2022年11月5日土曜日

Matthew E. Kahn&Matthew J. Kotchen 「景気後退に備わるクラウディング・アウト効果 ~失業率が高まると、環境問題への関心は低下する?~」(2010年8月21日)

Matthew E. Kahn and Matthew J. Kotchen, “Trends in environmental concern as revealed by Google searches: The chilling effect of recession”(VOX, August 21, 2010)
環境問題に対する世間の関心は、奢侈財(ぜいたく品)のような性質を持っているのだろうか? Googleで「失業」と「地球温暖化」という2つのキーワードがどれだけ検索されているかを時系列に沿って調べたところ、景気後退は、気候変動問題への関心を低下させる一方で、失業問題への関心を高める効果を備えていることが判明した。さらには、景気後退には、地球温暖化否認論(「地球温暖化なんて起こってない!」)の勢いを強める効果が備わっている場合もあるとの結果も得られている。

Googleインサイト〔訳注;Googleインサイトのサービスは、現在ではGoogleトレンドに統合されている〕は、Googleのネット検索サービスで特定のキーワードが地域別にどれだけ検索されたかを時系列に沿って調べることを可能とするオンラインツールであり、誰もが気軽に利用できる。これまでの一連の研究によると、Googleの検索データは、病気の流行(Pelat et al. 2009, Valdiva and Monge-Carella 2010)や経済活動(Choi and Varian 2009, D’Amuri and Marcucci 2009, Varian 2009)の予測に役立てることができる強力なツールであることが明らかとなっている。アメリカ経済は、2007年の終盤頃を境にして、1930年代の大恐慌以来最も深刻な景気後退に見舞われることになったわけだが、現下のかような経済状況は、Googleの検索データを使って、景気循環と世論との間にどのような関係が成り立っているかを探る上でまたとない機会を提供していると言えるかもしれない。

もう少し具体的に突っ込むと、ここ最近のアメリカでは、景気が大きく低迷しているだけではなく、環境問題に対する国民の関心も大いに薄れつつある様が確認できる。景気の悪化(景気後退)は、環境問題に関する世論の変遷に一体どの程度の影響を及ぼすことになるのだろうか?

まさにこの問題の解明を意図しているのが我々二人がつい最近行ったばかりの研究(Kahn and Kotchen 2010)だが、環境問題――その中でも、現在最もホットな争点の一つである気候変動の問題――に関する世論の変遷を跡付けるために、Googleの検索データの助けを借りた。Googleインサイトのサービスを利用して、2004年1月から2010年2月までの間に、「地球温暖化」(“global warming”) と「失業」(“unemployment”) という2つのキーワードがアメリカ国内のそれぞれの州でどれだけ検索されたかを週次データとして集計したのである。そして、その上でこう問うたのである。ある州で失業率が変化すると、その州でのこれら2つのキーワードの検索状況にはどのような影響が及ぶだろうか?

さて、その答えはというと、ある州で失業率が上昇すると、その州では「地球温暖化」というキーワードの検索が減る一方で、「失業」というキーワードの検索が増える傾向にあったのである。ネット検索(という実際の行動)を通じて顕示された人々の選好に照らす限りでは、景気後退は、失業問題に対する人々の関心を高める効果を持つ一方で――このことは特段驚くことでもないだろう――、環境問題に対する人々の関心をクラウドアウトする(弱める)効果を備えている可能性があると言えそうである。さらには、これら2つの効果の量的な大きさはほぼ同等であるとの興味深い結果も得られており、失業問題に対する関心は、環境問題に対する関心をクラウドアウトする効果がある〔訳注;失業問題に対する関心が高まるのと同じ分だけ、環境問題に対する関心が低下する、という関係にある〕との解釈も無理なく成り立つと言えそうである。

