかしながら、ルーズベルト政権がインフレの加速を懸念し始めると、財務省は1936年12月に金の流入をすべて不胎化する決定を下した。金が流入してきてもFedが供給する準備預金が自動的に増えないように――準備預金が増えると、やがてはマネタリーベースやマネーサプライが増える――、新たに流入してきた金を休眠勘定(inactive account)に繰り入れるようにしたのである〔訳注;金不胎化政策の具体的な手続きについては、Irwin (2011) の pp. 254 を参照されたい〕。その結果として、金の流入にもかかわらずマネタリーベースは増加せずに一定の水準に保たれることになったのである。

1937年の春になると景気が鈍化し始め、秋には景気停滞入りしていることが一目瞭然になった。1938年2月に財務省は誤りを認めて、金を不胎化する政策を取り止めることを決定した。1938年4月に財務省は出口戦略に乗り出した。「休眠中」の金準備の非不胎化に着手した――「休眠勘定」に繰り入れられていた金をFedが保有する金準備に振り替えて、Fedに準備預金を拡大させた――のである。そして1938年6月に景気回復が始動することになったのである。

金不胎化政策がマネタリーベースに及ぼした効果は、以下の図2に示されている。図2によると、1934年から1936年にかけて、金準備もマネタリーベースも一貫して増えていることがわかる。しかしながら、1937年に入ると、金準備はそれまで同様に増え続けているものの、金不胎化政策のためにマネタリーベースは一定の水準に保たれることになった。不胎化されなかった(Non-sterilized)金準備〔訳注;マネタリーベースの裏付けとして利用できた金準備〕は、1938年4月に財務省が金準備の非不胎化に乗り出すまで一定の水準に保たれることになったのである。



図2 アメリカにおけるマネタリーべースと金準備:1934年~39年


「金不胎化政策」と「預金準備率の引き上げ」がマネーサプライに及ぼした効果は、次のように分解することができるだろう。すなわち、金不胎化政策はマネタリーベースに影響を及ぼした一方で、預金準備率の引き上げは貨幣乗数に影響を及ぼしたと考えられるのだ。私が執筆したばかりの論文によれば(Irwin 2011)、1937年にマネーサプライの伸びに生じた急ブレーキを説明する上では、貨幣乗数の変化よりも、マネタリーベースの変化の方がずっと重要であったことが見出されている〔訳注;つまりは、1937年にマネーサプライの伸びに急ブレーキをかけた要因としては、(マネタリーベースに影響を及ぼした)金不胎化政策の方が、(貨幣乗数に影響を及ぼした)預金準備率の引き上げよりも重要だったということ〕。

1937年の後半から1938年の中頃にかけて、アメリカへの金の流入がストップ(停止)したことについても簡単に説明しておこう。その原因の一部は、ルーズベルト政権が景気後退に対処するために再度――大恐慌から抜け出すために1933年の初頭に試みられたのと同じように――ドルの切り下げに乗り出すのではないかと投資家らが恐れを抱いたためだった――当時の金融市場では、「一度だけ僕をだましたのなら君の恥、二度も僕をだましたのなら僕の恥」(“Fool me once, shame on you, fool me twice, shame on me”)という文句が広まっていた――。しかしながら、1938年9月にヒットラーがチェコスロバキアに領土の割譲を要求した――いわゆる「ミュンヘン危機」――のがきっかけで、ヨーロッパで戦争が勃発するのではないかとの恐れが広がるようになると、再びアメリカへ向けて金が大量に流入し始めたのである。

過去の過ちを避けるつもりであれば、過去の過ちの中身について正確に評価することが重要だ。1937~38年の景気停滞があそこまで深刻になった原因は、「財政緊縮」や「預金準備率の引き上げ」のせいではなかった。その原因は、財務省が決定した「金不胎化政策」にあったのだ。金の不胎化に伴って生じた「貨幣的なショック」は、決して穏やかなものではなかった。金不胎化政策の結果として、マネタリーベースの伸び率がゼロ%にまで落ち込んだのである。Fedに対して大恐慌下における稚拙な政策運営を叱責する非難の矢が向けられることがあるが、1937~38年の景気停滞下において生じた貨幣的なショックに関しては、その責任は財務省にあったのである。

1937~38年の景気停滞はとうの昔の出来事ではあるが、今もなお教訓を投げ掛けている。景気回復の足取りが鈍いにもかかわらず、インフレーション――今と同じように、1937~38年当時もインフレ率は極めて低かった――に対する予防的な金融引き締めに乗り出せば、その結果として破滅的な景気停滞がもたらされかねないのだ。


<参考文献>


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●Irwin, Douglas A (2011), “Gold Sterilization and Recession of 1937-38(pdf)”, Working paper.
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●Romer, Christina D (2009), “The Lessons of 1937”, The Economist, 18 June.

