2013年8月10日土曜日

Andy Harless 「タフでマッチョなハト派?」(2013年2月13日)

Andy Harless, “Why Doves Are Really Hawks”(Employment, Interest, and Money, February 13, 2013) 


マッチョ(Machismo)は、コミットメント・メカニズムの一種である。

あなたが徹底的なまでに合理的なオタク(perfectly rational nerd)だとしたら、周囲はあなたがいつだって合理的に振る舞うはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅しても信じてもらえないだろう。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことはほとんどないだろうからだ。「ケツを蹴っ飛ばすぞ」と脅しておいて、その通りに他人のケツを蹴飛ばすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたがタフでマッチョなごろつき(badass)だとしたら、周囲はあなたがいつだってタフでマッチョでたちの悪い振る舞いをするはずだと予想するだろう。そのため、あなたが脅すといつだって信じてもらえるだろう。脅しを実行するのは、タフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないからである。あなたが脅すと周囲がそれを真面目に受け取るので、脅しを実行しなくちゃいけない機会は滅多に訪れないだろう。

同じことが金融政策についても言える。あなたの国のセントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、あなたの国ではインフレ率が高止まりするだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅しても、誰からも信じてもらえないからである。その脅しを実行するのが合理的なようなら信じてもらえるだろうが、そんなことは滅多にないので口先だけだと思われるのである。不況を起こすのが合理的なケースなんてそうそうないだろう。

その一方で、あなたの国のセントラルバンカーがタフでマッチョなごろつきだとしたら、あなたの国でインフレ率が高止まりするようなことはないだろう。そのセントラルバンカーが「インフレを抑制するために不況を起こすぞ」と脅したら、誰もが信じるからである。不況を起こすというのはタフでマッチョでたちの悪い行いに他ならないので、そのセントラルバンカーが本気で脅しを実行するに違いないと周囲は予想するのである。セントラルバンカーの脅しを真面目に受け取った商売人たちが先んじて値下げに動くので、セントラルバンカーは脅しを実行する必要がなくなるのである(単純化し過ぎている面はあるが、あらましとしてはそうなる)。 

インフレ率が高止まりしないようにしたければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出す「タカ」みたいな人物である。こぎれいな見た目でクウクウ鳴きながらそこら一帯を飛び回るのに喜びを見出す「ハト」みたいな人物は御免被りたいことだろう。

1980年代においてはそう言えたかもしれないが、世の中は変わってしまった。過去20年を通じてインフレ率はそれほど高くなかった。今はというと、緩やかな不況の真っ只中にある。今のこの状況から抜け出すにはどうしたらいいのだろうか? 「インフレを起こすぞ」と脅すというのが一つの手だ。これからインフレを起こすつもりだから、お金の購買力が失われてしまう前にさっさと何かを買っておいた方が得策だと思わせるわけである。みんながお金を使うようになれば、脅しを実行するのは合理的じゃなくなるだろう。それゆえ、セントラルバンカーが徹底的なまでに合理的なオタクだとしたら、「インフレを起こすぞ」と脅しても信じてもらえないだろう。

今のこの緩やかな不況から抜け出したければ、どんな人物をセントラルバンカーに据えたらいいだろうか? その答えは、言うまでもなく明らかだろう。タフでマッチョなごろつきである。己のかぎづめでディナー用の小動物を仕留めるのに喜びを見出すような人物である。ところで、私は鳥類学の専門家ではないが、そんな人物を「ハト(派)」と呼ぶのは適切ではないように思われるのだ。

2013年8月9日金曜日

James Zuccollo 「9・11テロの副次的な効果」(2013年8月9日)

James Zuccollo, “Side effects of 9/11”(TVHE, August 9, 2013)


