訳すのはVOXの記事だけと決めていましたが、本エントリーに関してだけは例外です。
日本経済のデフレ脱却に向けて、これまで長きにわたり並々ならぬご尽力をなさってこられた岡田靖先生が一昨晩(2010年4月10日土曜日)にお亡くなりになられました。残念ながら先生とは直接お会いする機会を持つことはできませんでしたが、論文等を通じて多大な学恩を授けていただきました。その学恩に対するささやかながらの報いにでもなればと思い、ここに先生の論文を訳させていただきます。岡田先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Yasushi Okada, “Is the Persistence of Japan’s Low Rate of Deflation a Problem?”(PDF)
本論文は大きく2つのパートから構成される。まず第1のパートにおいて、なぜ日本経済において持続するデフレーションが小幅(マイルド)であるのかを論ずる。デフレーションが、①小幅(マイルド)であり、かつ、②長らく持続している(頑固である)、というこの2つの事実の組み合わせは、日本経済が過去10年間において経験したデフレーションの最も顕著な特徴である。本論文において我々は、このような2つの事実によって特徴づけられる日本のデフレーションは、あるインフレ定常均衡(inflationary steady state equilibrium)から別のインフレ定常均衡に至る移行過程(transition process)として解釈できることを示すであろう。第2のパートでは、名目賃金の硬直性が存在する状況においては、小幅で弱々しいマイルドなデフレーションが企業収益の大きな圧迫(減少)につながることが示される。こうして生じた企業収益の圧迫の結果として、日本経済における長期にわたる不況が生み出されることになったのである。
第1部.日本のデフレーションに対する一つの単純な解釈
日本銀行による目標インフレ率の引き下げとその結果としてのデフレーション
日本経済は、GDPデフレーターの前年からの変化で測った場合、1994年の第3四半期からデフレーションに突入し、それ以降今日に至るまで12年間にわたってデフレに陥り続けたままであった。このような長い期間にわたって物価が下落し続けた例というのは、第2次世界大戦の終結以降稀な事例である。実際のところ、このような事実は大不況(Great Depression)以降現実に観察されたことはなかったのである。しかしながら、大不況期に日本とアメリカで生じたデフレーションは極めて急速なものであったが、最近12年間にわたって日本で生じたデフレーションはマイルドなもの-平均すれば1%のデフレ-であった。このように大不況期と現在のデフレーションとが極めて異なる様相を示していることもあって、日本のエコノミストの多くは、現在のマイルドなデフレーションが経済に与える影響は大不況期におけるデフレーションが経済に与えた影響とは大きく異なるものである、と考えている。大不況期においては、デフレーションと生産活動の大幅な落ち込みとは時を同じくして生じた。大不況期におけるアメリカ経済においては、それ以前のピーク時と比べて、実質GDPはおよそ50%の減少を見せた。1991年-1991年は日本経済が長期的な不況に突入した年である-以降における日本経済の平均的な実質GDP成長率は、1980年代のそれを大きく下回っているものの、1~2%程度の成長は続いている状況であった。さらには、大不況期においては、金と通貨との公定の交換レートである平価を維持するために、金融政策を通じて意図的に物価の下落が図られたのであった。
(固定基準年方式、消費税の影響除く)
1990年以降における日本の金融政策は、資産価格の引き下げを目標として運営されており、このような政策姿勢を指してバブルの抑制(Bubble suppression)を志向した政策と呼ばれることもあった。しかしながら、この間に物価が下落することはなかった。1980年代においては、目標とされるインフレ率は、GDPデフレーターで見て、2~3%のレンジに設定されていたようである。ところが、1990年以降においては、目標とされるインフレ率は、0~1%のレンジへと引き下げられたようである。たとえデフレーションを引き起こすこと自体を目的としてはいないとしても、目標とするインフレ率の引き下げがデフレーションを引き起こすとすれば、日本銀行による政策変更(目標インフレ率の引き下げ;訳者注)がデフレーションの原因であった、ということになる。
インフレ定常状態(Inflationary steady state)