2010年11月24日水曜日

Nicholas Crafts&Peter Fearon 「記憶にとどめておくべきエピソード:1937~38年のアメリカの不況から得られる教訓」(2010年11月23日)

Nicholas Crafts&Peter Fearon, “A recession to remember: Lessons from the US, 1937–1938”(VOX, November 23, 2010)
 
今回の世界的な経済危機と1930年代の大恐慌(Great Depression)が比較されることは多いが、「1937年の不況」について論じられることは少ない。本稿では、「1937年の不況」からどのような教訓が得られるかについて検討する。「1937年の不況」が教訓として世の政策当局者に伝える主たるメッセージは以下の二つである。①財政再建を先延ばしするなかれ。②財政再建を試みるために財政刺激策から手を引くのであれば、金融緩和によって総需要を下支えせよ。

大恐慌以来最も深刻な不況と金融危機から回復しつつあるOECD諸国では、出口戦略で過ちを犯さないことが政策当局者にとっての関心事になっている。景気刺激策から手を引くのが早すぎると、再び景気後退に陥ってしまうおそれがある。その一方で、景気刺激策から手を引くのが遅すぎると、インフレの過熱を招いてしまうおそれがある。

金利(名目利子率)がゼロ%ないしはその近辺にある限りは、財政乗数の値はおそらく大きいだろう。しかしながら、中期的な観点からすると、財政の持続可能性(fiscal sustainability)の確保に努める必要がある。銀行危機の影響で潜在GDPが落ち込み、そのせいで構造的財政赤字――GDPギャップがゼロで完全雇用が達成されている状態での財政赤字額――が拡大しているからである。

今のこのタイミングで、1937~38年にアメリカを襲った厳しい不況を振り返ってみるのも時宜を得ているだろう。大恐慌から順調に回復していたアメリカ経済に突然襲いかかった1937~38年の不況は、米国外の経済学者の多くにはあまり知られていないが、心にとどめておくべき教訓を投げかけているのだ。フランソワ・ヴェルデの最近の論文(Velde 2009)で、1937~38年のアメリカで何があったかが巧みにまとめられているだけでなく、鋭い分析も加えられている。


大恐慌からの回復

アメリカ経済は、1933年以降に堅調な景気回復を経験した。表1にあるように、実質GDPが1937年までにほぼピークの水準にまで戻り、大恐慌のどん底だった1933年初頭の水準を40%以上も上回ったのだ。景気が勢いよく回復した主たる理由は、1933年3月に金本位制から離脱して新たな政策レジーム(policy regime)が採用されたからだというのが共通の理解である。クリスティーナ・ローマーが指摘しているように(Romer 1991, 2009)、金本位制から離脱した後にマネーサプライが非常に急速な勢いで増えた。重要なのは、新しい政策レジームへの移行に伴ってインフレ期待がシフトした――予想インフレ率が上昇した――ことである。そのことが「流動性の罠」から抜け出すのに重要な役割を演じたというのが、エガートソンがDSGEモデルを使って導き出している結論である(Eggertsson&Pugsley 2006, Eggertsson 2008)。ローマーもエガートソンも共通して指摘しているように、名目利子率がゼロ%近辺でそれ以上下がりようがなかったにもかかわらず、ルーズベルト大統領が1920年代中頃の水準にまで物価を引き戻す強い意志を見せたおかげでインフレ期待が劇的に高まって、実質利子率が大幅に下落することになったのである。そのおかげで景気が刺激されたのだ。連邦財政支出も急激に増えたが、経済史家にとっては周知のように、ニューディール政策は「穏やかな」財政刺激策というに過ぎなかった。とは言え、インフレ期待のシフトに貢献した可能性はある。当時の財政赤字の規模は対GDP比で3%あるいは4%程度だったが、赤字になったのは景気が低迷して税収が落ち込んだせいだったのである。



