2013年11月19日火曜日

Alan de Bromhead&Barry Eichengreen&Kevin O’Rourke 「1930年代の大恐慌下において極右勢力の台頭を支えた要因は何か?」(2012年2月27日)

Alan de Bromhead&Barry Eichengreen&Kevin O’Rourke, “Right-wing political extremism in the Great Depression”(VOX, February 27, 2012)
 
世界中を巻き込む経済危機が長引くにつれて、1930年代と同じように、政治的な過激主義が勢いを増すのではないかとの恐れが広がりつつある。①民主主義を採用してからの歴史が浅く、②極右政党が既に議会でいくつか議席を得ており、③新政党が議会で議席を獲得するハードルが低い仕組みの選挙制度が採用されているようだと、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性が高まる傾向にあるが、④景気の低迷が長く続く――不況が長期化する――ようだと、とりわけその危険性が高くなるようだ。

世界中を巻き込む格好になった今般の経済危機は、単に経済の次元にとどまらないインパクトを及ぼしている。例えば、次のような事例を挙げることができるだろう。
  • 代議制、大統領制のいずれの民主主義国家においても、政権与党が選挙で敗北を喫した。
  • 厳しい経済状況が一因となって、ナショナリストや右翼政党――その中には、現状の政治制度への敵意を包み隠さず露にしている勢力も含まれている――に対する支持が高まっている。
このまま厳しい経済状況が続くようなら、1930年代と同じように、政治的な過激主義が勢いを増すことになるのではないか。そんな恐れも広がりつつある。

1930年代の記憶は、現下の経済論議に対してだけではなく、現下の政治議論に対しても多くの示唆を与えている――例えば、Mian et al(2010)Giuliano and Spilimbergo(2009)〔拙訳はこちら〕を参照せよ――。しかしながら、戦間期に発生した大恐慌が当時の政治情勢(とりわけ、右翼の反体制派の台頭)にいかなる影響を及ぼしたかについては、これまでのところ系統的に検証されていないようだ。

そこで、今回我々は、第一次世界大戦が終結してから第二次世界大戦が勃発するまでの戦間期に行われた選挙の分析に乗り出し、反体制派の政党――我々の論文では、既存の政治制度の転覆を目的に掲げている政党を指して、「反体制派の政党」と定義している――への支持の変遷を追った(de Bromhead et al 2012(pdf))。反体制派の政党の中でも右翼の政党に焦点を合わせているが、その理由は、1930年代に行われた選挙ではっきりとしたかたちで躍進したのが右翼の側の反体制派だったからである。それは今も同じようだ。今般の経済危機下で最も躍進を遂げているのは、またもや右翼の過激派政党(極右政党)なのだ(Fukuyama 2012)。


1930年代に極右勢力が台頭したのはなぜか?

1930年代に政治的な過激主義が勢いを増した理由を探っている理論を分類すると、大きく5つのカテゴリーに分けることができる。
  • 第一のカテゴリー;過激派政党への支持が高まり、民主主義体制が動揺した原因を厳しい経済状況(景気の低迷)に求める理論(Frey and Weck 1983, Payne 1996)
二つ目のカテゴリーでは、社会内部における亀裂に強調が置かれている。
  • 第二のカテゴリー;民族、宗教、階級間の亀裂(cleavage)が社会全体でのコンセンサスの形成を困難にし、経済危機に対して社会全体が一丸となって立ち向かうのを妨げたとする理論(Gerrits and Wolffram 2005, Luebbert 1987)
第二のカテゴリーに沿った議論は、第一次世界大戦後のヨーロッパ情勢をテーマとする文献の中でよく顔を出す。第一次世界大戦後のヨーロッパでは、民族や宗教の違いが大して顧慮されずに、新たな国家が建設されたのだった。
  • 第三のカテゴリー;戦間期の政治情勢を形作った要因として、第一次世界大戦の遺産に注目する理論(Holzer 2002)
  • 第四のカテゴリー;政治制度や憲法の構造に着目する理論。政治制度や憲法の構造の違いによって、反体制派の政党が影響力を得やすいかどうかも違ってくるとする理論。
例えば、レイプハルトによると(Lijphart 1994)、小規模政党や新政党(新しく作られたばかりの政党)に対してその国の政治制度がどれくらい開かれているか――政治制度の開放度は、選挙に比例代表制が導入されているかどうか、選挙で議席を獲得する上で最低限必要な得票率(閾値)がどれくらいかなどに基づいて測られる――が過激派政党の浮沈を決定づける重要な要因になるという。
  • 第五のカテゴリー;政治制度の安定性(耐久性)を決定づける重要な要因として、政治文化の役割に着目する理論(Almond and Verba 1989)
第五のカテゴリーに沿った議論では、民主主義の安定性を支える重要な要素として、「シビック・カルチャー(市民文化)」(‘civic culture’)に注目が寄せられる。シビック・カルチャーは、家庭/学校/コミュニティーを通じて世代を超えて伝播することになるが、民主主義それ自体に触れることによっても伝播が促されることになる。ペルソン&タベリーニの二人(Persson and Tabellini 2009)が主張するところによると、民主主義を採用してからの歴史が長い国ほど「デモクラティック・キャピタル」(democratic capital)の蓄積が進んでおり、そのおかげで国民が既存の政治制度を引き続き支持する可能性が高まることになるという。以上の議論からは、過激派勢力が大恐慌に乗じて勢いづきやすいのは、民主主義を採用してからの歴史が浅くて、デモクラティック・キャピタルの蓄積が貧弱な国においてということが示唆されよう。


我々の研究から得られた結果

我々の研究では、1919年から1939年までの間に28カ国で行われた計171の選挙が分析の対象になっている。対象国はヨーロッパに偏っているが、それは戦間期に行われた選挙がヨーロッパに集中していたためである。しかしながら、情報を得られた範囲で、北アメリカ、ラテンアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの選挙データも分析対象に含んでいる。我々の研究では、サルトーリ(Sartori 1976)に倣って、反体制政党(反体制派の政党)を「政権の交代ではなく、既存の政治制度の転換(転覆)を目指す政党」と定義している。反体制派として括られる右翼政党の例としては、ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP;ナチス)は言うまでもなく、ハンガリーの矢十字党(Arrow Cross)、ルーマニアの鉄衛団(Iron Guard)なんかを挙げることができよう。

我々の一番の関心事は、大恐慌が投票パターンにいかなるインパクトを及ぼしたかにある。すなわち、1929年以降に各政党の得票率がどのような変遷を辿ったかにある。我々なりに計量分析を試みてみたところ、大恐慌は、ファシストにとって追い風になったとの結果が得られた。さらには、大恐慌に喘(あえ)いだ国の中でも、1914年までに民主主義を採用していなかった国、1929年までにファシスト政党が議会でいくつか議席を得ていた国、 第一次世界大戦の敗戦国、1918年以降に国境線が書き換えられた国で、ファシスト政党の得票率の伸びが特に大きかった。

当時のドイツは、今挙げた特徴をすべて備えていて、ファシスト政党(ナチス)の得票率も大きく伸びたわけだが、我々が得た結果は、ドイツの経験に引きずられているのではないかと訝(いぶか)る人もいるかもしれない。ここでは細かいところまで触れられないが、「そんなことはない」とだけ答えておこう。

特筆しておくべきことがある。過激派勢力の浮沈を左右したのは、選挙が行われた年の経済のパフォーマンス――1年間の実質GDPの成長率――ではなく、数年にわたる経済のパフォーマンス――数年にわたる実質GDP成長率の累計――だったのだ。もっと適当な言い方をすると、景気の落ち込みの大きさ(深さ)こそが肝心な役割を果たしたのだ。景気の低迷が1年続いたぐらいでは、過激主義の台頭を招くには不十分だった。言い換えると、数年にわたって続いた不況――長期化した不況――こそが過激主義を大きく台頭させたのだ。

あれこれのコントロール変数――期間ダミー、都市化変数、閾値〔訳注;選挙で議席を獲得する上で最低限必要な得票率〕など――を置いて回帰分析を行っても、異なる手法で計量分析を行っても、結果に変わりはないことが判明している。別の手法で行った回帰分析でも、景気の低迷が過激主義の台頭を招く効果は、ファシスト政党が1929年以前に既に議会で議席を得ていたり、民主主義を採用してからの歴史が浅い国で特に大きかった。我々が得た結果は、政治文化の役割を強調するアーモンド&ヴァーバの主張(Almond and Verba 1989)やデモクラティック・キャピタルの役割を強調するペルソン&タベリーニの主張(Persson and Tabellini 2009)――民主主義を採用してからの歴史が長い国ほどデモクラティック・キャピタルの蓄積が進んでおり、そのおかげで既存の政治制度に対する脅威を撥(は)ね付けられる可能性が高い――とも整合的だと言えよう。

最後になるが、反体制派の右翼政党が選挙で躍進できたかどうかは、その国の選挙制度の特徴によって左右されたことも見出されている。選挙で議席を獲得する上で最低限必要な得票率(閾値)が高くなるほど、泡沫政党が議席を得るのは難しくなるので、ファシスト政党が選挙で躍進できる可能性も低くなるのだ。


結論

我々の研究によると、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性は、それぞれの国が備えている特徴によって異なることが示唆されている。具体的には、
  • 民主主義を採用してからの歴史が比較的浅くて、
  • 極右政党が議会で既にいくつか議席を得ていて、
  • 新政党が議会で議席を獲得するハードルが低い仕組みの選挙制度が採用されている
ようだと、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性が高まる傾向にあるが、
  • 景気の低迷が長く続く――不況が長期化する――
ようだと、とりわけその危険性が高くなるようだ。


<参考文献>

 ●Almond, GA and Verba, S (1989, first edition 1963), The Civic Culture: Political Attitudes and Democracy in Five Nations (邦訳 『現代市民の政治文化-五カ国における政治的態度と民主主義』), London: Sage.
●de Bromhead, A, B Eichengreen and KH O’Rourke (2012), “Right Wing Political Extremism in the Great Depression”, Discussion Papers in Economic and Social History, Number 95, University of Oxford.
●Frey, BS and Weck, H (1983), “A Statistical Study of the Effect of the Great Depression on Elections: The Weimar Republic, 1930–1933(JSTOR)”, Political Behavior 5: 403–20.
●Fukuyama, F (2012), “The Future of History”, Foreign Affairs 91: 53–61.
●Gerrits, A and Wolffram, DJ (2005), Political Democracy and Ethnic Diversity in Modern European History, Stanford: Stanford University Press.
●Giuliano, P and A Spilimbergo (2009), “The long-lasting effects of the economic crisis”, VoxEU.org, 25 September.
●Greene, W (2004), “Fixed Effects and Bias due to the Incidental Parameters Problem in the Tobit Model(Taylor & Francis Online)”, Econometric Reviews 23: 125-47.
●Holzer, J (2002), “The Heritage of the First World War,” in Berg-Schlosser, D and J Mitchell eds, Authoritarianism and Democracy in Europe, 1919–1939: Comparative Analyses, New York: Palgrave Macmillan, 7–38.
●Honoré, B (1992), “Trimmed Lad and Least Squares Estimation of Truncated and Censored Regression Models with Fixed Effects(JSTOR)”, Econometrica 60: 533–65.
●Lijpart, A (1994), Electoral Systems and Party Systems: A Study of Twenty-Seven Democracies, 1945–1990, New York: Oxford University Press.
●Luebbert, GM (1987), “Social Foundations of Political Order in Interwar Europe(JSTOR)”, World Politics 39: 449–78.
●Mian, A, A Sufi and F Trebbi (2012), “Political constraints in the aftermath of financial crises”, VoxEU.org, 21 February.
●Payne, SG (1996), A History of Fascism: 1914–1945, London: Routledge.
●Persson, T and G Tabellini (2009), “Democratic Capital: The Nexus of Political and Economic Change”, American Economic Journal: Macroeconomics 1: 88–126.
●Sartori, G (1976), Parties and Party Systems (邦訳 『現代政党学-政党システム論の分析枠組み』), Cambridge: Cambridge University Press.