人間というのは、限定合理的な(boundedly rational)存在だ。何らかの意思決定を下す時に、その都度最適な選択肢を探すよりも、ヒューリスティック(heuristics)に頼ろうとするのだ。しかしながら、ヒューリスティックがその人のためになるとは限らない
2001年のテロ事件が発生して以降の数カ月間に、アメリカの主要な航空会社の旅客マイル(旅客数×飛行距離)は12%~20%減少した一方で、車での移動が大幅に増えたという。
・・・(中略)・・・
ドイツでリスクについて専門的に研究しているゲルト・ギーゲレンツァー(Gerd Gigerenzer)教授の推計結果によると、9・11テロ以降の1年間に、車での移動が増えたせいで1595人のアメリカ人が自動車事故で命を失うことになったという。9・11テロという悲劇の間接的な犠牲者と言えよう。 
・・・(中略)・・・ 
リスクに対する貧弱な理解が原因で失われた命だとギーゲレンツァー教授は語る。「フライパンから火の中へと飛び込んだわけです」。 
ギーゲレンツァー教授は続ける。「私たちは、一度に大勢が命を失う状況を恐れるような傾向を備えています。私たちの祖先が小さな集団でまとまって生活していた時代の名残だと思われます。一部のメンバーの死がそれ以外のみんなの命も危険に晒してしまいかねない時代のですね。今ではそうじゃなくなっているわけですが、死者の数は同じであっても、それが一度で失われるか1年間の累計で失われるかで感じる恐れが違ってくるのです」。

2013年8月3日土曜日

Timothy Taylor 「FOMC版(笑)指数」(2013年8月2日)

Timothy Taylor, “The Fed Laughter Index”(Conversable Economist, August 2, 2013)


2007年から2009年にかけて、我が国(アメリカ)は金融面・経済面で大きなショックに襲われた。本ブログでは、そのショックの深刻さを可視化するのに役立つような図表を折に触れて紹介してきた。例えば、こちらこちらで取り上げたように、金利スプレッド、金融部門による純貸出、住宅バブル、海外からアメリカへの資本流入などについて紹介してきたわけだが、今回はちょっと風変わりな指標を紹介するとしよう。「FOMC版(笑)指数」とでも呼べる指標であり、アメリカにおける金融政策の最高意思決定機関であるFOMC(連邦公開市場委員会)のトランスクリプト(出席者の発言を文字に起こしたもの)にある「(笑)の数」――会合中に出席者の間で笑い声が漏れた回数――がカウントされている。


上の図によると、グリーンスパン議長時代の終わり頃には、会合ごとの「(笑)の数」は10回~30回というのが定番だったようだ(はっきりさせておかないといけないことがある。金融政策のオタクたちが一室に集まっているわけで、そんな彼らだけが笑える類のユーモアが交わされたに違いないということだ)。バーナンキがFRB議長に就任して以降は、「(笑)の数」が増えている。ピーク時には、会合ごとの「(笑)の数」が70回~80回にも達している。しかしながら、2007年後半に金融危機の第一波に襲われてからというもの、「(笑)の数」がほぼゼロという会合もちらほらある。

データが2008年初頭までしかないのは、会合が終了してから議事録が公開されるまでに5年待たないといけないからだ。最後に図の出所を明らかにしておくと、スタンフォード大学経済政策研究所が昨年(2012年)の春に開催した「サミット」の報告書からの転載だ。Bianco Researchが収集したデータを基にして作成した図だという。

2013年6月11日火曜日

Benjamin Mandel&Geoffrey Barnes 「予想インフレ率を測るための新たな指標 ~日本の予想インフレ率を探る~」(2013年4月22日)

Benjamin R. Mandel&Geoffrey Barnes, “Japanese Inflation Expectations, Revisited”(Liberty Street Economics, April 22, 2013


金融政策の成否を測る重要な指標の一つは、予想インフレ率を安定させられるかどうかである。予想インフレ率は実際のインフレ率にも影響を及ぼすし、それゆえにインフレ目標を達成できるかどうかを左右するのだ。このことが特別な意義を持ってくるのが、日本経済である。日本では、CPI(消費者物価指数)で測ったインフレ率が1994年以降に何度かマイナスを記録していて、予想インフレ率が一貫してマイナスにとどまっている(すなわち、デフレの継続が予想されている)と広く信じられているのだ。このエントリーでは、日本における予想インフレ率を測るための新たな指標について説明を加えて、その頑健性をチェックする。購買力平価説に依拠したその指標によると、ここ最近の日本の予想インフレ率は過去3年間におけるピークを大きく上回っているのだ。

背景情報を伝えておくと、日本銀行の政策で最近になって変わったところは、インフレ期待(予想インフレ率)にスポットライトが当てられるようになったことである。去る4月4日に、量的・質的緩和(Quantitative and Qualitative Monetary Easing ;QQE)と呼ばれるプログラム(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕が導入された。マネタリーベースを拡大させるために資産の買い入れ額を劇的に増やすと同時に、満期が長めの資産の買い入れを進めることが誓われたのである。日本国債の利回り(名目金利)はもう既に極めて低いので、量的・質的緩和プログラムの成否は、予想インフレ率が2%――日銀が掲げる「物価安定の目標」――に近いところまで上昇して実質金利が低下するかどうかによって判断されることになるだろう。