表1 四半期別の実質GDP
(1929年第3四半期(1929 Q3)の実質GDPを100とした場合)
データの出所:Balke&Gordon (1986)


1937年初頭の段階では依然としてGDPギャップが存在していたが――バルケ&ゴードン(Balke&Gordon 1986)によると、当時のGDPギャップは対GDP比で15%程度と見積もられている――、不況はもう終わったというのが世の中の認識だった。政策当局者はどうだったかというと、インフレや財政赤字を気にかけるようになっていた。Fedはというと、銀行システムに積み上がった大量の超過準備に懸念を抱き、財務省はというと、政府債務残高の対GDP比が1929年から1937年までの間に16%から40%に上昇したことに懸念を抱いたのである。 

1936年に所得税率が引き上げられて、1937年1月に社会保障税が導入されると、1938年に連邦財政収支がほぼ均衡するに至った。1936年に退役軍人に対するボーナスの支払いによって一時的に歳出が急増したものの、それ以降は歳出が削減された。結果的に裁量的な財政引き締め――財政黒字――の規模が対GDP比で3%を上回ったというのがラリー・ペッパーズ(Larry Peppers 1973)による推計である。金融政策に目を移すと、1936年12月に金不胎化政策が採用されて、1936年8月から1937年5月までの間に計3度にわたって預金準備率が引き上げられた(結果的にそれまでの倍に引き上げられた)。Fedの高官の口ぶりも変わって、インフレが加速するおそれが強調されるようになった。ヴェルデ(Velde 2009)によると、1937年5月から1938年6月までの景気の落ち込み――1937年5月から1938年6月までというのは、NBER(全米経済研究所)によって景気後退期と認定されている期間――は、財政・金融政策両面における政策変更によって説明し尽くせるという。表1にあるように、この間に実質GDPは約11%も減少した。鉱工業生産は30%以上も減少。設備投資は50%以上も減少。株価は40%以上も下落した。インフレもストップして、物価が再び下落し始めた。それまでの景気回復基調がひっくり返って、1930年代初頭に匹敵するほどの勢いで景気が落ち込んだのである。預金準備率が引き下げられて、金不胎化政策が停止されて、20億ドルに上る財政出動が繰り出されて均衡財政が放棄されると、景気後退も終わったのである。

名目利子率が低いようなら、財政乗数の値はかなり高くて、クラウディング・アウトもそんなに起きそうにない――その方面の理論的な分析や実証結果を概観しているロバート・ホール(Robert Hall 2009)によってもそのことが確認されている――。おそらく1930年代後半も財政乗数の値は高かっただろう。ロバート・ゴードン&ロバート・クレンの二人によると、1940年時点での財政乗数の値は1.8と推計されている (Gordon&Krenn 2010)。となると、財政再建を試みるのであれば、財政緊縮によるデフレ圧力を打ち消すために拡張的な金融政策(=金融緩和)が求められていたはずだが、待っていたのはダブルパンチ(財政緊縮&金融引き締め)だった。手痛かったのは、1936~1937年に政策スタンスが転換されたせいでインフレ期待が萎えたことである。ローマーも指摘しているように、インフレ期待が萎えたせいで実質利子率が急上昇したのだ。エガートソン&パグスレー(Eggertsson&Pugsley 2006)によると、名目利子率が極端に低いようなら、世間のインフレ期待がちょっと変わるだけでも産出量(実質GDP)に大きな影響が及ぶことが見出されている。


「1937年の不況」の教訓

「1937年の不況」が教訓として世の政策当局者に伝える主たるメッセージは、財政再建を先延ばしせよということではない。財政再建を試みるために財政刺激策から手を引くのであれば、金融緩和によって総需要を下支えせよというのが主たるメッセージなのだ。近年においてOECD諸国で試みられた財政再建の成功例に備わる特徴とも符合する。金利が引き下げられたのだ。しかしながら、今現在はどうかというと、1930年代と同様に、名目利子率を引き下げられる余地が残されていない。それゆえ、実質利子率を引き下げようと思ったら、物価が上昇するという予想を醸成する(予想インフレ率を高める)必要がある。そのために量的緩和をさらに進めるというのもありだろうし、「インフレ目標」の代わりに一時的に「物価水準目標」を採用するというのも一考の価値があるだろう。

