Martin van Tuijl and Jan C. van Ours, “They think it’s all over: National identity, scoring in the last minute, and penalty shootouts”(VOX, June 15, 2010)
第19回目(2010年度)のFIFAワールドカップが南アフリカで開催中だが、本稿では、6カ国――ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダ――の代表チームの1960年以降の成果に分析を加えた結果を報告する。サッカーの国際大会では、ホームアドバンテージ、スキル、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右しているが、試合終了間際の土壇場においては「国民性」が物を言うこともあり得るようである。
『サッカーというのは、実にシンプルなゲームだ。総勢22名の男たちが90分間にわたって一つのボールを追いかけまわす。そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ。』
――ゲーリー・リネカー(BBCのスポーツキャスター/元イングランド代表のキャプテン)
『ドイツ代表の調子がよければ、世界一の称号を勝ち取る。ドイツ代表の調子が悪ければ、決勝戦に進む。』
――ミシェル・プラティニ(欧州サッカー連盟会長/元フランス代表のキャプテン)
1954年に開催されたFIFAワールドカップの決勝戦では、試合が始まってからわずか8分の間にハンガリー代表が西ドイツ代表から2点を奪った。試合が始まる前に、西ドイツ代表がハンガリー代表を倒せるかもしれないと予想している人なんてただの一人もいなかった。いや、ハンガリー代表を倒せるチームがあるなんて誰も考えもしなかった。「マイティ・マジャール」(屈強なるマジャール戦士)の愛称で知られていたハンガリー代表は、前年の1953年にイングランド代表をウェンブリーで行われた親善試合で破っていた。イングランド代表にホームで初めて黒星をつけたのだ。しかしながら、西ドイツ代表は、「勝利を渇望するメンタリティ」をどこよりも備えているチームという座を手放すのを拒んだ。土壇場でのゴールをお手の物とするチームという触れ込みを裏切らなかった。フォワードのヘルムート・ラーンが試合終了6分前にゴールを決めて、西ドイツ代表が逆転勝ちを収めたのである。試合終了のホイッスルが鳴った時のスコアは、3対2。ドイツ(西ドイツ)代表がハンガリー代表を下(くだ)してワールドカップで初優勝を遂げたのだ。その後のドイツ代表は、世界各国の代表チームの中でも屈指の成績を残すに至っている。ワールドカップでの優勝は3回(1954年、1974年、1990年)で、準優勝は4回(1966年、1982年、1986年、2002年)。UEFA欧州選手権での優勝は3回(1972年、1980年、1996年)で、準優勝は3回(1976年、1992年、2008年)。ドイツ代表が今回(2010年度)のワールドカップで優勝できそうかというと、オッズは14倍となっていて、ドイツ代表が4度目の優勝を飾る可能性はそこまで高く見積もられてはいないようだ。しかしながら、これまでの華々しい足跡を踏まえると、ドイツ代表を優勝候補の一角から外す人はほとんどいないだろう。
ドイツ出身でノーベル平和賞受賞者でもあるヘンリー・キッシンジャーは、ドイツ代表が好成績を収めてこれた原因をドイツ人に特有の態度や入念なまでの計画癖に求めている。曰く、「ドイツ代表チームは、戦争への備えを進める時のドイツ参謀本部そっくりだ。試合に際しては、細心の注意を払って前もって計画が立てられる。選手一人ひとりは、攻撃(オフェンス)も守備(ディフェンス)もどちらもこなせるようにトレーニングを積んでいる。いざゴールを奪おうとなると、複雑なパスのやり取りが展開される。脳みそを振り絞れるだけ振り絞って予測や前準備が試みられるだけでなく、骨を粉にし身を砕くほどの努力が払われるのだ」(Kissinger 1986)。
成果の良し悪しを左右する要因は?
