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2025年5月23日金曜日

Gregory Mankiw 「景気循環の影響は尾を引く?」(2006年5月25日)

Gregory Mankiw, “Goolsbee on the Business Cycle”(Greg Mankiw’s Blog, May 25, 2006)


シカゴ大学に籍を置く経済学者のオースタン・グールズビー(Austan Goolsbee)が本日のニューヨーク・タイムズ紙に素晴らしい記事を寄稿している。学生たちが社会に出る時の景気の状態が彼らのその後のキャリアに及ぼす影響について調査している最新の研究結果が紹介されている。一部を引用しておこう。

スタンフォード大学経営大学院に籍を置く経済学者のポール・オイヤー(Paul Oyer)が最近の論文――“The Making of an Investment Banker: Macroeconomic Shocks, Career Choice and Lifetime Income”(NBER Working Paper 12059, February 2006)――で見出している証拠を取り上げるとしよう。オイヤーは、1960年から1997年までの間にスタンフォード大学経営大学院を卒業した学生たちのその後の経歴を辿っている。

どういう結果が見出されているかというと、学生たちが大学院に入学してから2年間の株式市場のパフォーマンスが卒業後に投資銀行部門に就職できるかどうかだけでなく、卒業後の平均賃金にも重要な影響を及ぼしているという。投資銀行部門というのは給与も高額だから、特段驚くような結果ではない。衝撃的なのは、卒業した年度の違いによる平均賃金の差が20年後になっても埋まらないということだ。

例えば、1988年度にスタンフォード大学経営大学院を卒業した学生たちは、1987年の株価大暴落(ブラックマンデー)の直後に就職戦線に入ることになった。民間の銀行は、新卒採用に消極的だった。そのためもあって、1988年度の卒業生の初年度の平均賃金は、1987年度の卒業生の初年度の平均賃金を下回るだけでなく、株式市場が回復した後に卒業した学生の初年度の平均賃金も下回ったのだった。卒業してから10年以上が経過した後でも、1988年度の卒業生の平均賃金は、それ以外の年度の卒業生の卒業後10年以上が経過した後の平均賃金を大きく下回ったままなのだ。1988年度の卒業生たちは、社会人としてスタートした時点で割りのいい仕事を取り逃がしてしまい、その後も失地を挽回できなかったのだ。

過去20年間を対象に同様の調査を行っている他の経済学者によると、MBA(経営学修士号)を取得してウォール街で働くような若者だけに当てはまる現象ではないことが見出されている。学部の卒業生(大卒者)にも当てはまるというのだ。フィリップ・オレオプロス(Philip Oreopoulos)&ティル・フォン・ワッチャー(Till Von Wachter)&アンドリュー・ヘイス(Andrew Heisz)の三人の最近の共著論文――“The Short- and Long-Term Career Effects of Graduating in a Recession”(NBER Working Paper 12159, April 2006)――によると、不況期に就職した大卒者は、社会に出てから10年間は収入面での躓き(つまずき)を挽回できないというのだ。

標準的なマクロ経済理論と食い違っているようだが、辻褄を合わせるにはどうしたらいいだろう? この記事を読みながら頭に浮かんだ疑問だ。標準的な理論によると、自然産出量や自然失業率から一時的に乖離するのが景気循環という現象なのだ。マクロ経済ショックが起きてから数年後には、すべてが正常に戻ると想定されているのだ。それとは対照的に、グールズビーが紹介している証拠によると、マクロ経済ショックが一人ひとりの機会に及ぼす影響はだいぶ尾を引くというのだ。

GDPが過去の値(履歴)に強く影響を受ける――「単位根」を持つ――ことを示唆する時系列分析の分野の発見と関わってくる証拠なのかもしれない。景気循環の社会的コストについて見直しを迫る証拠なのかもしれない。

グールズビーが紹介しているミクロの証拠と標準的なマクロ理論との食い違いを埋めるために、優れた研究論文がそのうち何本か書かれるんじゃなかろうか。

2023年1月14日土曜日

Martin van Tuijl&Jan C. van Ours 「『観客らは決着がついたと思っているようです』 ~国民性、土壇場でのゴール、PK戦~」(2010年6月15日)

Martin van Tuijl&Jan C. van Ours, “They think it’s all over: National identity, scoring in the last minute, and penalty shootouts”(VOX, June 15, 2010)

