偏向報道は、メディアが機能不全に陥っている印(しるし)と見なされているが、実のところは健全な競争が働いている印なのかもしれない。
バラク・オバマがニューヨーク・タイムズ・マガジンのライターについ最近語っているところによると、右派系の放送局であるフォックス・ニュースが存在しなければ、来る大統領選挙で自分の得票率が2~3ポイント(パーセントポイント)は上昇するかもしれないという。その一方で、共和党の副大統領候補であるサラ・ペイリンも「リベラルなメディア」が抱えるバイアスを取り上げて激しい口撃を加えている。メディアの偏向報道を問題視する声がアメリカの政界のあちこちで上がっているが、ニュースの報道の仕方に違いが生じるのはなぜなのかを立ち止まって考える人はあまりいないようだ。
サプライサイド(ニュースの送り手の側)に原因があるというのが一つの可能性だ。テレビ局なり新聞社なりの経営者や従業員が抱いているイデオロギーがニュースの報道に歪みを生じさせるという可能性である。しかしながら、読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら成り立ちそうにない可能性だ。読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら、メディア間での競争によって、右寄りか左寄りかのどちらかに一貫して歪んだ情報を伝える報道機関は、読者や視聴者からそっぽを向かれて経営的に痛手を被ることになるはずだからである。アメリカのメディア市場では自由な競争が行われているにもかかわらず偏向報道が横行しているらしいとすると、何か別の要因が関わっていそうだ。
競争が激しいメディア市場で偏向報道が蔓延る理由を理解するためには、ディマンドサイド(ニュースの受け手の側)が何を欲しているかについてもっと掘り下げて考えてみるのが大事かもしれない。ともにハーバード大学に籍を置く経済学者のセンディル・ムッライナタン(Sendhil Mullainathan)とアンドレイ・シュライファー(Andrei Shleifer)のよく知られている共著論文――“The Market for News”(pdf)――によると、ニュースの受け手が情報の正確さだけを気にかけると想定するのはナイーブかもしれないという。その代わりに、彼らの共著論文では、新聞の読者が(情報の正確さを気にかけるだけでなく、それに加えて)確証バイアスを抱えていて、自分が既に持っている考え(信念)が記事を読んで正当化されるのを欲すると想定してその帰結がモデルを使って分析されている。ムッライナタン&シュライファーのモデルによると、読者がそれぞれ異なる考え(信念)を持っているとしたら、メディア間での競争は、歪んだニュースを報じる新聞社を市場から駆逐するのではなく、偏向報道を蔓延らせる可能性がある。それぞれの新聞社が偏った考え(右寄りないしは左寄りの考え)の持ち主(読者)のニーズに応えようとするからである。ムッライナタン&シュライファーのモデルが現実に当てはまるかどうかを検証しているのが、ともにシカゴ大学のビジネススクールに籍を置く経済学者のマシュー・ジェンツコウ(Matthew Gentzkow)とジェシー・シャピロ(Jesse Shapiro)の共著論文――“What Drives Media Slant? Evidence from U.S. Daily Newspapers”(pdf)――である。
検証を行うためには、まず何よりも報道内容が政治的にどれくらい偏向しているかを測定する必要があるが、ジェンツコウ&シャピロの二人は想像力に富んだ方法でその厄介な問題を処理している。議会での討論をコンピュータープログラムを使って分析し、共和党の議員と民主党の議員がそれぞれ頻繁に口にするフレーズを特定したのである。例えば、民主党の議員は、“estate tax”(相続税)という語を口にしがちな一方で、共和党の議員は同じ問題を論じる時に “death tax”(相続税)という語を口にしがちだという(これは単なる偶然ではない。ジェンツコウ&シャピロの二人が匿名の共和党スタッフの言葉として引用しているところによると、党の指導部は議員に “death tax” という語を使うように指導しているという。なぜかというと、「“estate tax” だと富裕層だけが対象であるかのように響くが、“death tax” だと誰もが対象であるかのように響くから」だというのだ)。党派色のあるフレーズを特定したジェンツコウ&シャピロの二人が次に何をしたかというと、アメリカで発行されている400紙以上の新聞を対象にして、党派色のあるフレーズが記事の中でどれくらい頻繁に使われているかを調査したのだった。党派色のあるフレーズがどれくらい頻繁に使われているかを基にして、それぞれの新聞が抱える「偏向度」を正確に測定する指標を作り上げたのだ。
