2010年11月25日木曜日

Robert Barro 「QE2に関する私見」(2010年11月23日)

Robert Barro, “Thoughts on QE2”(Free Exchange, November 23, 2010)


Fedが第2弾の量的緩和――QE2と呼ばれている――に踏み切ったことに対して、賛否が入り乱れている。しかしながら、率直に言わせてもらうと、賛否どちらの立場であれ、その多くは主要な争点を考えるための首尾一貫した分析枠組みを欠いているようだ。この場を借りて、そのような分析枠組みを試しに提示してみようと思う。

Fed――議長をもって代表させるとすれば、ベン・バーナンキ――は、景気回復の足取りが鈍いのを気にかけているようだ。とりわけ、デフレーションに陥るのではないかと気に病んでいるようだ。そのような懸念材料を振り払うために、Fedが着手しようとしている新たな金融緩和策がいわゆるQE2である。私なりに達した主要な結論をまとめると、以下のようになる。

  • 短期金利がほぼゼロ%である今のような状況においては、財務省短期証券(Tビル)を購入対象とする買いオペレーションは何の効果も持たないだろう(この点についてはFedも同意している)。
  • 長期国債を購入対象とする買いオペ(QE2)は、景気を刺激する効果を持つかもしれない。しかしながら、長期国債を購入対象とする買いオペは、「既発国債の満期構成の短期化」とその効果において変わりがない。そのような国債管理政策もどきを財務省ではなくFedが担うべき理由となると、はっきりしないのだ。

Fedが今後の課題として最も意識しているのは、出口戦略の問題である。すなわち、景気が順調に回復して短期金利が上昇し出した場合にインフレが加速しないようにするためにはどうしたらいいかという問題である。売りオペをすればいいというのが標準的な答えだが、売りオペをしたら景気回復の腰が折られてしまうのではないかと心配する声がある。その一方で、準備預金への付利(IOR)という新たな手段のおかげで、景気回復の腰を折らずにインフレの加速を防ぐことができるというのがFedの考えのようだ。準備預金に対して支払われる金利を引き上げればいいというのである。しかしながら、それは間違っていると思う。出口戦略について私なりに達した結論は、以下の通りである。

  • 準備預金に対して支払われる金利を財務省短期証券(Tビル)の利回り(短期金利の一つ)が上昇するのに合わせて引き上げても、FedがTビルを売って準備預金の残高を減らすのとその効果において変わりがない。準備預金に対して支払われる金利を引き上げても、通常の売りオペとその効果において変わりがないのだ。
  • FedがTビルではなく長期国債を売却するという出口戦略も考えられる。そうしたら、準備預金の残高が減るだけでなく、既発国債の満期構成が長期化することにもなる。ただし、Fedの手を借りないでも財務省が単独でやれることでもあるし、Fedの邪魔をすることだってできるのだ。

これまでを振り返っておくと、Fedのバランスシートの規模は2008年8月以降に1兆ドル近く拡大している。すなわち、Fedが保有する資産が2008年8月以降に1兆ドル近く増えている一方で(そのうちのほとんどが不動産担保証券で占められている。この点については、また別の機会に論じるかもしれない)、バランスシートの反対側である負債サイドで超過準備が1兆ドル近く増えているわけである。超過準備はほとんど利子がつかない無利子資産と言っていいが、景気が低調だったこともあって、民間の金融機関はこれほど大量の無利子資産をすすんで受け入れた(準備預金をすすんで預け入れた)のである。とりわけ、金融危機が勃発すると、低リスクの資産に対する需要が急増した。準備預金もそのうちの一つだったわけである。低リスク資産に対する需要が急増したために、「貨幣」( “money” )の量が急増したにもかかわらずインフレが起きなかったのだ。

Fedに準備預金を預け入れる資格を持つ民間の金融機関にとっては、同じくらいの金利が支払われるようなら、超過準備(準備預金)を保有するのもTビルを保有するのも変わりがないだろう。実際のところはどうかというと、準備預金に対して支払われる金利もTビルの利回りもほぼゼロ%である。このような状況でFedが通常の買いオペを行えば――すなわち、市中からTビルを買い入れるのと引き換えに準備預金の供給量を増やしたら――、民間部門が保有するTビルの量が減って、それと同額だけ準備預金の残高が増えることになる。民間の金融機関からすると、準備預金とTビルは同じ資産のようなものなので、通常の買いオペは同じ資産を交換しているに過ぎずに何の効果も持たないだろう。つまりは、物価水準に対しても実質GDPに対しても何の影響も及ぼさないだろう。