 
第19回目(2010年度)のFIFAワールドカップが南アフリカで開催中だが、本稿では、6カ国――ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダ――の代表チームの1960年以降の成果に分析を加えた結果を報告する。サッカーの国際大会では、ホームアドバンテージ、スキル、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右しているが、試合終了間際の土壇場においては「国民性」が物を言うこともあり得るようである


『サッカーというのは、実にシンプルなゲームだ。総勢22名の男たちが90分間にわたって一つのボールを追いかけまわす。そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ。』
――ゲーリー・リネカー(BBCのスポーツキャスター/元イングランド代表のキャプテン)

『ドイツ代表の調子がよければ、世界一の称号を勝ち取る。ドイツ代表の調子が悪ければ、決勝戦に進む。』

――ミシェル・プラティニ(欧州サッカー連盟会長/元フランス代表のキャプテン)


1954年に開催されたFIFAワールドカップの決勝戦では、試合が始まってからわずか8分の間にハンガリー代表が西ドイツ代表から2点を奪った。試合が始まる前に、西ドイツ代表がハンガリー代表を倒せるかもしれないと予想している人なんてただの一人もいなかった。いや、ハンガリー代表を倒せるチームがあるなんて誰も考えもしなかった。「マイティ・マジャール」(屈強なるマジャール戦士)の愛称で知られていたハンガリー代表は、前年の1953年にイングランド代表をウェンブリーで行われた親善試合で破っていた。イングランド代表にホームで初めて黒星をつけたのだ。しかしながら、西ドイツ代表は、「勝利を渇望するメンタリティ」をどこよりも備えているチームという座を手放すのを拒んだ。土壇場でのゴールをお手の物とするチームという触れ込みを裏切らなかった。フォワードのヘルムート・ラーンが試合終了6分前にゴールを決めて、西ドイツ代表が逆転勝ちを収めたのである。試合終了のホイッスルが鳴った時のスコアは、3対2。ドイツ(西ドイツ)代表がハンガリー代表を下(くだ)してワールドカップで初優勝を遂げたのだ。その後のドイツ代表は、世界各国の代表チームの中でも屈指の成績を残すに至っている。ワールドカップでの優勝は3回(1954年、1974年、1990年)で、準優勝は4回(1966年、1982年、1986年、2002年)。UEFA欧州選手権での優勝は3回(1972年、1980年、1996年)で、準優勝は3回(1976年、1992年、2008年)。ドイツ代表が今回(2010年度)のワールドカップで優勝できそうかというと、オッズは14倍となっていて、ドイツ代表が4度目の優勝を飾る可能性はそこまで高く見積もられてはいないようだ。しかしながら、これまでの華々しい足跡を踏まえると、ドイツ代表を優勝候補の一角から外す人はほとんどいないだろう。

ドイツ出身でノーベル平和賞受賞者でもあるヘンリー・キッシンジャーは、ドイツ代表が好成績を収めてこれた原因をドイツ人に特有の態度や入念なまでの計画癖に求めている。曰く、「ドイツ代表チームは、戦争への備えを進める時のドイツ参謀本部そっくりだ。試合に際しては、細心の注意を払って前もって計画が立てられる。選手一人ひとりは、攻撃(オフェンス)も守備(ディフェンス)もどちらもこなせるようにトレーニングを積んでいる。いざゴールを奪おうとなると、複雑なパスのやり取りが展開される。脳みそを振り絞れるだけ振り絞って予測や前準備が試みられるだけでなく、骨を粉にし身を砕くほどの努力が払われるのだ」(Kissinger 1986)。


成果の良し悪しを左右する要因は?

サッカーの代表チームの成果をめぐるこれまでの先行研究では、国別の人口規模やGDPの水準、(「学習」の度合いを測る指標として)ワールドカップへの出場回数といった変数に目が向けられてきている(Houston and Wilson 2002)。そして、意外でもないだろうが、たった今挙げた変数が代表チームの成果にプラスに働いていることが見出されている。代表チームに強くなってほしいようなら、国の人口が増えて国が豊かになればその望みを叶えるためにいくらか助けになるわけだ(Hoffmann et al. 2002, Macmillan and Smith 2007, Leeds and Leeds 2009)。