ここで、生産技術と人口が時を通じて不変であり、マネーサプライだけが一定率で成長するような経済を考えてみよう(注1)。ある特定の条件の下で、この経済は最終的にある定常均衡(steady state equilibrium)に落ち着くことになるだろう。定常均衡においては、全ての実質変数は一定に保たれることになるので、実質的なマネーサプライもまた(実質変数であることから;訳者注)一定の値をとることになる。しかしながら、仮定より、マネーサプライは一定率で成長しているので、実質的なマネーサプライが一定に保たれるためには、インフレ率(物価上昇率)がマネーサプライ成長率と同じスピードで成長する必要があることになる。貨幣数量説が正しいかどうかにかかわらず、定常均衡においては、物価の変化率(インフレ率)はマネーサプライの変化率と等しくなるわけである。こうしてインフレ率が決まってくると、実質利子率にインフレ率を加えることによって名目利子率もまた決定されることになる。名目利子率-名目利子率は貨幣保有の機会費用である―は、以下のように、その他の実質変数(訳者注;実質貨幣残高に対する需要に影響を及ぼす諸々の実質変数を一括りにしてΛで表すことにする)とともに実質貨幣需要関数の変数を構成することになる。
ここに、Mは名目的なマネーサプライを、Pは物価水準を、Lは実質貨幣残高に対する需要を、iは名目利子率を、それぞれ表している。 名目的なマネーサプライの水準は毎期ごとに中央銀行によって決定され、定常均衡においては実質貨幣需要関数の変数(iとΛ)は一定の値(均衡値)に決まってくる(それに応じて実質貨幣残高に対する需要量も特定の値をとることになる;訳者注)ので、物価水準は貨幣市場の均衡条件を満足するような水準に決まることになるであろう。
目標インフレ率の引き下げ
ここである特定のインフレ定常均衡に置かれている経済を考えてみよう。ここで中央銀行が時点Tにおいてマネーサプライ成長率を低下させる決定をしたとしよう。ただし、時点T以降におけるマネーサプライ成長率はある一定の正の値をとるものとする。言い換えれば、マネーサプライの数量を絶対的に減少させることを通じて物価水準を引き下げるよう試みる意図的なデフレ政策は採られないということである。X軸に時間をとり、Y軸には名目マネーサプライの自然対数値をとると、図3に描かれているように、マネーサプライの時間的経路はマネーサプライ成長率の低下を反映して時点Tにおいて屈折を見せることになる。
ここでマネーサプライ成長率をμで表すことにしよう。特に、時点T以前におけるマネーサプライ成長率をμ(0)、時点T以降のマネーサプライ成長率をμ(1)、とそれぞれ表すことにしよう。中央銀行が時点Tにおいてマネーサプライ成長率を低下させることから、μ(0) > μ(1) との関係が成り立つことになる。定常均衡の仮定より、時点T以前のインフレ率はマネーサプライ成長率と等しいμ(0)となり、また、時点Tにおいてマネーサプライ成長率が引き下げられてから十分な時間が経過したのちには(=経済が新たな定常均衡に到達した暁には;訳者注)、インフレ率はμ(1)に達することになるだろう。
マネーサプライ成長率がμ(0)であるケースとμ(1)であるケースのどちらの定常均衡においても実質利子率は同じ値をとると仮定し、その際の実質利子率をρ* と表すことにしよう。すると、時点T以前の定常均衡における名目利子率i(0)は、i(0) = ρ * + μ(0) となり、時点T以降に(十分な時間が経過したのちに)成立する新たな定常均衡における名目利子率i(1)は、i(1)= ρ * + μ(1) となる。これら2つの名目利子率の間には、i(0) > i(1)、との関係が成り立つことは明らかであろう。ここで、実質貨幣残高に対する需要は、実質変数の関数であるばかりではなく、名目利子率の関数でもあることを思い出そう。実質貨幣残高に対する需要が名目利子率の関数でもある結果として、2つの定常均衡においては、実質変数のうちで(2つの定常均衡間においてそれぞれに成立する名目利子率が異なることを反映して;訳者注)実質貨幣残高に対する需要のみが異なる値をとることになる。(マネーサプライ成長率がμ(0)からμ(1)に低下したのちに成立する;訳者注)新たな定常均衡での名目利子率i(1)は時点T以前の定常均衡における名目利子率i(0)よりも低い値をとるので、(ヨリ低い名目利子率を反映して実質貨幣残高に対する需要がヨリ大きくなるために;訳者注)新たな定常均衡における実質貨幣量は、時点T以前の定常均衡におけるそれよりも大きな値をとることになる。
経済が時点Tに到達した段階で、今後将来的にマネーサプライ成長率が引き下げられることになるだろうことが民間部門の人々に広く知られているとすればどうなるか考えてみよう。期待インフレ率は今すぐにでも低下し、名目利子率もそれに応じて低下するだろう。さらには、実質貨幣残高に対する需要は(名目利子率の低下を反映して;訳者注)増加するであろう。しかしながら、時点Tにおいて名目マネーサプライの水準が増加することはないので、結果として、貨幣市場における均衡を維持するために時点Tにおいて物価水準が下落する必要があり、こうして実質貨幣量が増加する(つまりは貨幣市場の均衡が保たれる;訳者注)ということになるだろう。