今回の危機の最中にアメリカをはじめとした各国の政策当局者が見せた積極的な行動は、1930年代初頭に犯された悲劇的なまでの過ちと比べると、大きな進歩を示していると言えよう。そのおかげで、第二の大恐慌(Great Depression)に陥らずに済んだのだ。大不況(Great Recession)にとどめることができたのだ。不況を和らげるためにはどうしたらいいかについては、過去の歴史から重要な教訓がきちんと学び取られている。しかしながら、1930年代は、その他にも目下の状況に関わりのある教訓を投げかけている。例えば、出口戦略についても。1930年代の経験から得られる教訓についてもっと詳しく知りたいようなら、我々が執筆したサーベイ論文(Crafts&Fearon 2010)に目を通してもらえたら幸いだ――このサーベイ論文は、1930年代の経験から得られる教訓についての専門的な研究成果を一般読者に紹介するために編まれた論文集のイントロダクションとして書かれたものである――。


<参考文献>


●Balke, N and RJ Gordon (1986), “Appendix B: Historical Data”, in RJ Gordon (ed.), The American Business Cycle: Continuity and Change. Chicago: University of Chicago Press, 781-850.
●Crafts, N and P Fearon (2010), “Lessons from the 1930s’ Great Depression”, Oxford Review of Economic Policy, 26:285-317.
●Eggertsson, GB (2008), “Great Expectations and the End of the Depression”, American Economic Review, 98:1476-1516.
●Eggertsson, GB and B Pugsley (2006), “The Mistake of 1937: a General Equilibrium Analysis(pdf)”, Monetary and Economic Studies, December, 151-190.
●Gordon, RJ and R Krenn (2010), “The End of the Great Depression, 1939-41: Policy Contributions and Fiscal Multipliers”, NBER Working Paper 16380.
●Hall, RE (2009), “By How Much Does GDP Rise if the Government Buys More Output?(pdf)”, Brookings Papers on Economic Activity, Fall, 183-231.
●Peppers, LC (1973), “Full-Employment Surplus Analysis and Structural Change: the 1930s”, Explorations in Economic History, 10:197-210.
●Romer, CD (1992), “What Ended the Great Depression?”, Journal of Economic History, 52:757-784.
●Romer, CD (2009), “The lessons of 1937”, The Economist, 18 June.
●Velde, FR (2009), “The Recession of 1937 – a Cautionary Tale”, Federal Reserve Bank of Chicago Economic Perspectives, Quarter 4, 16-37.

2010年4月11日日曜日

Paul De Grauwe 「"通常の景気後退期"における財政政策と"異常な景気後退期"における財政政策」(2010年3月20日)

Paul De Grauwe, “Fiscal policies in “normal” and “abnormal” recessions”(VOX, March 30, 2010)

財政刺激策を継続すべきだろうか? それとも、できるだけ速やかに財政引き締めに転じるべきだろうか? 3タイプの異なるマクロ経済モデル――ケインジアンモデル/ニューケインジアンモデル/リアルビジネスサイクルモデル(リカーディアンモデル)――を比較した上で言えるのは、どのようなタイプの景気後退に直面しているかによって答えが変わるということだ。「通常の景気後退」(“normal recessions”)に直面しているようなら、最も適切な指針を与えてくれるのはニューケインジアンモデルである。その一方で、「異常な景気後退」(“abnormal recessions”)に直面しているようなら、最も適切な指針を与えてくれるのはケインジアンモデルである。

世界的な経済危機が勃発した2008年以降に、政府が抱える財政赤字ならびに公的債務が急速な勢いで膨らんでいる。そんな中で、財政政策に景気を刺激する力があるのかどうかをめぐって活発な論争が繰り広げられている。重要な争点である。論争の行方次第によって、このまま財政刺激策を継続すべきなのか、それともできるだけ速やかに財政刺激策から手を引くべきなのかが決せられるからである。

門外漢の人でも特段驚きはしないだろうが、この問題については経済学者の間で意見が割れている。そのことを明瞭に示しているのが以下の図1である。アメリカ経済に関する異なるマクロ経済モデルから予測される財政政策の乗数効果をサーベイした最近の論文(Cogan et al. 2009)から転載した図で、政府支出が恒久的に1%増えた場合にアメリカの実質GDPに生じる効果の大きさ(乗数の値)について2つの異なるモデル――Romer&BernsteinモデルとSmets&Woutersモデル――から得られる予測が示されている。

