世界中を巻き込む経済危機が長引くにつれて、1930年代と同じように、政治的な過激主義が勢いを増すのではないかとの恐れが広がりつつある。①民主主義を採用してからの歴史が浅く、②極右政党が既に議会でいくつか議席を得ており、③新政党が議会で議席を獲得するハードルが低い仕組みの選挙制度が採用されているようだと、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性が高まる傾向にあるが、④景気の低迷が長く続く――不況が長期化する――ようだと、とりわけその危険性が高くなるようだ。
世界中を巻き込む格好になった今般の経済危機は、単に経済の次元にとどまらないインパクトを及ぼしている。例えば、次のような事例を挙げることができるだろう。
- 代議制、大統領制のいずれの民主主義国家においても、政権与党が選挙で敗北を喫した。
- 厳しい経済状況が一因となって、ナショナリストや右翼政党――その中には、現状の政治制度への敵意を包み隠さず露にしている勢力も含まれている――に対する支持が高まっている。
このまま厳しい経済状況が続くようなら、1930年代と同じように、政治的な過激主義が勢いを増すことになるのではないか。そんな恐れも広がりつつある。
1930年代の記憶は、現下の経済論議に対してだけではなく、現下の政治議論に対しても多くの示唆を与えている――例えば、Mian et al(2010)やGiuliano and Spilimbergo(2009)〔拙訳はこちら〕を参照せよ――。しかしながら、戦間期に発生した大恐慌が当時の政治情勢(とりわけ、右翼の反体制派の台頭)にいかなる影響を及ぼしたかについては、これまでのところ系統的に検証されていないようだ。
そこで、今回我々は、第一次世界大戦が終結してから第二次世界大戦が勃発するまでの戦間期に行われた選挙の分析に乗り出し、反体制派の政党――我々の論文では、既存の政治制度の転覆を目的に掲げている政党を指して、「反体制派の政党」と定義している――への支持の変遷を追った(de Bromhead et al 2012(pdf))。反体制派の政党の中でも右翼の政党に焦点を合わせているが、その理由は、1930年代に行われた選挙ではっきりとしたかたちで躍進したのが右翼の側の反体制派だったからである。それは今も同じようだ。今般の経済危機下で最も躍進を遂げているのは、またもや右翼の過激派政党(極右政党)なのだ(Fukuyama 2012)。
1930年代に極右勢力が台頭したのはなぜか?
1930年代に政治的な過激主義が勢いを増した理由を探っている理論を分類すると、大きく5つのカテゴリーに分けることができる。
結論
我々の研究によると、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性は、それぞれの国が備えている特徴によって異なることが示唆されている。具体的には、
<参考文献>
●Almond, GA and Verba, S (1989, first edition 1963), The Civic Culture: Political Attitudes and Democracy in Five Nations (邦訳 『現代市民の政治文化-五ヵ国における政治的態度と民主主義』), London: Sage.
●de Bromhead, A, B Eichengreen and KH O’Rourke (2012), “Right Wing Political Extremism in the Great Depression(pdf)”, Discussion Papers in Economic and Social History, Number 95, University of Oxford.
●Frey, BS and Weck, H (1983), “A Statistical Study of the Effect of the Great Depression on Elections: The Weimar Republic, 1930–1933(JSTOR)”, Political Behavior 5: 403–20.
●Fukuyama, F (2012), “The Future of History”, Foreign Affairs 91: 53–61.
●Gerrits, A and Wolffram, DJ (2005), Political Democracy and Ethnic Diversity in Modern European History, Stanford: Stanford University Press.
●Giuliano, P and A Spilimbergo (2009), “The long-lasting effects of the economic crisis”, VoxEU.org, 25 September.
●Greene, W (2004), “Fixed Effects and Bias due to the Incidental Parameters Problem in the Tobit Model(Taylor & Francis Online)”, Econometric Reviews 23: 125-47.
●Holzer, J (2002), “The Heritage of the First World War,” in Berg-Schlosser, D and J Mitchell eds, Authoritarianism and Democracy in Europe, 1919–1939: Comparative Analyses, New York: Palgrave Macmillan, 7–38.
●Honoré, B (1992), “Trimmed Lad and Least Squares Estimation of Truncated and Censored Regression Models with Fixed Effects(JSTOR)”, Econometrica 60: 533–65.
●Lijpart, A (1994), Electoral Systems and Party Systems: A Study of Twenty-Seven Democracies, 1945–1990, New York: Oxford University Press.