サッカーの代表チームの成果をめぐるこれまでの先行研究では、国別の人口規模やGDPの水準、(「学習」の度合いを測る指標として)ワールドカップへの出場回数といった変数に目が向けられてきている(Houston and Wilson 2002)。そして、意外でもないだろうが、たった今挙げた変数が代表チームの成果にプラスに働いていることが見出されている。代表チームに強くなってほしいようなら、国の人口が増えて国が豊かになればその望みを叶えるためにいくらか助けになるわけだ(Hoffmann et al. 2002, Macmillan and Smith 2007, Leeds and Leeds 2009)。
ところで、「スポーツ経済学」と「労働経済学」との間には、はっきりとしたアナロジーを見出すことができる。Kahn (2000) も詳述しているように、プロスポーツは労働市場について研究するためのユニークな機会を提供しているのだ。スポーツの勝敗は、絶対的な力量によってではなく、相対的な力量(対戦相手との力量の差)によって決まる。プロのサッカー選手は、自分のことを一番高く評価してくれるチームにお世話になろうとする。このことはクラブチームに関しては当てはまるが、代表チームには当てはまらない――帰化するという例もあるにはあるが――。代表に選出される選手は、「売り買い」されるわけではない。一国の代表としてプレーするためには、その国の国籍を持っていなければならないという条件があり、どこかの国のA代表に一度でも選出されると、別の国の代表としてプレーすることはできない決まりになっている。代表チームに選出され得る人材の数は、ほぼほぼ外生的に決まっている――国籍保持者に限定される――のだ。
あちこちのクラブの経営陣も念押ししていることではあるが、代表チームでプレーするのがプロのサッカー選手にとって一番大事な仕事かというと、決してそうではない。とは言え、選手としては、代表チームでプレーしたいという思いも間違いなく持っている。それというのも、代表に選ばれると、サッカー選手として箔(はく)が付いて市場価値が上がる――年俸が上がる――からである。それに加えて、代表に選ばれるのは大いに「名誉」なことであって、代表に呼ばれたのにそれを断る選手は滅多にいない。こういったことを考え合わせると、代表チームの成果は、選手たちのスキルによって左右されるのであって、インセンティブには左右されなさそうに思える。
土壇場において露(あらわ)になる「国民性」の違い
代表チームは、チーム・スピリットによって一つに束ねられている。どうしてそうなっているかというと、代表に選ばれた選手たち(の大半)が同じ「国民性」――その具体的な内実は様々であり得るだろうが――を共有しているからである。我々二人の共著論文(van Ours and Van Tuijl, 2010)では、労働市場一般に対する理解を深める助けになるような洞察を得られたらとの期待を込めて、それぞれの代表チームの国民性がサッカーの国際大会での試合結果に影響を及ぼすかどうかを探っている。
我々の論文で特に焦点を当てているのは、サッカーの主要な国際大会における「土壇場でのゴール」である。それはなぜかというと、試合終了間際の土壇場においてこそ、国民性の違いがこの上なく露(あらわ)になるからである。具体的には、ベルギー、ブラジル、イングランド、ドイツ、イタリア、オランダの計6カ国の代表チームが1960年以降にサッカーの主要な国際大会の試合――試合数にして1500試合以上――で奪った(あるいは、奪われた)ゴール(得失点)に分析を加えている。
前後半90分+延長戦
試合終了まで残り1分あるいは残り5分でのゴールの重要性を伝えているのが以下の表1である。我々が分析を加えた試合の総数は1564試合に上(のぼ)るが、試合終了まで残り1分で点(ゴール)を奪ったケースはそのうちの4%(63試合)、試合終了まで残り5分で点を奪ったケースはそのうちの13.9%(217試合)。 反対に、試合終了まで残り1分で点を奪われたケースは全体の1.9%(29試合)で、試合終了まで残り5分で点を奪われたケースは全体の6.8%(106試合)という結果になっている。冒頭で「・・・(略)・・・そして、最終的にはドイツ代表が勝利するのだ」というリネカーの発言――ドイツ代表の粘りに対する諦念が込められた発言――を引用したが、表1はその発言を裏付ける証拠の一つともなっている。ドイツ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.5%(344試合中19試合)に上っており、6カ国の平均(4%)を大きく上回っているのだ。とは言え、オランダ代表はさらにその上を行っている。オランダ代表が試合終了まで残り1分でゴールを奪った試合は、全体の5.9%(253試合中15試合)に上っているのだ(図1もあわせて参照されたい)。
表1. 試合終了間際の土壇場にゴールが生まれた試合数(For=得点した試合/Against=失点した試合)
図1. 時間帯ごとの得失点の分布(実線=得点/点線=失点)
我々の論文では、それぞれの代表チームが試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率を導き出すために、線形のシンプルな確率モデルの推計も行っている。それによると、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表の三チームは、ブラジル代表と比べると、試合終了まで残り1分でゴールを奪う確率が4.5ポイント(4.5パーセントポイント)ほど高いとの結果が得られている。4.5ポイントの差が甚(はなは)だしい違いを生むことがある。試合終了まで残り1分でゴールを奪うと、その試合に勝つ確率が26ポイント(26パーセントポイント)ほど高まる一方で、負ける確率が12~14ポイント(12~14パーセントポイント)ほど低くなるのだ。我々が推計した線形のシンプルな確率モデルによると、試合終了まで残り5分でゴールを奪う(得点する)確率が一番高いのはオランダ代表であり、試合終了間際の土壇場(試合終了まで残り1分および残り5分)でゴールを奪われる(失点する)確率が一番高いのはドイツ代表という結果が得られている。