2013年10月14日月曜日

David Henderson 「カーリー効果 ~都市は落ちぶれど、支持は高まる?~」(2012年5月4日)

David Henderson, “Curley Effect in California”(EconLog, May 4, 2012)

 

ボストン市長を4期務めたジェームズ・マイケル・カーリー(James Michael Curley)は、貧しいアイルランド系の住民を利するために無駄の多い再分配政策に着手する一方で、扇情的なレトリックを弄して(アングロサクソン系の)裕福な住民がボストン市から出ていくように仕向けた。その結果として、ボストン市の有権者の構成がカーリーにとって有利になる方向に変わったのである。ボストン市は停滞したが、カーリーは市長選で勝ち続けたのだ。

エドワード・グレイザー(Edward L. Glaeser)&アンドレイ・シュレイファー(Andrei Shleifer)の共著論文――“The Curley Effect”(pdf)――からの引用だ。

引用を続けるとしよう。

このような戦略――「富を減少させる歪んだ政策を通じて、自らの政治的な支持基盤を拡大させる戦略――を「カーリー効果」と名付けるとしよう。とはいっても、カーリーだけの専売特許というわけではない。同じような例――政治的な敵の退出を促す政策を推し進めて、選挙区を荒廃させると同時に自らの政治的な立場を強化しようと試みた例――は、他にも見出せるのだ。アメリカの他の市長だけではなく、世界中の政治家の間でも。例えば、24年間にわたってデトロイト市長を務めたコールマン・ヤング(Coleman Young)は、白人(および、白人が経営する企業)がデトロイトから出ていくように仕向けた。「ヤングが市長を務めている間に、デトロイトは、黒人が多数派のシティ(city)の一つに変貌したというにとどまらない。デトロイトは、黒人のメトロポリス、合衆国の中にある第三世界のシティ(Third World city in the United States)のはしりともなったのである。そのことを象徴する証拠は、至る所にある。ショーケース・プロジェクト、黒い拳のモニュメント、仮想外敵、熱狂的な個人崇拝」(Chafets 1990, p. 177)。 独立を果たした後のジンバブエでは、同国の大統領を務めたロバート・ムガベ(Robert Mugabe)が白人の農民たちに対して強権を発動した。ジンバブエ経済に甚大なダメージが加わるのも構わずに、白人の農民たちが国を離れる(他国に移住する)ように公然と強いたのである。 

カリフォルニアでも似たような事態が進行しているのではなかろうか。カリフォルニアは、民主党によって牛耳られている州の一つ――州議会では民主党が多数派を占めていて、州知事は民主党出身――で、大いに無駄なプロジェクトが進められている最中だ。高速(ハイスピード)鉄道計画がそれだが、「ハイ」スピードは実現できそうにない一方で、「ハイ」コストになりそうなのは間違いない。所得税の最高限界税率が引き上げられるのも――カリフォルニア州の最高税率は、全米で一番高いにもかかわらず――間違いなさそうだ。そうなったら、生産性の高い住民の多くが別の州に移住するだろうし、もう既に移住しているにもかかわらず、民主党陣営はそのことを心配していないようだ。高速鉄道計画には、彼らなりのイデオロギーが関わっているという意見もあるかもしれない。そういった面も確かにあるだろう。しかしながら、民主党陣営の目的の一つは、民主党に反対する可能性のある有権者の数を減らして(別の州への自主的な退出を促して)、州内において民主党支持者が多数派を占めるように図ることにあると思われるのだ。

民主党の支持者の多くは損害を被るだろうか? もちろんだ。民主党を支持する有権者の境遇と、民主党の政治家の境遇を区別しなくてはいけないのだ。高速(ハイスピード)鉄道計画が実施されても、州議会の議員には高給が払われるし、議員としての特権も相変わらず享受できるのだ。選挙で敗れたり選挙区の区割りが変更されたせいであぶれたりしても、州政府で高給の閑職に就けるのだ。

2013年9月11日水曜日

C.W. 「死に体のノーベル経済学賞受賞者?」(2013年8月13日)

C.W., “Lame duck laureates”(Free exchange, August 13, 2013)


経済学の研究者は、自分の論文が引用されることを強く望む。有名大学でポストを得たり、政府に対してアドバイスを送る立場に就けたら、論文の引用数が増える可能性がある。それでは、経済学界で最も名誉ある賞を受賞したら、論文の引用数にどんな影響が及ぶだろうか? ノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)の授与が開始されたのは1969年。ノーベル経済学賞を受賞したら、論文の引用数がうなぎ登りに増えるに違いないと思うかもしれない。しかしながら、オックスフォード大学とウプサラ大学に籍を置く三人の研究者の共著論文によると、どうもそういうわけではないようだ。

デジタルライブラリーである JSTOR が提供するサービスを利用して、ノーベル経済学賞の受賞者各人ごとに論文の引用数をカウント。ノーベル経済学賞を受賞する前と後とで論文の引用数にどんな変化が見られるかが分析されている。対象となっている期間は1930年から2005年までだが、ちょっとした問題がある。1年の間に公表される論文の数が時代が下るにつれて増えているのである。1930年に公表された論文の数よりも、2005年に公表された論文の数の方がずっと多いのだ。そこで、1年間に何回引用されたかを単純に数えるのではなく、その年に公表された論文の総数を基にした指標を作成。その指標の単位は「アロー」(“Arrows”)。1972年にノーベル経済学賞を受賞したケネス・アロー(Kenneth Arrow)にちなんでいる。
 
ノーベル経済学賞を受賞する前と後とで論文の引用数はどのように変化しているのだろうか? 受賞者全体の平均でそのことを跡付けたのが以下の図である。Bassモデルという名で知られている複雑な数学モデルを用いて、ノーベル経済学賞受賞者の(論文の引用数で測った)影響力の変遷が辿られている。


受賞者全体の大まかな傾向としては、キャリアがほぼピークに達したあたりで賞を受賞していることがわかる。受賞者の選考を行うスウェーデン王立科学アカデミーは、安全策をとっているわけだ。ノーベル経済学賞を受賞した後に論文の引用数は一時的に増えるが、その後は徐々に減っていく傾向にあることも見て取れる。

どうなっているかを個別に見てみるのも面白いだろう。例えば、1976年にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン(Milton Friedman)の場合はどうかというと、受賞者全体の平均的(標準的)なパターンとほとんど同じ変遷を辿っている。ただし、ノーベル経済学賞を受賞した後に論文の引用数が大きく落ち込むという結果にはなっていない。


アマルティア・セン(Amartya Sen)やフリードリヒ・フォン・ハイエク(Friedrich Von Hayek)は、平均的(標準的)なパターンを辿っていないようだ。アマルティア・センがノーベル経済学賞を受賞したのは1998年だが、その後も革新的な研究成果――その多くは、経済学以外の分野――を発表し続けた。そのことが論文の引用数の変遷にも反映されている。


ハイエクはどうかというと、ノーベル経済学賞を受賞した1974年までの間に、論文の引用数は減少傾向にあった。 しかしながら、ノーベル経済学賞のおかげで待ちに待ったブーストがかかった。イギリスの首相だったマーガレット・サッチャーがハイエクの考えに心酔していたことも手伝って、ハイエクの名は世間にも広く知れ渡ることになった。ノーベル経済学賞を受賞した後に論文の引用数は増え続けたのである。



これらのことが何を意味しているのかとなると、よくわからないというのが論文の執筆者たちの結論である。ノーベル経済学賞を受賞すると、それまでのように論文が引用されなくなってしまうのは、あまりに有名になり過ぎて誰もわざわざ参照しようとしないせいなのかもしれない。個人的な意見を言わせてもらうと、経済学が気紛れな学問であることを表しているのではないかと思う。経済学の世界では、一度流行ったアイデアはすぐに忘れ去られてしまうのかもしれない。経済学の世界で影響力を保ち続けるのは、ノーベル経済学賞という最も名誉ある賞の受賞者でさえも困難なのだ。

2013年8月30日金曜日

Tyler Cowen&Kevin Grier 「ムードに流される非合理的な有権者? ~カレッジフットボールの試合結果が大統領選挙の行方を左右する?~」(2012年10月24日)

Tyler Cowen&Kevin Grier, “Will Ohio State’s Football Team Decide Who Wins the White House?”(Slate, October 24, 2012) 

「民主主義の最大の弱みを知りたければ、平均的な有権者と5分間話してみるといい」( “The best argument against democracy is a five-minute conversation with the average voter.”) -ウィンストン・チャーチル

2012年の大統領選挙は、選挙人団の投票も一般投票のどちらもともに、接戦になりそうだ。有権者の投票行動を理解しようと努めるのはいつだって重要だが、選挙戦が緊迫している場合にはその重要性が一層増すことになろう。

有権者が挑戦者に希望を託して票を投じたり、現職に「ノー」を突きつけたりするのは、何が根拠になっているのだろうか? 有権者は、失業率、GDP、インフレ率のような経済変数を考慮に入れて誰に投票するかを決めているのだろうか? 失業率、GDP、インフレ率が改善しているのか悪化しているのかに応じて投票先を決めているのだろうか? それとも、各陣営が提示する政策方針書(position papers)の中身や候補者のこれまでの経歴(personal history)が鍵を握っているのだろうか? テレビで放映される候補者の選挙用CMや討論会でのパフォーマンスの出来は、有権者の行動に影響を及ぼすのだろうか?

そのどれでもないかもしれない。最近の研究によると、有権者が抱える非合理性(voter irrationality)は、思っている以上に恣意的なようだ。紙一重のきわどい選挙では、有権者がそこまで極端に非合理的でなくても最終的な結果が左右される可能性がある。それでは、有権者はどのくらい非合理的なのだろうか? 最近の研究の一つによると、投票が実施されるその同じ州で直前に行われたカレッジフットボールの試合結果がホワイトハウスへの切符を賭けたレースの行方を決定づける可能性があるという。

そのことを実証的に明らかにしているのが、アンドリュー・ヒーリー(Andrew Healy)&ニール・マルフォートラ(Neil Malhotra)&セシリア・モー(Cecilia Mo)の三人である。『米国科学アカデミー紀要』(Proceedings of the National Academy of Science)に掲載されている彼らの大変魅力的な論文で、大統領選挙、上院議員選挙、州知事選挙の直前に行われたカレッジフットボールの試合結果が有権者の投票行動にどんな影響を及ぼしたかが検証されている。どんな結果が見出されているかというと、投票日の直前(1週間以内)に行われたゲームで地元チームが勝利すると、現職の得票率がおよそ1.5ポイント(1.5パーセントポイント)上昇する傾向にあるという。観客動員数トップ20のチーム――ミシガン大学、オクラホマ大学、南カリフォルニア大学といったビッグチーム――が投票日の直前に勝利したとしたら、現職の得票率は3ポイント(3パーセントポイント)も上昇する傾向にあるというのだ。かなりの票数であり、接戦の選挙戦で勝利を掴む上で決して無視できない数だ。なお、以上の結果は、1964年から2008年にかけて行われたビッグマッチ62戦分のデータに実証分析を加えて見出されたものであることを断っておこう。ごく限られた試合や少数の選挙戦のデータが根拠になっているわけではないのだ。

スポーツのおかげで元気づけられて、日々を晴れ晴れと過ごせるようになるというのは、良い報せに違いないだろう。応援するチームが勝利すると、そのチームのファンは、競技場においてだけでなく、競技場の外でも幸せを感じる。満足感を覚える。幸せだったり気持ちが高ぶっていたりすると、現状に満足しがちになる。そして、現状への満足感が、現職の政治家を支持するというかたちをとって表れるわけだ。それがどんなに非合理的であろうとも。

ヒーリーらの論文では、あれやこれやの要因(経済的、人口統計学的、政治的な諸要因)にコントロールが加えられているので、先に言及した結果は大雑把な相関よりもずっと精緻なものだと言える。さらには、「予想」を考慮に入れた分析も試みられていて、地元チームが予想外の勝利を収めると、現職の得票率がおよそ2.5ポイント(2.5パーセントポイント)上昇する傾向にあることが見出されている。

フットボールだけじゃない。ヒーリーらの論文では、2009年度に行われた全米大学体育協会(NCAA)主催のバスケットボールトーナメントの試合結果が有権者の投票行動に及ぼした影響についても検討されていて、フットボールのケースとほぼ同様の結果が得られている。1948年~2009年の期間に実施された市長選挙を対象にして、プロバスケットボール(NBA)、プロフットボール(NFL)、プロ野球(メジャーリーグ)の試合結果が選挙に及ぼした影響を検証している別の研究によると、地元チームがシーズンで好調な成績を残すと、現職に追い風になることが見出されている。

ただし、カレッジフットボールだとかプロ野球だとかの試合内容が選挙の結果を決定づける「主要な」要因だとまで言うつもりはない。オクラホマ大学のスーナーズ(Sooners)が100連勝したとしても(現職の)オバマ大統領がオクラホマ州で勝てない可能性もあるし、UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)のフットボールチームがボロ負けを喫したのに(挑戦者の)ミット・ロムニーがカリフォルニア州で敗れる可能性もある。ESPNスポーツセンターが報じる試合のスコア以外の要因も大いに重要なことは言うまでもないのだ。

とは言え、驚くべき結果であることに変わりはない。ヒーリーらも指摘しているように、現職の政治家たちは、自分とは何の関係もない試合結果に対して称賛を受けたり責任を問われたりするというわけだから。我々がいかに気まぐれでムードに流されやすいかを示す証左であると言えよう。スポーツを含めたポップカルチャーが「投薬」された状態で日々の選択を行っているのかもしれないと考えると、ちょっとゾッとしてしまう。スポーツの試合結果がこんなにも重要な影響を及ぼす可能性があることを思うと、有権者が政治に関わる基本的な情報――経済のパフォーマンスに関するデータなど――を合理的に処理しているのかどうかについても疑ってかかるべきかもしれない。

さて、ここで極端なシナリオを想定してみるとしよう。今のところは、現職のオバマ大統領が挑戦者のミット・ロムニーを若干リードしているようだが、今回の選挙は接戦になるだろうというのが大半の専門家の見立てだ。共和党陣営が勝利するためには、フロリダ州、オハイオ州、ヴァージニア州の3つの激戦州(swing states)が鍵を握る可能性がある。