Romer&Bernsteinモデルでは、政府支出が増えてから1年後に強力な乗数効果が表れて、乗数の値はその後も高止まりすると予測されている。その一方で、Smets&Woutersモデルでは、政府支出が増えてから4年後に乗数の値が0.4にまで落ち込んで、それ以降は次第にゼロに向けて低下していくと予測されている。


        
図1. 政府支出の1%の恒久的な増加がアメリカの実質GDPに及ぼす効果  
出典:Cogan, et al. (2009)


これら2つのモデルの根本的な違いをもっとわかりやすいかたちで可視化したのが以下の図2である。乗数の値ではなく、政府支出が恒久的に1%増えた場合に実質GDPが辿ると予測される経路が跡付けてある。比較のために、財政刺激策が試みられなかったとしたら実質GDPが辿ると予測される経路(ベースライン)も並べてある。


        
図2. 実質GDPが辿る経路:3つのシナリオ
出典:Cogan, et al. (2009) のデータに基づいて筆者が作成


根本的に異なる経済観

Romer&Bernsteinモデルでは、財政刺激策によって実質GDPが増えると、そのままベースラインを上回る経路に引っ張り上げられることになる。その一方で、Smets&Woutersモデルでは、財政刺激策が試みられても、実質GDPは次第にベースラインに向けて立ち返る傾向にある。背後にある経済観が根本的に異なっているのだ。

Romer&Bernsteinモデルでは、均衡が複数あって、政府が財政刺激策によって経済を別の均衡に誘うのが可能になっている。その一方で、Smets&Woutersモデルでは、均衡が一つしかなくて、財政刺激策が試みられてからしばらくすると、その唯一の均衡に立ち返ることになるのだ。経済観が根本的に異なるこれら2つのモデルからは、財政刺激策から手を引くべきか否かについて異なる回答が返ってくることは言うまでもない。


3タイプのマクロ経済モデル

図2における3つのシナリオにそれぞれ対応するマクロ経済モデルがあって、財政政策の有効性について三者三様の予測を行う。

第1のタイプは、ケインジアンモデルである。Romer&Bersteinモデルもこの仲間だ。ケインジアンモデルでは、財政刺激策によって産出量(実質GDP)の水準が恒久的に高まる。さらには、均衡が複数ある可能性があって、複数ある均衡のうちのいくつかでは雇用量が完全雇用水準に満たない可能性がある。

第2のタイプは、リアルビジネスサイクル(RBC)モデルである。このモデルでは、リカードの中立命題が成り立つと想定されていて――それゆえ、リカーディアンモデルと呼んでもいいだろう――、個々の経済主体は合理的で将来志向(forward looking)であると見なされる。現時点で財政赤字が拡大すると、そのうち増税されることを見越して行動するわけである。将来の税負担がどれくらい増えるかを現時点の価値に割り引いて計算して、それと同じ額だけ(将来の増税に備えて)今のうちに貯蓄を増やすわけである。それゆえ、リカーディアンモデルでは、財政刺激策を試みても、民間の経済主体が貯蓄を増やすのでその効果が完全に相殺されてしまう。乗数の値がゼロになるのだ。財政刺激策を試みても、実質GDPがベースラインから離れないのだ。

第3のタイプは、ニューケインジアンモデルである。Smets&Woutersモデルもこの仲間だ。ニューケインジアンモデルでは、財政刺激策が産出量(実質GDP)の水準を高める効果は長続きしない。財政刺激策が試みられた直後は、産出量にケインジアンモデルと非常に似た効果が生じる。しかしながら、リカーディアンモデルと同様に、合理的で将来志向の民間の経済主体が将来の増税に備えて貯蓄を増やす――それに伴って、民間消費と民間投資が減少する――ので、乗数の値が徐々に小さくなって、産出量が次第にベースラインに立ち返ることになる。産出量がベースラインに立ち返るまでにリカーディアンモデルよりも長い時間がかかるが、その理由は名目賃金や名目価格が硬直的なためである。現在の「最先端」のマクロ経済モデルの大半は、ニューケインジアンモデルに属していて、そのいずれもがSmets&Woutersモデルと似た特徴を備えている(Cwik&Wieland 2009)。