もちろん、現実には名目価格と名目賃金とは多かれ少なかれ硬直的であり、それゆえ、貨幣市場の均衡を維持するために必要なだけの物価水準の下方へのジャンプが生じることはないだろう。その結果、(貨幣市場が不均衡状態におかれることによって;訳者注)実質変数にも影響が及ぶことになり、貨幣市場の均衡を回復するために必要となる調整を実現するために、物価水準の下落と実質変数の減少とが緩やかなかたちで生じることになるだろう。新たな定常均衡に到達するのは、このような物価水準と実質変数との調整が完全に終了したのちのことであろうと考えられる。
以上の議論から明らかになる重要な結論は、マネーサプライが絶対的に減少させられることはなくともその成長率(マネーサプライ成長率)だけでも引き下げられることになれば、物価水準は低下することになるだろう、ということである。言い換えれば、短期的なマネーサプライの変化は物価(諸価格)に影響を及ぼさないだろう、ということである。マネーサプライ成長率は、新たな定常均衡を定めることを通じて、現時点における物価水準とインフレ率とに影響を及ぼすことになるわけである。これまで論じてきたようかたちで生じるデフレーションを前にして中央銀行が一時的にマネーサプライ成長率を増加させたとしてもこのようなデフレーションが食い止められることはないだろう。つまるところ、経済は「流動性の罠」に陥っているわけであり、Krugman [1998]が指摘したように、このような状況においては物価(諸価格)とマネーサプライとの間における明瞭な関係性が失われることになるわけである。
日本経済の現実のデータに目を転じると、1980年代におけるマネーサプライ(M2+CD)成長率はおよそ10%であったことが示されている。しかしながら、1990年以降マネーサプライ(M2+CD)成長率は突然低下を見せ、平均して0%から3%の間を推移するようになった。1980年代のデータからオイルショックの時期を除けば、1980年代におけるインフレ率は、CPIとGDPデフレーターのどちらで見ても、およそ3%であった。しかしながら、最近の金融政策決定会合でも述べられているように、日本銀行は長期的なインフレ率の目標をおよそ1%に変更したようである。日銀によるこのような長期的な目標インフレ率の引き下げがいつの時点で民間部門から広く認識されるようになったのかは明らかではないが、デフレーションの発生が実際に認識され始めた1990年代中頃には民間部門における長期的なインフレ期待に変化が生じたのではないかと考えることもできるかもしれない。
先に論じたように名目価格や名目賃金に硬直性が存在すると考えられるならば、長期的な目標インフレ率が突然引き下げられたことによってデフレーションが発生したという可能性もあり得ることである。さらには、このようなかたちで生じるデフレーションは、マネーサプライの絶対的な縮小を伴う大不況期のデフレーションのような悲惨な結果をもたらす必要はないだろう。しかしながら、このようなデフレーションは物価水準の調整(貨幣市場の均衡を維持するために必要となる物価水準の下落)が終了するまで持続することになるだろう。それゆえ、発生するデフレーションがマイルドであるようならば、(デフレがマイルドであればあるほど埋め合わせるべき物価水準の下落を実現するまでに要する時間もそれだけ長くなるので;訳者注)それだけデフレーションは長い期間にわたって持続するということになるだろう。このようにして生じるデフレーションは、一時的なマネーサプライの増加によっては終わらせることはできない。経済は、極めて低水準の名目利子率とマイルドなデフレーションとを伴いつつ、長期間にわたる実体経済面での停滞を経験することになるだろう。
第2部.マイルドなデフレーションの効果
名目賃金や名目価格に硬直性が存在し、中央銀行による長期的な目標インフレ率が引き下げられる時には、マイルドではあるけれども、長期にわたる頑固なデフレーションが生じる可能性がある。しかしながら、1%~2%程度のマイルドなデフレーションが経済に対して大きなインパクトを持つ可能性に関しては広く問題とされることはなかった。日本における多くのエコノミスト-中央銀行内部の研究者のみならず、民間のエコノミストも含めて-は、その程度のマイルドなデフレーションは経済に対してそれほど深刻な悪影響をもたらさないだろうと考えていたのである。物価が個別製品の価格を平均したものであると見なされ、物価と貨幣価値との関連が見忘れられるやいなや、デフレーションを引き起こす技術進歩や規制緩和は経済にとってよいものである、と考えられたのであった。多くのエコノミストや政策当局者たちは、1990年代に生じたデフレーションを「よいデフレ」であると見なしていたのである。