●Luebbert, GM (1987), “Social Foundations of Political Order in Interwar Europe(JSTOR)”, World Politics 39: 449–78.
●Mian, A, A Sufi and F Trebbi (2012), “Political constraints in the aftermath of financial crises”, VoxEU.org, 21 February.
●Payne, SG (1996), A History of Fascism: 1914–1945, London: Routledge.
●Persson, T and G Tabellini (2009), “Democratic Capital: The Nexus of Political and Economic Change”, American Economic Journal: Macroeconomics 1: 88–126.
●Sartori, G (1976), Parties and Party Systems (邦訳 『現代政党学-政党システム論の分析枠組み』), Cambridge: Cambridge University Press.
- 第一のカテゴリー;過激派政党への支持が高まり、民主主義体制が動揺した原因を厳しい経済状況(景気の低迷)に求める理論(Frey and Weck 1983, Payne 1996)
- 第二のカテゴリー;民族、宗教、階級間の亀裂(cleavage)が社会全体でのコンセンサスの形成を困難にし、経済危機に対して社会全体が一丸となって立ち向かうのを妨げたとする理論(Gerrits and Wolffram 2005, Luebbert 1987)
第二のカテゴリーに沿った議論は、第一次世界大戦後のヨーロッパ情勢をテーマとする文献の中でよく顔を出す。第一次世界大戦後のヨーロッパでは、民族や宗教の違いが大して顧慮されずに、新たな国家が建設されたのだった。
- 第三のカテゴリー;戦間期の政治情勢を形作った要因として、第一次世界大戦の遺産に注目する理論(Holzer 2002)
- 第四のカテゴリー;政治制度や憲法の構造に着目する理論。政治制度や憲法の構造の違いによって、反体制派の政党が影響力を得やすいかどうかも違ってくるとする理論。
- 第五のカテゴリー;政治制度の安定性(耐久性)を決定づける重要な要因として、政治文化の役割に着目する理論(Almond and Verba 1989)
我々の研究から得られた結果
我々の研究では、1919年から1939年までの間に28カ国で行われた計171の選挙が分析の対象になっている。対象国はヨーロッパに偏っているが、それは戦間期に行われた選挙がヨーロッパに集中していたためである。しかしながら、情報を得られた範囲で、北アメリカ、ラテンアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの選挙データも分析対象に含んでいる。我々の研究では、サルトーリ(Sartori 1976)に倣って、反体制政党(反体制派の政党)を「政権の交代ではなく、既存の政治制度の転換(転覆)を目指す政党」と定義している。反体制派として括られる右翼政党の例としては、ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP;ナチス)は言うまでもなく、ハンガリーの矢十字党(Arrow Cross)、ルーマニアの鉄衛団(Iron Guard)なんかを挙げることができよう。
我々の一番の関心事は、大恐慌が投票パターンにいかなるインパクトを及ぼしたかにある。すなわち、1929年以降に各政党の得票率がどのような変遷を辿ったかにある。我々なりに計量分析を試みてみたところ、大恐慌は、ファシストにとって追い風になったとの結果が得られた。さらには、大恐慌に喘(あえ)いだ国の中でも、1914年までに民主主義を採用していなかった国、1929年までにファシスト政党が議会でいくつか議席を得ていた国、 第一次世界大戦の敗戦国、1918年以降に国境線が書き換えられた国で、ファシスト政党の得票率の伸びが特に大きかった。
当時のドイツは、今挙げた特徴をすべて備えていて、ファシスト政党(ナチス)の得票率も大きく伸びたわけだが、我々が得た結果は、ドイツの経験に引きずられているのではないかと訝(いぶか)る人もいるかもしれない。ここでは細かいところまで触れられないが、「そんなことはない」とだけ答えておこう。
特筆しておくべきことがある。過激派勢力の浮沈を左右したのは、選挙が行われた年の経済のパフォーマンス――1年間の実質GDPの成長率――ではなく、数年にわたる経済のパフォーマンス――数年にわたる実質GDP成長率の累計――だったのだ。もっと適当な言い方をすると、景気の落ち込みの大きさ(深さ)こそが肝心な役割を果たしたのだ。景気の低迷が1年続いたぐらいでは、過激主義の台頭を招くには不十分だった。言い換えると、数年にわたって続いた不況――長期化した不況――こそが過激主義を大きく台頭させたのだ。
あれこれのコントロール変数――期間ダミー、都市化変数、閾値〔訳注;選挙で議席を獲得する上で最低限必要な得票率〕など――を置いて回帰分析を行っても、異なる手法で計量分析を行っても、結果に変わりはないことが判明している。別の手法で行った回帰分析でも、景気の低迷が過激主義の台頭を招く効果は、ファシスト政党が1929年以前に既に議会で議席を得ていたり、民主主義を採用してからの歴史が浅い国で特に大きかった。我々が得た結果は、政治文化の役割を強調するアーモンド&ヴァーバの主張(Almond and Verba 1989)やデモクラティック・キャピタルの役割を強調するペルソン&タベリーニの主張(Persson and Tabellini 2009)――民主主義を採用してからの歴史が長い国ほどデモクラティック・キャピタルの蓄積が進んでおり、そのおかげで既存の政治制度に対する脅威を撥(は)ね付けられる可能性が高い――とも整合的だと言えよう。