これまでの説明からも窺い知れるだろうが、ケインジアンモデルとニューケインジアンモデルの違いの方が、リカーディアンモデルとニューケインジアンモデルの違いよりも根本的だと言えよう。

ケインジアンモデルでは、産出量が長期的な均衡に自動的に引き戻されることはない。だからこそ、財政刺激策が産出量に及ぼす効果が持続する可能性があるのだ。それに対して、ニューケインジアンモデル――ならびに、リカーディアンモデル――は、大違いの経済観に立っている。ニューケインジアンモデルでは、財政刺激策が試みられると、金利、価格、賃金が変化して、それに伴って民間消費や民間投資がクラウドアウトされる(減少する)。その結果として、産出量が長期的な均衡に引き戻されることになる。リカーディアンモデルでは、産出量があっという間に長期的な均衡に引き戻される。ニューケインジアンモデルでは、賃金や価格が硬直的なせいで、産出量が長期的な均衡に引き戻されるまでに時間がかかる。そういう違いはあるが、ニューケインジアンモデルとリカーディアンモデルは基本的に同じ構造を共有しているのだ。


最も適切なマクロ経済モデルはどれ?

「通常の景気後退」(“normal recessions”)に直面しているようなら、最も適切な指針を与えてくれそうなのはニューケインジアンモデルで、「異常な景気後退」(“abnormal recessions”)に直面しているようなら、最も適切な指針を与えくれそうなのはケインジアンモデルだ。ニューケインジアンモデルを含む均衡モデルは、「通常の景気後退」を理解するのに役に立つ。「通常の景気後退」であれば、調整メカニズムが働く――例えば、金利や価格が変化するおかげで長期的な均衡に引き戻される――からである。ニューケインジアンモデルを含む均衡モデルは、産出量を長期的な均衡に引き戻すのに財政政策がどれくらい助けになるかを理解するヒントをくれるだろう。例えば、ネガティブな需要ショック(総需要の収縮)が生じたとしよう。ニューケインジアンモデルによると、産出量が落ち込むのは一時的で、産出量はそのうち長期的な均衡に立ち返ることになるだろう。しかしながら、産出量が長期的な均衡に立ち返るまでにはしばらく時間がかかるだろう。財政刺激策に乗り出せば、産出量が長期的な均衡に立ち返るまでの時間を縮めることができる。どれくらい短縮できそうかを知るためにも、乗数の値を把握しておくのが重要になってくる。ニューケインジアンモデルの予測によると、財政刺激策が試みられた直後は乗数の値は1くらいで、その後は急速に低下することになる。「通常の景気後退」に直面しているようなら財政政策は役に立つ可能性があるが、やり過ぎないように注意せよというのがニューケインジアンモデルの教えである。さらには、「出口戦略」(“exit strategy”)は急ピッチで進めろというのもニューケインジアンモデルの教えである。


「通常の景気後退」か? それとも「異常な景気後退」か?

我々が今まさに直面しているのは「通常の景気後退」ではないだろう。なぜそう言えるのかを説明するために、3種類のデフレスパイラル(deflationary spirals)を区別するとしよう。いずれも今回の危機の最中にその牙をむいたのだ。

  • ケインジアン流の「貯蓄のパラドックス」:多くの人が一斉に自信を失って――「集合的な自信の喪失」――、こぞって貯蓄に励む。そのせいで産出量が落ち込む。
  • フィッシャー流の「デット・デフレーション」: 誰もが疑心暗鬼になって――「集合的な不信」――、こぞって債務の削減を試みる。資産が一斉に売られるせいで、資産の価格が低下する。資産の価格が低下するせいで、バランスシートが毀損する(資産額から負債額を差し引いた純資産額が縮小する)。そのせいで、さらに資産の売却が試みられる。
  • 銀行信用デフレーション:民間の銀行が突如としてリスクを嫌い、一斉に貸し出しを抑制する。そのせいで、貸出債権のリスク(貸し倒れリスク)が高まる。

これら3種類のデフレスパイラルは、同じ構造を共有している。個々の行動(貯蓄、債務の削減、貸出の抑制)が「負の外部性」を生むせいで、自滅的な結果を招くことになるのだ。いずれのデフレスパイラルも、集合的な不安/集合的な不信/集合的なリスク回避がきっかけで引き起こされる。みんなで一致団結しようにもコストがかかってそう簡単にはいかないため、負の外部性を内部化することができない。「コーディネーションの失敗」が生じて、悪い結果を避けられないのだ(この点について詳しくは、Cooper&John (1988) を参照せよ)。 