ところで、「スポーツ経済学」と「労働経済学」との間には、はっきりとしたアナロジーを見出すことができる。Kahn (2000) も詳述しているように、プロスポーツは労働市場について研究するためのユニークな機会を提供しているのだ。スポーツの勝敗は、絶対的な力量によってではなく、相対的な力量(対戦相手との力量の差)によって決まる。プロのサッカー選手は、自分のことを一番高く評価してくれるチームにお世話になろうとする。このことはクラブチームに関しては当てはまるが、代表チームには当てはまらない――帰化するという例もあるにはあるが――。代表に選出される選手は、「売り買い」されるわけではない。一国の代表としてプレーするためには、その国の国籍を持っていなければならないという条件があり、どこかの国のA代表に一度でも選出されると、別の国の代表としてプレーすることはできない決まりになっている。代表チームに選出され得る人材の数は、ほぼほぼ外生的に決まっている――国籍保持者に限定される――のだ。

あちこちのクラブの経営陣も念押ししていることではあるが、代表チームでプレーするのがプロのサッカー選手にとって一番大事な仕事かというと、決してそうではない。とは言え、選手としては、代表チームでプレーしたいという思いも間違いなく持っている。それというのも、代表に選ばれると、サッカー選手として箔(はく)が付いて市場価値が上がる――年俸が上がる――からである。それに加えて、代表に選ばれるのは大いに「名誉」なことであって、代表に呼ばれたのにそれを断る選手は滅多にいない。こういったことを考え合わせると、代表チームの成果は、選手たちのスキルによって左右されるのであって、インセンティブには左右されなさそうに思える。


土壇場において露(あらわ)になる「国民性」の違い

代表チームは、チーム・スピリットによって一つに束ねられている。どうしてそうなっているかというと、代表に選ばれた選手たち(の大半)が同じ「国民性」――その具体的な内実は様々であり得るだろうが――を共有しているからである。我々二人の共著論文(van Ours and Van Tuijl, 2010)では、労働市場一般に対する理解を深める助けになるような洞察を得られたらとの期待を込めて、それぞれの代表チームの国民性がサッカーの国際大会での試合結果に影響を及ぼすかどうかを探っている。

我々の論文で特に焦点を当てているのは、サッカーの主要な国際大会における「土壇場でのゴール」である。それはなぜかというと、試合終了間際の土壇場においてこそ、国民性の違いがこの上なく露(あらわ)になるからである。具体的には、ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダの計6カ国の代表チームが1960年以降にサッカーの主要な国際大会の試合――試合数にして1500試合以上――で奪った(あるいは、奪われた)ゴール(得失点)に分析を加えている。


前後半90分+延長戦

試合終了まで残り1分あるいは残り5分でのゴールの重要性を伝えているのが以下の表1である。我々が分析を加えた試合の総数は1564試合に上(のぼ)るが、試合終了まで残り1分で点(ゴール)を奪ったケースはそのうちの4%(63試合)、試合終了まで残り5分で点を奪ったケースはそのうちの13.9%(217試合)。 反対に、試合終了まで残り1分で点を奪われたケースは全体の1.9%(29試合)で、試合終了まで残り5分で点を奪われたケースは全体の6.8%(106試合)という結果になっている。冒頭で「・・・(略)・・・そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ」というリネカーの発言――ドイツ代表の粘りに対する諦念が込められた発言――を引用したが、表1はその発言を裏付ける証拠の一つともなっている。ドイツ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.5%(344試合中19試合)に上っており、6カ国の平均(4%)を大きく上回っているのだ。とは言え、オランダ代表はさらにその上を行っている。オランダ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.9%(253試合中15試合)に上っているのだ(図1もあわせて参照されたい)。

表1. 試合終了間際の土壇場にゴールが生まれた試合数(For=得点した試合/Against=失点した試合)


図1. 時間帯ごとの得失点の分布(実線=得点/点線=失点)


我々の論文では、それぞれの代表チームが試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率を導き出すために、線形のシンプルな確率モデルの推計も行っている。それによると、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表の三チームは、ブラジル代表と比べると、試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率が4.5ポイント(4.5パーセントポイント)ほど高いとの結果が得られている。4.5ポイントの差が甚(はなは)だしい違いを生むことがある。試合終了まで残り1分でゴールを奪うと、その試合に勝つ確率が26ポイント(26パーセントポイント)ほど高まる一方で、負ける確率が12~14ポイント(12~14パーセントポイント)ほど低くなるのだ。我々が推計した線形のシンプルな確率モデルによると、試合終了まで残り5分でゴールを奪う(得点する)確率が一番高いのはオランダ代表であり、試合終了間際の土壇場(試合終了まで残り1分および残り5分)でゴールを奪われる(失点する)確率が一番高いのはドイツ代表という結果が得られている。