予想インフレ率をいかにして測るか:予想インフレ率を測るための既存の指標

日本の予想インフレ率を測るためには、どうしたらいいのだろうか? この件についてはコンセンサスがある。日本の予想インフレ率を測るために頼りになる指標は存在しないというのがそれだ。アメリカの予想インフレ率を測るためによく使われる市場データとしては、普通国債と物価連動国債(TIPS)の利回りの差がある。いわゆるブレーク・イーブン・インフレ率と呼ばれているやつである。他には、インフレスワップと呼ばれる店頭デリバティブのデータも利用されている。その一方で、日本の物価連動国債(JGBi)は、取引量が極めて少なくて、発行残高の大半が近年になって財務省によって買い戻されている。それゆえに、物価連動国債の利回りから日本の予想インフレ率について頼りになる情報が得られるかというと、疑わしい。インフレスワップについても市場の厚みの面で物価連動国債と同様の問題を抱えている。 

予想インフレ率を測るための別の指標としては、 家計、投資家、経済予測の専門家らに対するアンケート調査がある。しかしながら、アンケート調査での回答はバックワードになりやすい(過去に引きずられやすい)かもしれない。回答が将来的なインフレ予測(将来的にインフレがどうなりそうか)を反映するよりも、実際のインフレ(最近のインフレがどうだったか)に強く影響される可能性があるのである。ちなみに、市場データに基づく指標――ブレーク・イーブン・インフレ率(紫色の実線)&インフレスワップ(赤色の実線)――と、アンケート調査に基づく指標――日経クイックサーベイ(青色の実線)&日銀による生活意識に関するアンケート調査(緑色の実線)――の推移を表しているのが以下のチャートである。ここ最近になって、5年先、10年先の予想インフレ率を測る指標がいずれも1%近辺に集まっていることがわかる。しかしながら、既に指摘したように、多くのアナリストは、これらの指標から予想インフレ率の符号の向きですら正確に知れるかどうかについて覚束なく感じているのである。




購買力平価説に依拠した予想インフレ率の指標:予想インフレ率を測るための新たな指標

そんなわけで、市場データに基づく別の指標にスポットを当てることにしよう。アメリカの予想インフレ率――日本に比べると、アメリカでは物価連動国債(TIPS)もインフレスワップも活発に取引されている――と購買力平価説を組み合わせて、日本の予想インフレ率を導き出すのだ。我々が知る範囲では、そのようにして日本の予想インフレ率が推計されることは滅多にないようだが、物価連動国債(JGBi)やインフレスワップに代わる有益な情報源になる可能性がある。例外として、ゴールドマン・サックスによる調査(“The Market Consequences of Exiting Japan’s Liquidity Trap,” Global Economics Weekly 13/05, February 2013)を挙げておこう。ドル円の先物為替レート(30年先)を使って、日本の予想インフレ率が推計されている。

我々が提示する指標は、購買力平価(Purchasing Power Parity;PPP)説に依拠している。購買力平価説によると、任意の二国間の名目為替レートは、その二国の物価水準の比と等しくなると考えられている。これまでの研究によると、購買力平価説は、名目為替レートの長期的な変動をかなりうまく説明できて、とりわけ変化率で見る(相対的PPP)とあてはまりがいいことがわかっている。すなわち、日本における物価水準の期待変化率(≒予想インフレ率)は、アメリカにおける物価水準の期待変化率に名目為替レート(ドル円レート)の期待変化率を加えたものに等しくなる〔日本の予想インフレ率=アメリカの予想インフレ率+名目為替レートの期待減価率〕わけである。アメリカの予想インフレ率を測る指標としてアメリカのブレーク・イーブン・インフレ率を用いて、名目為替レートの期待減価率を測る指標としてドル円の先物為替レートを用いるとしよう。