長期国債を購入対象とする買いオペ(QE2)というのは、市中にあるTビルを増やす一方で、市中にある長期国債を減らすようなものである。Fedが長期国債を買い入れると、市中にある長期国債の量が減って、それと同額だけ準備預金の残高が増える。民間の金融機関からすると、準備預金とTビルは同じ資産のようなものなので、準備預金の残高が増えるというのは、Tビルの手持ちの量が増えるようなものなのだ。Tビルの利回りと長期国債の利回りには差がある――現時点でのTビルの利回りは0.1%である一方で、10年物国債の利回りはおよそ3%――事実が示しているように、Tビルと長期国債は異なる資産である。異なる資産が交換されるわけだから、QE2が試みられて市中に出回る長期国債の量が減ったら、長期国債の価格が上昇する――同じことだが、長期金利が低下する――可能性がある。長期金利が低下するようなら、総需要が刺激されるかもしれない。理屈としては筋が通っているかもしれないが、既に指摘したように、財務省が国債の満期構成を短期化させようとしても――Tビルの発行額を増やす一方で、長期国債の発行額を減らしても――効果に違いはないはずである。

景気が順調に回復して、民間の金融機関が低リスクで無利子の超過準備をこれまでのようにすすんで持ちたがらなくなったら、出口戦略の出番である。準備預金に対して支払われる金利がほぼゼロ%の水準に据え置かれるだけでなく、通常の売りオペも行われないようなら、1兆ドルの超過準備が火を噴いてインフレが加速するおそれがある。通常であれば、そうならないようにするために、Tビルを売って「貨幣」の量を減らす売りオペが試みられるだろう。

準備預金への付利を活用すれば、出口戦略を改良できるというのがFedの考えらしい。Tビルを売らずに、準備預金に対して支払われる金利を引き上げたらいいというのである。例えば、Tビルの利回りが2%にまで上昇したら、準備預金に対して支払われる金利も同じ水準(2%)にまで引き上げたらいいというのである。そうしたら、民間の金融機関が1兆ドルの超過準備をそのままFedに預けておくだろうというのだ。しかしながら、準備預金に対して支払われる金利が引き上げられてTビルの利回りと同じになったら、FedがTビルを売っても売る前と何も変わらないだろう。1兆ドルの超過準備を減らすために、Fedが1兆ドルのTビル――それだけの額のTビルを保有していたとしての話だが――を売ったとしても、同じ資産を交換しているだけに過ぎないから何の効果も起きないだろう。準備預金に対して支払われる金利をTビルの利回りが上昇するのに合わせて引き上げるという出口戦略は、Tビルを売る通常の売りオペとその効果において変わりがないのだ。

その代わりに試みるべきなのは、Tビルの売却ではなく(FedはTビルをそんなに保有していない)、2008年8月以降にFedのバランスシート上で蓄積されることになった資産の売却なのだ。QE2を試みた末に出口戦略に乗り出すとなったら、売却の対象になるのは長期国債ということになるだろうが、不動産担保証券も対象になるかもしれない。長期国債を売れば、長期国債を買う場合とは逆の効果が生じるかもしれない。Fedが長期国債の売りオペを試みて市中に出回る長期国債の量が増えると、長期国債の価格が低下する――同じことだが、長期金利が上昇する――可能性があって、そのおかげでインフレが抑制されるかもしれないのだ。しかしながら、財務省はその邪魔をできる。Tビルの発行額を増やす一方で長期国債の発行額を減らしたら(そのようにして既発国債の満期構成の長期化に抗したら)、Fedによる長期国債の売りオペの効果を相殺することができるのだ。

結論をまとめるとしよう。QE2は、短期的には景気を刺激する効果を持つかもしれないし、デフレ懸念を払拭するのに役立つかもしれない。しかしながら、財務省が既発国債の満期構成を変化(短期化)させてもQE2と同様の効果を生み出すことができる。QE2が抱えているマイナス面は、出口戦略の舵取りを難しくさせるところにある。大規模な金融緩和を試みた後にインフレが加速しないように防ぐという出口戦略の舵取りを難しくさせるのだ。しかしながら、Fedはというと、出口戦略の舵取りにだいぶ自信を持っているようだ。準備預金への付利という新たな手段をうまく活用すれば、無傷で出口に到達できると考えているようなのだ。しかしながら、それは間違っているのだ。

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