来る10月27日――投票日の1週間とちょっと前――に、オハイオ州で地元のオハイオ州立大学のバッキーズ(Buckeyes)がペンシルベニア州立大学のニタニー・ライオンズ(Nittany Lions)を迎え撃ち、フロリダ州で地元のフロリダ大学のゲイターズ(Gators)がジョージア大学のブルドッグス(Bulldogs)を迎え撃つ。大統領選が今後も接戦のまま進むようなら、これら2つの州で行われるフットボールゲームの試合結果がこれからの4年間にわたって誰がホワイトハウスで指揮を執るかを左右する可能性がある。夜遅くにオバマ陣営からバッキーズのヘッドコーチであるアーバン・マイヤーに電話があって、ブリッツ(守備の戦術)についてアドバイスが送られたり、ロムニー陣営からゲイターズに電話があって、ブルドッグスのラン・プレイを防ぐためのアドバイスが送られたり、・・・なんてことがあったりするだろうか? 大事なフォース(4th)ダウンでパントを選ぶかタッチダウンを狙うかによって、コーチ陣だけでなくそれ以外の面々の前途も変わってしまう可能性があるのだ。

地元チームの勝利は、ビール・ゴーグル効果の選挙版と言えそうだ。地元チームが勝ったせいで判断が曇らされて、翌朝になって後悔するわけだ。「そんなはずない」(“That just ain’t right”)と。

2013年8月28日水曜日

Bryan Caplan 「自然災害への政府の対応を歪ませる有権者の破滅的な投票行動」(2008年7月15日)

Bryan Caplan, “Disastrous Voting”(EconLog, July 15, 2008)


アンドリュー・ヒーリー(Andrew Healy)――実証的政治経済学の分野における新世代を代表する一人であり、私のお気に入りの学者の一人――が最新の論文で大胆な主張を展開している。自然災害は「神の仕業」(=不可抗力)という考えが一般的かもしれないが、アメリカの有権者(投票者)も(自然災害の)共謀者なのだというのがヒーリーの言い分だ。論文のアブストラクト(要旨)の一部を引用しておこう。

自然災害、政府支出、有権者の投票行動に関する包括的なデータの分析から明らかになることは、有権者は災害復旧(disaster relief)向けの政府支出に対しては票を投じて報いる一方で、災害予防(disaster prevention)向けの政府支出に対してはそうじゃないということである。有権者のこのような投票行動は、政府(現職)が直面するインセンティブに大きな歪みをもたらす。というのも、災害予防向けの政府支出は、将来の損害(将来起こり得る自然災害に伴って生じる被害)の大幅な抑制につながることがデータによって示されているからである。

本文で掲げられている二つの散布図――現職の得票率(の変化)と災害復旧向けの政府支出(の変化)との関係を可視化した散布図と、現職の得票率(の変化)と災害予防向けの政府支出(の変化)との関係を可視化した散布図――によると、現職の得票率(の変化)と災害復旧向けの政府支出(の変化)との間には正の相関が成り立つ一方で〔訳注;災害復旧向けの政府支出が増えると、現職の得票率が高まる傾向にある、という意味〕、現職の得票率(の変化)と災害予防向けの政府支出(の変化)との間にはこれといった関係が見出されないことがわかる。有権者のこのような投票行動を踏まえると、現職の政治家が災害復旧事業(票になる事業)に災害予防事業(票にならない事業)の15倍もの予算を投じているのも何ら驚くようなことじゃない。

災害予防向けの政府支出が役立たずで効果が無いようなら、憂(うれ)えるような話じゃないだろう。しかしながら、ヒーリーも証拠を挙げているように、災害予防向けの政府支出はリターンが大きい(大きな効果が期待できる)のだ。

有権者は、政府による災害予防には効果が無いと判断しているのかもしれない。その可能性を検証するために、災害予防向けの政府支出の効果の推計を試みるとしよう。
・・・(中略)・・・
災害予防向けに平均で年間1億9500万ドルの予算が投じられて、災害の被害額の平均が165億ドルと想定するなら、災害予防向けの政府支出が1ドル増えると、災害の被害額が8.30ドル減るというのが回帰分析から得られる結果である。この推計結果は、2000年から2004年までの5年の間に生じる効果しか考慮していないことに注意されたい。

文句をつけたいところもなくはない。「有権者は、災害予防という賢明な策に対して投票で報いることはない」という原則への例外に関する議論で論文が締め括られているのが気に食わないのだ。今後の研究課題としては貴重なトピックかもしれないが、そういうかたちで締め括ってしまうと、主要なメッセージが薄められてしまって惜しくてならないのだ。政府支出が大きな効果を生む(効率を大幅に改善する)可能性があったとしても、その機会はみすみす見過ごされてしまうという主要なメッセージが。合理的な有権者が政府をコントロールしているようなら、政府は公共財の問題だったりを解決するのに役立つ妙薬になり得る。しかしながら、合理的とは言えない有権者――この世に生きる現実の有権者――が政府をコントロールしているようなら、政府はバカでかいインチキ薬になりがちなのだ。

Bill Petti 「無能さの効能」(2010年10月19日)

Bill Petti, “The Individual Utility of Incompetence”(Signal/Noise, October 19, 2010)


組織(政府や企業など)が機能不全に陥って低空飛行を続ける理由は、たくさんある。その中でも主たる理由の一つは、能力の低い人物が昇進したり、同じ地位に居座り続けたりするからだ。この面に焦点を当てた研究は数多い――例えば、ピーターの法則(Peter Principle)が有名だ。出世の階段を上っているうちに、やがては能力に見合わない役目を任される羽目になるというのだ――。しかしながら、無能な人物が昇進したり同じ地位にとどまり続けたりするのは、組織の利益に反するように思える。それなのに、そうなっているのはどうしてなのだろうか? 能力の低い人物が同じ地位に居座り続けられるのは、どうしてなのだろう? 昇進までできたりすることがあるのは、どうしてなのだろう?  

「無能さ」それ自体に価値があるから、というのが考えられる理由の一つだ。「無能さ」は、信憑性の高い「コストのかかるシグナル」(costly signal)として機能している可能性がある。組織内での勢力基盤を固めようと企んでいる上司が信頼できる部下を見分けるためのシグナルとして機能している可能性があるのだ。

社会学者のディエゴ・ガンベッタ(Diego Gambetta)と言えば、シグナリング研究の第一人者として知られている。彼が2007年に上梓した『Codes of the Underworld:How Criminals Communicate』では、「信頼、シグナリング、コミュニケーション」の絡み合いを解きほぐすために、犯罪者同士の協調という極端な例に目が向けられている。ギャングは、「信頼のシグナリング理論」にとっての「ハードケース」(厄介な事例)と見なせる。なぜなら、犯罪者は嘘をつく(裏切る)強いインセンティブを持っていて、犯罪者であるというまさにその事実ゆえに信頼できない相手だからである。犯罪者たちは、どうやって連携し合っているのだろう? 相手が信頼できるかどうかをどうやって確認し合っているのだろう?  そのあたりのことが理解できたら、それほど過酷ではないありふれた場面ではどうなっているかについても何かしらを学べるだろう。 

自分が信頼できる人間だということを相手に伝えるためには、どうしたらいいか? ガンベッタによると、犯罪者がそのために使える方法の一つが「無能さ」だという。

ギャングの下っ端――フィクションの中で、エネルギュメーヌ(énergumène;変人)として誇張して描かれることが多い存在――が、極端なケースの典型である。彼があまりにも賢いようだと、そのギャングのボスにとって脅威になるだろう。白痴(Idiocy)であることが、信頼できる部下であることの仄めかしになるのだ。・・・(省略)・・・お金を儲けるためには「義賊」(‘honourable thief’;高潔な泥棒)として振る舞うのがこちらにとって最善の手であることを相手に納得させる方法の一つは、他にマシな選択肢がないことを伝えることにある。・・・(省略)・・・「無能さ」は、相手に次のように伝える方法の一つである。「私は頼りになりますよ。だって、あなたを裏切ろうにも、無能な私にはそんなことできっこないんですから」。
 
ギャングの下っ端は、一人でやっていけるだけのスキルも知性も備えていない。お金を稼ぐためには、ボスに頼らざるを得ない。まさにそれゆえにこそ、自分が信頼できる人間だということをボスにシグナルできるのだ。このことからどんなことが言えるか? ギャングは、無能なゴロツキをメンバーとして迎え入れる可能性が高い。ギャングのボスの周りには、(自分よりも能力の低い)無能な補佐役が集まりがち。 

同様のメカニズムがその他の組織――企業、学校、政府など――でも働いているのを見て取ることは難しくない。パフォーマンスの良し悪しよりも、忠誠心に重きが置かれるようになると、組織内における無能なメンバーの比率が高まるだろう。さらには、「スポンサー」(自分に目をかけてくれている上司)が昇進すると、無能な部下もその後を追って一緒に昇進することになるだろう。

よう、アレン。上司にペコペコこびへつらってばかりいる人間の気持ちってどんなもんなんだろうね?」「別に。どうってことないけど。
ところで、逆に聞いてみたいんだけど、出世の見込みなんて一切ない人間の気持ちってどんなもんなんだろうね?」「別に。どうってことないね。
生まれつきそんな感じなの? それとも出世とは無縁の人生を過ごそうって決めたのかい?」「どうだろうね。ママに聞いてみるよ。でも、僕が思うに親の育て方が悪かったんじゃないかな。

2013年8月24日土曜日

Katherine Mangu-Ward 「私の妻を買ってください! ~妻売りの経済学~」(2011年6月20日)

Katherine Mangu-Ward, “Take Buy My Wife. Please!”(Hit&Run blog, June 20, 2011) /Buy My Wife. Please!”(ReasonNovember 2011


ジョージ・メイソン大学に籍を置く経済学者のピーター・リーソン(Peter Leeson)――海賊神判の研究で名を知られているあのリーソン――が、ピーター・ベッキー(Peter Boettke)とジェイマ・レムケ(Jayme S. Lemke)との共同研究で、18~19世紀のイギリスで見られた「妻売り」の慣行を経済学的な観点から弁護している。当時のイギリスでは、離婚の手続きが面倒で、妻は夫の所有物と見なされていた。「妻売りは、産業革命期のイギリスの法律によって生み出された所有権の歪みに対する制度的な反応であり、効率性を高めるのに貢献した」というのが三人の言い分だ。

論文の一部を引用しておこう。

18世紀のイギリスで生活をともにしている夫婦の一例について考えてみるとしよう。妻の名はハティで、夫の名はホーレス。ホーレスは、ハティを愛している。妻として評価すると、その価値は5ポンド。その一方で、ハティは、ホーレスを嫌っている。夫として評価すると、その価値はマイナス7ポンド。この2人の結婚は、(それぞれが相手に下している評価を足し合わせるとマイナスになるので)非効率的である。ハティは、離婚したいと思っているが、離婚するためにはホーレスから同意を取り付ける必要がある。ホーレスとしては、ハティが5ポンド以上を払ってくれるのであれば離婚に同意してもいいと思っている。ハティとしても、離婚に同意してもらえるなら5ポンド以上を払ってもいいと思っている。しかしながら、当時の法律によると、夫婦の財産はすべて夫のものなので、ハティはびた一文払えない。2人で直接交渉して離婚に漕ぎ着けるのは不可能なのだ。

しかしながら、迂回してなら可能である。ホーレス&ハティ夫婦の隣人で独身のハーランドは、ハティをホーレス以上に愛している。妻として評価すると、6ポンドの価値があると考えている。ハティはどうかというと、ハーランドをホーレスよりも好いている。夫として評価すると、1ポンドの価値があると考えている。 
ホーレスもそのことを知っている。そこで、ハーランドに次のような提案を持ちかける。君が5.5ポンドを払ってくれるなら、妻のハティを譲ってもいいと思うがどうする? ハティとは違って、ハーランドの財産は、ハーランドのものである。ホーレスのものではない。それゆえ、実行可能な取引である。ハティとハーランドは、ホーレスの提案を受け入れる。ホーレスは0.5ポンド得をする〔訳注1〕。ハーランドは0.5ポンド得をする〔訳注2〕。ハティは8ポンド得をする〔訳注3〕。妻が売られるおかげで、三人がともに得をするのだ。

論文はこちら(pdf)。


<訳注>

〔訳注1〕ホーレスは、ハティと離婚すると5ポンドの損失を被るが(妻としてのハティを5ポンドと評価しているため)、ハーランドから5.5ポンドを支払ってもらえるので、差し引きすると0.5ポンド(=5.5-5)得することになる。

〔訳注2〕ハーランドは、ハティを譲り受けるために5.5ポンドを支払うが、妻として6ポンドの価値があると考えているハティと一緒に暮らせるようになるので、差し引きすると0.5ポンド(=6-5.5)得することになる。

〔訳注3〕ハティは、ホーレスと離婚すると7ポンドの得をして(夫としてのホーレスをマイナス7ポンドと評価しているため)、ハーランドと一緒になると1ポンドの得をする(夫としてのハーランドを1ポンドと評価しているため)。合計で8ポンド(=7+1)得することになる。

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ピーター・リーソンは、ジョージ・メイソン大学に籍を置く経済学者。肩書は「資本主義研究のためのBB&T教授」。忍者、UFO、魔女裁判についての論文を書いていて、経済学の原理を応用して海賊について分析を加えている『The Invisible Hook』(邦訳『海賊の経済学』)をプリンストン大学出版局から上梓している。同僚のピーター・ベッキーとジェイマ・レムケと共同で執筆している最近の論文では、「妻売り」を経済学的な観点から弁護している。18~19世紀のイギリスでは、妻が売られるのが珍しくなかったのである。当時のイギリスでは、離婚の手続きが面倒で、結婚した女性は財産を一切持てなかった。本誌のシニア・エディターであるキャサリン・マング=ウォードが今年(2011年)の8月にリーソンに行ったインタビューを文字に起こしたのが以下である。


Q:妻売りをテーマにしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

A:海賊についての研究に取り組んでいた最中に18世紀に発行された新聞を調べていたら、とある広告を見つけたんです。妻売りの広告だったんですが、当時の新聞ではよくあることだったらしいです。はじめて目にした時は度肝を抜かれて、何て馬鹿げてるんだろうと思いました。でも、じっくり検討してみたら、理に適(かな)っていると思うようになったんです。

Q:妻売りを取り巻く当時の状況はどんな感じだったのでしょうか?