ところで、試合がホーム(自国)で行われるかどうかによって試合結果に違いが生まれるだろうか? 我々の分析結果によると、ホームで試合をすると、相手(アウェイ)チームからゴールを奪う(得点する)確率が4.2ポイント(4.2パーセントポイント)ほど高まる一方で、相手チームにゴールを奪われる(失点する)確率が2.3ポイント(2.3パーセントポイント)ほど低くなるようである。さらには、ホームで試合をすると、試合に勝つ確率が20ポイント(20パーセントポイント)ほど高まる一方で、試合に負ける確率が12~16ポイント(12~16ポイントポイント)ほど低くなるようである。


PK戦

前後半90分が終わった段階で引き分けで、延長戦でも決着がつかないようだと、PK戦で勝敗が決められることになる。前回(2006年度)もそうだったが、ワールドカップの決勝戦でもPK戦までもつれこむことが時にある。ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップでのPK戦の結果をまとめたのが以下の表2である。イングランド代表、イタリア代表、オランダ代表はPK戦の成績が振るわず、それに比べてブラジル代表はずっと優れた成績を残している。ドイツ代表も抜群の成績を残しており、PK戦に5回――フランス代表、メキシコ代表、アルゼンチン代表を相手にそれぞれ1回、イングランド代表を相手に2回――勝っている。(ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップで)PK戦を一度しか経験していないベルギー代表を除外すると、ドイツ代表はワールドカップでもUEFA欧州選手権でもPKの成功率――ワールドカップでのPKの成功率は94%、UEFA欧州選手権でのPKの成功率は90%――が一番高いという結果になっている。

表2. PK戦の結果
データの出所:Penaltyshootouts.co.uk


総括

ゴールを奪えるかどうかは、チームのメンバー全員の努力にかかっている――優秀なストライカーがいれば、みんなの努力が実を結びやすくなる(ゴールがいくらか生まれやすくなる)としても――。それに加えて、ゴールを奪えるかどうかは、試合を注視している観客の後押しによっても左右される。一国の代表チーム同士で争われる重要な国際大会では、ホームアドバンテージがはっきりと確認できるのだ。

サッカーの試合でゴールが決まるかどうかは偶然によって左右される面もある。それだからこそ、観戦していてワクワクさせられるわけだが、代表チームの成果には明確な差を見出すことができるのも確かだ。ブラジル代表やドイツ代表は、一貫して優れた成果を残しているのだ。サッカーの強国の間での成果の差は徐々に縮まってきてはいるが、1960年~2009年の期間に関する限り、ブラジル代表は、勝ち星の面でどのチームよりも――例えば、イタリア代表/ドイツ代表/イングランド代表/オランダ代表よりも――はるかに優れた実績を残している。

それぞれの代表チームは、勝利数や得失点数だけでなく、勝ち方や点の取り方の面でも違いがある。ブラジル代表やイタリア代表は、試合に負けるのをよしとしないところがある。そのため、土壇場でのゴールを奪うために労力を割こうとしない。ゴールを奪うために労力を割くと、(守備が甘くなって)反対にゴールを奪われてしまう危険性があるからだ。その一方で、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表は、リスクを恐れないところがある。ゴールを奪われてしまう危険を冒してでも、土壇場でのゴールを奪うために労力を割くのを厭(いと)わないのだ。そして、土壇場でのゴールを奪おうと必死になるあまり、それと引き換えにゴールを奪われてしまう危険性が大幅に高まってしまうのはドイツ代表だけ・・・という結果が我々の分析を通じて得られている。ドイツ代表がどんな犠牲を払ってでも勝ちを欲しているのは、どうやら間違いないようなのだ。

試合に勝てる確率は、チームの質(スキルの高さ)によっておおよそ決まってくることは言うまでもない。しかしながら、ホームアドバンテージ、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右すると言えそうだ。そして、「国民性」が物を言うこともあり得るようだ。とは言え、土壇場でのゴールは、そう頻繁には生まれない。そんなわけで、土壇場でのゴールを引き寄せる力が備わっているらしいゲルマン魂が、今回のワールドカップの帰趨(きすう)に影響を及ぼす可能性は小さそうだ――無視できるほど小さくはないだろうが――。