赤い州と青い州 ~景気後退に備わるクラウディング・アウト効果がより顕著なのは、どちらの州?~

アメリカ国内では、「赤い州」(“red states”)〔訳注;共和党を支持する傾向が強い保守的な土地柄の州〕と 「青い州」(“blue states”)〔訳注;民主党を支持する傾向が強いリベラルな土地柄の州〕との間で、環境問題をめぐってイデオロギー面での対立があることはよく知られているところだが、我々の研究では、州ごとの政治的なイデオロギーの違いが、失業率(の変化)とGoogleを使った検索活動(に見られる変化)との間に成り立つ関係にどういった影響を及ぼすかについても検証している。その検証を行うためには、それぞれの州の政治的なイデオロギーの違いを測る必要があるが、2004年の大統領選挙における(民主党側の候補である)ジョン・ケリー候補の州別の得票率のデータを集めて、それを州ごとの政治的なイデオロギーの違いを測る尺度の一つとして用いている。さて、その検証の結果はというと、民主党寄りの傾向が強い州ほど、(その州の失業率の上昇に伴って)「地球温暖化」というキーワードの検索が減る度合いが大きくて、「失業」というキーワードの検索が増える度合いが小さいことが判明した。民主党寄りの傾向が強い州ほど、(その州の失業率の上昇に伴って)「地球温暖化」というキーワードの検索が減る度合いが大きいという結果は、一見すると直感に反するように思えるが、そうなる理由の一つは、共和党支持者は、民主党支持者と比べると、気候変動問題にそもそもあまり関心が無く、そのため、気候変動問題に対する関心が低下する余地が乏しいためなのかもしれない。

失業率が高まると、地球温暖化を否認する声が勢いを増す?

我々の研究では、失業率の変化に応じて、気候変動の問題に関する世論が州ごとにどのように変化するかを探るために、Googleの検索データ以外にも、アメリカ全土を対象に2度にわたって行われた聞き取り調査――この聞き取り調査では、気候変動問題について同じ質問がなされている――の結果も利用している。聞き取り調査の結果を利用した分析によると、ある州の失業率が上昇すると、その州で暮らす住民が地球温暖化の進行を認める(地球温暖化が進行していることを認める)確率が低下し、地球温暖化の進行を認める住民もその意見にどれだけ自信があるかと問われると、(失業率が上昇する前と比べて)弱気になりがちであることが判明した。さらには、ある州の失業率が上昇すると、その州の住民は「米議会は、地球温暖化を防ぐための対策を緩(ゆる)めるべきだ」との意見に傾くという結果も得られている。また、カリフォルニア州で毎月実施されている計11回に及ぶ聞き取り調査――この聞き取り調査では、「’経済’, ‘環境’, ‘仕事’, ‘教育’, ‘健康’, ‘移民’, ‘財政赤字’, ‘税金’, ‘その他’の中で、カリフォルニア州が目下抱えている一番重要な問題はどれだと思いますか?」という質問が問われている――の結果を利用した分析によると、カリフォルニア州での失業率が上昇すると、「環境」問題を一番重要な問題に選ぶ(カリフォルニア州が抱えている一番重要な問題は、「環境」問題だと答える)州民の数が大幅に減るとの結果が得られている。

