2013年9月11日水曜日

C.W. 「死に体のノーベル経済学賞受賞者?」

C.W., “Lame duck laureates”(Free exchange, August 13, 2013)

経済学の研究者は自らの論文が少しでも多く引用されることを強く望むものである。例えば、有名大学でポストを得たり、政府に対してアドバイスを送る役職に就くことができれば、論文の引用数は増える可能性があるが、それでは経済学界で最も名誉ある賞の受賞は論文の引用数にどのような影響をもたらすのだろうか? ノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)の授与が開始されたのは1969年のことだが、ノーベル経済学賞を受賞した学者の論文引用数は受賞後にうなぎ登りに増えるに違いないと思われることだろう。しかしながら、オックスフォード大学とウプサラ大学に籍を置く研究者チームがつい最近執筆した論文(*)によると、どうやらそういうわけではないようである。

件の論文では、デジタルライブラリーであるJSTORが提供するサービスを利用してノーベル経済学賞の受賞者ごとに論文引用数をカウントし、ノーベル経済学賞の受賞前後で論文引用数にどのような変化が見られるかが分析されている。対象となっている期間は1930年から2005年までだが、ここにちょっとした問題がある。1930年と2005年とでカウントの対象となる論文の数に大きな違いがあるのである。そこで、件の論文では、ただ単に年ごとの論文引用数をカウントするのではなく、その年に公けにされた論文の総数を用いて論文引用数の標準化が施されている。そのようにして標準化された論文引用数に対しては1972年にノーベル経済学賞を受賞したケネス・アロー(Kenneth Arrow)にちなんで「アロー」(“Arrows”)との単位が付けられている。

ノーベル経済学賞受賞者全体の平均で見た場合に、賞の受賞前後で論文引用数にどのような変化が見られるかを示しているのが以下のグラフである。ここではBassモデルとの名で知られている複雑な数学モデルを用いて論文引用数の変遷が辿られている。


論文引用数の一般的な(平均的な)トレンドはBassカーブと命名されている滑らかな曲線によって示されている。平均的にみると、ノーベル経済学賞の受賞者はキャリアのほぼピークに達した段階で賞を授与されている傾向にあることがわかるだろう。受賞者の選考を行うスウェーデン王立科学アカデミーは安全策をとっているわけである。上のグラフによると、ノーベル経済学賞の受賞後に論文引用数は一時的に上昇し、その後徐々に減少する傾向にあることも見て取れるだろう。

個別の経済学者ごとに論文引用数の変遷を辿ってみるのも興味深いかもしれない。例えば、1976年にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン(Milton Friedman)の場合、論文引用数の変遷は先の標準的なパターンにほぼ沿っていることがわかる。ただし、ノーベル経済学賞の受賞後に論文引用数が大きく落ち込むということにはなっていない。


標準的なケースとは異なるパターンを辿っている経済学者としては、アマルティア・セン(Amartya Sen)やフリードリヒ・フォン・ハイエク(Friedrich Von Hayek)を挙げることができる。アマルティア・センは1998年にノーベル経済学賞を受賞した後も革新的な業績-その多くは経済学以外の分野のものである-を上げ続けたが、その結果は論文引用数の変遷に反映されている。


一方で、ハイエクの論文引用数は彼がノーベル経済学賞を受賞する1974年までは減少傾向にあった。 しかし、ノーベル経済学賞はハイエクのキャリアに対して待ちに待った押し上げ効果をもたらすことになった。さらに、マーガレット・サッチャーがハイエクのアイデアに心酔していたこともあり、ハイエクの名は世間一般にも広く知れ渡ることになった。こうしてハイエクの論文引用数はノーベル経済学賞受賞後に上昇を続けることになったのであった。



これら一連の発見は一体どのようなことを意味しているのだろうか? この点に関して当の論文の執筆陣はよくわからないとしているが、ノーベル経済学賞受賞後に論文の引用数が減るのは、彼らの研究があまりにも有名であるために誰もわざわざ参照しようとはしないせいなのかもしれない。私の個人的な意見では、経済学がいかに気紛れな学問であるかを表しているのではないかと思う。経済学の分野では一度流行ったアイデアもすぐに忘れ去られてしまう、ということなのかもしれない。経済学の分野で権力を保ち続けることは経済学界で最も名誉ある賞の受賞者にとってさえも困難な話なのである。


Samuel Bjork, Avner Offer, Gabriel Söderberg (2013). “Time series citation data: the Nobel Prize in economics”, Scientometrics, vol. 95 (forthcoming 2013, available online)

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