最後になるが、反体制派の右翼政党が選挙で躍進できたかどうかは、その国の選挙制度の特徴によって左右されたことも見出されている。選挙で議席を獲得する上で最低限必要な得票率(閾値)が高くなるほど、泡沫政党が議席を得るのは難しくなるので、ファシスト政党が選挙で躍進できる可能性も低くなるのだ。
結論
我々の研究によると、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性は、それぞれの国が備えている特徴によって異なることが示唆されている。具体的には、
- 民主主義を採用してからの歴史が比較的浅くて、
- 極右政党が議会で既にいくつか議席を得ていて、
- 新政党が議会で議席を獲得するハードルが低い仕組みの選挙制度が採用されている
ようだと、政治的な分裂が生じたり過激主義が台頭したりする危険性が高まる傾向にあるが、
- 景気の低迷が長く続く――不況が長期化する――
ようだと、とりわけその危険性が高くなるようだ。
<参考文献>
●Almond, GA and Verba, S (1989, first edition 1963), The Civic Culture: Political Attitudes and Democracy in Five Nations (邦訳 『現代市民の政治文化-五ヵ国における政治的態度と民主主義』), London: Sage.
●de Bromhead, A, B Eichengreen and KH O’Rourke (2012), “Right Wing Political Extremism in the Great Depression(pdf)”, Discussion Papers in Economic and Social History, Number 95, University of Oxford.
●Frey, BS and Weck, H (1983), “A Statistical Study of the Effect of the Great Depression on Elections: The Weimar Republic, 1930–1933(JSTOR)”, Political Behavior 5: 403–20.
●Fukuyama, F (2012), “The Future of History”, Foreign Affairs 91: 53–61.
●Gerrits, A and Wolffram, DJ (2005), Political Democracy and Ethnic Diversity in Modern European History, Stanford: Stanford University Press.
●Giuliano, P and A Spilimbergo (2009), “The long-lasting effects of the economic crisis”, VoxEU.org, 25 September.
●Greene, W (2004), “Fixed Effects and Bias due to the Incidental Parameters Problem in the Tobit Model(Taylor & Francis Online)”, Econometric Reviews 23: 125-47.
●Holzer, J (2002), “The Heritage of the First World War,” in Berg-Schlosser, D and J Mitchell eds, Authoritarianism and Democracy in Europe, 1919–1939: Comparative Analyses, New York: Palgrave Macmillan, 7–38.
●Honoré, B (1992), “Trimmed Lad and Least Squares Estimation of Truncated and Censored Regression Models with Fixed Effects(JSTOR)”, Econometrica 60: 533–65.
●Lijpart, A (1994), Electoral Systems and Party Systems: A Study of Twenty-Seven Democracies, 1945–1990, New York: Oxford University Press.
●Luebbert, GM (1987), “Social Foundations of Political Order in Interwar Europe(JSTOR)”, World Politics 39: 449–78.
●Mian, A, A Sufi and F Trebbi (2012), “Political constraints in the aftermath of financial crises”, VoxEU.org, 21 February.
●Payne, SG (1996), A History of Fascism: 1914–1945, London: Routledge.
●Persson, T and G Tabellini (2009), “Democratic Capital: The Nexus of Political and Economic Change”, American Economic Journal: Macroeconomics 1: 88–126.
●Sartori, G (1976), Parties and Party Systems (邦訳 『現代政党学-政党システム論の分析枠組み』), Cambridge: Cambridge University Press.