ところで、試合がホーム(自国)で行われるかどうかによって試合結果に違いが生まれるだろうか? 我々の分析結果によると、ホームで試合をすると、相手(アウェイ)チームからゴールを奪う(得点する)確率が4.2ポイント(4.2パーセントポイント)ほど高まる一方で、相手チームにゴールを奪われる(失点する)確率が2.3ポイント(2.3パーセントポイント)ほど低くなるようである。さらには、ホームで試合をすると、試合に勝つ確率が20ポイント(20パーセントポイント)ほど高まる一方で、試合に負ける確率が12~16ポイント(12~16ポイントポイント)ほど低くなるようである。
PK戦
前後半90分が終わった段階で引き分けで、延長戦でも決着がつかないようだと、PK戦で勝敗が決められることになる。前回(2006年度)もそうだったが、ワールドカップの決勝戦でもPK戦までもつれこむことが時にある。ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップでのPK戦の結果をまとめたのが以下の表2である。イングランド代表、イタリア代表、オランダ代表はPK戦の成績が振るわず、それに比べてブラジル代表はずっと優れた成績を残している。ドイツ代表も抜群の成績を残しており、PK戦に5回――フランス代表、メキシコ代表、アルゼンチン代表を相手にそれぞれ1回、イングランド代表を相手に2回――勝っている。(ワールドカップおよびコンフェデレーションズカップで)PK戦を一度しか経験していないベルギー代表を除外すると、ドイツ代表はワールドカップでもUEFA欧州選手権でもPKの成功率――ワールドカップでのPKの成功率は94%、UEFA欧州選手権でのPKの成功率は90%――が一番高いという結果になっている。
表2. PK戦の結果
データの出所:Penaltyshootouts.co.uk
総括
ゴールを奪えるかどうかは、チームのメンバー全員の努力にかかっている――優秀なストライカーがいれば、みんなの努力が実を結びやすくなる(ゴールがいくらか生まれやすくなる)としても――。それに加えて、ゴールを奪えるかどうかは、試合を注視している観客の後押しによっても左右される。一国の代表チーム同士で争われる重要な国際大会では、ホームアドバンテージがはっきりと確認できるのだ。
サッカーの試合でゴールが決まるかどうかは偶然によって左右される面もある。それだからこそ、観戦していてワクワクさせられるわけだが、代表チームの成果には明確な差を見出すことができるのも確かだ。ブラジル代表やドイツ代表は、一貫して優れた成果を残しているのだ。サッカーの強国の間での成果の差は徐々に縮まってきてはいるが、1960年~2009年の期間に関する限り、ブラジル代表は、勝ち星の面でどのチームよりも――例えば、イタリア代表/ドイツ代表/イングランド代表/オランダ代表よりも――はるかに優れた実績を残している。
それぞれの代表チームは、勝利数や得失点数だけでなく、勝ち方や点の取り方の面でも違いがある。ブラジル代表やイタリア代表は、試合に負けるのをよしとしないところがある。そのため、土壇場でのゴールを奪うために労力を割こうとしない。ゴールを奪うために労力を割くと、(守備が甘くなって)反対にゴールを奪われてしまう危険性があるからだ。その一方で、イングランド代表、ドイツ代表、オランダ代表は、リスクを恐れないところがある。ゴールを奪われてしまう危険を冒してでも、土壇場でのゴールを奪うために労力を割くのを厭(いと)わないのだ。そして、土壇場でのゴールを奪おうと必死になるあまり、それと引き換えにゴールを奪われてしまう危険性が大幅に高まってしまうのはドイツ代表だけ・・・という結果が我々の分析を通じて得られている。ドイツ代表がどんな犠牲を払ってでも勝ちを欲しているのは、どうやら間違いないようなのだ。
試合に勝てる確率は、チームの質(スキルの高さ)によっておおよそ決まってくることは言うまでもない。しかしながら、ホームアドバンテージ、運といった要素もそれなりに試合の行方を左右すると言えそうだ。そして、「国民性」が物を言うこともあり得るようだ。とは言え、土壇場でのゴールは、そう頻繁には生まれない。そんなわけで、土壇場でのゴールを引き寄せる力が備わっているらしいゲルマン魂が、今回のワールドカップの帰趨(きすう)に影響を及ぼす可能性は小さそうだ――無視できるほど小さくはないだろうが――。
<参考文献>
●Hoffmann, R, CG Lee and B Ramasamy (2002), “
The socio-economic determinants in international soccer performance”(pdf),
Journal of Applied Economics, 5:253-272.
●Houston, R, DP Wilson (2002), “
Income, leisure and proficiency: an economic study of football performance”,
Applied Economics Letters, 9:939-943.
●Kahn, LM (2000), “
The sports business as a labor market laboratory”(pdf),
Journal of Economic Perspectives, 14:75-94.
●Kissinger, H (1986), “
The World Cup according to character”, Los Angeles Times,29 June.
●Leeds, MA and EM Leeds (2009), “
International Soccer Success and National Institutions”,
Journal of Sports Economics, 10:369-390.
●Macmillan, P and I Smith (2007), “
Explaining international soccer rankings”,
Journal of Sports Economics, 8:202-213.
●Van Ours, JC and M A van Tuijl (2010), “
Country-Specific Goal-Scoring in the “Dying Seconds” of International Football Matches”, CEPR Discussion Paper 7873.