A:18~19世紀のイギリスでは、財産、結婚、離婚についての法律がやけに厳格で馬鹿げたところがありました。当時の婚姻法では、婚姻関係が続いている間は、妻は自らの財産に対する所有権をすべて夫に譲り渡す決まりになっていました。自分の身体に対する所有権でさえもです。

そのため、妻が結婚生活に不満を抱いて離婚しようと思ったら、夫から同意を取り付けないといけませんでした。経済学の世界で「コースの定理」と呼ばれている説によると、だからといって取り立てて問題にはならないはずです。お金を払って離婚の権利を買い取ればいいからです。でも、当時のイギリスでは、妻は財産を一切持てなかったので、お金を払って離婚の権利を夫から買い取るということができなかったのです。

でも、その女性を今の夫よりも高く評価している男性がいるかもしれません。その女性もその男性を今の夫よりも高く評価しているかもしれません。妻の財産は夫のものですが、その男性の財産は夫のものじゃありません。その男性は、代わりに夫から離婚の権利を買い取ることができるわけです。妻売りというのは、そういうものだったんです。

Q:どういう人が妻を買ったのでしょうか?

A:妻の愛人というケースが多かったみたいです。それも納得がいきます。夫としては、妻をできるだけ高値で売り渡したいと考えるでしょうからね。妻を最も高く評価していて、妻が一緒にいたいと望んでいる相手に売り渡したいと考えるでしょうからね。妻に愛人がいれば、うってつけです。妻を一番高値で買い取ってくれるのは愛人である可能性が高いですからね。既に関係を築いていますから、妻を最も高く評価しています。妻もその愛人を今の夫よりも高く評価しているでしょう。未来の伴侶としても。

そういうわけで、妻の愛人が買い手になることが多かったとしても納得がいくわけです。でも、常にそうだったわけじゃありません。愛人がいなくても、今の夫が嫌いで離婚したいと思うというケースはあり得ます。結婚してもいいと思えるような相手がどこかにいるかもしれませんし、これから見つけるつもりかもしれません。夫は夫で、奪い取りたいと思うほどに妻のことを高く評価している人物がどこかにいないか確かめたいでしょう。そこで、妻を売りに出すわけです。競売のようなもので、誰が妻を高く評価しているかがあぶり出されるのです。

妻の同意を得た上での話だったということは強調しておかないといけないでしょう。彼女たちは無理矢理売られたわけじゃありません。売られたがっていたのです。

2013年8月21日水曜日

Nicholas Crafts 「イギリス経済は『流動性の罠』からいかにして抜け出したのか ~1930年代のイギリスの経験から得られる教訓~」(2013年5月12日)

Nicholas Crafts, “Escaping liquidity traps: Lessons from the UK’s 1930s escape”(VOX, May 12, 2013)
 
1930年代にイギリス経済は「流動性の罠」から抜け出して、力強い景気回復を成し遂げた。その立役者は、イングランド銀行ではなく、イギリス財務省(大蔵省)が主導した「非伝統的」な金融政策だった。当時財務大臣を務めていたネヴィル・チェンバレンは、「アベノミクス」の先駆者だったのだ。当時のイギリスの経験を踏まえると、一つの疑問が持ち上がってくる。中央銀行が「独立」していて「インフレ目標」の達成を目指すというのは、名目金利が極めて低い状況において適切な枠組みなのだろうか?

1932年半ばのイギリスは、深刻な景気後退に陥っていた――その深刻さは、2008年から2009年にかけての世界的な経済危機に引けを取らないほどだった――。大規模な財政再建が試みられて、構造的財政赤字が対GDP比で4%も減った。短期名目金利がゼロ%近くで、景気は二番底の真っ只中だった(Crafts&Fearon 2013)。しかしながら、1933年から1936年にかけて非常に力強い景気回復が成し遂げられた。どの年も成長率が4%を上回ったのである。景気回復を主導した立役者が、1931年11月から1937年5月まで財務大臣を務めたネヴィル・チェンバレン(Neville Chamberlain)だった。現財務大臣であるジョージ・オズボーン(George Osborne)は、今と似たような状況に直面していた先輩が採用した政策から何かしらを学び取れるだろうか?

1930年代のイギリスで景気回復を後押しした経済政策と言えば、1935年までに関しては金融刺激策(金融緩和策)が主要な役割を果たした。事実上のケインズ政策(財政出動)として機能したのが再軍備(軍事増強)に向けた一連の措置で、その効果は1938年までの累計でGDPの4%程度に上る可能性があるが、1933年から1936年までに関してはほとんど見るべき効果を持たなかった。景気が大きく落ち込んでいたものの、財政乗数の値はおそらく1を下回っていたと考えられる。それはどうしてかというと、(第一次世界大戦の遺産として)政府債務残高の対GDP比がかなり高い水準に達していたのも関わっているかもしれない。


1930年代のイギリスで採用された政策枠組み

1932年半ばにイギリスで採用された政策枠組みは、スヴェンソンが言うところの「流動性の罠から抜け出すための『絶対確実な方法』」(Svensson 2003)に酷似している。日本で試みられている最中の「アベノミクス」とも酷似している。

  • 1931年9月に金本位制からの離脱を余儀なくされたが、1932年半ばにイギリス財務省がいわゆる「チープ・マネー政策」(‘cheap-money policy’)に乗り出した。

まず第1に、短期名目金利が0.6%近辺にまで引き下げられた。1930年代の残りの期間を通じて、短期名目金利はその水準にとどまり続けた(表1を参照)。

  • 第2に、1932年7月にチェンバレンが「物価水準目標」を宣言した。デフレーションを終わらせて、物価を1929年の水準にまで引き戻すことが誓われたのである。
  • 第3に、イギリス財務省がポンドの大幅な減価を伴う「為替レートターゲット」に乗り出した。まずはじめにドルとの交換レートが1ポンド=3.40ドルに固定されて、次いでフランとの交換レートが1ポンド=77フランに固定された(Howson 1980)。1932年の夏に創設された為替平衡勘定(Exchange Equalisation Account)を通じて為替市場への介入が行われた(表2を参照)。

「チープ・マネー政策」のおかげで、実質金利が急速な勢いで劇的に低下した。イギリスが保有する金準備も1年でほぼ倍増した。1932年の初頭から1936年の終わりまでの間に、マネーサプライが34%も増えた(Howson 1975)。

「チープ・マネー政策」は、ゼロ下限制約を乗り越えるための教科書通りのやり方に従うかのように、インフレ期待を喚起して実質金利を低下させた。とりわけ重要だったのは、金本位制から離脱した後のイギリスで金融政策を取り仕切ったのが、モンタギュー・ノーマン(Montagu Norman)率いるイングランド銀行ではなく、チェンバレン率いる財務省だったことである。「流動性の罠から抜け出すための『絶対確実な方法』」は、景気が回復軌道に乗った後でも中央銀行が高めのインフレ率を容認することに信頼のおけるかたちでコミットできるかどうかという問題を抱えている。ところで、当時のイギリス財務省は、「財政の持続可能性」の問題を抱えていたおかげで、高めのインフレ率を容認するに違いないと信じてもらいやすい立場にあった。実質金利を実質GDP成長率よりも低くすることができたら、政府債務残高の対GDP比を低下させることができたからである。「金融抑圧」(‘financial repression’)に頼れたおかげで、プライマリーバランスをそこまで黒字にしなくても済んだし、財政緊縮が自滅的な結果に終わるのを恐れずに済んだのである。

「財政の持続可能性」に関わる変数の推移をまとめた表3を見ると、イギリス財務省が高めのインフレ率を容認するに違いないと信じてもらいやすい立場にあったことが確認できる。デフレに陥っていた1930年代初頭の時点では、政府債務残高の対GDP比が高まるのを防ぐためには、プライマリーバランスを大幅に黒字にする必要があった。しかしながら、1934~35年までに実質GDP成長率が実質金利を上回るようになり、プライマリーバランスが若干の赤字であっても「財政の持続可能性」と矛盾しなくなったのである。


「チープ・マネー政策」の波及メカニズム:住宅建設

言うまでもないが、「チープ・マネー政策」が効果を発揮するためには、総需要を刺激する必要がある。つまりは、「チープ・マネー政策」が実体経済に影響を及ぼした経路(波及メカニズム)があったはずである。特に検討してみる価値があるのは、住宅建設に及ぼした影響である。民間部門における住宅建設戸数は、1931~32年の時点では13万3000戸。1934~35年の時点では29万3000戸。1935~36年の時点では27万9000戸――その多くは、1930年代にロンドンをはじめとした南イングランド一帯で人気を集めたセミデタッチドハウス(semi-detached house;二戸建て住宅)だった――。住宅の建設が増えたおかげで1934年までに生み出された直接的な経済効果は、5500万ポンド。雇用の増加に伴う間接的な波及効果も含めると、合計で8000万ポンド――1932年から1934年までの間に増えたGDPの3分の1――の経済効果を生んだと考えられる。住宅の建設が促されたのは、金利が低下したおかげでもあったが、建設コストが底を打ったという認識が土地の開発業者の間で広がったことも加勢した。金利が低下したのも、建設コストが底を打ったのも、「チープ・マネー政策」のおかげだったのだ(Howson 1975)。

住宅の建設が「チープ・マネー政策」に敏感に反応したのはなぜなのだろうか? 2つの要因を挙げることができる。

  • 第一の要因は、住宅金融を専門とする組合組織の成長を背景として、住宅ローンの供給が急激に増えたことである。金融危機が起きなかったこともあって、好条件で住宅ローンを借り入れることが可能だった。

住宅金融組合(Building society)による住宅ローンの貸出残高は、1930年の時点では72万人の借り手に対して合計で3億1600万ポンドに上ったが、1937年の時点では139万2000人の借り手に対して合計で6億3600万ポンドにまで増えた。1937年の時点では、農業以外の部門で働く世帯の18%が持ち家を購入予定か既に購入済みだった。さらには、組合に預け入れないといけない預金の額が土地の購入代金の5%にまで引き下げられたこともあったし、住宅ローンの返済期限が20年から25年に(場合によっては、30年に)延長されたりもした――それに伴って、返済しないといけないローンの額が週あたりで15%少なくなった――(Scott 2008)。

  • 第二の要因は、住宅の価格がお手頃だったことである。 

新築住宅の85%は、当時の価格で750ポンド(現在の価格に換算すると、45,000ポンド)よりも安くで売られていた。平均年収がおよそ165ポンドだった1930年代中頃のロンドンでは、テラスハウスを395ポンドで買えたのである。住宅の価格がお手頃だったのは、住宅用に使える土地が豊富だったので、開発業者が広大な土地を抱え込もうとするインセンティブを持たなかったからである。当時は、土地の利用に関わる規制が無かったに等しかったのだ。1932年の時点で規制の対象になっていた土地は、わずか7万5000エーカー程度だった。都市・農村計画法(Town and Country Planning Act)が制定されたのは、1947年のことなのだ。


今日への教訓

ジョージ・オズボーンは、1930年代のイギリスの経験からどんな教訓を引き出せるだろうか?