大勢の信念が共鳴する――言い換えれば、「アニマルスピリッツ」(Akerlof&Shiller 2009)が伝播する――せいで引き起こされる「市場の失敗」の例だと言える。大勢の信念が共鳴しないようなら、市場は一人ひとりの信念をうまく調和させられるだろう。しかしながら、アニマルスピリッツが伝播するようなら、そうはいかない。市場は「良い均衡」(“good equilibrium”)を実現できずに終わるのだ(この点については、Farmer&Guo (1994) も参照せよ)。

同じ構造を共有してはいるが、違いもある。「貯蓄のパラドックス」は、「フローのデフレーション」(“flow deflation”)と呼べるだろう。消費者がフロー(貯蓄)を変えようと試みるせいで起きるからである。その一方で、フィッシャー流の「デット・デフレーション」や銀行信用デフレーションは、「ストックのデフレーション」(“stock deflations”)と呼べるだろう。ストック――債務の水準や銀行信用(貸出)の水準――の調整に伴って起きるからである。「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用し始めると、厄介なことになってしまうのだ。

戦後になってこれまでに起きた「通常の景気後退」においては、「フローのデフレーション」だけがその牙をむいた。家計にしても企業にしても民間銀行にしても、バランスシートの調整にあくせくするようなことはなかったのである。所得や利潤が減るのではないかと悲観的になって、貯蓄に励んだのである。しかしながら、調整メカニズムがちゃっかり働いて、止めどない下降スパイラルに陥らずに済んだのだ。銀行部門が調整メカニズムの一端として重要な役割を果たしたのだ。

「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用して互いに補強し合っているというのが、2007年以降に世界経済が直面することになった問題だ。今回の危機に先立って、民間部門で過剰な債務が積み上げられた。それが原因で「ストックのデフレーション」が強力に牙をむく土壌が形成されたのである。「通常の景気後退」であれば働く調整メカニズムもその機能を発揮しなかった。中央銀行が金利を引き下げたものの、民間の銀行が貸し出しを抑制したために、その恩恵(金利の低下)が消費者や企業にまで及ばなかったのである。

「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用しているのだ。積み上がった過剰な債務を処分するために、家計は債務を減らして貯蓄を増やそうとしている。しかしながら、待っているのは自滅的な結果だろう。貯蓄も増えないし、債務も減らないだろう。そこで、家計はなおさら貯蓄を増やそうとするだろう。預金金利が低下しているのに、民間の銀行が貸出金利を引き下げずにいるのも事態の悪化に手を貸している。今のような状況では、企業も投資を増やそうとするインセンティブを持たないだろう。デフレスパイラルを食い止めるストッパーがどこにも見当たらないのだ(Minsky (1986) および Fazzari, et al.(2008) も参照せよ)。


集合行為を通じた「コーディネーションの失敗」の解決

今のように景気がこんなにも落ち込んでいるのは、「コーディネーションの失敗」の結果である。市場が一人ひとりの行動を調和させるのに失敗して、「良い均衡」を実現できずにいるのだ。

市場によっては解決できなくても、政府が陣頭指揮をとる「集合行為」を通じてなら解決することが原則的には可能な問題だ。景気を回復させるためには、銀行部門の安定化を実現できるかどうかが鍵になる。未だに「流動性の罠」に嵌っている可能性はあるものの、銀行部門はどうにか安定を取り戻したように思える。ケインズ流の「貯蓄のパラドックス」やフィッシャー流の「デット・デフレーション」についてはどうかというと、政府が貯蓄を切り崩す(財政赤字を拡大する)だけでなく、債務(公的債務)を積み増すことによって難を逃れたようである。そのおかげなのだ。民間部門が貯蓄を増やせたのも債務を減らせたのも。「フローのデフレーション」と「ストックのデフレーション」が相互作用して止めどない下降スパイラルに陥るのを回避できたのも。

これまでに述べてきたことが2007年に始まった景気後退のメカニズムを的確に描写できているとしたら、安定的な均衡の存在が想定されているモデルから得られる財政乗数の推計結果はまったくあてにならないことになろう(例えば、Wieland (2009), Cogan et al. (2009), Fatás&Mihov (2009), Hassett (2009) も参照せよ)。政府が財政赤字を拡大して債務(公的債務)を積み増したおかげで、民間部門における「コーディネーションの失敗」が解決されたし、民間の経済主体が望み通りに貯蓄を増やせて債務を減らせたのだ。景気を不安定化させることなく。その「乗数」効果は極めて大きい可能性があるが、具体的な値を推計するのは難しいだろう。


持続不可能な債務?