Googleの検索データと聞き取り調査の結果を利用した我々の研究は、失業率の変化が環境問題に対する人々の関心に及ぼす影響を実証的に計測することを意図したはじめての試みである。ところで、我々が見出した結果――失業率が高まると、環境問題への関心が低下する――の背後では、どのようなメカニズムが働いているのだろうか? 心理学的な説明を持ち出すと、我々が見出した結果は、マズローの欲求段階説(Maslow 1943)と整合的であり 〔訳注;この点について、この論説の基となっている論文(ジャーナル掲載版)(pdf)では、次のように論じられている。「〔マズローの欲求段階説によると〕、人間というのは、生きていく上で欠かせない基本的な欲求が満たされてはじめて、長期的で抽象的な話題に関心を持つようになると見なされている。この考えに従うと、例えば、景気後退の最中では、人々は気候変動のようなその影響が不確実で長期的な脅威に対してよりは、雇用のような問題に関心を集中させることになるかもしれない。」(pp. 258)/「人々は、景気後退の只中では、地球温暖化のような抽象的でその影響が不確実な長期的な脅威に対してよりも、その日その日の幸せに関心を注ぐ傾向にあるようである。職を失うかもしれないという恐れ・・・(略)・・・のために、経済の短期的な情勢やマクロ経済の不確性に関心が向ちがちになるのだろう。このような行動パターンは、マズローの欲求段階説に依拠した心理学の理論と整合的である。」(pp. 269~270)〕、経済学的には、「環境問題への関心は、奢侈財(ぜいたく品)のような性質を備えている」というように説明できるだろう。さらには、メディアが、それ自体原因の一つあるいは増幅要因の一つとして、重要な役割を果たしている可能性もある〔訳注;この点について、この論説の基となっている論文(ジャーナル掲載版)(pdf)では、次のように論じられている。「〔人々の関心は、景気後退の最中においては、環境問題よりも雇用問題に注がれるようになる可能性があるわけだが〕、メディアは、国民の関心にそのようなシフトが生じることを予期して、景気後退に関する話題の取り扱いを増やす一方で、気候変動をはじめとした環境問題の取り扱いを減らそうとするインセンティブを持つことになる。・・・(中略)・・・メディアの報道内容は、国民がその都度どんな話題を優先的に重視しているかによって左右されるという意味で、国民の関心を反映している可能性がある一方で、メディアには情報の拡散を通じて国民の関心(どんな話題を重視するか)に影響を及ぼす力があることも認識しておかねばならない。」(pp. 270)。つまりは、こういうことが言いたいのだろう。メディアとしては、商業上の理由から、視聴者からそっぽを向かれないために視聴者におもねろうとする(視聴者の関心が高い話題を優先的に取り上げようとする)インセンティブがある。そのため、景気が後退すると環境問題に対する人々の関心が低下する(その一方で、失業問題への関心が高まる)ことになれば、それに応じてメディアで環境問題が取り上げられることも少なくなる。つまりは、メディアで環境問題の取り扱いが小さくなるのは、視聴者が環境問題への関心を失った結果であると言える。しかしながら、メディアで環境問題の取り扱いが小さくなると、視聴者の側としては、環境問題はそれほど重要な問題ではないのではないかと考えるようになるかもしれない。つまりは、メディアで環境問題の取り扱いが小さくなることで、環境問題に対する人々の関心の低下がさらに促されるという影響関係もあり得るわけで、メディア自身も環境問題に対する人々の関心の低下に一役買っている可能性があることになる〕。

メディアの報道に関連して、以下の2つの図をご覧いただきたい。この2つの図は、2006年1月から2010年1月までの間に、メディアで地球温暖化問題と失業問題がどのくらい取り上げられたかを追跡した結果をまとめたものである。図1は、主要な全国紙での報道の様子を時系列で辿ったものだが、2007年の半ば頃から、地球温暖化問題の取り扱いが減少傾向を辿っていることが見て取れるだろう。それと時を同じくして、失業問題の取り扱いが上昇傾向に転じていることもわかる。図2は、テレビのニュース番組で地球温暖化問題と失業問題がそれぞれどのくらい取り上げられたかを月間の放送時間数(単位は分)で測ったものだが、2007年11月頃までは、地球温暖化問題も失業問題も放送時間数がほぼ同じくらいであることがわかる。しかしながら、2007年11月以降になると、地球温暖化問題の取り扱い(放送時間数)が次第に減っていく一方で――2009年の終わり頃に、地球温暖化問題の報道が突如として急増しているが、これはコペンハーゲンで第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)が開催されたためである――、景気後退の影響がはっきりと表れ出した2008年の秋頃を境に、失業問題の取り扱い(放送時間数)が大幅に増え出し、その後もずっとその状態(ニュース番組での高い注目)が続いていることがわかるだろう。


図1 新聞紙上における「地球温暖化」問題(点線)と「失業」問題(実線)の取り扱いの変遷〔原注;主要な5つの全米紙の記事で「地球温暖化」問題と「失業」問題がどれだけの数取り上げられているかを月ごとに集計したもの。データは、Googleニュースでの検索結果を基に作成〕



図2 テレビのニュース番組での「地球温暖化」問題(点線)と「失業」問題(実線)の取り扱いの変遷〔原注;米5大ネットワークで放映されているニュース番組で「地球温暖化」問題と「失業」問題がどれだけの時間取り上げられたかを月ごとに集計したもの(単位は分)。データは、Vanderbilt Television News Archiveでの検索結果を基に作成〕