  • 中央銀行が「独立」していて「インフレ目標」の達成を目指すというのは、ゼロ下限制約に直面している状況(名目金利が極めて低い状況)においては適切な枠組みではないかもしれないというのが第一の教訓である。

中央銀行にどんな目標を課すべきか――インフレ率の目標値を引き上げるべきか否か、「インフレ目標」から「名目GDP目標」に切り替えるべきか否か――という議論に収まりきらない教訓である。1930年代のイギリスは、中央銀行が独立していなかったおかげで得をした。中央銀行に「独立性」を付与するのはどんな時でも最善だとは限らない――もしかしたら今も最善とは言えない――可能性があるのだ。

  • 1930年代の住宅建設ブームの再現を目指すべしというのが第二の教訓である。

今すぐに住宅建設ブームが起こりそうかというと、難しそうだ。住宅ローンを借りるのが1930年代ほど簡単じゃないし、土地の利用に関わるルール(法律)が1930年代とは大違いだからである。都市計画法の規制を緩和するべきかもしれない。最近の研究でも明らかにされているように(Hilber&Vermeulen 2012)、土地の利用をめぐる法規制は、住宅市場に大きな歪みをもたらしている。規制の一部が取り除かれたら、住宅の建設が盛んになるかもしれない。しかしながら、土地の利用に関わる法律を見直すというのは、政治的なハードルが高い難題であり、実現される見込みは低そうだ。


表1 各種の金利(単位は%)


(注記)実質金利は、事後的な実質金利(=名目金利-実際のインフレ率)。実質長期金利(Real long rates)は、コンソル債の利回りから過去3年間のインフレ率の加重平均を差し引いたもの。詳細は、Chadha&Dimsdale (1999) を参照されたい。データを提供してくれた Jagjit Chadha に感謝。

(データの出所)Bank Rate(政策金利)、Treasury Bill Rate(短期国債の利回り)、Yield on Consols(コンソル債の利回り)のデータの出所は、Dimsdale (1981)。Real interest rates(実質金利)のデータの出所は、Chadha&Dimsdale (1999)。


表2 名目為替レート(1929年時点の為替レートを100とおく)


(注記)Average exchange rate(平均為替レート)は、ポンドとその他のあらゆる通貨の交換レートの加重平均。製造業の輸出シェアをウェイトとして用いている。 

(データの出所) Dimsdale (1981)


表3 「財政の持続可能性」に関わる変数の推移(1925年~1938年)


(注記)b*は、Δd= 0 という条件を満たすために必要なプライマリーバランスの黒字額(対GDP比)――言い換えると、政府債務残高の対GDP比を一定の値にとどめるために必要なプライマリーバランスの黒字額(対GDP比)――を表している。なお、Δd =-b +d ( i-π-g) という関係が成り立つ。b は、プライマリーバランスの対GDP比(b がプラスの値だと、プライマリーバランスの黒字が発生)。i は、国債の平均的な名目金利。d は、政府債務残高の対GDP比。b、i、d についてはMiddleton (2010) のデータを利用している。π は、GDPデフレーターで測ったインフレ率で、Feinstein (1972) のデータを利用している。g は、第4四半期の実質GDP成長率で、Mitchell et al. (2012) のデータを利用している


<参考文献>


●Chadha, J S and Dimsdale, N H (1999), “A Long View of Real Rates”, Oxford Review of Economic Policy 15(2), 17-45.
●Crafts, N and Fearon, P (2013), “The 1930s: Understanding the Lessons”, in N Crafts and P Fearon (eds.) The Great Depression of the 1930s: Lessons for Today, Oxford, Oxford University Press, 45-73.
●Dimsdale, N H (1981), “British Monetary Policy and the Exchange Rate, 1920-1938”, Oxford Economic Papers 33(2), supplement, 306-349.
●Feinstein, C H (1972), National Income, Expenditure and Output of the United Kingdom, 1855-1965, Cambridge, Cambridge University Press.
●Hilber, C A L and Vermeulen, W (2012), “The Impact of Supply Constraints on House Prices in England(pdf)”, London School of Economics Spatial Economics Research Centre Discussion Paper No. 119.
●Howson, S (1975), Domestic Monetary Management in Britain, 1919-1938, Cambridge, Cambridge University Press.
●Howson, S (1980), “The Management of Sterling, 1932-1939”, Journal of Economic History 40, 53-60.
●Middleton, R (2010), “British Monetary and Fiscal Policy in the 1930s”, Oxford Review of Economic Policy 26, 414-441.
●Mitchell, J, Solomou, S and Weale, M (2012), “Monthly GDP Estimates for Interwar Britain”, Explorations in Economic History 49, 543-556.
●Scott, P (2008), “Marketing Mass Home Ownership and the Creation of the Modern Working-Class Consumer in Interwar Britain”, Business History 50, 4-25.
●Svensson, L E O (2003), “Escaping from a Liquidity Trap and Deflation: the Foolproof Way and Others”, Journal of Economic Perspectives 17(4), 145-166.

2013年8月18日日曜日

Eli Dourado 「人身御供の経済学」(2013年2月20日)

Eli Dourado, “What Can We Learn from Human Sacrifice?”(The Ümlaut, February 20, 2013)


人身御供(ひとみごくう)についての描写は、現代人の心をゾッとさせずにはおかない。インド東部のコンド族によって執り行われていた人身御供についての以下の記述をご覧いただきたい。ピーター・リーソン(Peter Leeson)の最近の論文(pdf)からの引用だ。

生贄が動かないようにするために、腕や足の骨が折られることもあった。最後の祈りが唱えられると、神官の言葉を合図に「儀式に参加していた民衆が一斉に生贄に飛び掛かり、頭と腸には一切触れずに、肉を引き剝がし始めた」。生贄を切り刻むというのはどこでもよくあったが、コンド族の間では、派手で残酷な別の処置が追加されることもあった。例えば、豚の血で満たされた穴の中に生贄を投げ込んで溺死させることもあれば、生贄の命が絶えるまで真鍮の腕輪で殴り続けることもあった。その後で生贄の体を細かく切り刻むのだ。

豊饒と草木の女神――執念深い地母神――であるタリ・ペヌー(Tari Penu)の気持ちをなだめるために。

まったくもって非合理的で、何の得にもならない滅茶苦茶な行為だと思うかもしれない。「いや、違う」というのがリーソンの言い分である。コンド族は、同族の隣接する集落から襲撃されるのを防ぐための術として人身御供という儀式を利用していたというのである。人身御供という 「見せびらかしの破壊」を行って、近くの集落に知らせていたというのだ。富を破壊してしまって貧しくなった我々を襲っても得にならないということを。人身御供が略奪を防ぐのに効果を発揮したのは、富が破壊されているのが誰の目にも明らかだったからである。生贄――メリアー(meriahs)と呼ばれていた――は、別の部族から高値で購入する習わしになっていた。大量の作物を燃やして富を破壊しているのを見せびらかす場合とは違って、人体を切り刻んでいるのを偽装するのは困難だ――本当は作物を燃やしていないのに、表面を葉っぱで覆ってしまえば作物を燃やしていると言い張ることができるが、人体を解体する場合はそうはいかない――。人身御供という 「見せびらかしの破壊」では、高価な富が破壊されているのが誰の目にも明らかだったのだ。

人身御供が合理的で、社会的に有用な役割を果たしたケースもあることを理論的・歴史的な観点から説得的に論証しているのがリーソンの論文なのだ。人身御供が一切執り行われていなければ、同族内での略奪が頻繁に起きていたかもしれない。人身御供は、コンド族のためになっていたのだ。

コンド族を真似て、人身御供を執り行うべきなのだろうか? その答えは、明らかに「ノー」だ。しかしながら、コンド族のケースから学べることはたくさんある。リーソンは、論文の冒頭でジョージ・スティグラー(George Stigler)の次の言葉を引用している。

「長きにわたって存続している社会制度も慣行も例外なく効率的である」

言い伝えによると、コンド族による人身御供は太古の昔からずっと続いていたらしい。長きにわたって存続した社会制度だったわけである。リーソンのこれまでの研究を振り返ると、風変わりではあるが合理的で効率的な歴史上の慣行の例で満ち溢れている。呪いはどうなのか? リーソンによれば(pdf)、合理的である。決闘裁判は? リーソンによれば(pdf)、効率的である。中世ヨーロッパの裁判で執り行われていた神判は? リーソンによれば(pdf)、無実かそうでないかを正確に見分けるのに役立った。動物裁判は? リーソンによれば(pdf)、カトリック教会による賢明な策だった(十分の一税の納付を促す役割をした)。妻売りは? リーソン&ベッキー(Peter Boettke)&レムケ(Jayme Lemke)によれば(pdf)、女性のためになった。

人身御供についてのリーソンの研究がリベラル派(あるいは、リベラル寄りな人たち)に対して突き付けている重要な教訓がある。長きにわたって続いている慣行(あるいは、長きにわたって流布している信念)を愚かだとか非合理的だとかと安直に断じるなかれという教訓がそれである。現存する制度なり慣行なりについて何もかも理解し尽くしているかのような気になってはいけないのだ。人身御供を宗教上の制度――そうだったのは確か――としてだけ捉えてしまうと、略奪を防ぐための制度でもあった――そうだったのは確か――ことが易々と見過ごされてしまうだろう。何らかの呪術的な干渉によってコンド族に人身御供を取りやめさせることができたとしても、その結果として同族内での略奪が盛んになるかもしれない。人身御供が続けられる場合よりも、多くの人命と富が失われてしまうおそれがあるのだ。イギリス政府がリベラルな教育を施したり暴力で脅したりしてコンド族に人身御供を取りやめさせようとしたが、結局のところは失敗に終わった。それと同様に、長きにわたって存続しているリベラルとは言えない慣行を取りやめさせようとしても、失敗に終わることが多いだろう。

保守派(あるいは、保守寄りの人たち)もコンド族のケースから学べることがある。人身御供は、コンド族が置かれていた状況においては効率的な制度だった。イギリス政府がコンド族のために所有権の保護や紛争解決のサービスを提供し始めると、コンド族の人たちは人身御供を快く取りやめた――若者世代の不信心な態度に怒り心頭だった年配者もいただろうと想像される――。環境が劇的に変化すると、それまで長きにわたって存続してきて効率的だった社会制度も効率的ではなくなって、存続できなくなるわけである。スティグラーが主張しているように、効率的な制度の存続を支えるのと同じ力が非効率的な制度を淘汰するのである。リベラル派だけでなく保守派も社会制度が存続したり変化したりする真の理由を理解するのが難しいようで、新しいテクノロジーの登場に対する効率的な反応として社会制度が変化しているのに、保守派はそうは考えない。社会制度が変化しているのは道徳が頽廃しているからと考えがちなのだ。

テクノロジーが急激に変化する時代に我々は生きているとよく言われるし、事実その通りだ。結婚、出産、終末期医療、労働市場、大学など社会制度の多くも急激に変化しているが、驚くにはあたらない。社会制度の変化は、テクノロジーの変化の結果に過ぎないからだ。古くから続く制度を現状の温存に加担するものとしか考えないリベラル派は、社会制度が変化するのを進歩と見なすことだろう。旧習を内面化している保守派は、社会制度が変化するのを頽廃と見なすことだろう。しかしながら、社会制度の変化は、道徳面での進歩を意味しているわけでもなければ、道徳面での頽廃を意味しているわけでもないのだ。法、経済学、迷信についてのリーソンの一連の研究は、風変わりな多くの社会制度――コンド族に限らず、我々のも含めて――がいかにして形成されるかを愉快かつ啓発的なかたちで明らかにしている。それぞれの社会が直面している問題や制約に対する合理的な反応の結果なのだ。

2013年8月13日火曜日

Peter Leeson 「迷信と経済発展」(2010年8月23日)

Peter T. Leeson, “Superstition and Development”(Aid Watch, August 23, 2010)


ジプシーたちの間で信じ込まれている説によると、ジプシーではない人間の下半身は気付かぬうちに穢れてしまっているという。超自然的な力によって穢れが人づてに伝染するというのだ。そのせいで、ジプシーではない人間の魂は毒されているというのである。

これらの迷信は、非合理的なわけでは決してない。ジプシーたちの共同体の秩序を維持するのに中心的な役割を果たしているのだ。ジプシーたちは、仲間うちでの協調を図るために、公的な法制度に頼るということができない。彼らの間での経済的・社会的なやり取りの多くは、法律の対象外であるか、違法行為にあたる。しかしながら、法と秩序に対する欲求の強さは、ジプシーたちも人後に落ちない。

そこで、仲間内での秩序を維持するために迷信の力が借りられるのだ〔原注1〕。ジプシーではない人間の魂は毒されていて、超自然的な力によって穢れが人づてに伝染するという迷信がどんな役割を果たしているかを検討してみるとしよう。ジプシーたちは、仲間内の誰かが裏切らないようにするために、政府に頼ることができない。村八分(ostracism)の脅しに頼る〔訳注;裏切り行為を働いたら、共同体から追い出してもう二度と関わりを持たないと脅す〕しかない。 

問題なのは、ジプシーたちの共同体は大海に浮かぶ小島のようなものだということである。ジプシーではない人間がすぐ近くにうようよいるのだ。裏切り行為を働いて追放されたジプシーが外の社会に溶け込んで、そこで暮らす人たちと接触できるようなら、追い出すというのは大した罰ではなくなる。村八分の脅しに効力を持たせるために、あの迷信が生まれたのだ。ジプシーではない人間の魂は毒されていて、その毒は伝染するというあの迷信が。ジプシーではない人間と接触したら、超自然的な力によって同じく毒されてしまうというあの迷信が。

