Gregory Mankiw, “The Liquidity Trap”(in 『Macroeconomics (5th)』, Ch. 11, pp. 303)
1990年代の日本と1930年代のアメリカでは、名目利子率が極めて低い水準に達した。表11-2 に示されているように、1930年代後半のアメリカでは、名目利子率が1%を大きく下回っていた。1990年代後半の日本についても同じことが当てはまる。日本の名目短期利子率は、1999年の時点でおよそ0.1%にまで低下したのだ。
このような状況を指して「流動性の罠」と形容する経済学者もいる。IS-LMモデルによると、金融政策が緩和されると、名目利子率が低下して設備投資が刺激されることになる。しかしながら、名目利子率が既にゼロ%近くにまで下がっていたら、金融政策は役立たずになってしまうかもしれない。名目利子率はゼロ%以下になり得ないのだ。その理由は、名目利子率がマイナスになったら、お金を誰かに貸すよりも手元に持っておく方が得になるだろうからだ。名目利子率が既にゼロ%近くにまで下がっていたら、金融政策を緩和して市中に流動性を注入しても、名目利子率はもう下がりようがないので、景気は一切刺激されないかもしれないのだ。総需要も産出量も雇用量も落ち込んだままの「罠」に嵌ってしまうかもしれないのだ。
異を唱える経済学者もいる。金融政策を緩和したら、予想インフレ率が高まるかもしれないというのである。名目利子率は下げられなくても、予想インフレ率が高まれば、実質利子率がマイナスになって、設備投資が刺激される可能性があるというのである。それに加えて、金融政策を緩和したら、為替レートが減価するかもしれないともいう。為替レートが減価したら、輸出品が海外で安くなるので輸出が増えるだろうというのである。本章で用いた閉鎖経済版のIS-LMモデルだと手に余るが、次章で論じる予定の開放経済版のIS-LMモデルに照らすと、もっとも言い分だ。
金融政策を司る中央銀行は、「流動性の罠」について気を揉む必要があるのだろうか? 金融政策が無力になってしまうことはあるのだろうか? 答えは人によってまちまちだ。「流動性の罠」なんて気にする必要ないという意見もあれば、「流動性の罠」に陥る可能性を考慮するとゼロ%以上のインフレ率を目標にすべきだという意見もある。インフレ率がゼロ%だと、名目利子率と同じように、実質利子率もゼロ%以下になり得ない。しかしながら、インフレ率が3%なら、実質利子率をマイナスにできる。名目利子率をゼロ%にまで引き下げたら、実質利子率はマイナス3%になる。緩やかなインフレは、景気を刺激する必要に迫られた時に中央銀行が打てる手を増やして、「流動性の罠」に陥るリスクを減らすのだ。
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