民間の債務が政府の債務によって置き換えられる――民間部門が債務を圧縮する一方で、財政赤字が拡大して公的債務が積み上がる――のに伴って争点として持ち上がっていてマーケットの関心事にもなっているのが、公的債務の持続可能性の問題である。公的債務の持続可能性に疑問符がつくようなら、政府はできるだけ速やかに出口戦略に乗り出す(財政引き締めに転じる)べきということになろう。しかしながら、この件については、民間の債務の持続可能性の問題と切り離して論じるわけにはいかないのだ。 

民間の債務の水準がまだ過剰で、民間の経済主体が今後も債務の圧縮を継続しなければならないようなら、政府ができるだけ速やかに出口戦略に乗り出すべきだとは言い切れない。出口戦略のタイミングを間違えて先走ってしまうと、その代償として民間の債務が持続不可能な水準にまで膨れ上がってしまって、新たにデフレスパイラルが引き起こされるだろうからだ。

民間の債務が現段階で持続可能な水準にあるかどうかが肝心なのだ。民間の債務が持続可能な水準にあって、政府が財政赤字と債務(公的債務)を減らそうとしてもデフレスパイラルに陥る恐れがないかどうかが肝心なのだ。残念ながら、今の段階でこの問いに答えを出すのは難しい。民間の債務が持続可能かどうかを見極めるのは難題だからである。フィッシャー流の「デット・デフレーション」のメカニズムを思い起こしてもらいたいが、誰かしらが負っている債務の持続可能性は他の誰かの行動に依存しているのだ。外部性が存在するからこそ、債務が持続可能かどうかを見極めるのはいつだって難しいのだ。


<参考文献>


●Akerlof, George, and Robert Shiller (2009), Animal Spirits: How Human Psychology Drives the Economy and Why It Matters for Global Capitalism, Princeton University Press, 264.
●Cogan, John, Tobias Cwik, John B Taylor and Volker Wieland (2009), “New Keynesian versus Old Keynesian Government Spending Multipliers”, CEPR Discussion Paper 7236, March.
●Cwik, Tobias, and Volker Wieland (2009), “Keynesian Government Spending Multipliers and Spillovers in the Euro Area”, CEPR Discussion Paper 7389.
●Cooper, Russell W and John, Andrew (1988), “Coordinating coordination failures in Keynesian models”, Quarterly Journal of Economics, 103:441-463.
●Farmer, Roger and Jang-Ting Guo (1994), “Real Business Cycles and the Animal Spirits Hypothesis”, Journal of Economic Theory, 63, 42-73.
●Fatás, Antonio and Illian Mihov (2009), “Why Fiscal Stimulus is Likely to Work”, International Finance 12:1, Spring.
●Fazzari, Stevan, Pierro Ferri and Edward Greenberg (2008), “Cash flow, investment, and Keynes–Minsky cycles”, Journal of Economic Behavior and Organization, 65:555–572.
●Fisher, Irving (1933), “The Debt-Deflation Theory of Great Depressions(pdf)”, Econometrica, 1:337-57, October.
●Leijonhuvud, Axel (1973), “Effective demand failures”, Swedish Journal of Economics, 75:27-48.
●Minsky, Hyman (1986), Stabilizing an Unstable Economy, McGraw Hill, 395pp.
●Reinhart, Carmen and Kenneth Rogoff (2009), “The Aftermath of Financial Crises”, NBER Working Paper 14656.
●Smets, Frank and Raf Wouters (2007), “Shocks and Frictions in US Business Cycles: A Bayesian DSGE Approach”, American Economic Review 97, 3: 506-606.
●Wieland, Volker (2009), “The fiscal stimulus debate: “Bone-headed” and “Neanderthal”?”, VoxEU.org, 31 March.