購買力平価説から示唆される日本の予想インフレ率の推移を表したのが以下のチャートである。日次データを利用していて、2010年1月以降が対象である。5年先の予想インフレ率が赤色の実線、7年先の予想インフレ率が緑色の実線、10年先の予想インフレ率が紫色の実線で表されている。予想インフレ率にシフトが生じているタイミングを見ると、政策面での変化と関わりがありそうなことが示唆される。過去3年のうちで予想インフレ率がピークに達したのは、政策面でイノベーション(新たな行動)に踏み切られた後だからである。2010年10月に日本銀行は「包括的金融緩和」(pdf)〔日本語版はこちら(pdf)〕に乗り出したが、その後に予想インフレ率が高まっていることが見て取れる。しかしながら、予想インフレ率は2011年の半ば頃までに包括的金融緩和が導入される前の水準にまで戻った。2012年2月に日本銀行は「1%の物価安定の目途」(pdf)〔日本語はこちら(pdf)〕を発表したが、その後に再び予想インフレ率が高まった――包括的金融緩和が導入された後に比べると、軽微な上昇にとどまった――。しかしながら、その数ヶ月後には予想インフレ率は再び元の水準(「1%の物価安定の目途」が発表される前の水準)にまで低下した。最近はどうかというと、2012年9月に安倍晋三が自民党の総裁に選ばれて、同年の12月に新首相の座に就いて「アベノミクス」と呼ばれる政策レジームが始動すると、予想インフレ率が跳ね上がった。以下のチャートによると、「アベノミクス」後の予想インフレ率は、先程触れた過去2回のピークを大きく上回っているのだ。




頑健性のチェック

国のペアを変えて同じ理屈を当てはめてみたら、購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標が頑健かどうかをチェックできるだろう。購買力平価説から示唆される日本の予想インフレ率の変動がアメリカと日本の金融市場に特有の事情によって突き動かされているわけではないようなら、ドル円以外の先物為替レートやアメリカ以外のブレーク・イーブン・インフレ率を用いても似たような結果が得られるはずである。アメリカ以外の別の国として真っ先に候補になるのはイギリスだろう。イギリスの物価連動国債の市場は、流動性が比較的高いからである。先のケースと同じように、ポンド円の先物為替レートとイギリスのブレーク・イーブン・インフレ率を用いて日本の予想インフレ率を導き出した結果をまとめたのが以下のチャートである。「日本×イギリス」のペアから求められる日本の予想インフレ率(U.K.-PPP;緑色の実線)に加えて、「日本×アメリカ」のペアから求められる日本の予想インフレ率(U.S.-PPP;赤色の実線)も並記してある。その水準は必ずしも完全に一致しているわけではないが、両者(U.K.-PPP&U.S.-PPP)の相関はかなり高い――相関係数は0.66――。




イギリスのブレーク・イーブン・インフレ率とドルポンドの先物為替レートを用いてアメリカの予想インフレ率を導き出して、それとアメリカのブレーク・イーブン・インフレ率を比較するという手もある。以下のチャートがそれである。購買力平価説から示唆されるアメリカの予想インフレ率が緑色の実線、アメリカのブレーク・イーブン・インフレ率が赤色の実線で表されている。2012年後半の数日を例外として、この2つの指標も相関がかなり高い――相関係数は0.64――。購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標は、物価連動国債(TIPS)から算出される予想インフレ率の良い近似になっていると言えよう。




要約しよう。購買力平価説に依拠すれば、日本の予想インフレ率を測るための市場データに基づく新たな指標が得られる。その指標は、日本銀行による最近の金融政策面でのイノベーションに極めて敏感に反応しているようである。異なる期間(5年先、7年先、10年先の予想インフレ率)や異なる国のペア(アメリカと日本、イギリスと日本、アメリカとイギリス)でも似たような結果が得られることから判断すると、購買力平価説から示唆される予想インフレ率の指標は、予想インフレ率を測るための頑健で頼りになる指標と言えそうなのだ。

2013年3月7日木曜日

The Economist 「メディア・バイアスの経済学 ~ニュースにバイアスが生じるのはなぜ?~」(2008年10月30日)

The Economist, “A biased market”(October 30, 2008)
 
偏向報道は、メディアが機能不全に陥っている印(しるし)と見なされているが、実のところは健全な競争が働いている印なのかもしれない。

バラク・オバマがニューヨーク・タイムズ・マガジンのライターについ最近語っているところによると、右派系の放送局であるフォックス・ニュースが存在しなければ、来る大統領選挙で自分の得票率が2~3ポイント(パーセントポイント)は上昇するかもしれないという。その一方で、共和党の副大統領候補であるサラ・ペイリンも「リベラルなメディア」が抱えるバイアスを取り上げて激しい口撃を加えている。メディアの偏向報道を問題視する声がアメリカの政界のあちこちで上がっているが、ニュースの報道の仕方に違いが生じるのはなぜなのかを立ち止まって考える人はあまりいないようだ。