景気後退の到来に伴って弱まりゆく「政治的な意志」の力

自然環境に対する人々の選好(好み)がどのように形作られるかを理解するためには、さらなる研究が必要とされていることは確かだが、我々の研究は、(自然環境に対する人々の選好の性質に関して)はっきりとしたパターンの一つを明らかにしている。失業率が高まると――少なくとも、今回の景気後退の過程で記録された水準にまで失業率が上昇すると――、環境問題に対する人々の関心が低下するというのがそれである。我々が見出したこの発見は、景気後退に備わるコストを探る一連の研究に対する新たな貢献という側面も持っている。職を失った労働者や(住宅ローンの返済ができずに)住宅を差し押さえられてマイホームを失った一家が味わう苦しみについてはメディアでも広く取り上げられており、マクロ経済学者の間でも景気後退に伴う様々なコストについて幅広く論じられているところである。その一方で、環境経済学の分野に目をやると、景気後退には(銀緑色に輝く)「ほのかな希望の光」(“green silver lining”)も備わっていると指摘する意見も見られる。経済活動が低迷すれば、それに伴って大気汚染も軽減されるという意味で、景気後退には好ましい面もあるというのだ(Kahn 1999, Chay and Greenstone 2003)。

しかしながら、我々の研究は、景気後退に備わる「ほのかな希望の光」の作用を打ち消す方向に働く力の存在を仄めかしている。失業率が高まると、環境問題に対する人々の関心が低下するということになれば、外部性(外部不経済)の内部化を促すために既存の規制の適用を強化したり新たな環境規制を導入したりする上で必要となる「政治的な意志」の力が景気後退の到来に伴って弱まることになるかもしれないのだ。その実例の一つとしてカリフォルニア州のエピソードを取り上げると、州の失業率が5.5%を上回っている中で、州議会下院法案32号(「地球温暖化解決法」)の履行凍結を求める提案(「プロポジション23」)の是非を問う住民投票が近々実施される予定になっている〔訳注;住民投票では、「地球温暖化解決法」の履行凍結は否決されたとのこと(「米加州、温暖化阻止法凍結を拒否=再生エネルギー促進派は安堵」ロイター、2010年11月4日)〕。アメリカ全土レベルでも、野心的なエネルギー・環境規制の導入に向けた動きがここにきて完全に勢いを失っている感がある。ヨーロッパでも状況は似たようなものだが、ヨーロッパ各国において環境問題への関心と景気循環との間にどのような関係が成り立っているかを探ることは今後の課題の一つである。

<参考文献>


●Chaoi, H and H Varian (2009), “Predicting the Present with Google Trends(pdf)”, Working paper, Google Inc.
●Chay, K and M Greenstone (2003), “The Impact of Air Pollution On Infant Mortality: Evidence From Geographic Variation In Pollution Shocks Induced By A Recession”, The Quarterly Journal of Economics, 118:1121-1167.
●D’Amuri, Francesco and Juri Marcucci (2009), “The predictive power of Google data: New evidence on US unemployment”, VoxEU.org, 16 December.
●Kahn, ME (1999), “The Silver Lining of Rust Belt Manufacturing Decline”, Journal of Urban Economics, 46:360-76.
●Kahn, ME and MJ Kotchen (2010), “Environmental Concern and the Business Cycle: The Chilling Effect of Recession”, NBER Working Paper 16241.
●Maslow, AH (1943), “A Theory of Human Motivation”, Psychological Review, 50:370-396.
●Varian, Hal (2009), “Doing economics at Google”, VoxEU.org, 8 May, Interview by Romesh Vaitilingam.
●Pelat, C, C Turbelin, A Bar-Hen, A Flahault, and A Valleron (2009), “More Diseases Tracked by Using Google Trends”, Emerging Infectious Diseases, 15:1327-1328.
●Valdivia, A and S Monge-Corella (2010), “Diseases Tracked by Using Google Trends, Spain”, Emerging Infectious Diseases, 16:168. 

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