組織(政府や企業など)が機能不全に陥って低空飛行を続ける理由は、たくさんある。その中でも主たる理由の一つは、能力の低い人物が昇進したり、同じ地位に居座り続けたりするからだ。この面に焦点を当てた研究は数多い――例えば、ピーターの法則(Peter Principle)が有名だ。出世の階段を上っているうちに、やがては能力に見合わない役目を任される羽目になるというのだ――。しかしながら、無能な人物が昇進したり同じ地位にとどまり続けたりするのは、組織の利益に反するように思える。それなのに、そうなっているのはどうしてなのだろうか? 能力の低い人物が同じ地位に居座り続けられるのは、どうしてなのだろう? 昇進までできたりすることがあるのは、どうしてなのだろう?
「無能さ」それ自体に価値があるから、というのが考えられる理由の一つだ。「無能さ」は、信憑性の高い「コストのかかるシグナル」(costly signal)として機能している可能性がある。組織内での勢力基盤を固めようと企んでいる上司が信頼できる部下を見分けるためのシグナルとして機能している可能性があるのだ。
社会学者のディエゴ・ガンベッタ(Diego Gambetta)と言えば、シグナリング研究の第一人者として知られている。彼が2007年に上梓した『Codes of the Underworld:How Criminals Communicate』では、「信頼、シグナリング、コミュニケーション」の絡み合いを解きほぐすために、犯罪者同士の協調という極端な例に目が向けられている。ギャングは、「信頼のシグナリング理論」にとっての「ハードケース」(厄介な事例)と見なせる。なぜなら、犯罪者は嘘をつく(裏切る)強いインセンティブを持っていて、犯罪者であるというまさにその事実ゆえに信頼できない相手だからである。犯罪者たちは、どうやって連携し合っているのだろう? 相手が信頼できるかどうかをどうやって確認し合っているのだろう? そのあたりのことが理解できたら、それほど過酷ではないありふれた場面ではどうなっているかについても何かしらを学べるだろう。
自分が信頼できる人間だということを相手に伝えるためには、どうしたらいいか? ガンベッタによると、犯罪者がそのために使える方法の一つが「無能さ」だという。
ギャングの下っ端――フィクションの中で、エネルギュメーヌ(énergumène;変人)として誇張して描かれることが多い存在――が、極端なケースの典型である。彼があまりにも賢いようだと、そのギャングのボスにとって脅威になるだろう。白痴(Idiocy)であることが、信頼できる部下であることの仄めかしになるのだ。・・・(省略)・・・お金を儲けるためには「義賊」(‘honourable thief’;高潔な泥棒)として振る舞うのがこちらにとって最善の手であることを相手に納得させる方法の一つは、他にマシな選択肢がないことを伝えることにある。・・・(省略)・・・「無能さ」は、相手に次のように伝える方法の一つである。「私は頼りになりますよ。だって、あなたを裏切ろうにも、無能な私にはそんなことできっこないんですから」。
ギャングの下っ端は、一人でやっていけるだけのスキルも知性も備えていない。お金を稼ぐためには、ボスに頼らざるを得ない。まさにそれゆえにこそ、自分が信頼できる人間だということをボスにシグナルできるのだ。このことからどんなことが言えるか? ギャングは、無能なゴロツキをメンバーとして迎え入れる可能性が高い。ギャングのボスの周りには、(自分よりも能力の低い)無能な補佐役が集まりがち。
同様のメカニズムがその他の組織――企業、学校、政府など――でも働いているのを見て取ることは難しくない。パフォーマンスの良し悪しよりも、忠誠心に重きが置かれるようになると、組織内における無能なメンバーの比率が高まるだろう。さらには、「スポンサー」(自分に目をかけてくれている上司)が昇進すると、無能な部下もその後を追って一緒に昇進することになるだろう。
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