<参考文献>


●Hoffmann, R, CG Lee and B Ramasamy (2002), “The socio-economic determinants in international soccer performance”(pdf), Journal of Applied Economics, 5:253-272.
●Houston, R, DP Wilson (2002), “Income, leisure and proficiency: an economic study of football performance”, Applied Economics Letters, 9:939-943.
●Kahn, LM (2000), “The sports business as a labor market laboratory”(pdf), Journal of Economic Perspectives, 14:75-94.
●Kissinger, H (1986), “The World Cup according to character”, Los Angeles Times,29 June.
●Leeds, MA and EM Leeds (2009), “International Soccer Success and National Institutions”, Journal of Sports Economics, 10:369-390.
●Macmillan, P and I Smith (2007), “Explaining international soccer rankings”, Journal of Sports Economics, 8:202-213.
●Van Ours, JC and M A van Tuijl (2010), “Country-Specific Goal-Scoring in the “Dying Seconds” of International Football Matches”, CEPR Discussion Paper 7873.

2015年6月12日金曜日

Francesco D’Amuri&Juri Marcucci 「Googleトレンドの予測精度はいかほど? ~Googleトレンドの検索データを使って失業率の行方を予測する~」(2009年12月16日)

Francesco D’Amuri&Juri Marcucci, “The predictive power of Google data: New evidence on US unemployment”(VOX, December 16, 2009)

タイムリーな経済指標を求める世間の声に応えるために、Googleの助けを借りて時系列モデルの予測精度を高めようと試みられている。Googleトレンドの検索データ(「Googleインデックス」)を使えば、失業率の予測精度を大幅に高めることができるのだ。アメリカだけでなく、イタリアについても。

Googleトレンドを予測に役立てるのが一つのトレンド(流行)になっている。例えば、ネイチャー誌に掲載されたばかりのGinsberg et al. (2009) では、Googleでインフルエンザに関係の深いキーワードがどれくらい検索されたかという情報だけを使ってインフルエンザ様疾患の患者数を予測するシンプルなモデルが開発されている。Googleで特定のキーワードがどれくらい検索されたかを知ろうと思ったら、全検索数に占める割合についてのデータが週ごとにほぼリアルタイムで利用できるのである。

求職活動にインターネットを活用するのも当たり前になりつつある昨今だが(Stevenson 2008)、失業の予測にGoogleの検索データを役立てようとする試みも散見されるようになってきている。これまでの研究成果によると、職探しに関わりの深いキーワードの検索数が総検索数に占める割合を示す「Googleインデックス」は、ドイツやイスラエルにおける失業率(Askitas&Zimmermann 2009、Suhoy 2009)だけでなく、アメリカにおける失業保険の新規申請件数(Choi&Varian 2009)を高い精度で予測できることが明らかになっている。


Googleトレンドの検索データを使ってアメリカの失業率の行方を予測する

今般の経済危機がインターネットを使った求職活動に及ぼした影響を浮き彫りにしているのが以下の図1である。危機が発生する前と後とで「Googleインデックス」の値がアメリカ国内でどう変化したかが可視化されている。「Googleインデックス」を失業率を予測するための先行指標の一つとして用いると、予測の精度が大幅に高まることが我々がつい最近行ったばかりの二つの研究で明らかになっている。アメリカ(D’Amuri&Marcucci 2009)だけでなく、イタリア(D’Amuri 2009)についても。



図1 今般の危機が発生する前と後での「Googleインデックス」の変化〔原注1〕


1ヶ月先、2ヶ月先、3ヶ月先の失業率を予測する上で、「Googleインデックス」を説明変数に含んでいるモデルの方が、線形・非線形の定評のある300以上の時系列モデル〔訳注;自己回帰移動平均(ARMA)モデル〕よりも精度が高かったのである。

「Googleインデックス」は、アメリカ全土の失業率だけではなく、州ごとの失業率の予測でも力を発揮する。アメリカ国内の7割に上る州の失業率を予測する上で最も精度が高かったのは、「Googleインデックス」を説明変数に含んでいるモデルだったのである。さらには、以下の図2に示されているように、「Googleインデックス」を説明変数に含んでいるモデル〔緑色の線〕は、フィラデルフィア連銀が実施している専門家予測調査(SPF)〔青色あるいは赤色の線〕よりも高い精度で四半期の失業率を予測できるのである。予測誤差を測る尺度の一つである平均二乗誤差(Mean Squared Error)の値が1桁違いで小さいのだ。