サプライサイド(ニュースの送り手の側)に原因があるというのが一つの可能性だ。テレビ局なり新聞社なりの経営者や従業員が抱いているイデオロギーがニュースの報道に歪みを生じさせるという可能性である。しかしながら、読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら成り立ちそうにない可能性だ。読者や視聴者が情報の正確さを重視するようなら、メディア間での競争によって、右寄りか左寄りかのどちらかに一貫して歪んだ情報を伝える報道機関は、読者や視聴者からそっぽを向かれて経営的に痛手を被ることになるはずだからである。アメリカのメディア市場では自由な競争が行われているにもかかわらず偏向報道が横行しているらしいとすると、何か別の要因が関わっていそうだ。

競争が激しいメディア市場で偏向報道が蔓延る理由を理解するためには、ディマンドサイド(ニュースの受け手の側)が何を欲しているかについてもっと掘り下げて考えてみるのが大事かもしれない。ともにハーバード大学に籍を置く経済学者のセンディル・ムッライナタン(Sendhil Mullainathan)とアンドレイ・シュライファー(Andrei Shleifer)のよく知られている共著論文――“The Market for News”(pdf)――によると、ニュースの受け手が情報の正確さだけを気にかけると想定するのはナイーブかもしれないという。その代わりに、彼らの共著論文では、新聞の読者が(情報の正確さを気にかけるだけでなく、それに加えて)確証バイアスを抱えていて、自分が既に持っている考え(信念)が記事を読んで正当化されるのを欲すると想定してその帰結がモデルを使って分析されている。ムッライナタン&シュライファーのモデルによると、読者がそれぞれ異なる考え(信念)を持っているとしたら、メディア間での競争は、歪んだニュースを報じる新聞社を市場から駆逐するのではなく、偏向報道を蔓延らせる可能性がある。それぞれの新聞社が偏った考え(右寄りないしは左寄りの考え)の持ち主(読者)のニーズに応えようとするからである。ムッライナタン&シュライファーのモデルが現実に当てはまるかどうかを検証しているのが、ともにシカゴ大学のビジネススクールに籍を置く経済学者のマシュー・ジェンツコウ(Matthew Gentzkow)とジェシー・シャピロ(Jesse Shapiro)の共著論文――“What Drives Media Slant? Evidence from U.S. Daily Newspapers”(pdf)――である。

検証を行うためには、まず何よりも報道内容が政治的にどれくらい偏向しているかを測定する必要があるが、ジェンツコウ&シャピロの二人は想像力に富んだ方法でその厄介な問題を処理している。議会での討論をコンピュータープログラムを使って分析し、共和党の議員と民主党の議員がそれぞれ頻繁に口にするフレーズを特定したのである。例えば、民主党の議員は、“estate tax”(相続税)という語を口にしがちな一方で、共和党の議員は同じ問題を論じる時に “death tax”(相続税)という語を口にしがちだという(これは単なる偶然ではない。ジェンツコウ&シャピロの二人が匿名の共和党スタッフの言葉として引用しているところによると、党の指導部は議員に “death tax” という語を使うように指導しているという。なぜかというと、「“estate tax” だと富裕層だけが対象であるかのように響くが、“death tax” だと誰もが対象であるかのように響くから」だというのだ)。党派色のあるフレーズを特定したジェンツコウ&シャピロの二人が次に何をしたかというと、アメリカで発行されている400紙以上の新聞を対象にして、党派色のあるフレーズが記事の中でどれくらい頻繁に使われているかを調査したのだった。党派色のあるフレーズがどれくらい頻繁に使われているかを基にして、それぞれの新聞が抱える「偏向度」を正確に測定する指標を作り上げたのだ。

次にやるべきことは、それぞれの新聞の読者の政治的な傾向を評価することである。ジェンツコウ&シャピロの二人は、それぞれの新聞が流通している地域の住民であり読者の政治的な傾向を探るために、2004年の大統領選挙でのジョージ・ブッシュ(共和党の候補)の地域別の得票率のデータに加えて、それぞれの地域が民主党寄りか共和党寄りかを判別するのに使えそうなデータに目を向けて分析を加えている。かくして、「新聞の発行部数」、「新聞の偏向度」、「読者の政治的な傾向」の関係を探るための準備が整ったわけである。