あの迷信のおかげで、村八分の脅しが真実味を帯びるようになる。裏切り行為を働くと、あらゆる社会から追放されることを意味するようになるからである。ジプシーたちとだけでなく、外の社会の人間たちとも接触できなくなることを意味するのだ。村八分の脅しと迷信の力が相まって、裏切り行為が防がれているわけなのだ。ジプシーたちの間で信じられている迷信は、おそらくは意図せずして法と秩序の維持に貢献しているのだ。

ジプシーのような「他者」が信じている迷信を見下してしまいがちな風潮があるが、ヨーロッパの歴史を振り返ると、迷信の宝庫であることがわかる。そして、その中のいくつかは社会的に有用な働きをしていた可能性があるのだ。例えば、中世ヨーロッパの裁判では、被告人が有罪か無罪かがはっきりしない場合に神判(ordeal)が執り行われた〔原注2〕。例えば、熱湯を用いる神判では、被告人はお湯がグツグツと沸き立っている大釜の中に腕を突っ込むように求められる。熱湯に腕を突っ込んでから3日後にひどいやけどや感染症の症状が確認されると、有罪が宣告される。その一方で、腕に何の異常も表れないようなら、無罪が言い渡される。このような神判を支えているのは、無実の被告人のために神が奇跡をもたらすという迷信なのだ。被告人が無実であれば、神のおかげで厳しい試練も無傷で潜り抜けられるという迷信なのだ。

ジプシーのケースと同じように、この迷信も一見すると非合理的な信念のように思えるが、じっくり検討してみると、社会的に有用な働きをしていることが判明する。被告人が身に覚えがあるようなら、腕を熱湯に突っ込むのを拒否するに決まっているだろう。なぜなら、無実の被告人は神のご加護によって救われる一方で、身に覚えがある被告人には神のご加護がないと信じ込まれているからである。すなわち、身に覚えがある被告人は、腕を熱湯に突っ込めばやけどを負うに違いないと予想するのだ。腕を熱湯に突っ込むのに同意したら、やけどを負って有罪を宣告されるに違いないと予想するのだ。腕にやけどを負うよりは、罪を白状するか原告と示談する方が得策と考えるのだ。

それとは対照的に、無実の被告人は、必ずや神判を受けようとするだろう。無実の被告人には神のご加護があるという迷信を信じているからである。腕を熱湯に突っ込んでも神のおかげでやけどを負わずに済むと信じているからである。神判を受けたら無罪が証明されるに違いないと信じているからである。無実の被告人は、神判を受けるのに少しも恐れを抱かない。神判をすすんで受けようとするのだ。

身に覚えがある被告人は神判を受けようとせず、無実の被告人は神判をすすんで受けようとする。被告人が神判をすすんで受けようとするかどうかを観察すれば、その被告人が有罪か無罪かを見分けられるのだ。中世ヨーロッパで信じられていた迷信は、刑事裁判で正義が下されるのを手助けする働きをしていたのだ。そのようにして法と秩序の維持に貢献していたのだ。

とは言え、あらゆる迷信が法と秩序の維持に貢献するというわけではない。決してそうじゃないだろう。しかしながら、科学的な根拠がなくて滑稽な迷信であっても、公的な制度の代役を果たしている場合があるかもしれないのだ。公的な制度が存在していなかったり公的な制度がうまく機能していない状況で、社会的な協調を支える役割を代わりに果たしているかもしれないのだ。その可能性を否定すべきじゃないだろう。発展途上国で信じ込まれている迷信のうちで、そういう役割を果たしているものはあるだろうか?


<原注>

〔原注1〕ジプシーたちの間で広まっている迷信に経済学的な観点から包括的な分析を加えているのが、次の拙論文である。Peter T. Leeson (2013), “Gypsy law(pdf)”(Public Choice, vol. 155, issue 3-4, pp. 273-292)

〔原注2〕中世ヨーロッパの裁判で執り行われていた「神判」に経済学的な観点から包括的な分析を加えているのが、次の拙論文である。Peter T. Leeson (2012), “Ordeals(pdf)”(Journal of Law and Economics, vol. 55, issue 3, pp. 691-714)

2013年8月11日日曜日

Stephen Hansen&Michael McMahon 「遅れてやってくるハトっぽさ ~マーク・カーニーの今後の振る舞いを占う~」(2013年8月11日)

Stephen Hansen&Michael McMahon, “Mark Carney and first impressions in monetary policy”(VOX, August 11, 2013)
 
イングランド銀行の新しい総裁に就任したばかりのマーク・カーニーの「タカ派度」を探るヒントを求めて、カーニーの一言一句に注目が集まるだろう。我々の研究によると、金融政策委員会のメンバーは、着任して間もない頃はタカ派色を強めがちで、経験を積むにつれて――例えば、金融政策決定会合に18回以上参加すると――ハト派色を強めがちになるようだ。真の選好がハト派寄りであるほど、その傾向が強いようだ。

現代の金融政策では、「インフレ期待の管理」に重きが置かれている。中央銀行の独立性を確保するのもそう。インフレ目標を採用するのもそう。フォワード・ガイダンスに訴えるのもそう。いずれもインフレ期待を管理することの重要性を反映しているのだ。中央銀行の上層部の刷新――例えば、新たな議長や新たな総裁の任命――は、インフレ期待を安定化させる上でとりわけ重要な出来事になりがちだ。新任の議長・総裁(ないしは、政策委員)がどんな選好の持ち主なのかよくわからないために、どういう政策スタンスが採用されそうかをめぐって――それに加えて、インフレ期待にどんな影響が及びそうかをめぐって――多くの憶測が飛び交う。イングランド銀行の新しい総裁に就任したばかりのマーク・カーニーが「タカ派」(‘hawk’)なのか、「ハト派」(‘dove’)なのかという議論(Cottle 2012)もその一例だ。

イングランド銀行の新しい総裁になったカーニーの今後の振る舞いについてどんな予測を立てられるだろうか? 彼が5年間の任期の後半に採用する政策を前もって予測するための頼りになる指針を得ることはできるだろうか? これからの数カ月の言動に照らして、カーニー総裁をハト派と断じたり、反対にタカ派だと言い放つ声が聞かれるようになるのは間違いないが、カーニー総裁の本音――カーニー総裁の真の選好――が実際の行動を通じて明らかになるまでにはかなりの時間を要するかもしれない。それはどうしてかというと、経済学の分野で「シグナリング」と呼ばれているアイデアが関わってくる。

着任して間もないセントラルバンカーがインフレ期待に影響を与えるために戦略的に振る舞う可能性があることを「シグナリング」のアイデアを使って分析している学術的な研究は、かなりの数にのぼる――例えば、Backus&Driffill (1985a, 1985b)、Barro (1986)、 Cukierman&Meltzer (1986)、Vickers (1986)、Faust&Svensson (2001)、Sibert (2002, 2003, 2009)、King&Lu&Pasten (2008) を参照されたい――。どんなことが明らかになっているかというと、着任したばかりのセントラルバンカーは、自らの本音――以下では、真の選好と呼ぶことにしよう――よりもタカ派色を強めてインフレに対してタフな態度で臨む傾向にあるという。その理由は、正真正銘のインフレファイターであるという評判を勝ち取るためだという。しかしながら、タフさを誇示した後は軟化して、真の選好に沿ったスタンスに転じるようになるというのだ。


金融政策委員会を対象にした最新の研究

真の選好がハト派寄りであるほど、インフレに対するタフさを誇示しようとしがちというのがこれまでの先行研究で強調されていることだが、セントラルバンカーの真の選好が国民に知られていない場合にセントラルバンカーがどのように振る舞いそうかを検討しているのが我々の最新の研究 (Hansen&McMahon 2013)である。どんなことが明らかになっているかというと、インフレ期待が高まるのを防ぐことが課題になっているようなら、真の選好がハト派寄りであろうとタカ派寄りであろうと、着任して間もないセントラルバンカーは真の選好よりもタカ派色を強めてインフレに対してタフな態度で臨む傾向にあって、時が経つにつれてハト派色を強めていくことが見出されている。「遅れてやってくるハトっぽさ」(“delayed dovishness”)――あるいは、「先んじてやってくるタカっぽさ」(“early hawkishness”)――とでも形容できる結果が見出されているのだ。どんな選好の持ち主であっても、着任したばかりだと真の選好よりもタカ派色を強めようとするのは変わらないが、真の選好がハト派寄りであるほど、タカ派色を強めようとするインセンティブが強いようだ。 

「シグナリング」のアイデアを使って金融政策に分析を加える学術的な研究の歴史は何十年にも及ぶが、イングランド銀行に設置されている金融政策委員会(Monetary Policy Committee;MPC)――その議長を新たに務めるのが、マーク・カーニー――のメンバーの振る舞いを対象にして「シグナリング」モデルの実証的な妥当性を裏付けているのは我々の研究がはじめてである。MPCのメンバーは、経験を積むにつれて(具体的には、MPCの会合に18回以上参加すると)、ハト派色を強める傾向にあることが見出されている。さらには、真の選好がハト派寄りであるほど、着任して間もない頃にタカ派色を強めがちであることも見出されている。

カーニー総裁の真の選好がハト派寄りで、それでいてタフなインフレファイターであるという評判を確立したいと望んでいるようなら、当初のうちはタカっぽさを誇示しようとするだろうというのが我々が見出した結果から示唆されることである。つまりは、イングランド銀行の総裁に着任したばかりのカーニーは、真の選好よりもタカ派色を強める可能性があるわけだ。

ところで、これまでの先行研究では、セントラルバンカーがインフレに対するタフさを誇示するのは、インフレが過熱しないようにするためであると想定されている。インフレに対するタフさを誇示して、インフレ期待が高まらないようにしていると想定されているのだ。1997年にMPCが設立されて以降の大半の期間に関しては、そのように想定しても特に問題はなかっただろう。しかしながら、景気が弱々しかったり、「流動性の罠」に陥ったり、政策当局者がインフレ期待を高めたいと望んでいたりするケースもあるかもしれない。そういうケースでは、セントラルバンカーの振る舞いについて正反対の予測が導かれるだろう。MPCのメンバーは、着任して間もない頃に真の選好よりもハト派色を強めて、経験を積むにつれてタカ派色を強めると予測されるのだ。そうすればインフレ期待が高まって、実質金利(期待実質金利)が低下するからである。実質金利が低下すれば、投資(設備投資)――The Economist (2013) でも論じられているように、イギリスでは投資の勢いが弱い――や消費が刺激される。日本銀行総裁に任命されたばかりの黒田東彦は、だいぶハト派寄りと目されていて、積極的な金融緩和に対するコミットメントを明らかにしている。黒田新総裁の振る舞いも「シグナリング」モデルを使ってうまく説明できるかもしれない。

着任して間もないイングランド銀行総裁の振る舞いについて、イギリス経済が置かれている困難な現状に照らして導かれる予測と、インフレファイターとしての評判を確立したいと願うセントラルバンカー特有の本能に照らして導かれる予測は、大きく食い違う。カーニー総裁がタカ派なのかハト派なのかを判別するのは相当に難度が高くなりそうだし、カーニーを総裁に選んだのが正しかったのかどうかを判断するにはだいぶ長い時間がかかるだろう。カーニー総裁の前途には、前任の総裁たちが担ったよりも厄介な仕事が待ち構えている。インフレ目標の達成が求められているだけでなく、マクロプルーデンス政策や金融規制の面でもやらないといけない仕事がたくさんあるのだ。カーニー総裁の真の選好を見極めるのはタフな仕事になるだろうが、カーニー総裁の前途に待ち構えているのはそれ以上にタフな仕事だ。あちらこちらで上がる数え切れないほどの火の手を鎮火しないといけないのだから。 


<参考文献>


●Backus, D and J Driffill (1985a): “Inflation and Reputation”, The American Economic Review, 75(3), 530-38.
●Backus, D and J Driffill (1985b), “Rational Expectations and Policy Credibility Following a Change in Regime”, Review of Economic Studies, 52(2), 211-21.
●Barro, R J (1986), “Reputation in a model of monetary policy with incomplete information”, Journal of Monetary Economics, 17(1), 3-20.
●Cottle, D (2012), “So, Mr. Carney, Hawk or Dove”, 27 November 2012, last accessed 04 April 2013.
●Cukierman, A and A H Meltzer (1986), “A Theory of Ambiguity, Credibility, and Inflation under Discretion and Asymmetric Information”, Econometrica, 54(5), 1099-1128.
●Faust, J and L E O Svensson (2001), “Transparency and Credibility: Monetary Policy with Unobservable Goals”, International Economic Review, 42(2), 369-97.
●Hansen, S and M McMahon (2013), “First Impressions Matter: Signalling as a source of policy dynamics(pdf)”, mimeograph.
●King, R G, Y K Lu and E S Pastén (2008), “Managing Expectations”, Journal of Money, Credit and Banking, 40(8), 1625-1666.
●Sibert, A (2002), “Monetary policy with uncertain central bank preferences”, European Economic Review, 46(6), 1093-1109.
●Sibert, A (2003), “Monetary Policy Committees: Individual and Collective Reputations”, Review of Economic Studies, 70(3), 649-665.
●Sibert, A (2009), “Is Transparency about Central Bank Plans Desirable?”, Journal of the European Economic Association, 7, 831-857.
The Economist (2013), “On a wing and a credit card” July 6th 2013.
●Vickers, J (1986), “Signalling in a Model of Monetary Policy with Incomplete Information”, Oxford Economic Papers, 38(3), 443-55.