図2 予測誤差 ~時系列モデル vs 専門家予測調査(SPF)~〔原注2〕


「Googleインデックス」の高い予測精度は、イタリアにおいても確認されている。イタリアでも、「Googleインデックス」を説明変数に含んでいる時系列モデルが失業率の行方を予測する上で最も精度が高かったのである。政策の立案にも重要な意味を持ち得る発見である。なぜなら、四半期ごとの失業率が公式に発表されるのは大体2ヶ月後というのがイタリアの現状だが、Googleの検索データはほぼリアルタイムで利用できるからである。アメリカでは失業率のデータがもう少し早く公表されるので、「Googleインデックス」を失業率の予測に役立てることによって得られる見返りはイタリアにおいてのほうが大きそうである。


結論

「Googleインデックス」を失業率の予測に役立てる上での主たる難点は、インターネットを介した求職活動は失業者によるものだけとは限らないところである。在職中の転職活動も含まれている可能性があるのだ。別の難点は、誰もがインターネットを使うわけではないので、インターネットを介して職探しをする求職者は無作為に抽出されたサンプルとは言えない可能性があるところである。しかしながら、この点は大した問題じゃないだろう。求職活動にインターネットを活用するのが当たり前になりつつあるからだ。それに加えて、インターネットを使って職探しをする失業者とインターネットを使わずに職探しをする失業者とでショックから受ける影響が異ならない限りは、サンプルに偏りが生じることはないだろうからだ。

失業問題に対する世間の関心が高まるにつれて、失業率をタイムリーかつ正確に予測する必要性も高まっている。Googleの検索データの助けを借りれば、その求めに応じることも可能なのだ。


〔原注1〕左の画像は、危機が発生する前の2007年5月~8月の「Googleインデックス」の値(職探しに関わりの深いキーワードの検索数が総検索数に占める割合)を表している。右の画像は、危機の最中にあたる2009年5月~8月の「Googleインデックス」の値を表している。青色が濃いほど、Googleインデックスの値が高い(インターネットを介した求職活動が盛んである)ことを示している。画像の出所は、Googleトレンド。詳細は、D’Amuri&Marcucci (2009) を参照のこと。

〔原注2〕専門家予測調査(SPF)と時系列モデルによる四半期の失業率の予測誤差を比較した図。対象期間は2007年2月~2009年6月。SPF_mean は、専門家予測調査における(およそ30人の専門家による)予測の平均値の予測誤差。SPF_median は、専門家予測調査における予測のメディアン(中央値)の予測誤差。○○_Comb は、○○を説明変数に含んでいる時系列モデルの予測誤差を表している。時系列モデルから得られる四半期の失業率の予測値は、当該四半期の最初の月の終わりの時点での1ヶ月先と2ヶ月先の予測値に、当該四半期の最初の月の実際の失業率を加えて平均をとったもの。G_Comb は、「Googleインデックス」を説明変数に含んでいる時系列モデルの中で最も予測精度が高いモデルの予測誤差。IC_Comb は、「Googleインデックス」を説明変数に含まずに失業保険の新規申請件数(Initial Claims;IC)を説明変数に含んでいる時系列モデル(サンプル期間長め)の中で最も予測精度が高いモデルの予測誤差。IC_Comb_s は、「Googleインデックス」を説明変数に含まずに失業保険の新規申請件数を説明変数に含んでいる時系列モデル(サンプル期間短め)の中で最も予測精度が高いモデルの予測誤差。SETAR、LSTAR、AAR は、ラグ数が2の非線形自己回帰モデルの予測誤差。詳細は、D’Amuri&Marcucci (2009) を参照のこと。


<参考文献>


●Askitas, Nikoa and Klaus F Zimmermann (2009), “Google Econometrics and Unemployment Forecasting(pdf)”, IZA Discussion Paper (4201).
●Choi, Hyonyoung and Hal Varian (2009), “Predicting Initial Claims for Unemployment Benefits(pdf)”, Google technical report.
●D’Amuri Francesco (2009), “Predicting unemployment in short samples with internet job search query data”, MPRA WP 18403.
●D’Amuri, Francesco and Juri Marcucci (2009), ““Google it!” Forecasting the US unemployment rate with a Google job search index”, ISER WP 2009-32.
●Ginsberg, Jeremy, Mathew H Mohebbi, Rajan S Patel, Lynnette Brammer, Mark S Smolinski and Larry Brilliant (2009), “Detecting Influenza epidemics using Search Engine Query Data”, Nature (457), pp.1012-1014.
●Stevenson, Betsy (2008), “The Internet and Job Search”, NBER Working Paper (13886).
●Suhoy, Tanya (2009), “Query Indices and a 2008 Downturn(pdf)”, Bank of Israel Discussion Paper (06).