多くのエコノミストは、日本経済が抱える最も深刻な問題はデフレーションではなく生産性の低迷にあると信じていた。このような考えは、Hayashi and Prescott [2003]によって提示されたものである。林=プレスコットは、成長会計の手法を用いて、1990年代において全要素生産性(TFP)の成長率が低下していることを示し、TFP成長率の低下こそが1990年代において日本経済のGDP成長率が低下した原因である、と主張した。しかしながら、その後の研究によれば(注2)、林=プレスコットの結論は必ずしも正しいものではない、との報告がなされている。
ここで、連鎖方式のデフレーターによって推計されたGDP統計―このようなデータは1994年以降になって利用可能となった―を用いて、労働生産性(注3)の変化を見てみることにしよう。以下の図6によれば、1994年以降、労働生産性は一定の率で成長していることがわかる。もちろん、これらのデータは必ずしも真の構造パラメータを反映しているわけではない。しかしながら、1994年以降に労働生産性に大規模な構造変化が生じてはいないことは明らかである。
実質賃金(注4)は、安定した成長を見せる労働生産性とは異なる動きを見せている。1998年に失業率が過去最高を上回る3%に達すると、名目賃金は下落に転ずることになったが、GDPデフレーターが下落し続けたこともあって、実質賃金は2002年まで上昇を続けることになった(注5)。
実質賃金と企業収益との関係は単純なものである。もし実質賃金と労働生産性との比(*)が一定に保たれ得るとすれば、企業収益と名目GDPとの比も一定に保たれることになる。そして、このケース(実質賃金と労働生産性との比が一定で変わらないケース)では、企業収益の伸びは名目GDP成長率と一致することになる。そうでないケース、特に、実質賃金が労働生産性以上に増加するようなケースでは、企業収益の伸びは名目GDP成長率を下回ることになる。デフレの結果として名目GDP成長率は0%に陥ったと考えられ、失われた10年においては名目GDP成長率は実質GDP成長率を下回る(**)ことになった(注6)。(デフレによる;訳者注)実質賃金の上昇が(労働生産性を上回るスピードで上昇し、その結果として労働分配率を引き上げることを通じて;訳者注)直接的に企業収益を圧迫することになったわけである。労働生産性と実質賃金のそれぞれの推移は、以下の図8に示されている。
2002年以前における労働生産性の上昇は実質賃金の上昇によって完全に相殺されることになった。問題は、1994年中に企業収益が十分回復しなかった、ということにある。通常の景気循環の過程では、景気拡大の初期の段階には実質賃金が相対的に減少し、企業収益は大幅に増加するものである。1980年代までは、まさしくこのようなかたちで調整が進んだものである。名目賃金の上昇は1997年に入るとストップし、下落を始めることになった。この時デフレーションが生じていなければ、企業収益は名目賃金の下落を受けて増加を見せたはずである。しかしながら、実際のところはデフレが生じていたために、実質賃金は2002年まで上昇し続けることになった。こうして、1%程度のマイルドなデフレーションが(実質賃金の高止まりを通じて;訳者注)企業収益の堅調な回復を妨げることになったのである。
1994年に始まったGDPデフレーターで見たデフレーションは、名目賃金の下落の効果を完全に打ち消すことになった。デフレーションは実質賃金の上昇を引き起こすことで企業収益を圧迫し、また、株価を含んだ資産価格の回復を妨げることになった。企業収益の弱々しい回復を受けて、設備投資はすぐにも減少を見せることになり、さらには、金融機関ならびに一般事業法人のバランスシート上における純資産は、株価が下落したことにより、そして間接的なかたちではあるものの設備投資が減少したことにより、減少することになった。こうして、企業活動はさらなる低迷を経験することになり、2001年の下半期に入ると失業率は5%にまで上昇することになったのである。1997年に失業率が3%を超えたことを受けて名目賃金が下落に転じたように、失業率が5%もの高水準に達したことで名目賃金は大幅に下落することになり、ついには、実質賃金までも下落する事態になった。名目GDPは増加しなかったものの、実質賃金が下落したことによって、企業部門の収益は増加することとなり、その結果として、デフレーションは依然として続いたものの、(企業収益の伸びの回復を受けて;訳者注)資産価格の上昇と設備投資の増加とが定着するということになったのである。