まずはじめに、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどのように変化するかが検証されているが、「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレが小さいほど、「新聞の発行部数」が多くなる傾向にあることが見出されている。「共和党寄り」の新聞は、「共和党寄り」の地域でよく読まれるというわけだ。このことはさして驚くような発見じゃないが、「新聞の発行部数」が「新聞の偏向度」と「読者の政治的な傾向」のズレに応じてどれくらい増減するかを計測することによって、もっと興味深い比較を行えるようになった。どういうことかというと、それぞれの地域の「政治的な傾向」がわかっているので、それぞれの地域でどれくらい偏向すれば利潤が最大化できるかが計算できるのだ。それぞれの地域ごとに利潤を最大化する「理想的な偏向度」を求めることができるのだ。そのおかげで、利潤の最大化につながる「理想的な偏向度」とそれぞれの新聞の「偏向度」を比較することができるようになったのだ。 

その比較の結果はというと、驚くほど一致していることが見出された。全般的な傾向として、利潤を最大化するのにちょうどいい程度に偏向していることが見出されたのだ。そうなるのも納得がいく。ジェンツコウ&シャピロの二人の分析結果によると、「理想的な偏向度」からほんの少しズレるだけでも発行部数が大きく落ち込むことになるからだ。


私が歪んでいるのは、あなたのため

新聞が政治的に偏向しているのは経済的に見て合理的だから(儲けられるから)ということが示されたからといって、ニュースにバイアスが生じる原因がサプライサイド(ニュースの送り手の側)にあるのか、それともディマンドサイド(ニュースの受け手の側)にあるのかという疑問への答えが得られるわけでは必ずしもない。そこで、ジェンツコウ&シャピロの二人は、メディア関係の大手企業が複数の新聞を発行している事実に着目した。経営者が同じである複数の新聞が「政治的な傾向」が異なる地域で発行されていることも珍しくない。経営者が同じである新聞同士の方がランダムに選ばれた二紙よりも「偏向度」が似通っているかどうかを検証したところ、否定的な結果が得られた。経営者は、自社の新聞の「偏向度」にほんの些細な影響しか及ぼしていないというのだ。メディア関係の大手企業が発行している新聞の「偏向度」の5分の1は「読者の政治的な傾向」によって説明可能で、経営者は「偏向度」に何の影響も及ぼしていないに等しいというのだ。

ありのままの真実を追い求める人にとっては、何の足しにもならない発見だろう。正確な情報を追い求める注意深い人は、バランスをとるためにいくつもの新聞に目を通さねばならないことになろう。しかしながら、メディア市場における競争は、多様性を促すことにもなる。報道機関がディマンドサイドの多様なニーズに応じようとして、あれやこれやの異なる考えを代弁することになるからである。ともあれ、ペイリンがフォックス・ニュースを批判することもなければ、オバマがニューヨーク・タイムズ紙に不満を垂れることもなさそうだ。

2013年2月18日月曜日

Gregory Mankiw 「金融政策の分権化に向けて」(2006年7月21日)

Gregory Mankiw, “How to Decentralize Monetary Policy”(Greg Mankiw's Blog, July 21, 2006)


本日付(2006年7月21日付)のウォール・ストリート・ジャーナル紙で次のように報じられている。

FOMCの議事要旨によると、Fedが6月(先月)に政策金利を引き上げたのは、マーケットが政策金利の引き上げを予想していたからというのも理由の一つのようだ。マーケットの予想に反して政策金利を引き上げなければ、インフレファイターとしての評判に傷がつくと恐れたようなのだ。

ビビりだなあと思う人もいるかもしれない。リーダーシップをとってマーケットを引っ張るわけではなく、マーケットの御機嫌を取っているというわけだから。しかしながら、考えようによっては「金融政策の分権化」に向けて一歩踏み出すことができるかもしれない。

どういうことかというと、Fedが例えば2%のインフレ目標を採用すると同時に、以下のようなルールに従うようにすればいいのだ。

マーケットが政策金利とインフレ率の今後についてどのように予想しているかをチェックする。将来的にインフレ率が2%を上回るというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想しているよりも高めに政策金利を設定する。それとは反対に、将来的にインフレ率が2%を下回るというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想しているよりも低めに政策金利を設定する。インフレ率が今後も2%にとどまるというのがマーケットの予想のようなら、マーケットが予想している通りの高さに政策金利を設定する。

