2013年8月28日水曜日

Bill Petti 「無能さの効能 ~信頼性のシグナルとしての無能さ~」

Bill Petti, “The Individual Utility of Incompetence”(Signal/Noise, October 19, 2010)

組織(政府組織や企業組織など)が機能不全に陥り、停滞に至る理由は数多く考えられるが、その中でも主要な理由の一つは能力の劣る人物が昇進(出世)したり、現在の地位に居座り続けるからだろう。このメカニズムに焦点を当てた研究は数多い(例えば、ピーターの法則(Peter Principle)が有名である。ピーターの法則の概要は次のようになる。組織のメンバーは彼/彼女が有能であり続ける限りは(その能力が新たな役職に見合う限りは)昇進の階段を上り続けることになるが、やがてはその能力を超える役職を任せられるに至り、最終的に落ち着いた役職に照らすとその人物は無能ということになる)。しかしながら、無能な人物が昇進したり同じ地位にとどまり続けることは組織の利益に反するように思われる。どうしてそのような現象が広く見られるのだろうか? どうして能力の劣る人物が現在の地位に居座り続けることができ、場合によっては昇進までできたりするのだろうか?

考えられる理由の一つは、彼らの「無能さ」という性質それ自体に価値が置かれているから、というものである。「無能さ」はその人物の信頼性を示すコストのかかるシグナル(costly signal)として機能している可能性がある。自らの勢力基盤を固めようと企む上司が一人一人の部下の信頼性(「こいつは信頼できる(そう簡単には裏切らない)人物かどうか」)を見分ける際のシグナルとして機能している可能性があるのだ。

ディエゴ・ガンベッタ(Diego Gambetta)と言えばシグナリングの研究の第一人者として知られている社会学者だが、彼が2007年に上梓した著書『Codes of the Underworld: How Criminals Communicate』では、信頼とシグナリング、そしてコミュニケーションとの絡み合いを把握するために、犯罪者の間での協調の問題がテーマとして取り上げられている。マフィアは信頼に関わるシグナリング理論にとっての「ハードケース」(厄介な事例)(訳注;ハードケースには「ならず者」という意味もあり、ここではその意味もかけていると思われる)と見なし得るだろう。というのも、犯罪者は嘘をつく(裏切る)強いインセンティブを持っており、犯罪者であるというまさにその事実のために「信頼できる人間」という人物像からほど遠い存在だからである。それにもかかわらず、犯罪者たちはどのようにして互いの行動をコーディネートし、お互いに信頼できる相手かどうかを確認しているのだろうか? 犯罪者がいかにして自らの信頼性(「私は信頼に値する人間だ」ということ)をシグナルしているかを理解することができれば、それほど過酷ではないもっと一般的な状況において普通の人々がどのように自らの信頼性をシグナルしているかについても何らかの示唆を得ることができるだろう。

ガンベッタによると、犯罪者が自らの信頼性を相手(同じく犯罪者)に対してシグナルし得る方法の一つは・・・そう、自らの「無能さ」を示すことを通じてだという。
暴力団(ギャング)の下っ端連中-しばしば、フィクション作品の中でエネルギュメーヌ(énergumène;変人)として誇張して描かれる存在-がこの極端なケースの典型である。彼らがあまりにも賢いようだと、その組織のボスにとって脅威となることだろう。ここでは白痴(Idiocy)であることがその人物の信頼性を仄めかすことになるのである。・・・(省略)・・・「私にとって金儲けをする最大のチャンスは「義賊」(‘honourable thief’;高潔な泥棒)として振舞うことにあるんです」と他者を納得させる(訳注;「私と一緒に手を組んで泥棒に入りませんか? 絶対に裏切りませんから。」と他者を説得する、という意味)方法の一つは、それ以上に(訳注;泥棒として活動する以上に)優れた選択肢がないことを示すことにある。・・・(省略)・・・「無能さ」(無能であること)は他者に対して次のように伝えているようなものである。「私は頼りになる存在です。だって、万一あなたを騙そうと(裏切ろうと)企んだところで、(無能な)私にはそんなことはできないんですから。」
犯罪組織の下っ端は一人でやっていけるだけのスキルも知性も備えておらず、組織のボスに経済的に頼らざるを得ない。まさにそのために、犯罪組織の下っ端は自らの「無能さ」を示すことで自分が信頼に値する人物だということをボスにシグナルすることが可能となるわけだ。このロジックに従うと、犯罪組織は大抵の場合無能な人物をそのメンバーとして迎え入れる可能性が高く、犯罪組織のボスは次第に自分よりも能力の劣る人物で脇を固めていく傾向にあると言えるだろう。

これと同様のロジックが企業や学校、政府といった組織でも働いていることを見て取ることは難しくない。組織がパフォーマンスの向上よりも組織への忠誠に重きを置くようになると、その組織内では無能なメンバーの数が増すことになるだろう。さらには、「スポンサー」(自分のことを贔屓してくれている上司)が昇進するにつれて、無能な部下もまたその後を追って昇進することになるだろう。

よう、アレン。上司にペコペコこびへつらってばかりいる人間の気持ちってどんなもんなんだろうね?」「別に。どうってことないけど。
ところで、逆に聞いてみたいんだけど、出世の見込みなんて一切ない人間の気持ちってどんなもんなんだろうね?」「別に。どうってことないね。
生まれつきそんな感じなの? それとも出世とは無縁の人生を過ごそうって決めたのかい?」「どうだろうね。ママに聞いてみるよ。でも、僕が思うに親の育て方が悪かったんじゃないかな。

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