結論
本論文で論じたように、複雑な動学マクロモデルを用いずとも、長期的なマネーサプライ成長率(あるいは中央銀行が目標として設定する長期的なインフレ率)が引き下げられれば、経済がデフレーションに陥ることを示すことは可能である。さらには、マネーサプライを短期的に(一時的に)増加させたとしても、このようなデフレが終焉することはないだろうことも示される。言い換えるならば、Krugman [1998]によって提唱された「流動性の罠」に関する命題の本質的な部分は、クルーグマンモデルに特有な構造には依存していないということである。本論文において示されているように、流動性の罠が生じるために必要な条件は、1)名目価格や名目賃金の調整が不完全であること、2)名目利子率が実質貨幣需要関数の独立変数であること、である。
現在のところ、すべての経済学者が同意するような名目価格や名目賃金の調整に関する短期的な動学モデルは必ずしも確立されていない。しかしながら、たとえすべての経済学者に支持されるような動学モデルが存在しないとしても、 単純なインフレ定常均衡モデルに基づくことで、長期的な金融政策の変化により流動性の罠が引き起こされることが明らかになるのである。
また、マイルドなデフレーションこそが長期にわたる経済停滞を引き起こした原因であると考え得ることも本論文で示したところである。1990年代に日本経済が抱えていた歴史的な条件のために、マイルドなデフレーションが企業収益を大きく圧迫することにつながり、それが原因で日本経済は停滞に陥ることになったと考えられるのである。つまりは、小幅で頑固なデフレーションは、過去10年間にわたって日本経済が停滞し続けた最も重要な要因の一つであった、と考えられるのである。
<注>
(注1)McCallum [1989], Chapter 6.
(注2)Jorgenson and Motohashi [2003].
(注3)労働生産性=実質GDP/雇用者数/平均週労働時間.
(注4)実質賃金=雇用者報酬/(GDPデフレーター×雇用者数)/平均週労働時間.
(注5)GDPデフレーターの動向に関しては消費税の影響も考慮せねばならない。消費税率は1997年4月に3%から5%に引き上げられることになった。消費税の影響を考慮するにあたり、本論文では最も単純な方法に従うことにする。つまりは、1997年第1四半期以前のデフレーターに関しては(消費税率3%を反映して)1.03で割り、1997年第2四半期以降のデフレーターに関しては(消費税率5%を反映して)1.05で割ることで、消費税の影響を調整することにする。
(注6)Hayashi and Prescott[2002].
<訳者による補足>
(*)実質賃金と労働生産性との比は、言い換えるならば、労働分配率のことである。なぜなら、
労働分配率=雇用者報酬/名目GDP
={雇用者報酬/(GDPデフレーター×雇用者数)/平均週労働時間}/
{(実質GDP/雇用者数)/平均週労働時間}
=実質賃金/労働生産性
(注3, 注4における労働生産性と実質賃金の定義参照)
(**)実質GDP成長率=名目GDP成長率-GDPデフレーター変化率
=>実質GDP成長率-名目GDP成長率=-GDPデフレーター変化率
デフレーションが生じているということは(GDPデフレーター変化率<0)、
ということなので、デフレが生じている時には、
実質GDP成長率-名目GDP成長率>0、つまりは、
実質GDP成長率>名目GDP成長率、が成り立つ。
<参考文献>
〇Hayashi, F. and E. Prescott, 2002, “The 1990’s in Japan: A Lost Decade(pdf),” Review of Economic Dynamics, 5, pp. 206–235.
〇Jorgenson, D.W. and K. Motohashi, 2003, “Economic Growth of Japan and the United States in the Information Age,” RIETI Discussion Paper Series 03-E-015.
〇Krugman, P. 1998, “It’s Baaak! Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap(pdf)”(邦訳(山形浩生氏訳)はこちら(pdf)), Brookings Papers on Economic Activity, 2, pp. 137–187.
〇McCallum, B. 1989, Monetary Economics, Macmillan.
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