2010年4月27日火曜日

Esther Duflo 「多すぎるバンカー?」(2008年10月8日)

Esther Duflo, “Too many bankers? ”(VOX, October 8, 2008)
 
金融部門は、過去20年間にわたり、相対的に高額な給与の支払いを通じて多くの――おそらくは、あまりにも多すぎる――有能な人材を引きつけてきた。今般の金融危機は、才能の配分(allocation of talent)を改善する効果を持つかもしれない。すなわち、有能な人材の創造的なエネルギーがこれまでよりも社会的に有益なかたちで利用されるようになるかもしれないのだ。

金融危機の混乱から金融部門を救い出すための緊急救済策が講じられる過程で、金融部門における給与水準の驚くほどの高さに注目が寄せられた。ニコラス・クリストフ(Nicholas Kristof)がニューヨーク・タイムズ紙のコラムで詳しく報じているが、リーマン・ブラザーズ――今般の金融危機の渦中で最初に(9月に)倒産した銀行――のCEOが受け取っていた給与は、2007年の1年間で4500万ドル、1993年から2007年までの総額でおよそ5億ドルにも上るという。

しかしながら、リーマン・ブラザーズのCEOのケースは例外というわけではない。トマ・ピケティ(Thomas Piketty)&エマニュエル・サエズ(Emmanuel Saez)の二人によるパネルデータ分析によると、アメリカにおける所得上位1%の超富裕層の取り分は1980年代以降コンスタントに高まっているが、金融部門で働く「ゴールデンボーイ」が受け取る所得の上昇ペースは他の富裕層のそれを大きく上回っているのである。トマス・フィリポン(Thomas Philippon)&アリエル・レシェフ(Ariell Reshef)の二人による最近の研究によると(注1)、1980年の時点では、金融部門で働くバンカーが受け取っていた給与は他の部門で働く同程度の能力の持ち主とほぼ変わらなかったが、1980年代に入って両者が受け取る給与水準に開きが出始めて、その後はその差が広がる一方であることが明らかにされている。2000年時点だと、金融部門における給与水準は、それ以外の部門における給与水準を60%も上回っているのである。その一因としては、金融部門において高度なスキルを備えたバンカーの数が増えたのに加えて、失業するリスクが高まったことが挙げられるが、あくまでも一因でしかない。フィリポン&レシェフの二人の計算によると、金融部門で働くバンカーが受け取っている給与水準は、先の二つの要因――①高度なスキルを備えたバンカーの数が増えたこと、②失業するリスクが高まったこと――を踏まえて導き出される水準を40%も上回っているのである。バンカーの給与がこれほどまでの高額に達したのは、1929年以来のことなのだ。

そんなわけで、金融安定化に関するポールソン案の是非を巡る議論の過程で高額給与の問題が俎上にのぼるのは避けられなかった。ポールソン案では、金融機関の株式(市場では買い手がつかないであろう株式)を購入するために、最大7000億ドルの公的資金枠が設けられる予定になっているが、1万7000ドルもの時給を受け取っているバンカーの尻拭いをするために自分の財布からお金を出さねばならない納税者にとっては、何とも不公平な話に思えてしまうことだろう。最終的に、役員への「ゴールデンパラシュート(退職金)」にいくらか制約が課せられることにはなったものの、役員(政府が出資したファンドに株式を売却した銀行の役員)の報酬に制限を課す話はお流れになった。ピケティが先週のLiberation紙のコラムで指摘しているように、サラリーキャップ(給与水準に上限を課すこと)を出し抜くのは容易であることを考えると、ルーズベルト政権が実施したように、高額所得者への課税強化に乗り出す方が望ましいだろう。