次にやるべきことは、それぞれの新聞の読者の政治的な傾向を評価することである。ジェンツコウ&シャピロの二人は、それぞれの新聞が流通している地域の住民であり読者の政治的な傾向を探るために、2004年の大統領選挙でのジョージ・ブッシュ(共和党の候補)の地域別の得票率のデータに加えて、それぞれの地域が民主党寄りか共和党寄りかを判別するのに使えそうなデータに目を向けて分析を加えている。かくして、「新聞の発行部数」、「新聞の偏向度」、「読者の政治的な傾向」の関係を探るための準備が整ったわけである。
まずはじめに、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどのように変化するかが検証されているが、「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレが小さいほど、「新聞の発行部数」が多くなる傾向にあることが見出されている。「共和党寄り」の新聞は、「共和党寄り」の地域でよく読まれるというわけだ。このことはさして驚くような発見じゃないが、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどれくらい増減するかを計測することによって、もっと興味深い比較を行えるようになった。どういうことかというと、それぞれの地域の「政治的な傾向」がわかっているので、それぞれの地域でどれくらい偏向すれば利潤が最大化できるかが計算できるのだ。それぞれの地域ごとに利潤を最大化する「理想的な偏向度」を求めることができるのだ。そのおかげで、利潤の最大化につながる「理想的な偏向度」とそれぞれの新聞の「偏向度」を比較することができるようになったのだ。
その比較の結果はというと、驚くほど一致していることが見出された。全般的な傾向として、利潤を最大化するのにちょうどいい程度に偏向していることが見出されたのだ。そうなるのも納得がいく。ジェンツコウ&シャピロの二人の分析結果によると、「理想的な偏向度」からほんの少しズレるだけでも発行部数が大きく落ち込むことになるからだ。
私が歪んでいるのは、あなたのため
新聞が政治的に偏向しているのは経済的に見て合理的だから(儲けられるから)ということが示されたからといって、ニュースにバイアスが生じる原因がサプライサイド(ニュースの送り手の側)にあるのか、それともディマンドサイド(ニュースの受け手の側)にあるのかという疑問への答えが得られるわけでは必ずしもない。そこで、ジェンツコウ&シャピロの二人は、メディア関係の大手企業が複数の新聞を発行している事実に着目した。経営者が同じである複数の新聞が「政治的な傾向」が異なる地域で発行されていることも珍しくない。経営者が同じである新聞同士の方がランダムに選ばれた二紙よりも「偏向度」が似通っているかどうかを検証したところ、否定的な結果が得られた。経営者は、自社の新聞の「偏向度」にほんの些細な影響しか及ぼしていないというのだ。メディア関係の大手企業が発行している新聞の「偏向度」の5分の1は「読者の政治的な傾向」によって説明可能で、経営者は「偏向度」に何の影響も及ぼしていないに等しいというのだ。
ありのままの真実を追い求める人にとっては、何の足しにもならない発見だろう。正確な情報を追い求める注意深い人は、バランスをとるためにいくつもの新聞に目を通さねばならないことになろう。しかしながら、メディア市場における競争は、多様性を促すことにもなる。報道機関がディマンドサイドの多様なニーズに応じようとして、あれやこれやの異なる考えを代弁することになるからである。ともあれ、ペイリンがフォックス・ニュースを批判することもなければ、オバマがニューヨーク・タイムズ紙に不満を垂れることもなさそうだ。
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