2013年8月10日土曜日

Andy Harless 「タフでマッチョなハト派?」(2013年2月13日)

Andy Harless, “Why Doves Are Really Hawks”(Employment, Interest, and Money, February 13, 2013) 


マッチョ(Machismo)は、コミットメント・メカニズムの一種である。

あなたが徹底的なまでに合理的なオタク(perfectly rational nerd)だとしたら、周囲はあなたがいつだって合理的に振る舞うはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅しても信じてもらえないだろう。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことはほとんどないだろうからだ。「ケツを蹴っ飛ばすぞ」と脅しておいて、その通りに他人のケツを蹴飛ばすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたがタフでマッチョなごろつき(badass)だとしたら、周囲はあなたがいつだってタフでマッチョでたちの悪い振る舞いをするはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅すといつだって信じてもらえるだろう。脅しを実行するのは、タフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないからである。あなたが脅すと周囲がそれを真面目に受け取るので、脅しを実行しなくちゃいけない機会は滅多に訪れないだろう。

同じことが金融政策についても言える。あなたの国のセントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、あなたの国ではインフレ率が高止まりするだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅しても、誰からも信じてもらえないからである。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことは滅多にないので口先だけだと思われるのである。不況を起こすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたの国のセントラルバンカーがタフでマッチョなごろつきだとしたら、あなたの国でインフレ率が高止まりするようなことはないだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅したら、誰もが信じるからである。不況を起こすというのはタフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないので、そのセントラルバンカーが本気で脅しを実行するに違いないと周囲は予想するのである。セントラルバンカーの脅しを真面目に受け取った商売人たちが先んじて値下げに動くので、セントラルバンカーは脅しを実行する必要がなくなるのである(単純化し過ぎている面はあるが、あらましとしてはそうなる)。 

インフレ率が高止まりしないようにしたければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出す「タカ」みたいな人物である。こぎれいな見た目でクウクウ鳴きながらそこら一帯を飛び回るのに喜びを見出す「ハト」みたいな人物は御免被りたいことだろう。

1980年代においてはそう言えたかもしれないが、世の中は変わってしまった。過去20年を通じてインフレ率はそれほど高くなかった。今はというと、緩やかな不況の真っ只中にある。今のこの状況から抜け出すにはどうしたらいいのだろうか? 「インフレを起こすぞ」と脅すというのが一つの手だ。これからインフレを起こすつもりだから、お金の購買力が失われてしまう前にさっさと何かを買っておいた方が得策だと思わせるわけである。みんながお金を使うようになれば、脅しを実行するのは合理的じゃなくなるだろう。それゆえ、セントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、「インフレを起こすぞ」と脅しても信じてもらえないだろう。

今のこの緩やかな不況から抜け出したければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出すような人物である。ところで、私は鳥類学の専門家ではないが、そんな人物を「ハト(派)」と呼ぶのは適切ではないように思われるのだ。

2013年8月9日金曜日

James Zuccollo 「9・11テロの副次的な効果」(2013年8月9日)

James Zuccollo, “Side effects of 9/11”(TVHE, August 9, 2013)


人間というのは、限定合理的な(boundedly rational)存在だ。何らかの意思決定を下す時に、その都度最適な選択肢を探すよりも、ヒューリスティック(heuristics)に頼ろうとするのだ。しかしながら、ヒューリスティックがその人のためになるとは限らない
2001年のテロ事件が発生して以降の数カ月間に、アメリカの主要な航空会社の旅客マイル(旅客数×飛行距離)は12%~20%減少した一方で、車での移動が大幅に増えたという。
・・・(中略)・・・
ドイツでリスクについて専門的に研究しているゲルト・ギーゲレンツァー(Gerd Gigerenzer)教授の推計結果によると、9・11テロ以降の1年間に、車での移動が増えたせいで1595人のアメリカ人が自動車事故で命を失うことになったという。9・11テロという悲劇の間接的な犠牲者と言えよう。 
・・・(中略)・・・ 
リスクに対する貧弱な理解が原因で失われた命だとギーゲレンツァー教授は語る。「フライパンから火の中へと飛び込んだわけです」。 
ギーゲレンツァー教授は続ける。「私たちは、一度に大勢が命を失う状況を恐れるような傾向を備えています。私たちの祖先が小さな集団でまとまって生活していた時代の名残だと思われます。一部のメンバーの死がそれ以外のみんなの命も危険に晒してしまいかねない時代のですね。今ではそうじゃなくなっているわけですが、死者の数は同じであっても、それが一度で失われるか1年間の累計で失われるかで感じる恐れが違ってくるのです」。

2013年8月3日土曜日

Timothy Taylor 「FOMC版(笑)指数」(2013年8月2日)

Timothy Taylor, “The Fed Laughter Index”(Conversable Economist, August 2, 2013)


2007年から2009年にかけて、我が国(アメリカ)は金融面・経済面で大きなショックに襲われた。本ブログでは、そのショックの深刻さを可視化するのに役立つような図表を折に触れて紹介してきた。例えば、こちらこちらで取り上げたように、金利スプレッド、金融部門による純貸出、住宅バブル、海外からアメリカへの資本流入などについて紹介してきたわけだが、今回はちょっと風変わりな指標を紹介するとしよう。「FOMC版(笑)指数」とでも呼べる指標であり、アメリカにおける金融政策の最高意思決定機関であるFOMC(連邦公開市場委員会)のトランスクリプト(出席者の発言を文字に起こしたもの)にある「(笑)の数」――会合中に出席者の間で笑い声が漏れた回数――がカウントされている。


上の図によると、グリーンスパン議長時代の終わり頃には、会合ごとの「(笑)の数」は10回~30回というのが定番だったようだ(はっきりさせておかないといけないことがある。金融政策のオタクたちが一室に集まっているわけで、そんな彼らだけが笑える類のユーモアが交わされたに違いないということだ)。バーナンキがFRB議長に就任して以降は、「(笑)の数」が増えている。ピーク時には、会合ごとの「(笑)の数」が70回~80回にも達している。しかしながら、2007年後半に金融危機の第一波に襲われてからというもの、「(笑)の数」がほぼゼロという会合もちらほらある。

データが2008年初頭までしかないのは、会合が終了してから議事録が公開されるまでに5年待たないといけないからだ。最後に図の出所を明らかにしておくと、スタンフォード大学経済政策研究所が昨年(2012年)の春に開催した「サミット」の報告書からの転載だ。Bianco Researchが収集したデータを基にして作成した図だという。

2013年6月11日火曜日

Benjamin Mandel&Geoffrey Barnes 「予想インフレ率を測るための新たな指標 ~日本の予想インフレ率を探る~」(2013年4月22日)

Benjamin R. Mandel&Geoffrey Barnes, “Japanese Inflation Expectations, Revisited”(Liberty Street Economics, April 22, 2013


金融政策の成否を測る重要な指標の一つは、予想インフレ率を安定させられるかどうかである。予想インフレ率は実際のインフレ率にも影響を及ぼすし、それゆえにインフレ目標を達成できるかどうかを左右するのだ。このことが特別な意義を持ってくるのが、日本経済である。日本では、CPI(消費者物価指数)で測ったインフレ率が1994年以降に何度かマイナスを記録していて、予想インフレ率が一貫してマイナスにとどまっている(すなわち、デフレの継続が予想されている)と広く信じられているのだ。このエントリーでは、日本における予想インフレ率を測るための新たな指標について説明を加えて、その頑健性をチェックする。購買力平価説に依拠したその指標によると、ここ最近の日本の予想インフレ率は過去3年間におけるピークを大きく上回っているのだ。

背景情報を伝えておくと、日本銀行の政策で最近になって変わったところは、インフレ期待(予想インフレ率)にスポットライトが当てられるようになったことである。去る4月4日に、量的・質的緩和(Quantitative and Qualitative Monetary Easing ;QQE)と呼ばれるプログラム(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕が導入された。マネタリーベースを拡大させるために資産の買い入れ額を劇的に増やすと同時に、満期が長めの資産の買い入れを進めることが誓われたのである。日本国債の利回り(名目金利)はもう既に極めて低いので、量的・質的緩和プログラムの成否は、予想インフレ率が2%――日銀が掲げる「物価安定の目標」――に近いところまで上昇して実質金利が低下するかどうかによって判断されることになるだろう。


予想インフレ率をいかにして測るか:予想インフレ率を測るための既存の指標

日本の予想インフレ率を測るためには、どうしたらいいのだろうか? この件についてはコンセンサスがある。日本の予想インフレ率を測るために頼りになる指標は存在しないというのがそれだ。アメリカの予想インフレ率を測るためによく使われる市場データとしては、普通国債と物価連動国債(TIPS)の利回りの差がある。いわゆるブレーク・イーブン・インフレ率と呼ばれているやつである。他には、インフレスワップと呼ばれる店頭デリバティブのデータも利用されている。その一方で、日本の物価連動国債(JGBi)は、取引量が極めて少なくて、発行残高の大半が近年になって財務省によって買い戻されている。それゆえに、物価連動国債の利回りから日本の予想インフレ率について頼りになる情報が得られるかというと、疑わしい。インフレスワップについても市場の厚みの面で物価連動国債と同様の問題を抱えている。 

予想インフレ率を測るための別の指標としては、 家計、投資家、経済予測の専門家らに対するアンケート調査がある。しかしながら、アンケート調査での回答はバックワードになりやすい(過去に引きずられやすい)かもしれない。回答が将来的なインフレ予測(将来的にインフレがどうなりそうか)を反映するよりも、実際のインフレ(最近のインフレがどうだったか)に強く影響される可能性があるのである。ちなみに、市場データに基づく指標――ブレーク・イーブン・インフレ率(紫色の実線)&インフレスワップ(赤色の実線)――と、アンケート調査に基づく指標――日経クイックサーベイ(青色の実線)&日銀による生活意識に関するアンケート調査(緑色の実線)――の推移を表しているのが以下のチャートである。ここ最近になって、5年先、10年先の予想インフレ率を測る指標がいずれも1%近辺に集まっていることがわかる。しかしながら、既に指摘したように、多くのアナリストは、これらの指標から予想インフレ率の符号の向きですら正確に知れるかどうかについて覚束なく感じているのである。




購買力平価説に依拠した予想インフレ率の指標:予想インフレ率を測るための新たな指標

そんなわけで、市場データに基づく別の指標にスポットを当てることにしよう。アメリカの予想インフレ率――日本に比べると、アメリカでは物価連動国債(TIPS)もインフレスワップも活発に取引されている――と購買力平価説を組み合わせて、日本の予想インフレ率を導き出すのだ。我々が知る範囲では、そのようにして日本の予想インフレ率が推計されることは滅多にないようだが、物価連動国債(JGBi)やインフレスワップに代わる有益な情報源になる可能性がある。例外として、ゴールドマン・サックスによる調査(“The Market Consequences of Exiting Japan’s Liquidity Trap,” Global Economics Weekly 13/05, February 2013)を挙げておこう。ドル円の先物為替レート(30年先)を使って、日本の予想インフレ率が推計されている。

我々が提示する指標は、購買力平価(Purchasing Power Parity;PPP)説に依拠している。購買力平価説によると、任意の二国間の名目為替レートは、その二国の物価水準の比と等しくなると考えられている。これまでの研究によると、購買力平価説は、名目為替レートの長期的な変動をかなりうまく説明できて、とりわけ変化率で見る(相対的PPP)とあてはまりがいいことがわかっている。すなわち、日本における物価水準の期待変化率(≒予想インフレ率)は、アメリカにおける物価水準の期待変化率に名目為替レート(ドル円レート)の期待変化率を加えたものに等しくなる〔日本の予想インフレ率=アメリカの予想インフレ率+名目為替レートの期待減価率〕わけである。アメリカの予想インフレ率を測る指標としてアメリカのブレーク・イーブン・インフレ率を用いて、名目為替レートの期待減価率を測る指標としてドル円の先物為替レートを用いるとしよう。