循環しているように見えるかもしれない。Fedはマーケットに反応し、マーケットはFedに反応するというわけだから。しかしながら、どこにも問題はない。経済学者は、同時性(simultaneity)の問題に慣れっこなのだ。

言うまでもなく、マーケットはFedの反応を織り込んで予想を立てるだろう。しかしながら、何の問題もない。そうなることが理想なのだ。最終的には、インフレ率が今後も2%にとどまるとマーケットが予想するような不動点(fixed-point)に達するだろう。あとは、マーケットが予想している通りの高さに政策金利を設定すればいい。そうすればインフレ目標を達成できるのだ。

2012年12月17日月曜日

Garett Jones 「『債務』という名の最も粘着的な価格」(2012年9月11日)

Garett Jones, “Debt: The Stickiest Price of All”(EconLog, September 11, 2012)


名目支出(総需要)が減るせいで実体経済に害が及ぶとしたらいかにしてか? そのことについて経済学者はぺちゃくちゃと喋りまくる。いや、喋らざるを得ないのだ。名目支出が減ると、産出量(実質GDP)が減るというのは当たり前ではないからだ。「一般的な供給過剰」(general gluts)の存在を前提するわけにはいかないからだ。

窓の外に目をやれば供給過剰の証拠なんてすぐに見つかるというのが世間の考えだというのに、供給過剰を生んでいる根本原因を解き明かすためにわざわざ頭を悩ます必要なんてあるんだろうか? あるのだ。供給過剰の存在は、経済学者がこれまでに育んできた偉大なアイデアの一つと抵触するのだ。売れ残りが出るようなら――労働者が職にあぶれていたり、住宅が売れ残っていたり、車が売れずに駐車場で錆びついていたりするようなら――、価格が低下して、売り捌かれるはずなのだ。

売れ残りが出ると、供給過剰を解消するようなプロセスが始動するはずなのだ。その実例を知りたければ、終了まで残り30分のガレージセールを眺めるといい。

価格の力に刃向かって供給過剰が解消されるのを妨げる「摩擦」(“frictions”)というのがあるとすれば、相当強力じゃないといけないはずで、誰の目にもすぐに目につくはずだ。しかしながら、経済学者が持ち出す「摩擦」というと、「粘着価格」(“sticky prices”)だとか、「粘着賃金」(“sticky wages”)だとか、文化規範だとか、公共部門の労働組合だとかというのが通例だ。どれも強力だし、その存在も疑おうとは思わない。しかしながら、需要と供給の力を上回るくらい強力だろうか? 何年も持続するくらい強力だろうか?

ここで、私のお気に入りの「摩擦」にご登場願おう。社会心理学的な理由によってではなく、契約の力によって生じる「摩擦」である。その名は、「債務」(debt)。家計が負う債務。企業が負う債務。政府が負う債務。債務の破壊力に着目した経済学者と言えば、アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)だ。1933年にエコノメトリカ誌の第1号に掲載された大変優れた論文(pdf)で、債務が景気を収縮させることを説いたのだ。フィッシャーの不況理論(デット・デフレ理論)は、ケインズの『一般理論』の中のどの説明よりも優れているというのが私の考えだ。

債務が存在するようだと、売り上げがちょっと落ち込むだけでも破産するおそれがある。収入が大きく落ち込むと、資産の投げ売りが誘発される。借り入れている額が大きいほど、自由にできるお金も少なくなる。債務の返済に充てないといけないからだ。クレジットカードの滞納が何度か続くと、これまでとは別の社会階級に仲間入りしないといけなくなる。住宅ローンが返済できないと、警察がやって来て我が家から追い出される。クレジットカードの支払いにしろ、住宅ローンの返済にしろ、粘着的な価格なのだ。

実質値で測った小売売上高が危機以前のトレンドをおよそ15%も下回った理由の一部は、債務が粘着的な価格だからだろう。大きく落ち込んだ売上高の中から債務を返済して、警察が我が家にやって来るのを防がなくてはいけないのだ。

個人的にこれという答えが出せないでいる問いがある。民間部門の債務は、大きな「負の外部性」を生むのだろうか? 名目所得(名目GDP)が不安定なようなら、その答えは「おそらくイエス」というのがフィッシャーの教えなのだ。