David Beckworth, “Can Raising Interest Rates Spark a Robust Recovery?”(Macro Musings Blog, February 7, 2012)
ビル・グロス(Bill Gross)の言い分によると、FedがFF金利(政策短期金利)の誘導目標を引き上げたら景気が勢いよく回復するそうだ。グロスによると、Fedによる低金利政策のせいで金融仲介機関の純金利マージン(利ざや)――貸付金利と支払金利(調達金利)の差――が圧縮されているのが景気の回復を妨げている主たる原因だという。Fedがイールドカーブ全体を押し下げていて(短期金利だけではなく、中長期の金利も低下していて)、そのせいで金融仲介機関が貸し付けを行うインセンティブが削がれているというのだ。そんなに簡単な話だったらいいのだけれど・・・。
経済が順調に成長していると金利も高めな傾向にあるというのは間違っていないが、グロスは因果の向きを見誤ってしまっているようだ。金利が低いから景気が低迷しているわけではない。景気が低迷しているから金利が低いのだ。家計や企業による資金需要(借入需要)が落ち込んでいるのが金利が低い一因なのだ。将来に対する不確実性が高まっていて、所得の伸びが予想を下回っていて、債務を圧縮しないといけない。その結果として家計も企業も借り入れを差し控えているのだ。それだけでなく、貯蓄を増やしてもいる。さらには、世界的に安全資産が不足していて、海外の貯蓄がアメリカに流入してもいる。資金需要が落ち込んでいて、民間の貯蓄が増えていて、安全資産を求める海外の貯蓄がアメリカに流入しているがゆえに、金利が低くなっているのだ。
過去数年にわたるFedの大規模資産購入プログラムによって満期が長めの資産のリスクプレミアムが低下したのは間違いなさそうだ。しかしながら、多くの実証研究によると、大規模資産購入プログラムが長期金利に対して及ぼした効果はそこまで大きくないことが見出されている。例えば、2007年以降に10年物国債の利回りは3%ポイント以上下落したが、大規模資産購入プログラムによってはその下落の多くを説明できないのだ。長引く景気の低迷と安全資産に対する需要の高まりこそがその下落の多くを説明できるのだ。言い換えると、Fedが大規模資産購入プログラムに乗り出さなくても、金利はやはり極めて低くなっていた可能性があるのだ。
経済のファンダメンタルズを反映する金利は、均衡利子率と呼ばれている。自然利子率とか中立金利と呼ばれることもある。純金利マージンが圧縮されているのはFedの政策のせいではなく、自然利子率(短中長期の自然利子率)が低下しているからなのだ。2008年半ば以降のFedの政策は、落ち込む自然利子率を後追いしていたに過ぎないのだ。他ならぬPIMCO〔訳注;ビル・グロスはPIMCOの最高投資責任者〕に所属する2名の優れたエコノミストも2008年の段階で以下のように指摘している。
中央銀行が速やかに行動せずに金融市場の状況がさらに悪化してしまうようなら、市場金利を引き下げても中立金利を後追いする結果に終わってしまって、景気を刺激するに至らないかもしれない。
大変優れた指摘だ。この点について以下でIS-LMモデルを使って説明を試みてみようと思う。IS-LMモデルは決して完璧とは言えないが、金利について系統立てて考えるためのシンプルな道具立ての一つだ。ポール・クルーグマン(Paul Krugman)も同じ意見のようだが、クルーグマンがグロスに寄せている返答を私なりにモデルを使って掘り下げてみるとしよう。
まずはモデルの説明からだ。標準的なIS-LMモデルは、2つの曲線から成り立っている。IS曲線とLM曲線である。IS曲線は、貯蓄(意図した貯蓄)と投資(意図した投資)が等しくなるような――あるいは、支出と産出量が等しくなるような――金利(i)と実質GDP(Y)の組み合わせを表している。通常は右下がりの形状をしている。その一方で、LM曲線は、貨幣市場を均衡させる金利(i)と実質GDP(Y)の組み合わせを表している。中央銀行であるFedが金利に誘導目標を設定して金融政策を運営しているようなら、LM曲線は水平になる。IS曲線とLM曲線に加えて、完全雇用が達成されている時の産出量――自然産出量(Y Natural)――を図示したのが以下の図1だ。赤色の垂直線で表されている自然産出量とIS曲線が交わる金利の水準が自然利子率(i Natural)だ。
図1 完全雇用が達成されている状況
図1では、完全雇用が達成されている状況が描かれている。すなわち、実際の産出量が自然産出量に等しくて、金利(市場金利)が自然利子率に等しいわけである。何らかの負のショックが生じて、貯蓄(意図した貯蓄)が増えるか投資(意図した投資)が減るかしたらどうなるだろうか? 負のショックが生じて総需要が減ったら、以下の図2に示されているように、IS曲線が IS1 から IS2 へと左方にシフトすることになる。
図2 負のショックが発生
IS曲線が左方にシフトする結果として、自然利子率は4%からマイナス2%に低下する。総需要が急落したのを受けて、Fedが政策金利を実質ゼロ%――例えば、0.25%――にまで引き下げたとしたら、LM曲線が LM1 から LM2 へと下方にシフトすることになる。興味深いのは、産出ギャップ(output gap)を埋めて完全雇用を再び実現するためには政策金利をマイナスにする必要があるのに、それは不可能なことだ。名目金利にはゼロ%という下限が存在するからだ。結果的にスランプに嵌ったままの状態が続いて、低金利こそが問題を引き起こしている元凶だと語る人――ビル・グロスのような人――が出てくるのだ。その流れで、Fedは金利を引き上げるべきだ――LM曲線を上方にシフトさせるべきだ――と考えてしまうのだ。Fedが金利を引き上げたら、市場金利と自然利子率の差(interest rate gap)がさらに広がるだけなのに、そのことがわからないのだ。Fedが金利を引き上げたら、金融政策が引き締められて、景気がさらに落ち込むことになるのだ。
金利を金融政策の操作目標にするのを好きになれない理由の一つは、こんなような余計な混乱を招くからだ。金利が操作目標になっていると、ビル・グロスのような人が上の図の説明を理解したとしても、金利がゼロ%に達すると金融政策にできることはもう何もないかのように思ってしまうのだ。あるいは、「非伝統的」な手段に乗り換えねばならないかのように思ってしまって、Fedの次なる手をめぐってあれこれと思惑が入り乱れるおそれがあるのだ。金利を操作目標にして余計な混乱を招くよりも、名目GDP水準目標を採用して金利の代わりに総需要を操作目標にする方がずっと望ましいだろう。Fedが名目GDP水準目標を採用したら、Fedによる低金利政策のせいで純金利マージンが圧縮されているのが悪いんだといきり立つような人は出てこないだろう。その代わりに、Fedが名目GDPをトレンドに復帰させられずにいることに対して批判の声が上がるだろう。名目GDPを回復させることこそが純金利マージンを元通りにするための真の解決策なのだ(名目GDP水準目標が採用されたら、IS曲線とLM曲線が負のショックが生じる前の位置に向かってシフトすると同時に、LM曲線が右上がりになるだろう)。ビル・グロスのような人がこのことを理解して、Fedに名目GDP水準目標の採用を迫るようになってくれることを願うばかりだ。
(追記)ニック・ロウ(Nick Rowe)もIS-LMモデルを使って目下のスランプを説明しようと試みている。本エントリーと併せて一読されたい。
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