購買力平価説から示唆される日本の予想インフレ率の推移を表したのが以下のチャートである。日次データを利用していて、2010年1月以降が対象である。5年先の予想インフレ率が赤色の実線、7年先の予想インフレ率が緑色の実線、10年先の予想インフレ率が紫色の実線で表されている。予想インフレ率にシフトが生じているタイミングを見ると、政策面での変化と関わりがありそうなことが示唆される。過去3年のうちで予想インフレ率がピークに達したのは、政策面でイノベーション(新たな行動)に踏み切られた後だからである。2010年10月に日本銀行は「包括的金融緩和」(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕に乗り出したが、その後に予想インフレ率が高まっていることが見て取れる。しかしながら、予想インフレ率は2011年の半ば頃までに包括的金融緩和が導入される前の水準にまで戻った。2012年2月に日本銀行は「1%の物価安定の目途」(pdf)〔日本語はこちら(pdf)〕を発表したが、その後に再び予想インフレ率が高まった――包括的金融緩和が導入された後に比べると、軽微な上昇にとどまった――。しかしながら、その数ヶ月後には予想インフレ率は再び元の水準(「1%の物価安定の目途」が発表される前の水準)にまで低下した。最近はどうかというと、2012年9月に安倍晋三が自民党の総裁に選ばれて、同年の12月に新首相の座に就いて「アベノミクス」と呼ばれる政策レジームが始動すると、予想インフレ率が跳ね上がった。以下のチャートによると、「アベノミクス」後の予想インフレ率は、先程触れた過去2回のピークを大きく上回っているのだ。




頑健性のチェック

国のペアを変えて同じ理屈を当てはめてみたら、購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標が頑健かどうかをチェックできるだろう。購買力平価説から示唆される日本の予想インフレ率の変動がアメリカと日本の金融市場に特有の事情によって突き動かされているわけではないようなら、ドル円以外の先物為替レートやアメリカ以外のブレーク・イーブン・インフレ率を用いても似たような結果が得られるはずである。アメリカ以外の別の国として真っ先に候補になるのはイギリスだろう。イギリスの物価連動国債の市場は、流動性が比較的高いからである。先のケースと同じように、ポンド円の先物為替レートとイギリスのブレーク・イーブン・インフレ率を用いて日本の予想インフレ率を導き出した結果をまとめたのが以下のチャートである。「日本×イギリス」のペアから求められる日本の予想インフレ率(U.K.-PPP;緑色の実線)に加えて、「日本×アメリカ」のペアから求められる日本の予想インフレ率(U.S.-PPP;赤色の実線)も並記してある。その水準は必ずしも完全に一致しているわけではないが、両者(U.K.-PPP&U.S.-PPP)の相関はかなり高い――相関係数は0.66――。




イギリスのブレーク・イーブン・インフレ率とドルポンドの先物為替レートを用いてアメリカの予想インフレ率を導き出して、それとアメリカのブレーク・イーブン・インフレ率を比較するという手もある。以下のチャートがそれである。購買力平価説から示唆されるアメリカの予想インフレ率が緑色の実線、アメリカのブレーク・イーブン・インフレ率が赤色の実線で表されている。2012年後半の数日を例外として、この2つの指標も相関がかなり高い――相関係数は0.64――。購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標は、物価連動国債(TIPS)から算出される予想インフレ率の良い近似になっていると言えよう。




要約しよう。購買力平価説に依拠すれば、日本の予想インフレ率を測るための市場データに基づく新たな指標が得られる。その指標は、日本銀行による最近の金融政策面でのイノベーションに極めて敏感に反応しているようである。異なる期間(5年先、7年先、10年先の予想インフレ率)や異なる国のペア(アメリカと日本、イギリスと日本、アメリカとイギリス)でも似たような結果が得られることから判断すると、購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標は、予想インフレ率を測るための頑健で頼りになる指標と言えそうなのだ。

2013年3月7日木曜日

The Economist 「メディア・バイアスの経済学 ~ニュースにバイアスが生じるのはなぜ?~」(2008年10月30日)

The Economist, “A biased market”(October 30, 2008)
 
偏向報道は、メディアが機能不全に陥っている印(しるし)と見なされているが、実のところは健全な競争が働いている印なのかもしれない。

バラク・オバマがニューヨーク・タイムズ・マガジンのライターについ最近語っているところによると、右派系の放送局であるフォックス・ニュースが存在しなければ、来る大統領選挙で自分の得票率が2~3ポイント(パーセントポイント)は上昇するかもしれないという。その一方で、共和党の副大統領候補であるサラ・ペイリンも「リベラルなメディア」が抱えるバイアスを取り上げて激しい口撃を加えている。メディアの偏向報道を問題視する声がアメリカの政界のあちこちで上がっているが、ニュースの報道の仕方に違いが生じるのはなぜなのかを立ち止まって考える人はあまりいないようだ。

サプライサイド(ニュースの送り手の側)に原因があるというのが一つの可能性だ。テレビ局なり新聞社なりの経営者や従業員が抱いているイデオロギーがニュースの報道に歪みを生じさせるという可能性である。しかしながら、読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら成り立ちそうにない可能性だ。読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら、メディア間での競争によって、右寄りか左寄りかのどちらかに一貫して歪んだ情報を伝える報道機関は、読者や視聴者からそっぽを向かれて経営的に痛手を被ることになるはずだからである。アメリカのメディア市場では自由な競争が行われているにもかかわらず偏向報道が横行しているらしいとすると、何か別の要因が関わっていそうだ。

競争が激しいメディア市場で偏向報道が蔓延る理由を理解するためには、ディマンドサイド(ニュースの受け手の側)が何を欲しているかについてもっと掘り下げて考えてみるのが大事かもしれない。ともにハーバード大学に籍を置く経済学者のセンディル・ムッライナタン(Sendhil Mullainathan)とアンドレイ・シュライファー(Andrei Shleifer)のよく知られている共著論文――“The Market for News”(pdf)――によると、ニュースの受け手が情報の正確さだけを気にかけると想定するのはナイーブかもしれないという。その代わりに、彼らの共著論文では、新聞の読者が(情報の正確さを気にかけるだけでなく、それに加えて)確証バイアスを抱えていて、自分が既に持っている考え(信念)が記事を読んで正当化されるのを欲すると想定してその帰結がモデルを使って分析されている。ムッライナタン&シュライファーのモデルによると、読者がそれぞれ異なる考え(信念)を持っているとしたら、メディア間での競争は、歪んだニュースを報じる新聞社を市場から駆逐するのではなく、偏向報道を蔓延らせる可能性がある。それぞれの新聞社が偏った考え(右寄りないしは左寄りの考え)の持ち主(読者)のニーズに応えようとするからである。ムッライナタン&シュライファーのモデルが現実に当てはまるかどうかを検証しているのが、ともにシカゴ大学のビジネススクールに籍を置く経済学者のマシュー・ジェンツコウ(Matthew Gentzkow)とジェシー・シャピロ(Jesse Shapiro)の共著論文――“What Drives Media Slant? Evidence from U.S. Daily Newspapers”(pdf)――である。

検証を行うためには、まず何よりも報道内容が政治的にどれくらい偏向しているかを測定する必要があるが、ジェンツコウ&シャピロの二人は想像力に富んだ方法でその厄介な問題を処理している。議会での討論をコンピュータープログラムを使って分析し、共和党の議員と民主党の議員がそれぞれ頻繁に口にするフレーズを特定したのである。例えば、民主党の議員は、“estate tax”(相続税)という語を口にしがちな一方で、共和党の議員は同じ問題を論じる時に “death tax”(相続税)という語を口にしがちだという(これは単なる偶然ではない。ジェンツコウ&シャピロの二人が匿名の共和党スタッフの言葉として引用しているところによると、党の指導部は議員に “death tax” という語を使うように指導しているという。なぜかというと、「“estate tax” だと富裕層だけが対象であるかのように響くが、“death tax” だと誰もが対象であるかのように響くから」だというのだ)。党派色のあるフレーズを特定したジェンツコウ&シャピロの二人が次に何をしたかというと、アメリカで発行されている400紙以上の新聞を対象にして、党派色のあるフレーズが記事の中でどれくらい頻繁に使われているかを調査したのだった。党派色のあるフレーズがどれくらい頻繁に使われているかを基にして、それぞれの新聞が抱える「偏向度」を正確に測定する指標を作り上げたのだ。

次にやるべきことは、それぞれの新聞の読者の政治的な傾向を評価することである。ジェンツコウ&シャピロの二人は、それぞれの新聞が流通している地域の住民であり読者の政治的な傾向を探るために、2004年の大統領選挙でのジョージ・ブッシュ(共和党の候補)の地域別の得票率のデータに加えて、それぞれの地域が民主党寄りか共和党寄りかを判別するのに使えそうなデータに目を向けて分析を加えている。かくして、「新聞の発行部数」、「新聞の偏向度」、「読者の政治的な傾向」の関係を探るための準備が整ったわけである。

まずはじめに、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどのように変化するかが検証されているが、「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレが小さいほど、「新聞の発行部数」が多くなる傾向にあることが見出されている。「共和党寄り」の新聞は、「共和党寄り」の地域でよく読まれるというわけだ。このことはさして驚くような発見じゃないが、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどれくらい増減するかを計測することによって、もっと興味深い比較を行えるようになった。どういうことかというと、それぞれの地域の「政治的な傾向」がわかっているので、それぞれの地域でどれくらい偏向すれば利潤が最大化できるかが計算できるのだ。それぞれの地域ごとに利潤を最大化する「理想的な偏向度」を求めることができるのだ。そのおかげで、利潤の最大化につながる「理想的な偏向度」とそれぞれの新聞の「偏向度」を比較することができるようになったのだ。 

その比較の結果はというと、驚くほど一致していることが見出された。全般的な傾向として、利潤を最大化するのにちょうどいい程度に偏向していることが見出されたのだ。そうなるのも納得がいく。ジェンツコウ&シャピロの二人の分析結果によると、「理想的な偏向度」からほんの少しズレるだけでも発行部数が大きく落ち込むことになるからだ。


私が歪んでいるのは、あなたのため

新聞が政治的に偏向しているのは経済的に見て合理的だから(儲けられるから)ということが示されたからといって、ニュースにバイアスが生じる原因がサプライサイド(ニュースの送り手の側)にあるのか、それともディマンドサイド(ニュースの受け手の側)にあるのかという疑問への答えが得られるわけでは必ずしもない。そこで、ジェンツコウ&シャピロの二人は、メディア関係の大手企業が複数の新聞を発行している事実に着目した。経営者が同じである複数の新聞が「政治的な傾向」が異なる地域で発行されていることも珍しくない。経営者が同じである新聞同士の方がランダムに選ばれた二紙よりも「偏向度」が似通っているかどうかを検証したところ、否定的な結果が得られた。経営者は、自社の新聞の「偏向度」にほんの些細な影響しか及ぼしていないというのだ。メディア関係の大手企業が発行している新聞の「偏向度」の5分の1は「読者の政治的な傾向」によって説明可能で、経営者は「偏向度」に何の影響も及ぼしていないに等しいというのだ。

ありのままの真実を追い求める人にとっては、何の足しにもならない発見だろう。正確な情報を追い求める注意深い人は、バランスをとるためにいくつもの新聞に目を通さねばならないことになろう。しかしながら、メディア市場における競争は、多様性を促すことにもなる。報道機関がディマンドサイドの多様なニーズに応じようとして、あれやこれやの異なる考えを代弁することになるからである。ともあれ、ペイリンがフォックス・ニュースを批判することもなければ、オバマがニューヨーク・タイムズ紙に不満を垂れることもなさそうだ。

2013年2月18日月曜日

Gregory Mankiw 「金融政策の分権化に向けて」(2006年7月21日)

Gregory Mankiw, “How to Decentralize Monetary Policy”(Greg Mankiw's Blog, July 21, 2006)


本日付(2006年7月21日付)のウォール・ストリート・ジャーナル紙で次のように報じられている。

FOMCの議事要旨によると、Fedが6月(先月)に政策金利を引き上げたのは、マーケットが政策金利の引き上げを予想していたからというのも理由の一つのようだ。マーケットの予想に反して政策金利を引き上げなければ、インフレファイターとしての評判に傷がつくと恐れたようなのだ。

ビビりだなあと思う人もいるかもしれない。リーダーシップをとってマーケットを引っ張るわけではなく、マーケットの御機嫌を取っているというわけだから。しかしながら、考えようによっては「金融政策の分権化」に向けて一歩踏み出すことができるかもしれない。

どういうことかというと、Fedが例えば2%のインフレ目標を採用すると同時に、以下のようなルールに従うようにすればいいのだ。

マーケットが政策金利とインフレ率の今後についてどのように予想しているかをチェックする。将来的にインフレ率が2%を上回るというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想しているよりも高めに政策金利を設定する。それとは反対に、将来的にインフレ率が2%を下回るというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想しているよりも低めに政策金利を設定する。インフレ率が今後も2%にとどまるというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想している通りの高さに政策金利を設定する。

循環しているように見えるかもしれない。Fedはマーケットに反応し、マーケットはFedに反応するというわけだから。しかしながら、どこにも問題はない。経済学者は、同時性(simultaneity)の問題に慣れっこなのだ。

言うまでもなく、マーケットはFedの反応を織り込んで予想を立てるだろう。しかしながら、何の問題もない。そうなることが理想なのだ。最終的には、インフレ率が今後も2%にとどまるとマーケットが予想するような不動点(fixed-point)に達するだろう。あとは、マーケットが予想している通りの高さに政策金利を設定すればいい。そうすればインフレ目標を達成できるのだ。