バンカーの給与水準を(大幅に)引き下げるにしろ、給与への課税を(大幅に)強化するにしろ、モラルの観点からすれば――公平性の観点からしても――望ましい措置に違いないだろうが、多くの経済学者が主張しているように、その代償として経済効率が損なわれてしまう恐れはあるだろうか? 金融部門で働く有能なバンカーの労働意欲が阻害されて、金融技術面でのイノベーションが低迷してしまう可能性はあるだろうか? その答えはおそらく「イエス」だろうが、そうなるのには好ましい面もあるのだ。

金融部門が大学出のエリートたちをそそのかす誘惑の強さは、フィリポン&レシェフの二人の推計が示唆しているよりもずっと大きい。“Harvard and Beyond” サーベイ――クラウディア・ゴールディン(Claudia Goldin)&ラリー・カッツ(Larry Katz)の二人がハーバードの大学院生を対象に複数の世代にわたって実施した調査――によれば、大学での成績や入学時の偏差値、専攻、卒業年度etcにコントロールを加えた後でも、2006年時点で金融部門で働いていたハーバード大学の院卒生は、それ以外の部門で働いていた院卒生のほぼ3倍以上の(195%も高い)給与を得ていたという(注2)。才能ある若者にとって、金融部門で働くことの誘惑はかくも大きいのだ。1969年~1972年に大学院を修了したハーバード大の男子の院卒生のうちで金融部門で職を得た学生は全体の5%に過ぎなかったが、1988年~1992年に大学院を修了したハーバード大の男子の院卒生になると、その数は15%にまで増えているのだ。1980年代に入って金融市場で大規模な規制緩和が進み、莫大な利潤を手にできる機会が広がるのに伴って、金融部門で働く人の数が増えるとともに、金融部門で働く上で求められる資格要件(学歴)が厳しくなっていった。フィリポン&レシェフの二人によると、金融部門で働くバンカーとそれ以外の部門で働く人たちとの学歴差に匹敵する事例を過去から見つけようとすれば、1929年にまで遡らなければならないという。金融商品の複雑化に加えて、職務上求められるスキルの上昇を背景として、大学院生――おそらくは高い知性の持ち主――にとって金融部門の(就職先としての)魅力がいや増すことになったのである。

今回の危機が明け透けにしたことは、これらの有能な知性がそれほど生産的な方法で利用されていないということである。金融部門は、起業家と投資家とを結び付ける仲介役として欠かせない部門というのは確かである。しかしながら、金融に対する実体経済の必要性を満たすという役割からやや切り離されて、金融部門はそれ自体でほとんど独立(あるいは、自己完結)した部門として拡大を続けてきたように思える。フィリポンの計算によると、金融部門がGDPに占める割合は2006年時点で8%に達していて、金融仲介機能を果たすのに必要なサイズよりも少なくとも2%は余分に規模が大きい可能性があるという(注3)。なお厄介なことには、「不動産担保証券」(“mortgage backed securities”)に対する銀行の飽くなき需要が過剰な借入れと住宅バブルを招いて、サブプライム危機の一因になったことである。ここ数日の出来事を眺めていると、「金融部門のCEOたちを追い出せ」と求める声が日増しに強まっているようである。プラグマティックな観点からすると、金融部門で働くCEOの法外な報酬が抑制されたら、若い世代が金融部門以外の部門へと行き先(就職先)を変更することで、有能な若者の創造的なエネルギーがこれまでよりも社会的に有益なかたちで利用されるようになるかもしれない。金融危機は、経済を深刻で長期化する不況に引きずり込む可能性があるが、希望の光が見出せないこともない。金融危機は、「才能の配分」を改善する可能性を秘めてもいるのだ。ウォール街とヨーロッパで準備されている金融部門の救済パッケージが、最良にして最も聡明な若者たち(the best and brightest)に、金融部門は依然として最善の選択肢(=就職先)だと判断させる結果に終わらないように願いたいところである。 


<注>

(注1)Thomas Philippon and Ariell Reshef (2007), “Skill Biased Financial Development: Education, Wages and Occupations in the U.S. Finance Sector”, NYU Stern Business School mimeograph, September 2007.

(注2)Claudia Goldin and Lawrence Katz (2008), “Transitions: Career and Family Life Cycles of the Educational Elite(pdf)”, American Economic Review  vol. 98 (2), pp. 263-269.

(注3)Thomas Philippon (2008), “Why Has the U.S. Financial Sector Grown so Much?(pdf)”, MIMEO, NYU Stern.